徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「アラトリステ」―英雄、その誇りと義と愛―

2008-12-16 12:00:00 | 映画

久しぶりのスペイン映画で、歴史スペクタクル作品を観た。
17世紀初頭の、スペイン・・・。
ヨーロッパ各地で抗争が相次ぐ、激動の時代に生きた、一人の剣士の物語だ。

黄金時代の帝国スペインが没落していく、歴史のうねりを背景に、スペインの映画界が、史上最高の制作費を投じて完成させたと言われるだけあって、なかなかの大作である。

この映画の物語の背景には、スペインとオランダの八十年戦争というのがあって、それはひとことで言えば、貴族と平民の戦いだったと言われる。
さらには、スペインはカトリックの国で、プロテスタントを異端として蔑視していた。
加えて、ユダヤ人を蔑視する傾向も強く、よく言われる異端審問所は、改宗ユダヤ人や、その子孫までも断罪しようとしていたのだった。
映画の中に、異端審問所の追及に怯える人物が登場するが、当時は、何代か前の先祖にユダヤ人がいるというだけで、過酷な拷問の果てに、最悪の火炙りという時代でもあった。

1622年、フランドルの夜襲で、獅子奮迅の戦いをみせた剣士アラトリステ(ヴィゴ・モーテンセンのもとに、戦友の息子イニゴ(ウナクス・ウガルデ)は身を寄せて、従者となった。
イニゴは剣士に憧れていた。

ある時、アラトリステのもとに、二人のイングランド貴族を暗殺せよとの依頼があった。
だが、彼は腑に落ちないものを感じ、暗殺を中止した。
この事件の裏には、プロテスタントを恨む、異端審問所の陰謀が隠されていたのだった・・・。

一方、イニゴは街角で一人の美少女アンヘリカ(エレナ・アナヤ)と出会い、恋に落ちる。
・・・軍務を終えたアラトリステも、自分のかつての恋人マリア(アリアドナ・ヒル)と再会する。
マリアには夫がいたが、その生命がもう長くないことを告げ、彼と所帯を持ちたいと希望を語る。
イニゴとアンヘリカの仲は深まり、アンヘリカは王妃の気に入りとなって、イニゴに出世コースを紹介しようとする。
しかし、イニゴはしがらみを捨てて、彼女とともにスペインを出ることを望んでいた。
二人の思いはすれ違い、一方アラトリステの前にはサルダーニャ警部補が現れ、マリアから手を引くよう警告する。
何と、マリアは国王から見初められていたのだ。

時を同じくして、アンヘリカには伯爵との結婚話まで持ち上がり、彼女はイニゴとともにナポリへ逃げる約束をするが、貴族社会への憧れが邪魔をして、約束は果たされずに終わった。
・・・こうして、アラトリステとマリア、イニゴとアンヘリカ、二つの恋は悲しい結末を迎える。

時は流れ、1643年フランス軍と対峙したスペイン軍は大敗し、降伏を勧告される。
だが、アラトリステらは、スペイン兵としての誇りと共に散ることを選び、ついに最後の戦闘が始まる・・・。

スペインの鬼才アグスティン・ディアス・ヤネス監督は、主人公に「ロード・オブ・ザ・リング」のアメリカ人俳優ヴィゴ・モーテンセンを選んだ。
このキャスティングは、適役だろう。
無骨にして高潔、その上ロマンティックさを持ち合わせている、複雑な人格の剣士の役どころだ。
全編、スペイン語である。

時代考証は、実に緻密だ。
華麗な美術や衣装を、見事なまでにふんだんに配して、濃密な映像世界を紡ぎ上げている。
どうもこの作品を観ていると、黒澤明監督が思われてならない。
アグスティン監督が、17世紀の歴史と美術の専門家だからだろうか。
この時代の世情を巧みにドラマに織り込んで、厚みのある作品に仕上げている。
その絵画的な色彩や構図、アクションシーンのたたみかけるようなスピード感も、望遠レンズを多用した幻想的なカメラワークも、風や雨や霧などの気象状況を巧みに取り入れて盛り上げる手法も、何から何まで黒澤的なのだ。
これは、驚きであった。

スペイン映画 「アラトリステは、実在の歴史に架空の英雄を登場させた、冒険心に満ちたドラマの意欲作である。
全編に流れる音楽はよかったが、冒頭の夜襲のシーンの長いことや、終幕のあっけなさが気にならないことはない。
それから、当然、殺し合いのシーンの多いのも閉口だが、こうした作品ではやむをえないと言うべきか。