カクレマショウ

やっぴBLOG

『レ・ミゼラブル』覚え書き(その7)

2005-04-04 | └『レ・ミゼラブル』
仕事帰りにジムに寄り、汗を流す。シートの上を走っているだけなのに、決して景色は変化しないのに、どこまでもどこまでも走っていけるような爽快な気分。そのあとマシンで3セット。筋肉がプルプルいう。限界。最後は入念なストレッチで体をゆっくりほぐす。

そしてまた『レ・ミゼラブル』と向き合う。

第一部 ファンティーヌ
第六編 ジャヴェル(岩波文庫第1巻p.351~p.369)

不摂生がたたったファンティーヌをマドレーヌは自分の家の病室に移し、修道女たちに看病を託します。うわごとのようにコゼットの名を呼ぶファンティーヌに、マドレーヌは必ずコゼットに会わせることを約束します。彼はテナルディエに手紙を書き、金を送り、子どもを連れてくるよう求めます。しかし、テナルディエは今や金づるとなったコゼットを決して手放そうとはしません。そこでついにマドレーヌはファンティーヌの署名付きの手紙を持って、自らテナルディエのもとに行ってコゼットを連れてくることにするのです。

ところが、ある事件が起こったためにそれは不可能となってしまいます。


人生が形造られてる不可思議な石塊をいかによく刻まんとするもむだである、運命の黒き鉱脈は常にそこに現れて来る。

まったくです。人間万事塞翁が馬。何が起こるかわからない。ただそれをすべて「運命」のせいにするのは少し気が滅入りますが。

第六編は、「ジャヴェル」というタイトルがつけられています。大変短い節ですが、文字通り、ジャヴェルの人となりを存分に描いた部分と言えるでしょう。

フォーシュルヴァンじいさん救助事件から6週間後、ジャヴェルはいきなりマドレーヌの元をたずねてきます。公衆の面前で自分を辱めた市長。ジャヴェルは、事件ののちすぐにパリの警視庁に手紙を書いていました。それは、マドレーヌと称している男が実はジャン・ヴァルジャンという徒刑囚であることを告発するものでした。フォーシュルヴァンを助けるために荷馬車を持ち上げた怪力を目の当たりにしたジャヴェルは、かつてツーロンの監獄で副看守をしていた時に会ったことのあるジャン・ヴァルジャンと同一人物であるという確信を持つに至ったのです。

ところが、パリからの回答は思いがけないものでした。「真のジャン・ヴァルジャン」が逮捕されていたのです! それはシャンマティユーという名の老人で、酒造用の林檎を盗んだために捕らえられたのでした。そして、監獄で会った男が、わしはこの男を知っている、貴様はジャン・ヴァルジャンだな、と叫んだというのです。その男は確かにツーロンの牢獄でジャンとともに受刑生活を送っていた男でした。彼ばかりではありません。ジャンを知っている他の徒刑囚2人もシャンマティユーじいさんを見るなり、少しの躊躇もなくジャンだと主張したのです。年齢も背格好も同じ。また、ジャンは刑務所を出ると、身元を隠すため母方の姓を使って「ジャン・マティユー」と名乗っていた…。彼が最初に行った地方では、「ジャン」を「シャン」と発音するので、そのまま「シャンマティユー」と呼ばれるようになった…というもっともらしい推察まで付せられ、いよいよシャンマティユーじいさんがあのジャン・ヴァルジャンであるということになったというのです。全く関係ありませんが、これではまるで源義経=チンギス・ハン説と同じですね。いわく、源義経の音読み「ゲンギケイ」がなまって「ジンギスカン」になったのだ!

ジャヴェル自身、アラスに拘禁されている「ジャン・ヴァルジャン」を実際に見に行って、自分がとんでもない勘違いをしていたことに気づいたと言うのです。ジャヴェルは、市長を前科者呼ばわりした自分を深く恥じ、自ら免職を求めてマドレーヌの前に現れたというわけです。

前回、ジャヴェルも結局ジャン・ヴァルジャンと同類なのでは、と書きましたが、自分への厳しさという点で、このくだりにもそのことがよく現れているのではないでしょうか。ジャンとの違いは「他人にもキビシイ」ということだけで。

「あなたは自分の方から辞職すべきだとおっしゃるでしょう。しかしそれでは足りません。自ら辞職するのはまだ名誉なことです。私は失錯をしたのです。罰せらるべきです。私は放逐せられなければいけないのです。」

マドレーヌは、ジャヴェルに対して、そんなことよりも、この町で困っている人がいるからそこに行くように告げ、さらにこんなふうに言います。

「君はりっぱな人だ、私は君を尊敬しています。君は自分で自分の過失を大きく見過ぎているのです。その上、このことはただ私一個に対する非礼にすぎません。ジャヴェル君、君は罰を受けるどころか昇進の価値があります。私は君に職にとどまっていてもらいたいのです。」

それでもなおジャヴェルは納得しようとしません。

「たとい自分の上官を疑うのは悪いことであるとしても、疑念をいだくのは私ども仲間の権利です。しかし、証拠もないのに、一時の怒りに駆られて、復讐をするという目的で、あなたを囚人として告発したのです、尊敬すべき一人の人を、市長を、行政官を! これは重大なことです。きわめて重大です。政府の一機関たる私が、あなたにおいて政府を侮辱したのです! … 私はこれまでしばしば苛酷でした。他人に対して。それは正当でした。私は正しくしたのです。しかし今、もし私が自分自身に対して苛酷でないならば、私が今まで正当になしたことは皆不当になります。私は自分自身を他人より多く容赦すべきでしょうか。いや他人を罰するだけで自分を罰しない! そういうことになれば私はあさましい男になるでしょう。」

これだけ自分を厳しく律することができる人間はぞうざらにいるものではありません。特に何らかの「権力」を持っている人間ほど、このような「自分への苛酷さ」が求められるはずですが、現実にはなかなか。ジャヴェルの爪の垢を煎じて飲ませたい権力者が多すぎますね。

決着がつかないまま、ジャヴェルが出ていったあと、マドレーヌは「惘然(ぼうぜん)と考えに沈んだ」。彼は、ジャヴェルからそれとなく聞き出したこと、「シャンマティユーことジャン・ヴァルジャン」の裁判が明日アラスで開かれること、判決は明晩下されることに思いを馳せていたにちがいありません。

彼にとって生涯でもっとも長い夜が始まろうとしていました。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿