第三部 マリユス
第五編 傑出せる不幸(岩波文庫第2巻p.533~p.565)
亡き父を巡る祖父との確執が原因で家を出たマリユスは、カフェ・ミューザンにたむろする「政治青年」たちを知り合いますが、父の仕えたナポレオンを絶対視したい彼にとって、青年たちが「共和派」であることはいかんともしがたい事実でした。
第五編では、マリユスのその後の3年間の苦労が足早に語られます。
「一 窮迫のマリユス」→「二 貧困のマリユス」→「三 生長したるマリユス」と、各節のタイトルだけを並べても、彼の特に経済的な面での苦労が読み取れるかのようです。
穴のあいた靴をはき、やはり穴のあいた古着の上着を着て、部屋の暖炉には一切火が入らず、羊の肋肉(ろくにく)を一片肉屋で買ってきて、「初めの日は肉を食い、二日目はその脂を吸い、三日目にはその骨をねぶった。」
実は、このような真に迫る困窮生活の描写は、ユゴー自身の経験によるもののようです。母を亡くしてから結婚するまで、彼はマリユスと同じような耐乏生活を送っています。のちにユゴーの妻は、「彼がどんなふうにやりくりしたかお知りになりたいかたは、『レ・ミゼラブル』のマリユスの家計簿をご覧になっていただきたいと思います」と書いているのだとか(鹿島茂『「レ・ミゼラブル」百六景』)。マリユスは、苦労の末弁護士の資格を得て、年間700フランを稼ぐようになりますが、それもユゴー自身の当時の収入とほぼ変わらない。「マリユスの家計簿」とは次のとおりです。
食費 365フラン
家賃 30フラン
掃除代 36フラン
その他雑費 19フラン
洋服代 100フラン
シャツ代 50フラン
洗濯代 50フラン
予備 50フラン
計 700フラン
マリユスの「洋服事情」については、こんなふうに記されています。
マリユスはいつも二そろいの衣服を持っていた。一つは古くて、「平素(ふだん)のため」のであり、一つは新しくて特別の場合のためのであった。両方とも黒だった。またシャツは三つきりなかった、一つは身につけ、一つは戸棚に入れて置き、も一つは洗たく屋にいっていた。損(いた)むにつれてまた新しくこしらえた。しかし普通いつも破けていたので、頤(あご)の所まで上衣のボタンをかけていた。
当時、洋服の既製品はまだポピュラーではなく、オーダーメイドするのが普通でした。そこで、貧しい人々は古着を買っていました。洋服は着回しするのが当たり前だったわけです。マリユスも友人からもらった上衣を裏返して仕立て直してもらってそれを着ていました。ただ、裏地の色が緑色だったので、それを着てはさすがに昼間は歩けません。夜になると闇にまぎれて黒に見えるので、これは父に対する「喪服」だと言っていました。
ユゴーは、こういう経済的な苦労を極めて前向きにとらえています。たぶん、自分自身のキャリアがそうさせるのでしょう。要するに「若い頃の苦労は買ってでもしておけ」ということですが、これをユゴーに言わせると
ほとんど常に残忍なる継母である困窮は時として真の母となる。窮乏は魂と精神との力を産み出す。窮迫は豪胆の乳母となる。不幸は大人物のためによき乳となる。
という感じになるわけですね。
この第五編では、マリユスに生前の父のことを語ってくれた教区委員のマブーフが再登場してその人となりが描かれていますが、彼はのちに意外な形で再々登場をします。また、「ゴルボー屋敷」に移り住んだマリユスが、隣に住む「ジョンドレッド氏」の家賃を内緒で立替払いするというエピソードもさりげなく語られます。そのジョンドレッド氏こそ、マリユスにとって父の命の恩人であるテナルディエだとは露知らず…。
さてさて、次の第六編では、いよいよマリユスがコゼット(とジャン・ヴァルジャン)と運命の出会いを果たします!
第五編 傑出せる不幸(岩波文庫第2巻p.533~p.565)
亡き父を巡る祖父との確執が原因で家を出たマリユスは、カフェ・ミューザンにたむろする「政治青年」たちを知り合いますが、父の仕えたナポレオンを絶対視したい彼にとって、青年たちが「共和派」であることはいかんともしがたい事実でした。
第五編では、マリユスのその後の3年間の苦労が足早に語られます。
「一 窮迫のマリユス」→「二 貧困のマリユス」→「三 生長したるマリユス」と、各節のタイトルだけを並べても、彼の特に経済的な面での苦労が読み取れるかのようです。
穴のあいた靴をはき、やはり穴のあいた古着の上着を着て、部屋の暖炉には一切火が入らず、羊の肋肉(ろくにく)を一片肉屋で買ってきて、「初めの日は肉を食い、二日目はその脂を吸い、三日目にはその骨をねぶった。」
実は、このような真に迫る困窮生活の描写は、ユゴー自身の経験によるもののようです。母を亡くしてから結婚するまで、彼はマリユスと同じような耐乏生活を送っています。のちにユゴーの妻は、「彼がどんなふうにやりくりしたかお知りになりたいかたは、『レ・ミゼラブル』のマリユスの家計簿をご覧になっていただきたいと思います」と書いているのだとか(鹿島茂『「レ・ミゼラブル」百六景』)。マリユスは、苦労の末弁護士の資格を得て、年間700フランを稼ぐようになりますが、それもユゴー自身の当時の収入とほぼ変わらない。「マリユスの家計簿」とは次のとおりです。
食費 365フラン
家賃 30フラン
掃除代 36フラン
その他雑費 19フラン
洋服代 100フラン
シャツ代 50フラン
洗濯代 50フラン
予備 50フラン
計 700フラン
マリユスの「洋服事情」については、こんなふうに記されています。
マリユスはいつも二そろいの衣服を持っていた。一つは古くて、「平素(ふだん)のため」のであり、一つは新しくて特別の場合のためのであった。両方とも黒だった。またシャツは三つきりなかった、一つは身につけ、一つは戸棚に入れて置き、も一つは洗たく屋にいっていた。損(いた)むにつれてまた新しくこしらえた。しかし普通いつも破けていたので、頤(あご)の所まで上衣のボタンをかけていた。
当時、洋服の既製品はまだポピュラーではなく、オーダーメイドするのが普通でした。そこで、貧しい人々は古着を買っていました。洋服は着回しするのが当たり前だったわけです。マリユスも友人からもらった上衣を裏返して仕立て直してもらってそれを着ていました。ただ、裏地の色が緑色だったので、それを着てはさすがに昼間は歩けません。夜になると闇にまぎれて黒に見えるので、これは父に対する「喪服」だと言っていました。
ユゴーは、こういう経済的な苦労を極めて前向きにとらえています。たぶん、自分自身のキャリアがそうさせるのでしょう。要するに「若い頃の苦労は買ってでもしておけ」ということですが、これをユゴーに言わせると
ほとんど常に残忍なる継母である困窮は時として真の母となる。窮乏は魂と精神との力を産み出す。窮迫は豪胆の乳母となる。不幸は大人物のためによき乳となる。
という感じになるわけですね。
この第五編では、マリユスに生前の父のことを語ってくれた教区委員のマブーフが再登場してその人となりが描かれていますが、彼はのちに意外な形で再々登場をします。また、「ゴルボー屋敷」に移り住んだマリユスが、隣に住む「ジョンドレッド氏」の家賃を内緒で立替払いするというエピソードもさりげなく語られます。そのジョンドレッド氏こそ、マリユスにとって父の命の恩人であるテナルディエだとは露知らず…。
さてさて、次の第六編では、いよいよマリユスがコゼット(とジャン・ヴァルジャン)と運命の出会いを果たします!
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