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ハイドン 交響曲 第43番『マーキュリー』/フィッシャー&オーストリア・ハンガリー・ハイドンPO

2010年01月10日 11時23分56秒 | ハイドン
 この43番もシュトルム・ウント・ドランク期の作品です。第1楽章はゆったりした面持ちの序奏(?)に始まりますが、やがて伸びやかで快活なへ第一主題へと変わっていきます。続く第二主題はあまり第一主題の方と性格が対照的になっていないため、「あれこれといろいろな要素は入っていそうだが、今一歩明快さに欠ける」という感じがしないでもないです。おそらくこれは意図的にこのように作曲されたものなんでしょうね。後半にテンションが高まるところなど、シュトルム・ウント・ドランク期特有の緊張感が感じられたりもしますが、全体とてはどうもつかみ所がない感じで、その良さを体感するには、かなり聴き込む必要があるかもしれません。
 第2楽章は、おとなしめのヴァイオリンが楚々とした主題を演奏しています。この演奏だと全4楽章中最長の8分強の時間をかけていますが、かつてのハイドンの緩徐楽章といえば、セールポイントは平穏さだけみたいなところありましたが、さすがにこの時期になると、ベートーヴェンを予見させる思索的な風情があります。

 第3楽章のメヌエットは格調高い仕上がり、かなり宮廷風な感じですが、いつにも増してリズムが太く、また対位法の線がきれいなのが印象的に残りました。トリオはソロ・ヴァイオリンがフィーチャーされ、ちょっと静謐な感じもあるこれまた格調高いもので、第2楽章同様、音楽として純度の高さを感じさせます。最終楽章では第1楽章の明るく伸びやかな雰囲気に戻って進んでいきます(いくぶんバロック的といえるかも....)。ただし、ハイドンの最終楽章らしく、一気呵成にラストまで進んでいき、一陣の風の如く終わるという感じでもなく、途中、妙に落ち着いた風情となったり、思い出したよう快活になったりと、そのとりとめなさも、つかみ所のなさもなにやら第1楽章と共通しているように感じました。
 なお、この43番は慣例的には「マーキュリー」というニックネームがついているようですが、何に由来してそうなったのか、ネットであれこれ調べてみても、結局はよくわかりませんでした。マーキュリーといえば「水星」のことですが、占星術とか神話(科学とか商業の守護神でしたっけか)かなにかが関係あるんですかね。興味あるところです。

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