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シューマン 交響曲第1番「春」/カラヤン&BPO

2010年03月03日 21時24分11秒 | クラシック(一般)
 カラヤン&BPOがグラモフォンに残した主要な交響曲を網羅したCD38枚組のボックスセットからの1曲。しばらく前に購入し、例によって放置してあったものだが、数日前の小春日和な陽気につられて、シューマンの交響曲の第1番をあれこれ聴きはじめたのをきっかけに、同曲目当てに開封したという訳である。
 このボックスセットには主に70年代の演奏が収録されているが、70年代といえばこのコンビがクラシック界の無敵艦隊として古今の交響曲の全集を次々に録音していた時期にあたり、毀誉褒貶は当然あるとしても、どれも名演奏として名を馳せたものばかりである。ここに収録されたシューマン(71年録音)もその一連のもので、これまで1番や4番を単発で録音してきたカラヤンが満を持して、全集録音に挑んだといった体のものだったように思う。

 さて、演奏だが、いかにもこの時期のカラヤン&BPOらしく、全編に渡ってゴージャスな極まりない豊麗さと自信満々風格を感じさせる演奏である。第1楽章では良くも悪しくもがっしりとして構えが大きく、冒頭の文芸大作の序章みたいな雰囲気を感じさせる重厚なサウンドと巨大なスケール感はさすがだが、本編の方はやや粘っこいリズムで進むせいか、私がこの曲の持っている「軽いフットワークから湧き出る淡彩な季節感」みたいな側面はかなり後退してしまい、やや足取りが重い印象があるのも確かだ(第二主題のロマンティックな表情などは素晴らしいが)。
 第2楽章は、カラヤン&BPOのマジックを味あわさせる素晴らしい演奏。ここでは前楽章で気にかかった足取りが重さは、壮麗さとにじみ出る官能性として作用して、ブラームスを思わせるロマンチックな解釈になっている。また、サウンド的にも聴く前に予想したような人工臭がなく、けっこうスタンダードな響きに感じられるのはリマスターして弦の高域が滑らかになったせいだろうか、

 第3楽章はスケルツォで、メンデルゾーンのように演奏するセルなどと比べると、ここでも少々足取りが重く、ややもっさりした印象を受ける。ただまぁ、これはこの時期のカラヤンの個性なのだろうし、この程度であればまずは許容範囲である。むしろここではトリオが素晴らしい。木管と弦の会話のように絡んで進む部分のオケの柔らかな立体感など、BPOの素晴らしいアンサンブルを堪能できる。
 最終楽章はまるで交響詩のようなドラマチックさがある。この楽章は元々ブラームスの2番のラストと先取ったような音楽だと思うのだけれど、ここでのカラヤンは一足飛びにR.シュトラウスの交響詩を思わせる語り口で、この「春の情景」を微に入り細に渡って表現している。その様はまさに一流のストーリーテーラーであり、各種金管と弦が入り乱れて多少混濁したような印象がある途中の部分も、克明さと躍動感を両立させつつ、音楽のドラマを自然に盛り上げてしまうカラヤンの語り口はやはり凄いものだと思う。

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