年末で第9といえば、私はドボルザークの第9、つまり「新世界」の方が雰囲気でるのですが、久しぶりベートーベンの第9もひっぱりだしてきました。演奏はかのフルトヴェングラー指揮、バイロイト祝祭管弦楽団他演奏による51年の録音で、いうまでもなく、レコード&CD史上の名盤中の名盤です。私はフルトヴェングーと名が付けばブートでもトレード物でも欲しくなるような人間ではもちろんありませんし、むしろフルトヴェングーといえば録音の古さとか、あまり身振り手振りの大きなロマン派的情緒過多の演奏のせいで、敬遠しがちな方だとすら思いますが、やはりこの演奏だけは(ついでにベートーベンといえば3番と5番も)、問答無用の素晴らしさです。
私はこの曲の演奏を多分、ストコフスキーのフェーズ4番とベームとBPOの演奏で知り、この録音を聴いたのはおそらく数種類目でだったはずですが、モノラルという録音状態の貧しさはあっては、全編に渡る「ベートーベン演奏はかくあるべし的な説得力の高さ」はそれ以前の演奏の特徴を全く忘れるほどでした。今回、ずいぶん久しぶりに聴いた訳ですが、第1楽章の交響詩的なドラマチックな幕開けの歌舞伎役者の見得のようなカッコ良さ、メカニックに演奏しがちな第2楽章の律動を絶妙な揺らしつつぐいぐいと進めていく様、第3楽章の静謐な中での陶酔感、そして第4楽章の後半の怒濤の推進力などなど、やはり「これだ」という感じの連続です。
なんかネットでみるとこの演奏、レコードが起こして様々な整音技術を駆使してマスタリングしたブート物がものすごく沢山の種類出ているようですけど、逆にいえば、そういう需要が絶えないということでも、この演奏の凄さがわかろうというものです。
私はこの曲の演奏を多分、ストコフスキーのフェーズ4番とベームとBPOの演奏で知り、この録音を聴いたのはおそらく数種類目でだったはずですが、モノラルという録音状態の貧しさはあっては、全編に渡る「ベートーベン演奏はかくあるべし的な説得力の高さ」はそれ以前の演奏の特徴を全く忘れるほどでした。今回、ずいぶん久しぶりに聴いた訳ですが、第1楽章の交響詩的なドラマチックな幕開けの歌舞伎役者の見得のようなカッコ良さ、メカニックに演奏しがちな第2楽章の律動を絶妙な揺らしつつぐいぐいと進めていく様、第3楽章の静謐な中での陶酔感、そして第4楽章の後半の怒濤の推進力などなど、やはり「これだ」という感じの連続です。
なんかネットでみるとこの演奏、レコードが起こして様々な整音技術を駆使してマスタリングしたブート物がものすごく沢山の種類出ているようですけど、逆にいえば、そういう需要が絶えないということでも、この演奏の凄さがわかろうというものです。
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