高瀬隼子さんの
「おいしいごはんが食べられますように」
第167回 芥川賞受賞作
ネットでこの本の書評を偶然目にし、読んでみたいと思い、
買い物ついでにイオンの本屋さんに行った。
あまり文芸書に力を入れていないような書店ではあるが、なぜか1冊だけ置いてあった。
【気になるところに付箋を貼ったら、付箋だらけになってしまいました。】
この小説は、同じ職場で働く3人の男女を通して描かれている。
芦川…体が弱く、早退やドタキャンが多いが、なぜかみんなが当然のように守ってあげている女性
押尾…仕事ができて、いつも芦川の穴を埋める役回りの女性
二谷…職場でそこそこうまくやっている男性
食に対する考え方もそれぞれ異なっている。
芦川さんは、きちんと食べること=きちんと生きること と考える人で料理も丁寧に作る。
押尾さんは、電車に乗って遠くの話題の店まで出かけることもあるが、
外食ばかりではお金もかかるので、面倒に思いながらも自炊をする。
二谷君は、一日3回の食事をしなければいけないことにしんどさを感じ、
自分たちで作らなくてもスーパーやコンビニに行けば売ってるし、
何ならカップ麺やサプリでいいと思っているくらい
「おいしい」という感情を抱くことに面倒臭さを感じている。
芦川さんはたしかに食に対してきちんとした考えを持ってる。
でも同じ女性として共感できない部分もたくさんある。
彼女は、片頭痛で会社を早退した翌日、迷惑をかけたお詫びにマフィンを焼いてくる。
ご丁寧にひとつひとつ、
ピンクの花の絵がプリントされた半透明のビニールと緑黄色のリボンで包装されている。
マフィンと言えども、お菓子作りには体力がいる。
こんなにかわいいマフィンを作れるのなら、「早退しないで会社で仕事しろよ!!」と思う。
芦川さんは次々に職場に手作りのお菓子を持ってくるようになる。
ホールのフルーツショートケーキ。
ただし、これは切り分けても8人分にしかならない。
本当に同じ職場の人のためを思って作ったのか?
自分のナッペの技術を見てもらいたかっただけではないか?
そして、芦川さんのお菓子攻撃は続く。
桃のタルト、クッキー、レモン風味のマドレーヌ、トリュフ、りんごのマフィン、
チーズケーキ、カップゼリー、ドーナツ、いちごのショートケーキ、焼きバナナ、
チョコとマシュマロのマフィン、パンプキンパイ、スイートポテト、わらびもち、プリン・・・。
そんな手作りのお菓子を食べる時のマナーが皮肉たっぷりに描かれている。
大きな声を出し、「んーっ」「うまあぁっ」「すごっ」といちいち「っ」を入れて感動を伝える。
半分ほど食べたところで「このソースってどうやって作るんですか?」
と、さほど興味のないことを聞き、
すべて食べ終えたら、「あ~おいしかった!ごちそうさま。」
と、殊更満足げに聞こえるように宣言しなけらばならない。
こんなことを芦川さんの手作りお菓子を食べながらやっているのだから、
職場の中にも、この手作りお菓子の習慣を快く思っていない人もいるはずだ。
そして、恋人関係にある芦川さんと二谷君。
芦川さんは「体にいいものをきちんと食べないと」と言いながら、
二谷君の部屋で時間をかけて、料理を作ってくれる。
その手作り料理を食べた日の夜中、まるでお清めでもするかのように、
二谷君は脂ギトギトのカップ麺を作って食べている。
そして、芦川さんが会社に持ってくる手作りお菓子も、
二谷君は陰でぐちゃぐちゃに踏みつぶし、ゴミ箱に捨てるようになる。
私は、手作りお菓子を仕事場で配ったことはない。
いや、あることはあるが、それはあくまでも試作の味見をお願いした時であり、
「うまあぁっ」「すごっ」よりも「シナモン効きすぎてない?」とか
「これ、年寄りには硬すぎるよ。」などと批評されることが多かった。
毎日の食事作りに関しては、芦川さんに近いことをやっているが、
私は彼女が好きになれなかった。
それは、彼女の行動に相手への思いやりが感じられないからだ。
「きちんと食べること=きちんと生きること」という
自分のポリシーを貫くためにやっている自己満足の行動に思えてならない。
手作りの愛情ではなく、手作りの暴力を感じた。
食に対する考えは人それぞれであり、その人が置かれた環境もそれぞれ異なっている。
食育活動をしていても、「これ以上は踏み込んではいけない。」と思うことは度々あった。
二谷君は、恋人の芦川さんが憎くてカップ麺でお口直しをしたり、
お菓子を踏みつぶしたりしたわけではない。
ただ、「残業して、遅くまでやっているスーパーに寄って食材を買い、
それから飯を作って食べることが、本当に自分を大切にすることなのか?」
と、考える二谷君にとって、芦川さんの「手作り」は攻撃でしかなかったのだと思う。
同じ職場で働いていた芦川さんと押尾さんと二谷君はそれぞれの道を歩むことになる。
二谷君は千葉に異動になり、押尾さんはとあるミスから会社を辞めることになる。
そして、芦川さんは二谷君と結婚する。
ずっと、芦川さんの仕事の穴埋めをしてきた押尾さんの最後の挨拶、実にスカッとする。
本を置いて思わず拍手をしたくらいだ。
そして、この本のタイトル「おいしいごはんが食べられますように」
ずっと誰が誰に向けて言っているのだろうかと思っていたが・・・。
これは、元チアリーディング部だった押尾さんから芦川さんと二谷君に向けた皮肉な応援ではないか?
ほんわかしたイラスト、タイトルとは違った「食」という部分で人間の本質を突く
ちょっと恐い小説だった。
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