UGUG・GGIのかしこばか日記 

びわ湖畔を彷徨する独居性誇大妄想性イチャモン性前期高齢者の独白

ゲイジュツは爆発なんかではない、破壊はゲイジュツなのだあ!?

2021-03-05 01:03:55 | 日記
今日はまず写真をご覧ください、どうかクリックしてしかとご覧くださいませ

さてこれは一体何でありませうか?

GGIが好きな何かワケの分からない、まるで作者だけが悦に入っている現代アートのようでございます。かのトマソン物件と同様に、街角の最先端現代アートの雰囲気がプンプン漂っておりますので、超芸術トマソンの愛好者であるGGIは思わず引きつけられてしまいました

先日街で遭遇した物件を撮ったものです、少し遠くからこの写真をあせらずにじっと眺めていただきますとこの物件の正体が分るかもしれません

勘がよろしい方は、なんだこれは、何が現代アートなんだと思われるかもしれませんね。

かつて、「作品よりも妙に難解な理論が先行している」現代美術なんてガラクタの山だ、とコテンパンにくさしたアメリカの美術評論家がいました(トム/ウルフ「現代美術コテンパン」、晶文社、1985)。また現代芸術の評論なんかまるで中身がなく空疎な理屈をこねているだけと酷評していた、同じく米国の優れたデザイナーもいまし(ヴィクター・パパネック「生きのびるためのデザイン」、晶文社、1974)。確かにこのような指摘、当たらずと言えども遠からずでありますから、あえてGGIは強くは否定しませぬ。

確かに多くはガラクタかもしれないのですが、それでも「灰の中にダイヤモンド」が燦然と輝いていることがあるように、たとえば英国の画家、「オレが死んでも花束で飾るようなことはしてくれるな」と言って、実際に旅先のスペインで独り亡くなったフランシス・ベーコンの作品のように、とてつもないものが存在していることがあるのです。またジャクソン・ポロックのアクション・ペインティングもステキです、それに赤瀬川センセイ、近いところでは先年惜しくも若くしてj事故で死去しまった石田徹也氏の作品など・・・

などと勿体をつけないで今日の写真の正解を申し上げます。先日、2月9日の日記11日の日記に掲載した、ただいま破壊行為進行中の、昨夏閉店してしまった湖都の西武さん、「破壊」という名がふさわしいその解体工事の現場に接近して撮ったのが今日の写真でございます

解体工事を安全に行うために周囲は高さ数メートルの囲いに覆われています。囲いのところどころに内部を覗いて見ることができるように、小さな穴をたくさんあけた部分が設けられています。街を彷徨する通行人にとりましては、まことに有難き配慮でございます。今日の写真はその穴から覗いた「破壊」の現場です。GGI、この穴から破壊現場を覗いてしばし覗いているうちに、破壊行為が持つ迫力、これはゲイジュツではないか、などと・・・

かつての大阪万博(1970)、「破壊はゲイジュツだ!」ではなく、「芸術は爆発だ!」と叫んでいた岡本太郎の「太陽の塔」なるものがそのシンボルとして会場に大きな顔して鎮座しておりました。でもGGI、こんなモノ、どこが爆発なんだ、何が芸術なんだ、こんなもの、ただの思いつきのひとりよがりのお遊びに過ぎないでないか、色彩も形もただただ派手なだけ、ただ大きいだけのガラクタに過ぎないと蔑視していたおりました・・・

この「太陽の塔」、いまだに万博記念公園なるところにタイセツに保存されているようです。あの福島県双葉町の「原子力 明るい未来の エネルギー」という標語が掲げられている「歴史的」看板ならば、大切に残しておく価値はあるのですが、単なる空しき夢の跡に過ぎない恥ずべき巨大なガラクタなんか、サッサと破壊すべきなのです・・・・あの塔をみなさんの目の前で爆破してみせれば、みんな、突然目が覚めてしまういう、これまでにない衝撃的ゲイジュツ表現になるのではないか・・・

などと考えていましたら、先日1月21日の京都新聞に英文学者でダンテの「神曲」の翻訳などでもで知られ、和紙の研究家でもあった寿岳文章氏(1900~1992)の生誕120年を記念して、向日市にある同氏の邸宅「向日庵」に残されていた資料類の展示会が行わるという新聞記事、「英文学者、和紙研究:専門超えた知 寿岳文章に光」と題された大きな記事が掲載されていることを知人がしらせてくれ、わざわざ記事の切り抜きまでくれました。その記事には同氏の言葉が以下のように紹介されていました。

《NPO法人「向日庵」の理事長の中島俊郎・甲南大名誉教授は昨年12月20日の講演会で、寿岳文章氏は「70年の大坂万博も嫌いだった」として「人類の混乱と退歩をしめすおろかなショーに過ぎない万国博に、私が足を向けない最大の理由も、太陽の塔と称するものよりもっと強烈に掲げられねばならないヒロシマ被爆の厳粛な事実が、日本館からの展示から故意に骨抜きにされていたことにある」という文章氏の指摘を紹介した。》

GGIはかつての大阪万博、ちょっとだけ見物したことはあるのですが、大きな国の展示館はどこも大混雑であり、そのため我が日本館も結局見ませんでした。ですから日本館の展示内容がどのようなものであったのか知りません。しかし、この文章氏の言葉、まことに正鵠を得たものでありませう。GGIはまったく同感であります。

開催が意義あるものであると主張するために、ことさらにもっともらしい理念を掲げていたかつての大阪万博、このコロナ禍のなかで大阪万博と同様にもっともらしいを理念を掲げている二回目の東京オリンピック、こりもせず再びもっともらしい理念を掲げる再度の大阪万博、もういいかげんに市民を誑かす(「たぶらかす」という漢字がこんな凄い漢字だとは知りませんでした!!)ようなことは止めにしなさい、

というのがGGIの勝手かつ本気の本日のメッセージでございます!

なもあみだぶ・なもあみだぶ・なもあみだぶ・・・

グッドナイト・グッドラック!