読書日記

いろいろな本のレビュー

カーター、パレスチナを語る ジミー・カーター 晶文社

2008-08-06 23:13:18 | Weblog

カーター、パレスチナを語る ジミー・カーター 晶文社


カーターは第39代アメリカ大統領。1973年にイスラエルを訪問して以来、大統領の任期時代も含めてパレスチナ問題に関わっている。長年、国際紛争の平和的解決に尽力した手腕を認められ、2002年にノーベル平和賞を受賞した。無名の彼が大統領になった時、「JImmy、WHO?]と皮肉られたものだが、敬虔なクリスチャンで、その真面目さは特筆に価するものがあった。「なぜベストを尽くさないのか?」という著作もあったと記憶する。本書はパレスチナとイスラエルの領土の変遷を分かりやすく地図で示して、彼が関わった人々との思い出をつづることでパレスチナ問題の歴史が俯瞰できるようになっている。
 アメリカではイスラエルを批判することはタブーになっているが、カーターは軍事大国イスラエルのパレスチナ支配をアパルトヘイトだと批判している。イスラエル首脳の頑ななやり方が双方の平和的解決を阻害している現実をはっきり指摘したことに本書の意義がある。彼はイスラエル広報委員会(AIPAC)のロビー活動がイスラエルの平和を阻害しているとはっきり批判している。これは勇気ある発言である。宗教的信念に裏づけされた,まさに神の声だ。アメリカはそろそろイスラエルに肩入れすることをやめるべきだ。このことの弊害はすでに「イスラエルロビーとアメリカの外交政策」でJ・ミアシャイマーとM・ウオルトが国際政治学の立場から指摘した通りである。贔屓の引き倒しということをもっと考えなければいけない。パレスチナ問題の平和的解決なくして世界の平和はない。


「国語」入試の近現代史 石川 巧 講談社選書メチエ

2008-08-05 19:23:08 | Weblog

「国語」入試の近現代史 石川 巧 講談社選書メチエ


現代文の読解力は客観評価できるかというのが副題。旧制高校の入試では古文・漢文中心で、現代文の出題は少なかった。あっても、擬古文的なものを口語訳させるものが主流だった。ところが大正期に高等学校の共通試験に現代文が定着して以降、解釈ということが言われだす。解釈とは何かについてもいろいろ議論がある。軍国主義的な時代風潮であれば、それに見合った解釈が要求される。これは文学の時代性ということと同義だ。
 語句の解釈だけでは収まらないのが最近の流れだが、実際、2000字くらいの文章を読んで、設問に答えるという形を今まで疑いもしなかったが、そういうことにどれだけの意味があるのか、疑いを抱くようになった。それは文章の作者が思いもよらない模範解答が作られているという事実からもある程度予想される疑念である。特にこれを選択肢の問題で答えさせようとする場合にその困難度はいや増す。現代文の実力はどうしたら付きますかという生徒の質問に先生はどう答えたらいいのだろう。

蟹工船 小林多喜二 新潮文庫

2008-08-05 18:45:24 | Weblog

蟹工船 小林多喜二 新潮文庫


 今この作品がベストセラーになっているらしい。それは厳しい労働条件の中で働く労働者の姿が、派遣など非正規労働の若者の共感を得ているからだ。今の企業は若者を安い賃金で働かせ会社の人件費を浮かせている。経団連の会長の話の中にも使い捨ては企業生き残りのため止むを得ないというニュアンスが感じとれる。大体人権感覚が希薄なのだ。それがグローバリスムの流れだと言い切る資本家に明日は無い。人を大事にしない家も、地方自治体も、国も未来はない。どこかの知事は予算削減命と言って、年収100万あまりの弱い立場の非常勤職員を斬って捨てた。自分も貧乏な少年時代を過ごして、貧乏人の苦しさがわかっているはずなのに逆のリアクションをしてしまうのは、貧困層に対する屈折した心情があるのだろう。しかし、そう簡単に自分の出自を改めることは出来ない。知事になったとたん、経済連の金持ちから「君も知事になって毛並みがよくなったなあ」などという言葉を投げかけられるのがオチだ。ことほど左様に人間というのはいやらしいものなのだ。
 北の漁場での蟹工船のメンバーは多士済々で本職もいれば、炭鉱離職者、学生もいる。船長は会社側の人間でこれらの荒くれを束ねている。その中に共産党の細胞がいて、労働条件改善を訴えるわけだ。資本主義の黎明期と共産党の誕生間もないころの緊張した雰囲気がひしひしと伝わってくる。資本家と労働者の対立、資本家の後ろには特高など国家権力がついているので、これは言ってみれば国家と個人の対立に擬せられる。今の若者がどれだけ時代背景を理解して読んでいるのかは分からないが、少なくとも搾取されることの痛みだけは共感できるのだろう。連帯という言葉は古くなってしまったが、いまこそ必要な気もする。
 もう一編の「党生活者」は党員の日常を過不足なく描いて興味深い。政治組織の一員として活動することは簡単ではない。情熱と強固な意志が要請される。政治活動で必要なのは戦略だ。最近どの職場でも戦略、戦略とうるさいが、横文字でストラテジーと表記しているが、昔はタクティークと言っていたような気がする。まあどうでもいい話だが、「戦略立つるほどの組織はありや」というのが本音である。

暴力はどこからきたか 山極寿一 NHKブックス

2008-08-01 21:06:06 | Weblog

暴力はどこからきたか 山極寿一 NHKブックス
 

 人間とは何かを霊長類の研究から考えたもの。第一章の「攻撃性をめぐる神話」では有名な動物学者ローレンツの学説にも誤りが指摘されるようになったことを紹介している。ローレンツは本能という言葉で攻撃行動を説明したが、動物は環境からの解発(特定の反応が誘発されること)刺激に応じて機械的に攻撃衝動を発露させているのではなく、状況や経験にしたがって葛藤への対処の仕方を変えることがわかってきた。よって、武器の発達と狩猟能力の向上が人間に好戦的な傾向をもたらしたという説は力を失ったのである。
 人間の暴力の由来の考察は困難な課題だが、著者は第二章以降、食物をめぐる争い、性をめぐる争いを霊長類の観察記録に基づいて実証的に考察する。特にインセスト(近親相姦)を回避するシステムをどのように持っているかの部分は面白く読めた。群れを作る動物においては、必然的に食と性を巡って暴力がついてまわる危険性がある。それをどのように回避するのかが、個々の種の課題だが、「分かち合い」が重要な要素だと著者は言う。そのためにいろんなコミュニケーションが発達していく。人間も霊長類の一員である。集団のなかの意思疎通がとりわけ重要になる。暴力を回避する、ヒントは集団の最小単位である家族にありそうだ。