なぜいま人類史か 渡辺京二 洋泉社新書
本書はⅠ「なぜいま人類史か」Ⅱ「共同体の課題」Ⅲ「外国人が見た幕末維新」Ⅳ「明治維新をめぐる考察」の四篇からなっており、どれも講演を記録したものである。タイトルにもなっているⅠが最も哲学的、宗教的論考であった。著者は、文化は地球的進化の法則による必然の結果であり、生命の始原以来の人類の歴史総体が、人間の文明とはいかにあるのがよろしいのかという価値基準を生み出してきたのだと言う。人間はこの世界の中で孤独感に悩まされなければならぬとしたら、それは近代の資本主義文明が作り出した自由な商品生産流通空間のせいであり、資本主義はあらゆる信仰・伝統・習俗・規範を解体し、人間の欲望の化体としての商品の自由な運動空間を作り出すシステムである。われわれはこのような資本主義空間を廃絶せねばならない。これが文明の再生で、そのために課題を抱いて思索し尽すことが大切だ。ソルジェニーツイン、パステルナーク、イリイチ、ローレンツ、こういった汚名を恐れない先行者とともに、文化的相対主義と最後までたたかうことだ。以上が結論部の要旨だが、途中で引用される文献の読みが独特で刺激的だ。資本主義空間を廃絶した後の社会とはどのようなものになるのか、こちらは想像力不足でイメージできないが、まさに宗教的信念の吐露という感じがする。孤独な個人がこの世界でどう生きるか、充実した生を送るにはどうしたらいいのかという命題は今までの哲学史を振り返ることになってしまうのではないかという危惧をおぼえるが、そのへんの疑問に答える意味でも精密な論考の発表を期待したい。