吉田健一は英文学の翻訳家、評論家、小説家として夙に有名だったが、特筆すべきはその家系である。父は元首相の吉田茂、母雪子は牧野伸顕の娘。牧野伸顕は明治の元勲大久保利通の二男ゆえ、吉田健一は大久保利通の曾孫にあたる。ケンブリッジ大学中退。
本書は二段組みの600ページを超える大著で、月刊誌『新潮』に連載されていたものである。税込5400円の高価本だが、初版後、増刷されているのを見ると、吉田の人気ぶりがわかる。本書では、吉田を取り巻く文人たちの交流が、まるで見て来たように書かれていて非常に面白い。小林秀雄や大岡昇平など東京の山の手出身のインテリの傲慢さというか鼻っ柱の強さがリアルに描かれている。吉田は河上徹太郎を師と仰ぐ中でこれらの文人と交流して鍛えられていったのだ。そしてケンブリッジ大学を中退して、作家・評論家として言葉の大海を渡って行く決意のもと帰国した。以後、洒脱な文人として新境地を開いたが、それは吉田の出自に関わる部分が大きいと言える。
彼は小説よりも翻訳・評論で大きな仕事をしたように思われる。今回本書を通読して、ジユール・ラフオルグの詩の訳とコメントが印象的だった。以下引用。
彼が風邪をひいたのは、この間の秋だった
或る美しい日の夕方、彼は狩りが終わるまで
角笛の音に聞き惚れてゐたのだ。
彼は角笛の音と秋の為に、
「焦がれ死に」するものもあるということを我々に示したのだ。
人はもう彼が祭日に、
部屋に「歴史」と閉ぢ籠るのを見ないだろう。
この世に来るのが早過ぎた彼は大人しくこの世から去ったのだ。
それだけのことなのだから、人よ、私の廻りで聞いている人達よ、
銘々お家にお帰りなさい。
これはラフオルグの絶唱であると同時に、近代の絶唱である。ラフオルグは近代に於ける人間行為の著しい乏しさを熟知して、その理論を完全に身につけてしまってから世に登場した人間だった。
「ラフオルグは近代に於ける人間行為の著しい乏しさを熟知して」というところが要点だが、難しい内容である。吉田は英文学の教養でこれを快刀乱麻のごとく解釈する。彼の真骨頂が発揮された場面である。
本書は二段組みの600ページを超える大著で、月刊誌『新潮』に連載されていたものである。税込5400円の高価本だが、初版後、増刷されているのを見ると、吉田の人気ぶりがわかる。本書では、吉田を取り巻く文人たちの交流が、まるで見て来たように書かれていて非常に面白い。小林秀雄や大岡昇平など東京の山の手出身のインテリの傲慢さというか鼻っ柱の強さがリアルに描かれている。吉田は河上徹太郎を師と仰ぐ中でこれらの文人と交流して鍛えられていったのだ。そしてケンブリッジ大学を中退して、作家・評論家として言葉の大海を渡って行く決意のもと帰国した。以後、洒脱な文人として新境地を開いたが、それは吉田の出自に関わる部分が大きいと言える。
彼は小説よりも翻訳・評論で大きな仕事をしたように思われる。今回本書を通読して、ジユール・ラフオルグの詩の訳とコメントが印象的だった。以下引用。
彼が風邪をひいたのは、この間の秋だった
或る美しい日の夕方、彼は狩りが終わるまで
角笛の音に聞き惚れてゐたのだ。
彼は角笛の音と秋の為に、
「焦がれ死に」するものもあるということを我々に示したのだ。
人はもう彼が祭日に、
部屋に「歴史」と閉ぢ籠るのを見ないだろう。
この世に来るのが早過ぎた彼は大人しくこの世から去ったのだ。
それだけのことなのだから、人よ、私の廻りで聞いている人達よ、
銘々お家にお帰りなさい。
これはラフオルグの絶唱であると同時に、近代の絶唱である。ラフオルグは近代に於ける人間行為の著しい乏しさを熟知して、その理論を完全に身につけてしまってから世に登場した人間だった。
「ラフオルグは近代に於ける人間行為の著しい乏しさを熟知して」というところが要点だが、難しい内容である。吉田は英文学の教養でこれを快刀乱麻のごとく解釈する。彼の真骨頂が発揮された場面である。