読書日記

いろいろな本のレビュー

井村雅代 不屈の魂 川名紀美 河出書房新社

2016-09-05 16:01:20 | Weblog
 井村雅代はシンクロナイズドスイミングのコーチとして夙に有名だ。先般のブラジル・リオデジャネイロオリンピックでは日本を銅メダル獲得に導いた。その厳しい指導ぶりは最近の教育界では見られないもので、注目度が高く、メディアにもよく登場されている。しかし、その厳しい指導も選手の立場を尊重した理論的なもので、感情を爆発させる体のものではない。メダルを取るためには何が必要かをわかった上での指導をしているわけだ。本書は井村氏のこれまでの歩みを「波乱のシンクロ人生」という言葉で的確に表現し、彼女の人となりを過不足なく描いた好著である。
 井村氏は高校の水泳部に所属しながら、当時マイナーだったシンクロを浜寺水練学校で習っていた。卒業後は天理大に進み、その後、大阪市立の中学校に体育の教師として赴任したが、八年後、請われてシンクロのコーチに就任し、教員生活に別れを告げた。井村氏のようなタイプは中学校の教員として向いているように思う。退職しなかったらきっと、立派な校長になったことだろう。その前向きな生き方は多くの人に感動を与えているが、彼女が飛び込んだシンクロの世界の厳しさも垣間見ることができる。井村氏のエライところは中国からメダルを取れるようなチームにしてもらいたいというオフアーを受けて、実際、北京大会で銅メダル、ロンドン大会で銀メダルを取ったことだ。彼女が売国奴と中傷されながら中国に行った頃は、反日運動の盛んな頃で、苦労が多かったと思われるが、そんなことは気にせず、選手やコーチ、関係各団体の人々とメダルを取るために何をすべきかという一点にしぼって格闘した。中国人は日本人に比べるとドライで個人主義的である。思ったことは遠慮せず発言し、討論する。なにしろ文化大革命を起こしたお国柄である。はっきりものを言う井村氏にとって中国人は指導しやすいとの言葉がある。このへんなんか良くわかる。中国人てなんだか大阪人とよく似ている感じがする。
 その中国で頑張っている時に、日中両国間には政治的な難問が起こっていた。第一は2010年九月、沖縄の尖閣諸島付近で中国漁船と海上保安庁の巡視船が衝突し、中国側船長は公務執行妨害で逮捕されたが、当時の民主党政権は船長を「日中関係に配慮して」釈放してしまった。この対応に、多くの日本人が憤慨した。私もこれは国家としての対応ではないと思ったものだ。井村氏はこの件について「中国の政界のトップの人たちは、ヤクザのような船長のふるまいに内心頭を抱えていたはずです。日本は余計な配慮などせず、筋を通すべきだった。法治国家なのだから法にのっとって淡々とやればよかったんです」と述べる。全く同感である。また2012年九月に起きた尖閣諸島公有化問題では、石原東京都知事が尖閣購入の方針を発表し、国民に呼びかけた。あわてた野田首相は尖閣国有化の方針を表明し、中国にもこれを伝えた。九月九日、ロシア・ウラジオストクで開かれたAPECのさなか、野田首相と胡錦濤主席が非公式会談を持った。胡錦濤は国有化に反対し、自重を求めたが、日本側は二日後国有化してしまった。この会談時の胡錦濤の苦渋に満ちた顔をテレビははっきり映していた。しかし彼は面子をつぶされてしまった。それ以降の反日運動の激化は周知のとおり。中国人は何より面子を重んじる。日本の政治家はその辺のところをもっと勉強すべきだ。井村氏はこの件について「それにしても、もうちょっとやりようがあったはず。慎重に、しずしずと国有化する方法を探るべきだった」と言う。
 民主党(現民進党)の失政は一にかかってこの対中外交の不手際にある。これが国民のトラウマとなって、民主党に政権を預けられないということになったのだ。今後政権の奪還は難しいだろう。せめて井村氏を口説いて選挙に出てもらって、イメージを変えてもらうぐらいのことをしなければ駄目だろう。

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