読書日記

いろいろな本のレビュー

私はガス室の「特殊任務」をしていた S・ヴェネツイア 河出書房新社

2009-02-22 09:26:34 | Weblog
 著者は1923年、ギリシャのテッサロニキ生まれのイタリア系ユダヤ人。21歳のときにアウシュビッツ=ビルケナウに強制収容され、特殊任務部隊で同胞の遺体処理という地獄の体験をした。本来なら収容所解放前に抹殺される運命だったが、奇跡的に逃れて生き延びた数少ない生存者のひとり。1992年からこの惨劇を広く伝えるために講演活動を続けている。本書は彼へのインタビューをまとめたものである。
 同胞をガス室へ送り、その遺体を焼却炉へ運ぶという仕事に従事していたという事実は戦後明らかになり、ナチの戦争犯罪を糾弾するユダヤ人に衝撃を与えた。この本には人間が何処まで残酷になれるのかという実例が書かれており、言葉を失う。ナチは看守には犯罪者を任命し、ユダヤ人の生きる意欲を喪失させた。また「特殊任務」に就いた者は、秘密が外へ漏れるのを防ぐために三ヶ月ぐらいで殺されたという。
 ハンナ・アーレントは「イエルサレムのアイヒマン」でこの「特殊任務」を取り上げ、ユダヤ人がこの任務を引き受けなかったら、600万人もの犠牲者は出なかっただろう述べ、大きな論争となった。アーレントはアイヒマンの罪を軽くしようという意図はなく、一つの問題提起だと考えられる。極限状況の中で少しでも生き延びたいという人間の欲求をナチは利用したわけで、それらのユダヤ人には道義的責任を負わせることはできないと思う。
 人類の敵ともいうべきナチの犯罪を風化させないことが、人類の平和的共存の必要条件になることは間違いない。戦争は犯罪であることをもう一度確認すべきである。その意味で先日イスラエル文学賞を受賞した村上春樹がイスラエル軍のガザ地区への攻撃を批判したことは誠に素晴らしいことだ。受賞を辞退せよという圧力が人権団体からかかっていて、どう対処するのか注目していたのだが、一番賢明な方法を選んだと思う。このようなメッセージをあらゆる機会をとらえて発信することが重要だ。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。