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怒りの葡萄[新訳版]上下 ジョン・スタインベック 黒原敏行=訳 早川epi文庫

2021-06-05 14:09:45 | Weblog
 初版は1939年。1930年代に発生した干ばつと砂嵐をきっかけに、機械化を進める資本家と土地を追われてカリフォルニアに移住していった貧困農民層との軋轢闘争を素材とした小説。1940年にピューリッツア賞を受賞し、後のノーベル文学賞受賞の契機となった名作。オクラホマからルート66を経てカリフォルニアに脱出するジョード家の物語だが、これは新約聖書のエクソダス「出エジプト記」をモチーフにしている。ジョード家の長男トムを中心に、祖父母、父母、ジョン伯父、兄のノア、弟のアル、妹のローザシャーンとその夫のコニー、下の妹のルーシーと末弟のウインフイールド、そして元説教師のケイシーの、総勢13人である。ジョード家はオクラホマで小作農をしていたが土地を失って、活路を求めてカリフォルニアに向かうことになった。

 一家は財産を売り払い、必要な物だけをトラックに積んで、仕事が多くあるという「夢のカリフォルニア」を目指して国道66線を西に向かう。長男のトムは殺人で懲役4年の刑を受け、現在仮釈放で帰っている。物語はこのトムと母親のママ・ジュードを中心に展開していく。出かけて間もなくトラックが故障したり、祖母が亡くなったりと苦難に見舞われる。しかし一家は前向きに努力する。トムやアルがトラックの修理をする場面が何回も出てくるが、描写がリアルで、スタインベックは相当車に詳しかったようだ。ゆく先々で彼らはオーキー(オクラホマ出身者)と蔑視され邪魔者扱いされるがめげずに進んでゆく。やっとカリフォルニアについたが、そこには同じように東部から職を求めて移住してきた人々で一杯だった。

 キャンプで居場所を求めて右往左往するが、そこで威張っているのが地元の警察官である。彼らは地元民の利益に奉仕するために移住民を排除しようとする。そして農場主は低賃金で使おうとして狡猾な仕組みを考え、団結して抗議すると〝アカ〟(共産主義者)と呼び、弾圧を加えるばかり。「夢のカリフォルニア」の幻想ははかなく崩れてしまった。移住農民の置かれた過酷な状況をスタインベックは淡々と描いていく。その中で、ジュード一家のメンバーも祖母に続いて祖父が亡くなり、ローザシャーンの夫のコニー・リバースが失踪してしまう。その日暮らしの彼らの生活は常に飢えとの戦いだ。キャンプのテント前でママ・ジュードがシチューを作っていると隣のテントの子供がじっとそれを見ている。ママジュードは、「たくさんはないのよ。鍋をここに置くからね。ちょっとずつ食べていいよ。これぐらいじゃ全然おなかの足しにならないだろうけどね。でもしょうがないよ。あんたたちに知らん顔もできないから」と言ってよその子供たちにシチューを与えるのだった。感動的な場面である。自分の家の食料も少ないのに飢えた隣人にシチューを与えるママ・ジュードはキリストそのものである。

 そして最終場面、流産したローザシャーンが衰弱した見知らぬ男の寝ている所にママ・ジュードに連れられてくる。男は衰弱して固形物は食べられない。そこでママ・ジュードはローザシャーンに言い含めて彼女の母乳を男に吸わせて、命を助けようとする。崇高な場面である。ここでのローザシャーンは聖母マリアそのものだ。この小説は社会派作品と言われるが、それだけにとどまらない重層的な広がりを持っている。私はどちらかというと宗教的な作品かなという感想を持った。

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