ユダヤとイスラエルのあいだ 早尾貴紀 青土社
近代の国民国家思想・ナショナリズムに起因する「ユダヤ人」問題、シオニズム、イスラエル国家について、様々な思想家の言説をもとに分析したものである。イスラエルこそは近代世界における「国家」や「国民」や「民族」を考える上で格好の素材である。それはヨーロッパ世界の「ユダヤ人問題」を考えることでもある。
第一部でハンナ・アーレントとマルティン・ブーバーの二民族共存論を紹介しイスラエルはユダヤ人国家か、ユダヤ人とパレスチナ人の二民族共存国家かについて議論する。その後、第二部においては、イスラエル建国以降、イスラエル国家に対して、ユダヤ人の思想家たち(ハンナ・アーレント、ジュディス・バトラー、アイザイア・バーリン、)とパレスチナ人思想家のエドワード・サイードがいかに対峙しえたのかを検討することによって、二十世紀後半以降の国民国家をめぐる議論における「ユダヤ人国家イスラエル」の現在を俎上に載せる。
本書を通読して感じるのは、取り上げた思想家の主張を明確に簡潔に整理していることで、誠に分かりやすい。特にサイードを論じた第八章は読み応えがある。サイードは最近亡くなってしまい、シオニズムそしてイスラエルに対する鋭い批判はもう聞くことはできなくなってしまった。誠に残念と言わざるを得ない。イスラエルはいま「純然たるユダヤ人国家」を目指しており、パレスチナ人を含めた二民族共存というハンナ・アーレントが唱えた国家理念からますます遠のいていく。それはユダヤ人によるアパルトヘイト体制と言うべきものであるが、南アフリカの例を見れば分かる通りこれは必ず自滅する。人種による純粋化は国民浄化運動を引き起こし、それが悲劇を生むことは歴史が証明している。