読書日記

いろいろな本のレビュー

ひさし伝 笹沢信 新潮社

2012-07-15 07:16:04 | Weblog
 井上ひさしの伝記である。記述は詳細で年代順に作品のコメントをはさみながら井上の実生活と作家活動の再現に全力を挙げている。一読して少年時代の苦労の実態がわかった。父が早死にしたため、母は三人の息子を抱えて奮闘する。施設に預けられたが、そこはカトリック教会の施設で、後に井上が上智大学に入学する機縁になる。温かい家庭の味を知らずに成人した井上だが、書くものは温かく慈愛に満ちている。戯曲が多いが小説もベストセラーが何篇もある。それらは社会の不合理や虐げられた者へのいたわりがある。
 読書家としても有名で、作品を書くための資料として膨大な書物を購入して、それを読破する。そのため締め切りに間に合わないことが多かった。遅筆の作家と言われる所以である。若いころNHKの人形劇「ひょっこりひょうたん島」の脚本を書いていたが、私の少年時代の人気番組でみんな見て喜んでいたと思う。何かエスプリが効いていた感じがする。熊倉一郎や藤村有弘の吹き替えが誠に秀逸で、人気を支える原動力となっていたと思う。
 井上は共産党の広告塔のようなスタンスだったが、それは父母の影響が強いことが本書を読んでわかった。少年期の苦労が、社会に対する抵抗運動の意識を育て、反権力になる場合と、それを飛び越えて権力側について、苦労した分を取り返そうという二つのタイプが見受けられる。前者が井上ひさしで後者が某市長である。某市長がさもしく見えてしまうのは、権力を握った途端、既得権益の打破と称して、かつて自分が身を置いた貧困層に対して無情のナタを揮うことである。かつての同類を冷たくあしらうその姿に病理を感じる者も多いことだろう。
 妻好子との離婚を経て、再婚。はじめての男子を設けた。女性に対しても剛腕ぶりを発揮している。晩年の戯曲『父と暮らせば』は登場人物が父と娘の二人だけだが、広島の原爆問題を鮮やかに捉えていた。その他、憲法9条問題についても深い理解を示して、反戦の意思を高らかに表明したことは立派だった。
 反戦と言えば、共産党の元書記長、不破哲三氏の妻、上田七加子氏の『道ひとすじ』(中央公論新社)も一つの立場を貫き通した人間のプライドがにじみ出た自伝である。不破氏は東大の物理学科卒の秀才で学究的態度を不断に持ち続けたと書いている。そう言えば訥々と語る中につよい意志を感じさせた。兄の上田耕一郎氏とはタイプが違う。
 一つの立場を守るための絶え間ない努力と研鑽を積むことが大事だと改めて考えさせられた。

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