読書日記

いろいろな本のレビュー

出星前夜 飯島和一 小学館

2009-10-10 11:54:43 | Weblog
 第35回 大仏次郎賞受賞作品。歴史物としては久々の硬派の作品で、江戸初期に起きた島原の乱を、松倉藩に弾圧される農民の側から克明に描いている。主役はもと有馬家の重臣で、下野して有家村の庄屋となった甚右衛門とイスパニア人の祖父を持つ青年寿安。天草四郎はジェロニモ四郎として出てくるが、脇役だ。この二人を軸にして島原の乱の実相が描かれるが、あくまで悪政に対する庶民の蜂起という視点で、宗教心による権力に対する反乱という描き方をしていないところがミソだ。2万7千人とも言われる蜂起勢がほぼ全員殺害されるプロセスが淡々と描かれる。農民に苛酷な年貢を強いる藩の理不尽とそれに20年間耐えてきた農民のぎりぎりの生活、キリストは農民にとっての救いだが、それでも蜂起せざるを得ない大義名分が読者に明かされる。歴史は思い出すことという小林英雄の言葉をそのまま作品にした感じで、具体的なイメージを喚起するその文章は簡潔だが非常に密度が濃い。乱後、医者として生き延びた寿安は空を見る。「再び土手を登り見上げた空には星が出ていた。天狼星(シリウス)は西空深くで頷くように瞬いていた。三つ星(オリオン)はすでに長崎湾を隔てた山影に沈もうとしていた。もう六つ半(午後七時)近くになる時刻だとわかった。陽暦では四月も二十八日を数えようとしていた。冬の夜空を彩った星星が、足早に去ろうとしていた。」
 農民の戦いは烏有に帰した感があるが、この最後の夜空の表現こそは「出星前夜」のタイトルと関わる重要なところだ。即ち、2万7千の犠牲が、新しい時代の希望につながって行く予感があるのだ。ここに救いがある。

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