叡智の断片 池澤夏樹 集英社
池澤氏は小説家の故福永武彦氏の息子で「スティルライフ」で芥川賞を獲得した。私は彼の熱心な読者ではなく、「ハワイ紀行」ぐらいしか読んだことがない。しかし、「世界文学全集」の個人編集者として新聞、雑誌に取り上げられているぐらいだから読者としても一流なのであろう。とにかく博識だ。
本書は「月刊プレイボーイ」に連載されたコラムで、内容は多岐に渡っているが、数種類の「引用句辞典」(英語版)からの引用がモザイクのようにちりばめられているのが特徴。冒頭、筆者曰く「日本人は著名人の発言や小話の類を引用しない。なぜかと考えてみた。引用というのは自分の意見を飾るために叡智の断片を飾ることだから、意見を言わない国では使い道がない。日本人は好みは言っても意見は言わない。選挙演説でも意見は言わず、ひたすらお願いしますしか言わない。政策ではなく、人格を売り込んでいるみたい。云々」蓋し正鵠を射た意見である。
自分の意見を飾るために叡智の断片を飾ることは、読者、聴衆を感動させるための基本的な技術であり、知的な営為である。読書に縁のない生活を送っている者には至難の技だ。そういう類の人間が演壇でスピーチをやると主婦の井戸端会議レベルのものになる。わかりやすいが中味が無いのだ。
大学の学長の式辞は学問の府の代表だけあって「叡智の断片」で飾るのが普通だ。ところが、高校の場合校長の知的レベルはピンキリなので「叡智の断片」で飾れない者が多い。これはインテリは校長になれない、あるいは馬鹿馬鹿しいからならないという状況に起因する。高校にしろ義務制にしろ最近の教育界は知性・教養に対するニヒリズムが台頭しており、心ある教員は創造的無能を装って竹林の七賢人のごとく清談に耽っている。ところがこの七賢人はM教師(問題教師)として糾弾され、免許を取り上げられようとしている。七賢人を救え。