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創られた「東京裁判」 竹内修司 新潮選書

2009-12-13 10:13:18 | Weblog

創られた「東京裁判」 竹内修司 新潮選書



 東京裁判は戦勝国が敗戦国を裁くということで、そういうことが許されるのかという反問がなされることが多いが、すでに歴史の一事実になっているいま、恩讐のかなたに消えたと思われるが、なかなかそうはいかないのが現状だ。まあ、歴史に正しい評価を下すことは大変重要なことで、このような書物が刊行されるのも意味がある。
 東京裁判はナチスを裁くニュルンベルク裁判を踏襲しようとしたため、戦争犯罪人のとその罪名の特定に困難が生じた。ナチスの場合はヒットラーはじめ進んで侵略行為を行い、ユダヤ人を抹殺するという明確な目的と意志をあらゆる場面で表明していたので、上記の特定は比較的簡単に行えた。しかし、東京裁判の場合は誰が戦争を始めたか、誰が責任を負うべきかという問題ははっきりしない。軍幹部はいずれも私には責任がないという、無責任体制がはびこっていたために特定が困難で、米軍は犯罪者名簿を作るのに苦労したということが、書かれている。天皇が最大の責任者だとして断罪するのは話が簡単でわかりやすいが、当時の日本の状況を考えるとあまりにも影響が大きすぎて、マッカーサーは断念した。しからばと、東條以下を戦犯リストに載せたが、粗製濫造で戦犯とは到底考えられない外相の広田弘毅までが、入っていたことに驚きを禁じえない関係者が多かったようだ。しかし、時間がないということでそのまま起訴され、広田は絞首刑になってしまった。無念としか言いようがなかったであろう。戦犯指名の裏には「証言を得るために容疑者として逮捕する」という思惑もあったようだ。それが混乱の中で結審し悲劇が生まれた可能性がある。アメリカの日本人研究は、ルース・ベネディクトの『菊と刀』で有名だが、その他海軍日本語学校に優秀な学生を入れて日本語・日本文化の研究に当たらせた。ドナルド・キーンやサイデンステッカーらはその後、日本文学研究で名をはせたのは周知の通り。
 それほど研究させた日本だが、天皇を始めとする無責任体制は理解不能だったということである。これは丸山真男の研究によって初めて明らかにされた。この無責任体制はいまも続いているように思われる。民主党の混乱は明らかにこの流れだ。


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