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ことのは

初めに言葉があった。言葉は神とともにあった。言葉は神であった。と、ヨハネは言う。まことに、言葉とは不可思議なものである。

ウーヤータ~

2023-04-10 09:47:57 | 日記・エッセイ・コラム
なんなのか?
これは掛け声である。
私がまだ若い頃マンガ雑誌があった。
今も人気のあるあの週刊誌、
少年ジャンプである。
そこに「少年ジェット」という連載があった。
中身はほとんど覚えてないが、
そこに登場するのが主人公の少年である。
彼の武器が声である。
ミラクルボイスと言っていた。
その掛け声がウーヤータ~であった。
これが強烈な武器だったのだ。
それだけのこと。
・・・・・
同じようなものが、
あの有名な「ドラゴンボール」にある。
これはもう日本ならず世界を席巻した。
それは雑誌より映像化(アニメ)の影響かと。
これも少年が主人公である。
めっぽう強い少年であるが、
彼の最高の武器が声である。
そうです、あのカメハメハである。
先の話と同じ発想なのだが、
声もあるが腕の構えもあり、
全身で気を発するものです。
しかもその語尾がハになっている。
ハとは波であり、そのまんまかと。
にしても勝手ながら、
これは言霊の国・日本の面目躍如かと。
私は以前から言葉こそが武器だと、
人間最大の武器であると。
それはその概念を指してのこと。
でもこのカメハメハは音そのものです。
ここに日本の情動がある。
独特の情動があるのです。
ちょっとそれるが、
それに既に言っていることだが、
物はすべてが変化している、
それを運動・振動・波動と言い、
一言で言えば波動であると。
つまりすべては波(ハ)なのだ。
ならカメハメハの名はしかりと。
これは漫画での話だが、
実際にもそんな武器があるかも。
聞くところによれば、
電磁波動砲と言うものがあるらしい。
開発が難しくまだ完成していないと。
でも軍事のことは闇のなか。
本当は既にあるのかも。
他でもないこの日本に。
とかとかと思っている。
・・・・・
ちなみに声は喉から発せられる。
その大元は声帯である。
その声帯を振るわせるのだ。
それが空気を伝わるのです。
ここに奇妙がある。
空気の動きの大元は肺がなすのだが、
でもそれでは声が出せない。
吐く時には声が出ないのだ。
むしろ息を止めて声を出す。
為には事前に空気を吸わなけばならない。
それは必ずしも肺ではない。
それは声帯以下の所謂腹である。
現に腹式呼吸という呼吸がある。
それが腹に空気を貯めるのです。
そして息を止めて声帯を振るわせる。
それが声である。
大きな声や気合を付けるときは深く息を吸う。
声とはある意味全身を使って発するのだ。
日本語はそれを心得ている。
「腹を決める」、
「腹を据える」、
大事を為すときは、
そういう言い方をする。
言葉は思いを乗せて伝えるもの。
それが言葉に重みを与えるのだ。
腹はその役目を担うのだが、
それは全身の総意として行うのです。
思えば腸は脳と直結していると謂われる。
そう言えばそうかなとも?
てかそれは当り前でしょう、
すべての器官が脳と繋がってるのは。
前に錯覚していると言った、
脳が「私」であると。
脳さえ生きていれば私は死なないと。
ときに私の命が永遠に。
思い違いも甚だしい。
脳は私の器官の一部でしかない。
単に中継点に過ぎないのだ。
それを知ろう。
ただ違うのは、
そこに言葉(概念)があるから。
それが蓄えられているから。
これが厄介なのだ。
変な錯覚を起こさせる。
困ったもんだ。
・・・・・
以下は付録。
波動の元は腹にある。
腹の底のさらにその奥にある。
そうは言ってもそれは実部位ではない。
それは「こと」であって、
「もの」ではないのです。
だからそれを物に譬える。
それを日本人はカガミとする。
これは写すものです。
全細胞が現実と対峙して捉えた波動を、
そこに写しそれを波動として放出する。
それを本能という。
ところが人間は言葉を持ったのだ。
言葉として発信するのです。
それが本能に影響を与える。
それが人の行動である。
言葉を「こと」の「は」と言っていたが、
それはそれで変わらないが、
それは「こと」の「波」でもあったのだ。
日本語は奥が深い。
てか底が見えない。

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