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ことのは

初めに言葉があった。言葉は神とともにあった。言葉は神であった。と、ヨハネは言う。まことに、言葉とは不可思議なものである。

ふんべつ

2025-05-05 10:14:46 | 日記・エッセイ・コラム
リベラルの嘘はいろいろあるが、
てかそのほとんどが嘘であるが、
それはいつも偽善に塗れている。
人の言葉は虚構であるとはいつも言っている。
それが嘘を免れるはその構えによる。
神の言葉つまり現実に如何に依拠しているか、
そのことによる。
てかそのことに尽きるかと。
人類がまだ地球上に現われる前にあったのは現実、
人類がこの地球上から消えてもそこにあるは現実、
現実はすべてである。
その神の事の場にある現実に対峙して、
ヒトは「人の事の場」を創る。
人類はそこに天と地を認めた。
人類はそこに光を認めた。
そしてそこに「ものごと」を認めた。
さらにそこにあるさまざまな違いを認めた。
それを分別(ふんべつ)と謂う。
それは分別(ぶんべつ)と謂う短絡的なものではない。
それはゴミではないのだ。
それは鮮烈で決定的な違いから、
一寸した微妙な違いまで、
分別できっるものに印(しるし)を付けて行った。
その印が言葉である。
ゆえ言葉は分別(ふんべつ)である。
ゆえ言葉は分別の積み重ねである。
ゆえ「こと」である言葉は歴史である。
ゆえ「こと」である言葉は伝統である。
ゆえ「こと」である言葉は文化である。
それは単なる只今の「こと」ではない、
過去と未来を包含した只今の「こと」である。
言葉を生きるとはそれを想うこと。
リベラルはそんな言葉を壊す。
過去と未来を閉じ込めて。
それが人間をこわす。
それを知らねば。
・・・・・
だから今まで言っていたのです。
これからも言い続けます、それがなくなるまで。
ひとつ今世界の嘘と狂気の大元、
一つはリベラル、一つは中華思想、一つは原理主義、
大きく言ってこの三つがあると。
これらはすべて言葉に関わっているもの。
やはり一番の問題は言葉なのだ。
ひとつリベラルの大嘘、
てか今世界を直接牛耳っているのはリベラルである、
その彼らが掲げているプロパガンダ、
それを私は、
コロワクポリコレ地球温暖化脱炭素電気自動車、
と言っている。
これはもう敢えて説明の要なし。
してもここで言いたいのはポリコレ、
それも男女にかかわること、
ここで分別が消されている、
このことが特に不快なのだ。
ポリコレとはまさに言葉の技である。
てかリベラルの本義がまさにそこに。
人は分別を持ち言葉を創り、
以って違いを知り、現実を知識してきた。
生物は無性生殖から有性生殖へと大きく転換。
その方が生存に有利だから。
それは植物もですが動物なら尚あきらか。
その動物にはいろんな種がある。
魚類や昆虫から哺乳類まで。
そこで思うのです。
雌雄ってのはこれは決定的な分別である。
種をも超えた決定的な違いです。
それを同じだとは如何。
何とも面妖な?
これに関わる災いの始まりは男女共同参画か。
人類はその初めから男女共同参画である。
それを敢えて言う理由がどこにある。
次に女性の社会進出という話し。
これも意味不明、家庭は社会の外にあるのか、
家庭は社会を繋ぐもの社会を成立させるもの、
それは命の使命である命を繋ぐための礎です。
それが社会でないとは?
てかこれを維持するのが社会の要諦かと。
女性の社会進出とはようするに、
どこでどう関わるかだけのこと。
そも人間は皆社会的動物である。
ちなみに唐突だが、
ここで想うのです、与謝野晶子の歌を、
海恋し潮の遠鳴り数えては乙女となりし父母の家、
これは生命の核心を歌っている、
悠久の生命の核心を、女の心で。
そう想うのです、
実に素晴らしい。
ここにはつまらない理屈はない。
ポリコレは一切ありません。
ハイ!
・・・・・
今喧しいのは選択的夫婦別姓である。
ひとつの家庭の印は当然一つでいい。
姓をその印とするならそれはひとつ。
ゆえ意味が分からない。
夫婦別姓とは何なんだ。
てかそこになお選択的と付ける。
欺瞞の上にもなお欺瞞を重ねて。
てかシナ朝鮮の夫婦別姓は意味が違うと。
アレは家庭を指しているのではない。
アレは血統を指しているのです。
母は父方には決してなれないのです。
思えば今の日本に知識人はいるのか、
思えば思うほどに情けない、
想えば皇室には家庭がない、
てか庶民の言う家庭はない。
そこに在るのはすべての家庭を包むもの、朝庭である。
ゆえ皇室の方々には姓がないのです。
そのかわりにか宮号がある。
しても陛下にはそれもない。
而して陛下は二人あられる。
天皇陛下と皇后陛下である。
真の芯として。
それを想うのです。
てかてかしかじかであるが、
ともかく分別を取り戻そう、
しかして言葉を取り戻そう、
言葉を持ってこその人間であり、
ときに捉えた現実への想い、
ときの鮮烈な想いを持って。
と常々思っている。
うん!

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