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ことのは

初めに言葉があった。言葉は神とともにあった。言葉は神であった。と、ヨハネは言う。まことに、言葉とは不可思議なものである。

島原の乱

2016-03-24 10:37:51 | 日記・エッセイ・コラム
本能寺の変と島原の乱は繋がっている。
もちろん、歴史はすべて繋がっている。
それはそうだが、
ここで言いたいのは、
深い所で密接に繋がっている、
ということである。
・・・・・
直接の犯人が誰であれ、
結局は、
信長は日本の霊性の大きな流れによって殺された、
と言えるのではないか。
興味ある人は知ってることだが、
信長の遺体は見つかっていない。
当時、本当に本能寺にいたのか。
殺されたのは別の場所ではないのか。
遺体が見つからないのはそれ故ではないのか。
分からないのだ。
だからこそ、爆殺だったとも言われる。
明かなことはひとつ、
明智光秀が本能寺を攻めたこと、
これは事実だ。
それ以外は…。
だから、いろんな説が出回っている。
なかなか面白い。
・・・・・
当時の霊性の流れは、
イエスを騙る者にたぶらかされた者と、
それを見抜いた者がいたということ。
その葛藤の中で信長は殺された。
しかして、その決着は。
ひとつは、騙る者(バテレン)を追放すること。
ひとつは、たぶらかされた者を諭すこと。
踏絵による改宗。
従わない者は弾圧。
その結果の、島原の乱である。
日本では戦いがあっても、
普通は庶民は殺されない。
まして、女・子供を含め皆殺しということはない。
それがあったのである。
容赦なく徹底的に。
・・・・・
たぶらかされた者と言ったが、
彼らはただ純粋にイエスの教えのみを信じたのだろう。
その中に謀があっても、それは教えの外であったろう。
中には気付いていた人がいたかも知れない。
でも教えは教えだ。
イエスの言った言葉に謀はない。
イエスの言葉は「まこと」だ。
そのイエスの言葉に従ったのだ。
ともあれ、
歴史を陳腐な善悪で計るのは止めよう。
全く無意味である。