Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『三月大歌舞伎『元禄忠臣蔵』昼の部』 1等1階センター

2009年03月14日 | 歌舞伎
歌舞伎座『三月大歌舞伎『元禄忠臣蔵』昼の部』 1等1階センター

三月は地味な『元禄忠臣蔵』の昼夜通しなのでお客さんの入りはどうかな?と思っていたんですが週末のせいか満員御礼。さよなら公演だからでしょうか。あと忠臣蔵好きの方々もいらしてたんでしょう。男の方がかなり多かった。

さて昼の部ですがこれが面白かったんです。国立3ケ月の通しの時もかなり楽しんだんですが、国立の時と雰囲気がだいぶ違ってて、まずそこが面白かった。歌舞伎座仕様というか、空間や空気が密で、役者がより前に押し出しているというか。国立が物語重視なら歌舞伎座は「役者をみせる」こと重視な芝居だったというか。あ、歌舞伎、と思いました。そして観ているうちの役者の熱に引き込まれて気持ちが盛り上がってきちゃいました。私、基本暑苦しい芝居が好きなので、もう楽しくて楽しくて、というかすっかりハマって見てました。で、なんと我ながらビックリ、三幕とも泣きました(笑)私ったら涙もろくなったのかしら~(笑)

一幕目は浅野内匠頭@梅玉さんの哀切さに涙し、二幕目は大石蔵之助@幸四郎さんの苦悩と、井関徳兵衛@歌六さんの拗ねモノの生き様と、親の心に殉じた井関紋左衛門@種太郎くんの健気さに泣き、三幕目は綱豊卿の上の立つものの孤独さと、富森助右衛門@染五郎さんの若者らしい真っ直ぐな熱い気持ちに泣きました。

皆が前のめりな暑苦しい芝居だとは思うんだけど、それぞれそこに生き様をみせてくれたお芝居だったなと思う。説教臭かったり、赤穂浪士に肩入れしすぎっと思ったりもするけど、なんか好きです、「元禄忠臣蔵」。役者さんがいっぱい出てくるのも楽しいしね。

『江戸城の刃傷』
浅野内匠頭@梅玉さん、このお役が今出来るのは梅玉さんくらいではなかろうか、それぐらいハマっていました。非常に端正で静けさのなかに心の奥底に熱いものを秘めた浅野内匠頭です。運命を悟ってからの佇まいと台詞廻しには哀切があり浅野内匠頭の悔しい想いが伝わってくるものでした。

多門伝八郎@彌十郎さん、真っ直ぐな気性の情味溢れる多門伝八郎です。理知的でありながら台詞のひとつひとつに人としての情がある、好人物としての造詣が非常に良かったです。

加藤越中守@萬次郎さん、こういうカッチリした立役の萬次郎さんて珍しいのではないでしょうか。いかにも役人らしい雰囲気があって多門伝八郎とのやりとりの場が鮮明に浮き出ていました。

片岡源五右衛門@松江さん、小さく小さく平伏し浅野内匠頭を悲しそうに見守っている姿が印象的でした。

『最後の大評定』
国立で観た時より、今回は大評定での諸士たちの論戦がかなり短かったような?かなりカットしてますよね。タイトに一気に見せていく感じでこれもいいとは思いますが個人的にはもっと熱い論戦が見たかったような気がします。まあ歌舞伎座ではこれが限界かなあ。それにしてもワラワラと出てくる役者さんたちは圧巻ですね。どなたを見ようか目がウロウロしてしまいました(笑)

大石内蔵助@幸四郎さん、哀しみを湛え苦悩する大石内蔵助でした。押さえつつも感情が迸る、幸四郎さんらしい芝居。 リーダーたる資質はあるものの平穏に生きていけることこそが人にとって一番大事という気持ちを持った真面目な男です。ヒーローでは決してない。どの道へ進むべきか考え、考え、そして迷いながら、前へ進んでいく、そんな人物造詣でした。私は『元禄忠臣蔵』で真山青果が表現しようとした大石そのもののような気がしました。この大石の造詣を見たことで、次の御浜御殿での綱豊卿が共感を持って代弁する大石内蔵助が繋がりました。お家再考とあだ討ち、その狭間で悩み立ち止まってしまった大石内蔵助。

人の気持ちを受け止め受け止め、決断する揺れ動く人間味溢れる泣きの大石。その悲痛な部分での決断ゆえにその覚悟のほどの強さがみえました。また仇討ちへの覚悟は幼友達の井関徳兵衛が現れたことで、実はまた一歩進めたんじゃないかと思いました。生きることに不器用で無骨な徳兵衛は彼にとって合わせ鏡のようなものだったのではないかなと。城明け渡し後、死に行く井関へ決意を話すのも友情からの手向けというだけでなくそこに自分の姿も見たのかもしれません。親子への遺骸を優しく優しく扱う姿に泣けてきました。

井関徳兵衛@歌六さん、少しばかり捻くれものの生きていくことに不器用な直情型の井関徳兵衛でした。こういう線の太い役も上手いですね。自分に正直に生きていくことの難しさのなかの哀しさがそこにありました。もう少しそこに諦観があるともっといい徳兵衛になったかなとは思いますが、造詣としてかなり説得力がありました。また大石内蔵助@幸四郎さんに突っ込んでいって負けないだけの存在感があってさすがやはり上手い役者さんです。幸四郎さんと歌六さんのコンビでの台詞の応酬は聞き応えがありますし、泣かせてきます。芝居のタイプが合うのでしょうね。

井関紋左衛門@種太郎くん、幼さと朴訥さのなかに父に似た頑固さを秘めている紋左衛門でとても良かったです。訥々と話す台詞廻しがまたとても良かったです。

妻おりく@魁春さん、こういう奥方の役は本当にピッタリです。芯の強さを秘めた控えめな女性。こういう部分に魁春さんの良さがうまくハマる。

松之丞@巳之助くん、とても丁寧に演じてて良かったです。はしこいところや、また松之丞なりの決断がきちんと見えていい出来。

大石の娘、次男を演じた子役たちがかなり上手でした。筋書きを買っていていないのでお名前わからずですが。

『御浜御殿綱豊卿』
緊迫感のある前の幕から一変して華やかな場になります。通し狂言とはいえ今回の歌舞伎座上演ではかなり幕をカットしていますが、『最後の大評定』から一気に『御浜御殿綱豊卿』になるのもなかなか良い流れだなと思いました。

『御浜御殿綱豊卿』は2007年6月にほぼ同じ座組みで拝見しています。その時もかなり熱い舞台でしたが今回、前回以上に密で濃い舞台でした。役者さんたちが前のめりなら見る観客も前のめり、といった感じの舞台でした。拍手、拍手の渦ですよ、まあなんといいますかその暑苦しさが見事でした(笑)

綱豊卿@仁左衛門さんがこれぞ当たり役といった存在感。緩急自在な台詞廻しと情感溢れる表情には惚れ惚れ。今回は前回以上に次期将軍と目されるだけの悠然泰若な殿らしさがありました。助右衛門@染五郎さんの全身をかけた真っ直ぐな勢いを時には柔らかく、時には鋭くどこまでも受け止め、切り返す。上に立つものとしての大きさをみせていきます。

仁左衛門さんの綱豊は知的な鋭さのなかに繊細でどこか無邪気に見える熱き想いを秘めている。立場ゆえに自分というものを押し殺しながら絶えずもののふとしての「道筋」を考え生きているそんな雰囲気だ。その孤高に生きるしかない自分の孤独ゆえに大石内蔵助にシンパシーを感じているのだろう。そのなかで「お家再考」「仇討ち」の間で揺れる想いを持つもの同士、大石と綱豊は同質なのだということが非常に明快に伝わってきた。またその自身の哀しみゆえにあんなにも熱く容赦なく助右衛門に迫るのだろうなと感じた。どうか判れという切なる願いは大石のことであり、ひいては自分自身のこと。それにしても熱い熱い綱豊卿でした。

助右衛門@染五郎さんがまた前回以上に綱豊卿@仁左衛門さんにガッチリと向かっていっていました。声が安定してきていたせいだと思うのですが骨太さもだいぶ出ていました。そのなかで若者らしい仇討ちにかける命がけの情熱と仲間への想いゆえの一途さ、熱さがありました。綱豊卿の駆け引きに負けじと応戦するその愚直さゆえの心の揺れがよく出ていたと思います。

綱豊卿の気持ちを理解しようにもしきれないのは、若さゆえの短慮さがあるから。しかしその短慮さのなかにかえって若さゆえの拙さのある仇討ちにかける忠義がみえる。この助右衛門の賭ける強い想いがついには敷居のなかへ踏む込ませ声にならない慟哭があるのだと思う。綱豊卿はそこにもののふの本当の意味での本懐ではない単なる復讐という拙さを見て取るのだ。だからこそ高笑し、突き放して見せる。助右衛門がどう動くかみえるからこそ綱豊卿は能舞台にいなければならないのだ。

染五郎さんは丁々発止のなかにいわゆる役者としての味わいはまだそれほど出ていないとは思う。ただ真っ直ぐだけじゃなくそれなりの家柄の出という格がもう少し必要な気がするし、真山青果節の台詞の緩急は前回よりかなりこなれてきたものの、そのなかにもっと想いを込められたらという部分もある。しかしその足りない部分含めて、今回の熱演は真っ直ぐ伝わってくるものだった。また、前回の助右衛門を演じた経験を活かして(綱豊卿を演じた経験も活かしたと思う)どう突っ込んでいけば綱豊卿@仁左衛門さんがより自分に対峙しやすいか、という部分を今回はきちんと考えてきていたように思います。仁左衛門さんがまったく手加減せずに思い切り綱豊という存在を見せ付けてきたということこそが染五郎さんの成長ぶりをも感じさせた一幕だった。

お喜世@芝雀さん、お喜世としての存在感がきちんとありました。まずは綱豊卿大事、その部分が明快。そのなかで兄や浅野家への義に揺れる女性でした。愛人としての心細さがそこはかとなく感じられ、綱豊卿がそれゆえにますます可愛がっているという感じが今回感じられました。それは最初の場での綱豊卿とお喜世の距離感が以前よりかなり密接だったせいで感じたんですけど。でもそこがあったことで後半の場での綱豊卿と助右衛門の狭間で悩むお喜世の有り様が以前よりしっかりと見えたような気がします。

江島@秀太郎さん、非常に世長けた知的な女性。今回は少し芝居が砕けてたようなとこがあるのですがそこがなんとも色ぽくて一筋縄じゃいかなさそうな雰囲気がありました。

上臈浦尾@萬次郎さん、こういうキャラ作り上手いですよね~。可愛げがあるところがいいな。

新井勘解由@富十郎さん、受けに徹していましたねえ。綱豊卿の相談相手としての大きさがありましたけど少し台詞が弱いかなあ…。