Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

国立大劇場『三月花形歌舞伎公演『新皿屋舗月雨暈』』 2等3階上手寄り

2009年03月07日 | 歌舞伎
国立大劇場『三月花形歌舞伎公演『新皿屋舗月雨暈』』2等3階上手寄り

今回、いつもは『魚屋宗五郎』の場しか掛からない『新皿屋舗月雨暈』の前段の『お蔦殺し』の場がつきます。これが見たくて行きました。

『魚屋宗五郎』の場でおなぎさんが説明した通りの場が演じられていきます。この『お蔦殺し』の場自体はそれほど面白い場とは言いがたいですが、お蔦さんが生身の女性として実感できるのと、磯部のお殿様の酒の弱さ、心の弱さが判るので、後半の『魚屋宗五郎』の場が活きてきます。

ただ、おなぎさんが前半と後半のキャラがちょっと変わりすぎかも?私は今までずーっとおなぎさんてお蔦さんの同輩だと思っていたのですが、なんとお部屋様になっているお蔦さんの使用人なんですよね。『加賀見山旧錦絵』お初みたいなキャラクターでした。衣装も黄八丈だし。おなぎさんてこういう立場の女性だったんだと驚いていましたら、『魚屋宗五郎』の場はやはりいつもの、同輩ぽい雰囲気のキャラになっていました。なぜなんだろう??どちらも同じ梅枝くんが演じてるのに前半・後半でキャラがかなり違って戸惑いました。

とりあえず『魚屋宗五郎』の場は確かによくできているなと今回つくづく思いました。この場だけ演じられることが多く、色んな役者が練り上げていった、ということがあるかもしれないですね。その過程でおなぎさんのキャラクターも変化していったのかしら。

さて、今回は花形役者中心の舞台でしたけど、『魚屋宗五郎』って難しいんだな~、と実感しました。

前半『お蔦殺し』の場は演出次第でもっと面白い場にはなりそうとは思ったもののお蔦@孝太郎さんと岩上典蔵@亀蔵さん、そして磯部主計之介@友右衛門さんがきっちり過不足なく見せてきた。プロローグとしてはまずまず。この場で出てきたお蔦の愛猫(三毛猫で可愛いです)や家宝の茶碗が、その後あまり芝居に活きてこないのがもったいない。原作ではこの後、お蔦さんが幽霊になって出る場もあるらしいので、色々複線となっているのでしょうが…。

今月の見せ場はやはり『魚屋宗五郎』の場ですね。宗五郎@松緑くん、かなり頑張っていました。でも頑張るだけじゃダメなんだな、というものも見えてしまいました。ニンにはとても合っている役だと思う。これから持ち役にしていけそう、というものは十分にみせてくれた。それで今回は良しかな。

でもまあ、気になったところは今後のために書いておきます。あちこち拙すぎて、う~ん難しいんだねえ、と思う場面多し。最初の出からお酒を飲む前まではかなり良いと思う。宗五郎の等身大の悲しみや殿へ気持ちがよくみえて、これはいけると思いました。だけど酒を飲むところからが、もうあっぷあっぷ(苦笑)。酒を飲む、酔っていくという、酔態を見せていくところ、かなり芸が必要なんですねえ。お酒を飲んでいるように見えないし、酔いも手順でいっぱいいっぱいな感じ。でもこれは少しづつこなれてくればいいだけなのでまあ良し。ただこの過程で必要な、悲しみと怒りが少しづつ腹の中に蓄積していく、という肝心のところが見えないのが難点。酔態の芸が拙くてもこの感情の表現ができるようにしてほしい。台詞が単調なんですね、特にここら辺から台詞が一本調子になっていってしまう。手順に追われて必死なんでしょうが台詞に気持ちが入ってきていない。

だから暴れたあげく、屋敷に向かうシーンにも哀しさがみえない。花道のキメのとこが甘い。それと一番の見せ場の玄関先でのくどきがもう聞かせられない。泣き笑いになってないんだよね。情景が浮かんでこない。これはもう台詞回しをもっともっと自分の物にしていくしかないと思う。宗五郎としての輪郭の捉え方はとても良いと思うので、少しづつ頑張っていっていただきたいです。

また、酔いの場が盛り上がらないのは宗五郎だけのせいではなくアンサンブルも必要で、そこがまだ全体的に甘い。初日近いから尚更なんでしょう。そういう意味で三吉@亀寿くんがこなれてなくて…。硬すぎるというか、なんだろ間とか気持ちの緩急がまだまだ。こういう三吉のような受けて突っ込んでの役って難しいんですよね。『髪結新三』の勝奴とか。亀寿くんは前段の浦戸紋三郎のほうはとてもよかったです。

愛妾お蔦と宗五郎女房おはま@孝太郎さん、基本この方は芝居がやはり上手い。どちらもしっかり演じてきています。お蔦さんの楚々したとこ、悲痛な心持、恨みの表情、と気持ちが伝わる芝居。おはまも江戸の世話物はほとんど演じてないと思うけど、しっかりものの世話焼き女房な雰囲気がとてもいい。松緑くんや亀寿くんを引っ張っていっている。ただやはり、世話ものの女房は難しいんですね。まだこなれていない部分含めて、もう少し緩急がほしい。きっぱりした部分とかもっと欲しいし、色んな部分で溜めの部分がもっと欲しいです。

おなぎ@梅枝くんはかなり良かったです。まずは台詞がよかったです。きちんと伝えることができています。前段では黄八丈が似合わないのと、少々硬い感じでバタバタしすぎな感じでしたが後段は衣装も似合い、宗五郎一家への気遣いがきちんと感じられてとてもいい出来だと思いました。

今回、すごく面白いと思った場があります。それは殿と宗五郎の関係。かなり身分の隔たりがあるんだ、というのが今回実感できた。今回の友右衛門さんが殿らしい&格上さがしっかりあるので、宗五郎夫婦がすごすごとへりくだるのがおかしくないんですよ。いつもだと役者の力関係が宗五郎夫婦のほうが上なわけで。そうなると、舞台上でなんだかんだ身分の差が実感としてみえてこなかったんだなと。

と、まあ花形ならではの面白さと拙さの両方を楽しみました。松緑くん、孝太郎さんはある程度の実力が付いてきた花形役者ですのであえて先輩役者を基準にして厳しいことを書きましたが、なかなかいい芝居になっていたと思います。