Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『さよなら公演 九月大歌舞伎 昼の部』 3等B席上手寄り

2009年09月02日 | 歌舞伎
歌舞伎座『さよなら公演 九月大歌舞伎 昼の部』 3等B席上手寄り

『竜馬がゆく 最後の一日』
三部作のラストです。新作のシリーズものを3年続けて上演する、という面白い試み。続けて観てきた観客にとっては感慨深い完結編。尺八奏者、き乃はちさん作曲の『宙へ』の曲もすっかりテーマ曲として馴染んでいます。特に昨年からは生演奏になり、今年は嬉しいことに作曲家自ら、黒御簾へ登場とのこと。

今回はサブタイトルにあるように竜馬が暗殺された一日の様子を描き出してきます。芝居は近江屋の場のみで進みます。セットは近江屋の玄関先、裏門先、路地裏、竜馬がいた上階の部屋。それを暗転、盆廻しで場面の切り替えをしていく手法。第一部、第二部で使われた、時空を越えた思い切った場面展開、セリ使いは今回は無し。たった一日を描いていくのですからかえって思い切った演出が難しかったのでしょうか。転換時間は短いのですが、暗転、盆廻しだけだと少々単調な感じがしてしまうのは否めません。どこか一箇所でもいいので、違う方法での場面転換が欲しかったような気がします。

また、最後の一日を描くうえで大政奉還後の竜馬たちがどう動いていたのかをすべて台詞で表現しなければならないので、説明台詞が多いのも、少々まだるい感じ。通し上演ではない部分で難しいところではあるのでしょうね。それでも、竜馬が暗殺されたその一日もその時代の人々は不安と希望を抱きながら生活していた、という部分をさりげなく活写していました。竜馬暗殺のその一日もある意味、淡々と過ぎていく日々のなかのひとつであったのだなあと思いました。しかし、また記憶に残る人物として宙のどこかに留められた一瞬でもあったのかもしれません。

芝居は新作のわりに全体的には纏まっていたと思いますが、やはりまだメリハリやアンサンブルがまだこなれていない部分がありました。それでも竜馬を中心に未来のことをそれぞれが一生懸命考えて、あきらめずに試行錯誤していた人々が交差し、そして擦れ違いながら生きていたその一日が見事に立ち上がっていたと思う。もっとこなれてくれば、見応えがでてくるんじゃないかなと思いました。生きていくことの切なさが伝わってきた『竜馬がゆく 最後の一日』でした。これで最後はもったいないですねえ。いつか一部~三部をエピソードを足して通して一挙上演する機会があるといいなあ。

竜馬@染五郎さんが、この舞台を引っ張っていました。思い入れの深さ、情熱がそのままストレートに出ていたように思います。竜馬@染五郎さんが出てくると空気が締まり何か物語が動くだろうとな、とそんな感じを観客に与えていきます。風邪ぴきで小汚い竜馬なんですが、飄々とキラキラした瞳でどこまでも真っ直ぐに純粋に生きてきた竜馬を見事に体現していたと思う。また、あまりにも真っ直ぐゆえに理解されない哀しさを秘め、でも夢を信じることにひたすらな竜馬でした。とてもかっこよかったです。一部、二部、そして今回とどんどん素敵な竜馬に成長していったなあと思いました。

中岡慎太郎@松緑さん、骨太で熱い熱い中岡くんでした。硬軟を演じ分ける染五郎さんに対して、松緑さんは一直線に未来を憂う中岡を演じてきています。二人の対照がとてもいい感じ。また気心しれている二人の間柄の距離感がとてもうまく出ていたと思います。ただ、台詞がまだこなれていない部分があり、もう少し情感を含めてきてもらえたらな、と。特にラスト、たった一言でこの芝居の締めをしなければならないので大変でしょうけど、悲痛さ、無念をぜひとも表現していってほしいです。

淡海槐堂@竹三郎さんがいい味わい。

おとめ@芝のぶさんがとっても可愛かったです。健気でしっかり者であの時代のごく普通の女性として一生懸命に生きているおとめさんでした。

桃助@男女蔵さん、根はいい人なのに、あまり物を考えないで行動してしまう、桃助を演じます。悪くはないのだけど、もう少し頑張ってというところでしょうか。作りこめる役のはずなので。考えないことの愚かさ、小物ならではの悲哀をもっと体現してほしいです。

『時今也桔梗旗揚』
我慢の芝居。観客側も我慢(笑)動きが少なく、いわば台詞劇のような芝居なのでよほど場が締まらないと観続けるのが大変です。まだ初日感たっぷりで段取りめきどうもこれぞという部分が少なく、もうひとつ締まらない出来だったのが残念。

光秀@吉右衛門さん、イジメに耐えに耐え、堪忍袋の緒がプチッと切れてしまい謀反を決意する光秀という役が似合うし上手い。真面目すぎてしっかり筋を通してしまい、上司のご機嫌におもねることができない一本気な雰囲気。大きな体を小さくして我慢している様、そして底の部分に怒りを溜めていく様子が明快に伝わってきます。謀反を決意したときの大きさが吉右衛門さん。こういう重厚さのある空気を作ることが出来るのが素晴らしい。少し痩せられたようで白塗りの拵えも似合い、とても良かったです。

春永@富十郎さんが初日で台詞が多い役ということもあるのでしょうが台詞がまったく入っておらず全部プロンプ頼り。なので台詞の間が悪い…。それでもきちんと芝居が出来ているのはさすがだなとは思うものの、この芝居は春永が光秀を追い込んでナンボの芝居なので間が悪いとどうしてもだれるし、芝居のメリハリがなくなってしまう…。後半、良くなっていきますように。

四王天但馬守@幸四郎さん、最後の場面での注進役。いわばご馳走役ですが、出てきた瞬間、場がかなり華やいで一気に場面が締まる。観客がワッと沸きます。吉右衛門さんとの並びのバランスもよく兄弟揃って見得を切るだけで、ワクワクしてきます。兄弟が並ぶとそれだけで見応えが出ますねえ。

桔梗@芝雀さんが可愛いし健気。品の良い持ち味が生きています。

森蘭丸@錦之助さん、力丸@種太郎くんがしっかり演じていて存在感ありました。

『名残惜木挽の賑 お祭り』
10分程度の短い舞踊ですが華やかで楽しい。さよなら公演の口上があり手打ちがあります。

中堅・若手を従えての芝翫さんがとにかく可愛いしさすがの存在感。この方の愛嬌に観客が引き込まれていきます。

鳶頭では歌昇さんがさすがの上手さ。染五郎さんと松緑さんコンビでの踊りが華かでいいです。染五郎さんはしなやかで、松緑さんは骨太な雰囲気。しかし並んで踊ると染五郎さんの上手さが目立ちますね。体の動きに余裕があるので踊りにキレがあって姿も綺麗だし一枚上手な感じ。とはいえ松緑さんもだいぶ体の使い方は上手くなってきたと思います。

『天衣紛上野初花 河内山』
松江宅内、玄関先のみの上演。この演目に関してはやはり、みどり上演より通し狂言で観たほうが断然面白いと今回も思いました。それでも、この場だけでも楽しいことは楽しいですね。

河内山@幸四郎さん、出てくるだけで華やかです。やはり、お客さんがワッと沸くんですよねえ。幸四郎さんの河内山は愛嬌のあるアウトロー。存在感がありつつ大悪党というよりは、はみ出し者のどこかズレた場所にいる雰囲気を持ちます。権威に楯突く皮肉を持ち合わせ、そこに独特の愛嬌が滲み、観ていてとても楽しいです。ちくりちくりと松江候をいたぶる様や、開き直ったふてぶてしさに拍手喝さいしてしまう。幸四郎さんの芝居の上手さ、間の作り方の上手さがよくわかる一幕でした。

松江候@梅玉さん、良いですねえ。殿様然としたあの雰囲気は梅玉さんにしか出せない味です。我侭だけど、どこか鷹揚としていて殿としての品位が崩れることがない。

高木小左衛門@段四郎さん、芯のあるしっかりものの家老。家を守る、という一本筋が明快。この方はこういう役で本当に存在感がありますねえ。いかにも、いそうよね、というキャラを造詣してきます。

北村大膳@錦吾さん、こういう役をなさるのは珍しいのではないでしょうか。ふてぶてしくって、短絡的でいながらきちんと格のある大膳でした。人のよさがなんとなく滲んでしまっていますが、こなれてくると存在感のある大膳になりそうな気がします。