Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『秀山祭 九月大歌舞伎 昼の部』 1等1階中央花道寄り

2007年09月15日 | 歌舞伎
歌舞伎座『秀山祭 九月大歌舞伎 昼の部』 1等1階中央花道寄り

『竜馬がゆく 立志篇』
一週間前に観た時より芝居全体が締まっていました。若手とベテランのかみ合いがとっても良いですね。若手中心の二幕目に勢いとまとまりが出てますます見応えがでていました。

改めて、物語を進めるうえでオムニバスという形式を取ったのは非常に良い選択だと思いました。一幕を30分程度にすることで飽きさせないし、それでいて竜馬の人となりを抽出し場面場面で強調することにより一貫性を保っている。そういう意味では脚本、演出ともに成功していると言っていいだろう。好みとしてはライトの使い方をもう少し工夫してほしかったり、花道をもう少し使えないかなとか、ツケを入れて欲しいなどの部分もあったりするのだが、新作ということを考えれば上出来だと思う。三部構成を考えているということなので今後、二部、三部も今回を踏まえてきちんと上演していって欲しい。

また、ワールドミュージック的なオープニング曲は前回は生演奏じゃない、ということについ疑問を持ってしまい違和感があったのですが今回は冷静に聴けたせいかとても素敵な曲だなと思いました。これが生演奏だったらたぶん全面的に受け入れただろうな。作曲は「き乃はち」という若手の尺八奏者だそうです。

一幕目では竜馬@染五郎さん、桂小五郎@歌昇さんのイキが合ってきて、「同士」と認め合う過程がよく見えてきた。しかし立ち回りの部分はもう少し短くしてすっきりさせてもいいかも。その代わり、もうひとつ何かエピソードを足すとかできたら、単なる出だしの幕という感じがなくなると思う。ここでは染五郎さんは突き抜けた明るさ、というものを見せてとてもいい。人は明るいものを惹かれるのだ。竜馬の「人たらし」ぶりは底抜けの前向きさ、だったんじゃないかなと思う。

二幕目、若手全員の頑張りが「熱い芝居」としての集中度に繋がっており、かなり見応えが出ていました。それぞれが自分の役柄にうまく入り込んでいたと思う。忠一郎@種太郎くんの一生懸命さが役柄にぴったり合い、若さゆえのプライドのための無謀さがよく出ていた。山田広衛@薪車さんが郷士を差別する側の「悪い部分」をしっかりと見せて好演。寅之進@宗之助さんがやさしい素直な青年を真っ直ぐに演じて哀れさを誘い、やはり好演。また、ここでの竜馬@染五郎さんは若者たちの中心にいる人物として芯のある芝居。華がある、というのはこういうことだと思う。また悲痛さを感じさせる怒りの芝居がやはり上手い。

三幕目、台詞の応酬にメリハリとリズムがつき、ますます見応えが。このシーンは台詞を聴かせる場になっており、勝海舟と竜馬の丁々発止という部分以外に歌六さんと染五郎さんの丁々発止として観る感じにもなり、歌舞伎らしい場だと思います。 空気がどんどん張り詰め、濃くなっていくのが目に見えるよう。千葉重太郎@高麗蔵さんは書生らしさがだいぶ出てきた感じです。

ラストのピンスポはやはり少々違和感があるのですが、盛り上がったところでそのまま一気にラストに、という演出は上手いと思います。竜馬@染五郎さんの謳いあげる決め台詞は非常にかっこいいです。前回観た時より声が朗々と響いていたように感じました。

『熊谷陣屋』
相模@福助さん、藤の方@芝雀さんの存在感が出てきて、大きさのある芝居になってきたように感じました。特に、前半のこの二人の芝居は非常に丁寧で情味のあるものでした。お互いの立場が明確にありつつ女同士、母親という立場同士で繋がっている雰囲気があり、バランスがとても良かった。

藤の方@芝雀さんは、しっかり前に出て存在感がありました。しかしやはり「品格」という部分が残念ながら足りない。こういう役をあまりしてない、ということもあるのでしょう。少しづつこういう役もこなし「格」というものも身に付けていってほしいです。

相模@福助さんは本当に丁寧にきっちりと演じています。また情味をとても感じさせました。ただやはり後半、その情味をうまく表現しきれていないかなと。でも雀右衛門さん、芝翫さんという大御所と比べてしまうのは酷というもの。これから除々にご自分のものにしていってくれるでしょう。

義経@芝翫さん、品格と情味のバランスが本当に見事です。

弥陀六@富十郎さん、こなれてきたせいでしょう、ますます存在感を際立ってきました。シンプルに演じているだけに弥陀六という人物の生き様がしっかり伝わってきます。

熊谷@吉右衛門さんがかなりの熱演。前回拝見した時よりいわゆる義太夫味の部分からほんの少し外れてリアリズム志向の芝居をしてきたと思います。かといって、リアリズムに流れることもなく熊谷という人物像の輪郭をくっきりと際立たせていました。哀しみを堪えに堪え、その「苦渋」を身に潜ませた骨太な頑固さのある熊谷像。だからこそ、ラストの崩れが活きてきます。型の流れが非常に洗練されていた、という印象も受けました。

今回、初代の芝居をかなり意識してきた、と思いました。初代の熊谷陣屋は映画で見ていますが、人物像にかなり無骨さがあり、また芯のある感情をリアルにしっかり伝える熊谷でした。この熊谷は幸四郎さんのほうが受け継いでいると個人的には思っていました。そういう意味では今回の吉右衛門さんは幸四郎さんの熊谷像と近くなっていると私は感じました。勿論、持ち味の違いもあり解釈も違う部分があり、同じものでは決してないのですが。それにしても不思議なもので、初代の持ち味を二人の兄弟がそれぞれに彼らの持ち味のなかで感じさせるのですよね。初代の持ち味は初代だけのものでそのすべて受け継ぎようがありませんが、それでも感じさせる部分がある、というのが受け継いでいくということなのかもしれません。

『村松風二人汐汲』
前回拝見した時は玉三郎さんと福助さんの資質の違いからくる踊りのバランスがしっくりこないと感じたのですが、今回はその資質の違いが非常にいいせめぎあいになっており、見応えのある舞踊になっていました。それにしても本当にこの二人が舞台に立つと華やかです。

玉三郎さんのお姉さん然としたしなやかで流れるような踊り、福助さんの妹らしい可愛らしさがあるメリハリのきいた踊り。この二人の対照的な踊りが上手い具合に濃密な空気を生み出しておりました。お互い持ち味を生かしつつも、しっかりお互い合わせるところは合わせてくる。前回、福助さんが玉三郎さんを横目で気にしながら踊っているな、と感じた部分が今回、きちんとキャッチボールになっていました。新作はやはりこなれて来る頃に見るほうが良いですね。