アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

日曜日記301・「病院ラジオ」の「陽」と「陰」

2024年05月12日 | 日記・エッセイ・コラム
  NHK総合の「病院ラジオ」については以前にも書いたが(23年8月20日)、4月29日の放送にも心打たれた(どうやら「祝日」の朝に不定期にオンエアするようだ)。今回の病院は九州がんセンターだった。

 なぜ「病院ラジオ」がこれほど心に響くのか、考えてみた。

▷サンドウィッチマンと語り合う患者さんたちはみんな明るい。明るいがん患者を見るとこちらまで元気になりそうだ。

▷語られるのは、親、パートナー、友人、医師・看護師への感謝の言葉だ。患者の明るさの背景には家族や医療従事者の愛がある。

▷事態は深刻なはずなのに、ユーモアにあふれている。サンドウィッチマンが巧みに笑いを引き出す。生活の中で笑うことはほとんどなくなったが、笑いはいい。笑いながら涙を流している。

▷サンドウィッチマンの伊達みきお氏もがんサバイバーだ。それがかれらと出演患者らとの目に見えない“糸”になっている。

▷重い病気を得て、死の入口が近くなると、人には今まで見えなかった景色が見えてくる。がんは失うものばかりではない。「キャンサー・ギフト」は確かにあるのだ。

 これらが「病院ラジオ」の魅力だろう。私自身ががんサバイバーだから番組に引かれる面はあるだろうが、健康な人にもお勧めだ。きっと何か得るものがある。

 だが、感動から少し経過して思った。
 「病院ラジオ」に見る患者さんたちは、幸運な患者さんたちだ。

 第1に、病気との生活(「闘病」という言葉は少し違う気がする)を励まし支えてくれる家族、友人がそばにいる。

 そして第2に、何よりも、担当医師に恵まれている。病気との生活を決定的に左右するのは、どんな医師に出会うかだ。誤診、手術ミスは言うまでもないが、そうでなくても医師の言葉、態度は患者の気持ち・生活を大きく左右する(看護師さんの役割は決定的に大きいが、看護師さんに“外れ”はほとんどない気がする)。

 世の中には、医師との出会いに恵まれず苦しんでいる、泣いている患者は、がんに限らず、たくさんいると思う。だがそれは表面化しづらい。

 良い医師と出会うには、良い医師が増えてくれる必要がある。それは医師・看護師・病院が置かれている労働条件(時間・賃金)、研修制度とかかわる。つまり政治と無関係ではない。

 誰しも笑って病気との生活を送りたい。人のやさしさに包まれて人生を終えたい。そのためには、ただ現実の「陽」の部分に感動しているだけではだめなのだ。「陰」の現実に目を向け、政治を変えていかなければならない。

 そんなことを思いながら、次回の「病院ラジオ」も楽しみにしている。
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