サッカーW杯をめぐる日本の報道は、熱狂する「市民」の姿と森保一監督はじめ日本選手への称賛にあふれています。しかし、世界の視点は違います。
韓国のハンギョレ新聞(日本語電子版)は2日、「ドイツが日本戦で怒ったのは敗北したからではない」と題するドイツ特派員(ノ・ジウォン記者)の記事を掲載しました(以下抜粋)。
<私はW杯を目前に控えたドイツ社会の雰囲気を注意深くながめた。W杯の熱気はなかなか感じられなかった。W杯大使が同性愛を「精神的損傷」と述べたことで、雰囲気はさらに落ち込んだ。
ドイツ最大の性的マイノリティ人権団体は、同性愛を法律で禁止し違反すれば懲役7年のカタールに「旅行警報」を下すよう政府に要求した。
ドイツなど7つの代表チームが着用することになっていた「虹の腕章」を禁止すると国際サッカー連盟(FIFA)が発表すると、冷え込んでいた熱気は怒りへと変わった。
「差別反対はドイツが非常に重視する価値だ。ドイツ代表チームのパフォーマンスには非常にがっかりしている。イエローカードを受けることを覚悟すべきだった」
ベルリンに住むダニエルさんは日本との初戦の話が出ると熱っぽく語った。日本に負けて怒っていたのではなく、代表チームが「卑怯だった」というのだ(試合前、口をふさぐ写真を撮りながら、FIFAの言うまま「虹の腕章」をはずしたこと―私)。
ダニエルさんは「いっそ他の7チームと連帯して試合をボイコットしていたら、FIFAもどうすることもできなかっただろう」と批判した。>
W杯に対するドイツ市民・社会の受け止めがよく伝わってきますが、この記事でさらに注目されるのはそのあとです。イ記者はドイツが2006年に差別禁止法(一般平等法)を制定するなど、「差別に反対する市民の力を基礎として」差別反対を制度化していることに触れ、こう続けています。
<「ドイツはなぜW杯に冷笑的なのか」から出発した問いは、「韓国ではいつごろ実現するのか」という疑問へと広がった。ノ・ムヒョン政権が差別禁止法を最初に発議してから15年がたった。(今年)4月の世論調査では67・2%が差別禁止法導入の必要性に同意した。韓国市民もすでに準備はできているようだ。>
イ記者はカタールの性的マイノリティへの差別、その批判を貫かなかったドイツチームに対するドイツ市民の「怒り」を報じるだけでなく、それはなぜなのかと問題意識を持ち、自国(韓国)との違いに着目して、差別禁止法の必要性へと視点を広げています。
日本の報道との落差を思わずにはいられません。差別禁止法の制定が急務なのは日本も同じです。
日本は、試合では「歴史的」な成果を挙げたかもしれませんが、今回のW杯が提起した差別・人権問題に対する応答は、きわめて不十分でした。それはメディアだけでなく、日本チーム・日本サッカー協会、市民、日本の政治・社会全体の問題です。
そしてそれは、差別・人権問題だけではないでしょう。原発・自然環境破壊、難民・紛争・戦争などの重要問題に対しても、自国の利益(サッカーで言えば日本の勝利)のみに関心を集中させ、国際的視点を持つことができない。そんな日本の弱点が今回のW杯でも表れたのではないでしょうか。
「W杯基準に達していない」(7日帰国時の森保監督のインタビュー)のは、サッカーのレベルよりも、日本人・日本社会の差別・人権意識、国際感覚の方でしょう。