西田税 (警聴取2) 『 僕は行き度くない 』

 
西田税

聴取書    第弐回
本籍  鳥取県米子市博労町壱丁目十八番地
住居  東京市渋谷区千駄ヶ谷二丁目四百八十三番地
著述業  西田税  ( 当三十六年 )
右者昭和十一年三月九日本職ニ對シ左ノ通リ陳述ヲ爲シタリ
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二 ・二六事件

一、前回ニ引續キ事件後ノ狀況ニ就イテ申上マス
尚事件前二月二十五日確カ家内ニ電話ヲ掛ケル様ニ話シテ赤澤泰助ニ來テ貰ヒ
千坂閣下ヘノ香典ヲ届ケテ貰フ様ニ命ジタト思ヒマス。
ソシテ同夜私ガ七時カ八時頃歸宅シタ際ニ同君ハ來テ居ツタ様デアリ、
外ニモ □萬朝報ノ記者デアツタ仁尾君モ來テ居タ様ニ思ヒマス。
夫レデ家内カラハ赤澤ニ千坂閣下ノ御宅ニ行ツテ貰ツタトカ云フ話ヲ聞キマシタ。
私ハ同夜十一時頃千坂閣下ノ御宅ニ御通夜爲外出シタノデスガ、
其前ニ赤澤ニ 「 今夜ハ遅イカラ泊ツテ呉レ 」 ト云ヒ、又
「 ヒヨツトスルト變ツタ事ガ起ルカモ知レンガ、
 家モ無人ダカラ家ノ方モ世話ニナランケレバナランカラ其ノ積リデ居テ貰ヒ度イ 」
ト云フ様ナ話ヲシタカト思ヒマス。
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昭和十一年二月二十六日午前九時半  蹶起部隊配備

一、今回ノ事件後ノ狀況
大體此ノ日ニハ朝早ク電話ガ來ルダロウト豫想シ ( 山口大尉カラ ) テ居マシタガ、
之ガ來ナカッタノデイライラシテ居リマシタ。
スルト午前七時頃カニ薩摩雄次君カラ電話アリ　「 今朝軍隊ガ出動シテ騒ギニナツタ 」
ト云フ意味ノ話ガアリ　
私ハ 「 後デ聯絡ヲトリマスカラ 」 ト云ツテ電話ヲ切リ、
起床シテ簡單ナ食事ヲシテ飛出シ、
先ヅ私ハ或種ノ不安ガアリマシタカラ　ソレハ本當カ否カモ判ラズ、何ノ程度カモ判ラナカッタカラデス。
丸ノ内方面ニ行ツテ見様ト思ヒ円タクヲ拾ツテ赤坂御所附近、虎ノ門附近ヲ見テ
近寄ツテハイカント思ヒ、色々ト考ヘタ末 日本橋方面カラ
豫テ岩田富美夫サンガ巣鴨ノ木村病院ニ入院シテ居ル事ヲ聞イテ居リマシタカラ同病院ニ行キマシタ。
此ノ時間ハ午前九時前後頃デ、病院ニハ岩田夫妻ガ居リマシタ。
直グ岩田サンノ病室デ二人丈ノ時　私ハ
「 靑年將校ガ騒ギヲ起シタ様ダガ狀況ハサツパリ判ラヌ。 貴方ノ方デモ一ツ調ベテ貰ヒ度イ。
 又都合ニヨツテハ私ノ身體ノ事モ何ウナルカ判ラナイカラ此処ニ置テ貰フ様ニナルカモ知レナイ 」
ト云ウフ様ナ意味ノ事ヲ話シ、
岩田サンハ　「 マア 何トカ仕様 」　ト云フ意味ノ事ヲ申シテ居リマシタ。
其処デ私ハ電話ヲ借リテ第一番ニ小笠原閣下ノ家ニ掛ケマシタガ不在、
更ニ程經テ掛ケ 三度目カラ漸ク閣下ガ出ラレマシタノデ私カラ
「 御承知カモ判リマセンガ、陸軍ノ靑年將校ガ今朝トウトウ事ヲ起シタ様デアリマスカラ、
 コウナレバ致方アリマセンカラ將軍方ノ御盡力デ陸軍ノ上層部ノ人達ト力ヲ合セテ戴イテ
一刻モ早ク事態ヲ収拾シテ頂ク様御願ヒ仕度イ 」 ト云フ意味ノ話ヲシ、
小笠原閣下カラハ 「 ヨク判ツタ、何トカ出來ル丈ノ事ヲ致シテ見ル 」 ト云フ意味ノ言葉デシタ。
何ウモ良ク考ヘテ見ルト 病院ニ居ル事モ騒々シカツタリシテ思ハシクナイノデ
北一輝様ノ家ニ電話ヲ掛ケ事ノ起ツタ事ヲ知ラセ
「 ソチラノ方ハ大丈夫カ何ウカ 」 ト尋ネマスト　
「 別ニ心配ハナイ 」 ト云ハレルノデ
「 夫レデハソチラニ行キマスカラ 」
ト申シテ電話ヲ切リ、別ニ薩摩君ニ電話ヲ掛ケ　
「 コレカラ北様ノ処ヘ行クカラ貴方モ來ナイカ 」
ト話シ北様ノ家デ落合フ約束ヲシテ電話ヲ切リ、
更ニ狀況ヲ早ク知ル爲ニ自宅ニ電話ヲ掛ケ昨夜カラ泊ツテイル赤澤ニ來テ貰ヒ 私カラ
「 大部ノ軍隊ガ出動シテ居ルラシイガ行動隊カ鎭壓隊カ良ク判ラヌカラ見テクル様ニ 」
ト話シタト思ヒマス。
程經テ赤澤ガ歸リ 栗原君ガ首相官邸ニ居ルト云フノデ栗原君ニ電話ヲ掛ケ、
先ヅ私カラ　
「 何ウシタ 」
ト云ヒマスト栗原君ハ
「 今官邸ニ居マスガ元氣デアル。岡田ハヤツタガ自分ノ処ハ非常ニ苦心シタ 」
ト云フ様ナ話ガアリ、　
私ハ
「 雪モ降ツテ寒イシ、皆食ベ物ハ如何シテイルカ、夫レガ心配ダ 」
ト云ヒマスト栗原君ハ
「 食物ハ聯隊ノ方カラ持ツテ來テ呉レルカラ心配ハナイ。
 一遍見ニ來マセンカ。 ソウスレバチャント中ニ這入レル様ニシマス。
溜池ノ方カラ來レバ言ヒ附ケテ置ク 」
トノ事デシタ。
私ハ
「 僕ハ行キ度クナイ 」
ト話シテ電話ヲ切ツタト思ヒマス。
ソレカラ同日ノ午後二時カニ 赤澤ヲ聯レテ中野區桃園町ノ北様ノ宅ニ行ツタノデシタ。
北様ノ宅ニハ前ニ來客モ無カッタ様デアリ程ナク薩摩君ガヤツテ來マシタ。
北様、薩摩君、私ノ三人デ事件ニ關スル色々ナ話ヲシマシタガ、
此時ハ未ダ狀況ガスツカリ判ツテ居ラナカッタ爲取リ止メモナイ話デシタ。
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陸軍省發表 ( 二月二十六日午後八時十五分 )
本日午前五時頃、一部靑年將校等が先箇所を襲撃せり。
首相官邸    岡田首相卽死
齋藤内大臣私邸    内大臣卽死
渡敎育總監私邸    敎育總監卽死
牧野前内大臣宿舎 ( 湯河原伊藤屋旅館 ) 牧野伯不明
鈴木侍從長官邸    侍從長重傷
高橋大蔵大臣私邸    大蔵大臣負傷
東京朝日新聞社
これら將校等の蹶起せる目的は、その趣意書に依れば内外重大危急の際
元老、重臣、財閥、軍閥、官僚、政党等の國體破壊の元兇を芟除し、
以つて大義を正し國體を擁護開せんとするにあり。
右に關し東京部隊に非常警備の處置を講ぜしめられたり。
 
戒厳令公布
緊急勅令
朕玆ニ緊急ノ必要アリト認メ樞密院顧問ノ諮問ヲ經テ
帝国憲法第八條第一項ニ依リ一定ノ地域ニ戒嚴令中必要ノ規定ヲ適用スルノ件ヲ裁可シ之ヲ公布セシム
御名御璽
昭和十一年二月二十七日
内閣總理大臣臨時代理 ( 内務大臣 )    後藤文夫
内務大臣    後藤文夫
海軍大臣 男爵 大角岑生
外務大臣    広田弘毅
司法大臣    小原  直
商工大臣    町田忠治
農林大臣    山崎達之輔
鉄道大臣    内田信也
拓務大臣 伯爵 児玉秀雄
陸軍大臣    川島義之
逓信大臣    望月圭介
文部大臣    川崎貞吉
勅令第十八號    一定ノ地域ヲ限リ別ニ定ムル所ニ依リ
戒嚴令中必要ノ規定ヲ適用スルコトヲ得
附則    本令ハ公布ノ日ヨリ之ヲ施行す 
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朕昭和十一年勅令第十八號ノ施行ニ關スル件ヲ裁可シ玆ニ之ヲ公布セシム
御名御璽
昭和十一年二月二十七日
内閣總理大臣臨時代理  内務大臣  後藤文夫
陸軍大臣    川島義之
勅令第十九號    昭和十一年勅令第十八號ニ依リ左ノ區域ニ戒厳令第九條及第十四條ノ規定ヲ適用ス
東京市
附則    本令ハ公布ノ日ヨリ之ヲ施行ス
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朕戒嚴司令部令ヲ裁可シ玆ニ之ヲ公布セシム
御名御璽
昭和十一年二月二十七日
内閣總理大臣臨時代理  内務大臣  後藤文夫
陸軍大臣    川島義之
勅令第二十號
戒嚴司令部令
第一條    戒厳司令官ハ陸軍大將又ハ中將ヲ以テ之ニ親補シ天皇ニ直隷シ東京市ノ警備ニ任ず
 戒嚴司令官ハ其ノ任務達成ノ爲前項ノ區域内ニ在ル陸軍軍隊ヲ指揮ス
第二條    戒嚴司令官ハ軍政及人事ニ關シテハ陸軍大臣ノ區処ヲ承ク
第三條    戒嚴司令部ニ左ノ職員ヲ置ク
 參謀長、參謀、副官、管理部長、經理部長、軍医部長、部附、部員、衛兵長、憲兵長、准士官、
 下士官、判任文官、
第四條    參謀長ハ戒嚴司令官ヲ補佐シ事務整理ノ責ニ任ズ
第五条    參謀ハ參謀長ノ指揮ヲ承ケ各担任ノ事務ヲ掌ル
第六條    副官ハ參謀長ノ指揮ヲ承ケ庶務ヲ掌ル
第七條    管理部長、經理部長、軍医部長ハ戒嚴司令官ノ命ヲ承ケ各負担ノ事務ヲ掌理ス
第八條    部付、部員、衛生兵、憲兵長ハ各上官ノ命ヲ承ケ事務ヲ掌ル
第九條    准士官、下士官、判任文官ハ各上官ノ命ヲ承ケ事務ニ從事ス
附則    本令ハ公布ノ日ヨリ之ヲ施行ス
 當分ノ内東京市内ニ於ケル東京警備司令官ノ職務ハ之ヲ停止ス
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戒嚴司令部告諭  第一號 ( 二月二十七日午前八時十五分 )
今般昭和十一年勅令第十八及び第十九號 ( 二月二十七日官報公布 ) を以て
東京市の區域に戒嚴令中一部施行を命ぜらる、
是蓋し前告諭に示せる如く帝都附近全般の治安を維持し緊要なる物件を掩護すると共に
赤系分子等の盲動を未然に防遏するの目的に出ず。
玆に本職は大命を奉じ兵力を以て戒嚴地境を警備し、
地方行政事務及び司法事務の軍事に関係あるものを管掌せんとす、
地境内官民克くその理を弁え強力一致深く言動を愼み本職を信倚し、
以て戒厳嚴の施行をして遺憾なからしむることを期すべし
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二月二十七日　
朝新聞ニ依ツテ岡田首相以下五名許リガヤラレタ事、
戒嚴令ガ布カレ内閣ガ辭職シタ事等ヲ知リ、
確カ午前中ニ首相官邸ニ電話ヲ掛ケ栗原君ニ
「 内閣ノ辭職シタ話ヤ戒嚴令ガ布カレタガ何ウナツタカ 」 ト云ウ事ヲ聞イタ。
スルト同君ハ總辞職ノ事ハ知ラナカツタ様デシタカラ
「 良ク新聞ヲモ見テ御互ヒ將校聯中ガヨク聯絡ヲトル様ニシタ方ガ良カロウ 」　ト云ヒマシタ。
又戒嚴令ガ布カレ戒嚴部隊ニ編入サレタ様ナ話デアリマシタカラ私ハ
「 夫レデハ其処ヲ退去スルノカ 」 ト聞キマスト　同君ハ
「 此処ニ居テ良イ様ナ諒解ガ得テアル 」
ト云フ様ナ話デ、食料モ聯隊カラ運ンデ居ルト云フ事デシタ。
其処デ私ハ冗談ニ
「 夫レデハマルデ官軍ノ様ナモノデハナイカ 」 ト云ヒマシタ。
又 「 被害者ニ就テノ發表ガアツタ事實ハ何ウナツテイルノカ 」
ト聞キマスト　同君ハ 「 岡田、高橋、齋藤、渡邊等ハ完全ニヤツタ 」 ト云フ話デシタ。
私ガ　「 牧野ハドウナツタカ 」　ト聞キマスト　
同君ハ 「 良ク判ランガヤツタ筈ダ。然シ牧野ノ処ヘ行ツタ者ガ歸ツテ來ナイノデ數モ少ナカッタシ 苦心シタロウト思ヒマス 」
ト云フ事デシタ。
私ハ 「 消息ガ不明ナラ軍當局ノ方ヘ頼ンデ其ノ人人ハ何ウナツテイルカ速ク調ベテ貰ツタ方ガ良イデハナイカ 」
ト云ヒマスト　同君ハ「 夫レハ何カ調ベテ居ル様デアル 」 トノ事デシタ。
又 「 軍事參議官全部ト會ツテ希望ヲ出シタガ何ウモ上ノ方ノ人々ハ話ガ良ク判ラナイ 」
トノ話デシタカラ　
私ハ 「 君ガ行ツタノカ 」 ト聞キマスト　同君ハ
「 外ノ方ガ行ツタノデ自分ハ行カナカツタ　」　ト云フ事デシタ。
其処デ私ハ
「 事態ヲ早ク収拾スル爲メニ眞崎大將 邊リニ上下共ニ萬事ヲ一任スル様ニ皆デ相談サレタラ何ウカ 」
ト云ヒマスト　同君ハ 「 考ヘテ見ル 」 トカ言ツテイマシタ。
更ニ私ハ　「 村中君ハ居ルカ 」ト聞キマスト
同君ハ 「 陸相官邸ノ方ニ居ルノデハナイデスカ 」 トノ話デシタ。
同君トノ話ハ之位デ切リ
今度ハ陸相官邸ヤラ陸軍省其他ヘモ電話ヲ掛ケ村中君ヲ探シマシテ、
何処デアツタカ記憶シマセンガヤツト發見スル事ガ出來　電話ニ出テ貰ヒマシタ。
ソシテ私カラ前申シタ眞崎大將 邊リニ一任シテ速ク事態ヲ収拾シタラ何ウカト云フ事ヲ話マシタ。
スルト村中君ハ　
「 軍隊側ノ方ノ將校ノ意見ハ非常ニ鞏硬デナカナカ仲間デ纏ラナイ 」
ト云フ話デシタ。又
「 上ノ方トノ話ハ皆デ相談シマス 」 トノ事デシタ。
私カラ
「 部隊ノ方ハ何ウナツタカ 」
ト聞キマスト　同君ハ
「 今迄居ツタ処ヲ大部分引揚ゲテ集結シツツアル 」
トノ話デシタ。又
「 戒嚴部隊ニ編入サレテ今ノ位置ニ居ツテモ良イトノ諒解ヲ得マシタ。
然シ兵隊ノ休養モサセネバナラズ今泊ル処ヲ探シテ居ル 」
ト云フ事デシタ。
「 一方デハ鞏硬ナ人達ガ非常ナ決心デ頑張ツテイル狀態デス 」
ト云フノデ 私ハ
「 ソレハ誰カ 」
ト聞キマスト　同君ハ
「 安藤君 邊リデアル 」
トノ事デシタ。私ハ
「 良ク皆ノ人ト聯絡ヲ取ラレテ意見ノ食違ヒノ起ラヌ様ニシタ方ガヨカロウ 」
ト話シマシタ。同君ハ
「 仲々ムツカシイト思ヒマスガヤツテ見マセウ 」
トノ話デ電話ヲ切ツタノデアリマシタ。

又此ノ日　杉田省吾ガヤツテ來テ
「 大體此ノ事件ハ昭和維新實現ノ爲ニハ重大ナ事件デアルカラ
 此ノ犠牲ヲ無駄ニシナイ様ニ努力シナケレバナラヌ。
就テハ各方面ノ聯絡其他相當ノ金ガ入ルト思フガ 此際或程度ノ金ナラ調達ハ不可能デハナイト思フガ
夫レニ就テ自分 ( 西田 ) ニ出テ貰イ度イ 」
ト云フ意味ノ話ガアリマシタ。
其処デ私ハ
「 自分ノ立場ニ於テ今何ウスル事モ出來ナイ。
元來自分ハ御承知ノ様ニ殆ンド人前ニハ出ナイ方デアルカラ
君等ノ方デ適當ニ御考ヘニナツタ方ガヨカロウ 」
ト云フ話ヲシテ斷リマシタ。
而シテ今ノ事件ニ關スル一般的ナ話ナドシテ
「 私トシテハ斯ウナレバ何時何ウ云フ風ニナルカ判ラナイノデ覺悟ハシテイマス。
 後ハ然ル可ク貴君達ニ御頼ミスル 」
ト云フ様ナ話ヲシテ別レマシタ。

更ニ夕方頃カラ聯隊ニ電話ヲカケテ山口大尉ニ出テ貰ヒ、
私カラ
「 聯隊長、旅團長、師團長、其他先輩將校デ多少理解アル知合ヒノ人々ニ
若イ人ノ気持チヲ判ツテ貰ヒ上下一致シテ早ク収拾サレル様此上共御盡力願ヒ度イ 」
ト云フ意味ノ話ヲシマシタガ途中デ
「 聯隊長ニ呼バレテ居ルカラ後ニシヤウ 」
トノ事デ電話ヲ切ツタ譯デ話半バデアリマシタ。
外ニハ赤澤ガ來タカモ知レマセンガ之ト云フ話モセズ、
北様トモ色々ナ冗談其他ヲ雑談シタ程度デアリマシタ。
尚今思ヒ出シマシタガ、
此日ノ朝私ハ龜川哲也ニ電話ヲ掛ケ話ヲ仕様トシマシタガ
非常ニ遠カツタノデ
「 御苦勞デモ來テ貰ヒ度イ 」
ト云ツテ來テ貰ヒマシタ。
話ノ内容ハ龜川氏ハ
從來荒木大將トカ眞崎大將トカ山本英輔トカ等ト交際ノアル人デアリマスカラ
手分ケヲシテ其ノ方面カラ一時モ早ク収拾シテ頂ク様ニ話シマシタ。
龜川氏ハ
「 眞崎大將トハ一寸會ツタガ其後大將ハ家ヲ出タ限リ聯絡ガトレナイ。
山本大將 邊リガ何トカ話モ出來ルカラヤツテ居リマス。
又橋本大佐ガ上京シテ來テ 石原大佐、満井中佐達ト帝國ホテルニ集マツテ上下ノ間ニ立ツテ色々斡旋シテ居リ、
橋本大佐ハ今朝頃歸ル筈ダ 」
ト云フ様ナ事ヲ申シマシタ。又
「 石原大佐邊リハ皇族内閣ヲ主張シテ居タガ夫レハ結局潰レテ仕舞ツタ 」 トカ
「 橋本大佐ハ陸相ニ建川中將邊リガ良イト云フ様ナ話デアツタ 」 トカ云ハレマシタ。
私ハ
「 石原サンハ相變ラズ皇族内閣ヲ稱エテ居ルノカ、之ハ國體ニ背クモノデアルシ、
橋本サンガ建川ガ良イト云フ様ナ事モ三月事件ナドカラ之ハ問題ニナツテ來テイル人物デハナイカ。
相變ラズ判ラン人達ダ 」
ト云フ様ナ話ヲシテ別レタノデアリマシタ。

二月二十八日 
此朝早ク龜川氏カラ
「下士卒ハ聯隊ニ歸リ將校ハ憲兵隊ヘ自首シタト云フ話ガアルガ事實デアルカ 」
ト云フ様ナ電話ガアリマシタノデ
私ハ
「 良ク判っツテ居ナイカラ調ベテ見様 」
ト云ツテ電話ヲ切リマシタ。
夫レカラ栗原君ニ事實ヲ聞イテ見度イト思ヒ電話ヲ官邸ニ三度掛ケマシタガ
居ラナカッタノデ二時間モ過ギテカラヤツト聯絡ガトレマシタ。
私カラ龜川氏カラノ話ヲ聞イテ見ルトソレハ嘘デアリマシタ。
更ニ　
「 華族會館ヲ軍隊ガ行ツタト云フノハ本當カ 」
ト聞キマスト　栗原君ハ
「 自分ガ行ツタラ華族ノ人達ガ二十人位居ツタノデ亂暴ハシナイト云フ事ヲ良ク言ツテ聞カシ、
 自分達ガ今度ノ事件ヲ起シタ趣旨ヲ説明シテ聞カセ質問ハ無イカト云ツタラ
或人ガ内閣ノ首班ハ誰ガ良イカト聞イタノデ吾々ハ大權ノ私議ハシナイ。
唯 此ノ事態ヲ眞崎大將邊リニ収拾シテ頂キ度イト思ツテイルト云フ風ニ答ヘテ置イタ。
軍事參議官ノ人達トモ會ヒマシタ。
夫レハ全部デハナク 西、眞崎、阿部大將丈ガ來マシタノデ
自分達ハ此際事態ノ収拾ヲ眞崎大將ニ一任シテマスト申上ゲマシタガ、
眞崎大將ハ俺ハ何トモ云ヘナイガ、オ前達ハ兎ニ角引揚ゲテ呉レナイカト云フ話デアツタ。
此ノ方ハ皆意見ガ一致スルナラバ自分達ハ極力努力スルトノ事デシタ 」
ト云フ様ナ話デシタカラ　私ハ
「 兎ニ角皆ノ人達ハ速ク意見ガ一致スル様ニ努力サレタラ良カロウ　」
ト話シ、
又同君カラ何カ赤坂ノ山王ホテルトカ溜池トカデ二三百人ノ群衆ガ集ツテ居ツタノデ
色々話ヲシテヤツタトカ云ヒマシタノデ
私ハ
「 君達ノ事件ヲ起シタ趣旨ヲ説明スルト云フ程度ナラバ無難デアルケレ共、
煽動的ニヤツタリスルト却ツテ君達ノ爲ニモナラン。其邊ハ充分注意サレル事ガ必要ダ 」
ト云フ意味ノ話ヲシマシタ。
同君ハ、
「 良ク判リマシタ 」
ト云フ様ナ事デ電話ヲ切ツタノデアリマス。
此日午後ニナツテ戒嚴部隊ガ所謂行動隊ヲ討伐スルト云フ様ナ噂ガ出マシタ。
奉勅命令ガ出タト云フ噂モ聞キマシタノデ事情ガヨク判リマセンノデ聞キ度イト思ツテ
電話デ色々聯絡ヲ執ツタ結果 午後四時頃ニナリ ヤツト聯絡ガ附キマシタノデ、
電話デ噂ノ討伐命令トカ奉勅命令トカノ眞否ヲ確カメマシタ処ガ
栗原君ハ
「 ソウ云フ事ハ知ラナイ。自分達ハ今迄通リノ態度デ居リマス 」
ト云フ事デシタ。
「 ソレカラ軍首脳部ノ人達ガ宮中ニ居ラレルノデ、
山下 ( 奉文 ) 少將等ガ色々御盡力ニナツテ宮中ニ面會ニ聯レテ行クト云ツテ
二、三ノ先輩將校ガ行キマシタケレ共　中ニ這入レナクテ山下閣下ダケガ行カレタ模様デアル 」
ト云ヒ
「 外ノ一般ノ模様ハ何ウデアルカ 」
トノ事デシタ。
私ハ
「 新聞デ見ルト皇族方ノ御會議モアル様ダシ、
 陸軍ノ首脳部ハドウモ態度がハツキリ決マラナイ様ダケレ共
海軍ナンカ相當シツカリ纏ツテ來テ居ル様ニ見エル。
今一寸ノ事ダカラ萬事將校諸君ガ良ク互ニ聯絡ヲシツカリシテ
上ノ方トノ間ニ速ク話ガ決ル様ニサレルト良イト思フ」　
ト　云フ様ナ事ヲ話シ、
栗原君ハ
「 自分達ノ決心ハ固ク纏ツテ居リマスカラ御心配はイリマセン 」
ト云フ様ナ事デ終ツテ電話ヲ切リマシタ。
尚同日ノ正午頃カト思ヒマス。
小笠原閣下ニ御電話シマシテ
其頃迄ニ耳ニ這入ツタ事情ヲ簡単ニ御話シマシテ其頃迄ニ耳ニ這入ツタ事情ヲ簡單ニ御話シテ
「 此上共宜敷ク御願ヒシタイ 」　ト申シマシタ。
小笠原閣下ハ簡單ニ　「良ク判リマシタ」　トノ事デ話ヲ終リマシタ。
又　此日頃時間ハ判りマセンガ
確カ赤澤君ガ靑年將校ノ出シタ蹶起趣意書ト外ニ印刷物ヲ持ツテ來タ様デシタ。
私ハ蹶起趣意書丈ハ一應目ヲ通シマシタガ非常ニ良ク出來テイルト思ヒマシタ。
外ノ印刷物ハ何デアツタカ良ク記憶アリマセン。
尚　此日北様方ニ出入リシタ方ハ誰カ私ハ奥ノ部屋ニ居リマシタノデ良ク判リマセンガ、
午後八時頃デナカツタト思ヒマス。
北様ト薩摩君ト私ガ話ヲシテ居マスト 誰カガ憲兵ノ方ガ來タト云ツテ來テ北様ガ面會ニ行キマシタ。
此時私ハ一時變ナ感ガシマシタノデ薩摩君ニ
「 貴方モ行ツテ見テ呉レ 」
ト云ヒ
薩摩君モ、立ツテ行キマシタノデ私一人ニナツタノヲ幸ヒ　
前ニ買求メタ靴ヲ持チ、窓ヲ開ケテ庭ニ出テ裏ニ廻リ同家ヲ出デ附近デ　圓タク　ヲ拾ツテ
新宿ニ出テ青山ヲ經テ何処ヘ行かウカト考ヘ乍ラ
新橋方面ニ向ヒ新橋カラ昭和通リヲ通ツテ浅草雷門ニ出テ自動車ヲ降リ
少シ歩イテ再ビ　圓タク　ニ乗リ、
巣鴨ノ岩田富美夫サンノ入院シテ居ル木村病院ニ行キマシタ。
岩田サンハ居マセンデ若イ男ガ一人居マシタノデ
「 病院ニ居ツテモ迷惑を掛ケルトイカンガ何処カ無イカ 」
ト話シマスト此男ハ
「 私ノ家ハ今家内モ實家ニ行ツテ居ルシ誰モ居ナイカラ 不自由デモ良ケレバ二三日其処デ御休ミニナツタラ 」
ト云フノデ
私ハ
「 夫レデハ御願イシマセウ 」
ト同人ノ案内デ確カ午後十時頃かト思ヒマス、
牛込區喜久井町ノ同人宅ニ行キ泊ツタノデアリマシタ。
此晩ハ案内シテ呉レタ男ハ病院ニ引返シタノデ私一人デアリマシタ。

二月二十九日
終日此ウチニ居リマシタガ赤澤ガ正午頃カニヤツテ來マシテ號外ヲ見セテ貰ヒ、
靑年將校ガ叛軍トシテ討伐サレルト云フ事ニナツテイルノヲ見テ非常ニ驚キマシタガ
如何トモスル事ガ出來ズ色々考ヘマシタ。
然シ出ル事モ出來ヌノデ同夜モ同家ニ泊リマシタ。
此晩ハ赤澤モ一緒デシタ。

三月一日
此日モ終日同家ニ居リ色々考ヘマシテ一日ヲ過ゴシ
確カ赤澤ト共ニ同家ニ泊ツタノデアリマシタ。

三月二日
此日ハ同家ヲ出テ
赤澤ノ案内デ下谷區谷中初音町ノ下宿風ノ汚イ家ノ一室ニ行キ　
赤澤ガ
「 何処カ見附ケテ來ル間待ツテイテ貰ヒタイ 」
トノ事デ同室デ待チマシタ。
夕方ニナツテ赤澤ノ友達ガ歸ツテ來マシタ。
此ノ男ハ初メテ會ツタノデシタ。
夜遅クナツテ赤澤ガ歸ツテ來まシタガ
「今日ハ都合ガ惡イカラ明日行ク事ニシマスカラ 今夜ハ此処デ過ゴシテ貰ヒマス」
トノ話デアリマシタ。
ソシテ赤澤ハ再ビ出掛ケテ仕舞ヒ
私ハ前ニ歸ツテ來タ赤澤ノ友達ト云フ男ト其処ニ泊ツタノデアリマシタ。

三月三日
此ノ日赤澤ガ來ルカト待ツテ居マシタガ同人ハ來マセンデ、
午後ニナツテカラ同人ノ友人デ丹羽君ト云フノガ來マシタ。
更ニ夕方ニナツテモ赤澤ガ來マセンノデ
丹羽君ノ案内デ角田トカ云フ家ニ行キ同夜ハ同家ニ泊ツタノデアリマシタ。

三月四日
此ノ日朝未ダ床ニ這入ツテイル内 午前五時頃カト思ヒマス。
警視廳ノ方ガ來テ同行サレタ譯デアリマス。
尚巣鴨ノ木村病院ニ居テ案内シテ貰ツタ男 ( 佐々木 ) トカ下谷區谷中初音町ノ泊ツタ家ノ男 ( 佐藤 )
トカハ私ハ會ツタ覺えノナイ人ナノデ別ニ大シタ話ヲシテ居リマセン。
丹羽君ハ一度會ツタ事ハアリマスガ之亦大シタ話ハ致シマセンデシタ。
渋谷區若木町ノ角田方でハ主人ガ居ラナカツタラシク殆ンド何ノ話モシテ居リマセン。
事件發生後ノ話トシテハ大體以上ノ通リデアリマス。

右録取シ本人ニ讀ミ聞ケタルニ相違無キ旨申立署名拇印セシム
於警視廳
昭和十一年三月九日
陳述人　西田税(拇印)
司法警察官特別高等警察部
特別高等課勤務
警部補　関口照里

昭和11年3月9日　警視庁に於ける　第弐回聴取書
現代史資料5　国家主義運動2　から

西田税 (警聴取3) 『 私の客観情勢に對する認識 及び御維新實現に關する方針 』

西田税
聴取書    第参回
本籍  鳥取県米子市博労町壱丁目十八番地
住居  東京市澁谷區千駄ヶ谷二丁目四百八十三番地
著述業  西田税  ( 当三十六年 )
右者昭和十一年三月十日本職ニ對シ左ノ通り陳述ヲ爲シタリ
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二 ・二六事件

一、前回ニ引續キ今回ノ事件ニ就テ申上ゲマス。
一、事件計畫ノ内容及役割分担
私ハ私ノ御維新實現ニ對スル方針ト社會情勢ニ對スル観察ノ上カラ、
同時ニアノ立場ノ人達ガ
今回ノ如き事件ヲ計畫實行スル事ニ就イテハ實ニ同意シ兼ネルモノデアリマス。
ダカラ私トシテハ前申上ゲタ様ニ全般ヲ通ジテ氣ガ進マナカッタノニ拘ラズ、
只事件關係者等トノ關係等ニ依ツテ遂ニ消極的乍ラ或程度ノ關係ヲ持ツタ譯デアリマス。
事件ノ具體的ナ計畫ニ就テハ其ノ大體ノ輪郭ハ蹶起前諒解シテ居リマシタ。
前申上ゲタ今回ノ事件關係デ私ノ知ツテ居ル人達ハ大體ニ於テ參加スルトハ思ツテ居リマシタガ、
其他ノ面識ノ無イ人達ハ何ウイフ方ガ參加サレルノカト云フ事ハ全ク知リマセンデシタ。
野中大尉ガ參加スルラシイ事ハ安藤君ノ話カラモ想像シマシタガ、
野中大尉トハ面識モアリマセンカラ夫レ以上ハ良ク判リマセンデシタ。
栗原君、安藤君等ノ話カラ見テ
前申上ゲタ私ノ知ラナイ人達モ相當動ク様ナ事モ聞イテハ居マシタガ、
夫レ以上ハ何レダケ動クノカ、誰ガ動くノカ、又 私 云ヘバドノ程度に動クノカ判リマセンデシタ。
蹶起スル數日前カラ二三日 村中君ガ色々ナ用事デ私方ニ來タ時ニ
斷片的ニ同君カラ聞いタ様ニ思ヒマスガ、
何時何ウ云フ事ヲ聞イタカハ判然記憶ガアリマセン。
唯 襲撃目標ニ就テハ西園寺、牧野、齋藤、岡田、鈴木、高橋等デアリ、
其他ニモ 第二級的ニ後藤内相、一木樞府議長、伊澤多喜男、
池田成彬等ヲ襲撃若クハ處分スルト云フ風ナ事ヲ聞イテ居リマシタ。
又一方ニハ香田大尉、村中君、磯部君等ガ陸相官邸ニ行ツテ陸相ニ意見ヲ具申シテ、
宇垣、南両大將以下小磯、建川其他所謂三月事件、十月事件等々ノ不純分子ノ處分ヲ要望シ、
又 軍部ヲ通シテ広ク國家的ニ國體ニ背ク有力ナル分子ノ處分ヲモ要望スルト云フ様ナ事モ聞イテ居リマス。
西園寺公ニ就テハ豊橋邊リノ軍人ガ担當スル話モ聞キマシタ。
其他ハダレガ何処へ行クノカ判然トシタ事ハ聞イテ居リマセン。
野中大尉ガ最高指揮官デアルト云フ様ナ事モ聞キマシタ。
兎ニ角 最短時間ニ行動シテ
一死以テ君國ニ報ユルト云フ決心デアル様ニ聞イテ居リマシタ。
私ハ村中君デアッタト思ヒマスガ
「 君等モ思ヒ詰メテノ事デアラウカラ止メテモ止マリハスマイガ、
 私ノ希望トシテハ出來ルナラバ現役ノ軍人ダケガ參加シ
夫レ以外ノ者ハ成ル可ク參加シナイ方ガ 蹶起スル軍人ノ方針カラ云ツテモ良イデハナイカ 」
ト云ツテ見マシタガ 確タル返事ヲ得ナカッタ様ニ思ヒマス。
夫レデ同君等モ當然參加スルモノダト思ヒマシタ。
同君等ノ話デハ
私共ニ後ノ半ヲ御願ヒ仕度イ
ト云フ希望デアルトイフ事モ聞キマシタ。
私トシテハ從來ノ關係上及特ニ世間一般ハ
私ト此ノ人達トノ關係ヲ一ツデアル様ニ見、
寧ロ私ガ主體デ 此ノ人達ガ私ノ指導下ニアル様ニ斷定的ニ見テ居リマスカラ、
例ヘバ私ガ無關係デアツテモ
事ガ起レバ殆ンド同時ニ私ノ自由ハ拘束サレルモノト考ヘネバナリマセン。
夫レデ後ノ事ヲ期待サレテモ 先ヅ不可能ノ事ダト思ハネバナラナイノデアリマス。
夫レカト云ツテ一層ノ事 私ガ之ニ參加シテ行動ヲ共ニスル事ハ、
從來色々對世間的ナ關係ニ於テ 却ツテ純情ナ人達ノ立場ニ曇ヲ生ズル様ナ虞レモアリ、
私トシテハ私ノ理論方針ト此ノ人達トノ情誼關係トノ相剋ニ色々考ヘタ結果、
セメテ出來ル丈ノ事ハ努力シテ上ゲ度イト思ヒマシタ。
其代リ 私トシテハ何モ彼モ捨テネバナラヌ立場ニナツタ事ヲ考ヘマシテ、
要スルニ後ハ運ヲ天ニ任セテ流レテ行カウ
ト決心シテソウイフ意味ノ事を話シタ筈デアリマス。

私ハ相澤中佐公判以來、對策等ニ就テ先輩デアル山口大尉
及ビ同大尉ノ紹介デ知合ニナツタ龜川哲也等ト
屡々公判問題等ニ就テ相談ヲシタリ、往來ヲシテ居リマシタ。
其ノ關係デ龜川哲也トモ若イ人達ノ一部トモ知リ合ヒニナリマシタノデ事件ヲ起ス様ナ空氣ガ知レ、
恰度二月二十日前後カラハ公判ノ事モアリマスガ、
其ノ反面ニ若シ 靑年將校達ガ蹶起スレバ御互ニ何トカ其ノ志ヲ達成セシムルト共ニ
事件ヲ惡化サセナイデ成ル可ク速カニ収拾ノ出來ル様ニシナケレバナラナイト云フ話ニナツタノデアリマス。
寄々話合ツタ結果、結局ハ一日以上モ惹起シタ事態ヲ放任サセテハイケナイ。
若イ人達ノ志ヲ生カス様ニセネバナラヌ。
又其ノ爲ニ若イ人達ガ皆尊敬シテ居リ且ツ相當ナ判斷力、實行力アリト思ハレル眞崎大將、
柳川中將ノ様ナ人達ニ依ツテ何トカ収拾シテ頂ケル様ニ骨ヲ折ラウト云フ様ナ事ニナツタノデアリマス。
其ノ結果 山口大尉ガ公私ノ關係ヲ辿ツテ軍ノ上部ニ對シテ努力スル、
龜川哲也ハ眞崎大將トカ山本英輔大將トカノ方面ニ努力スル。
私ハ小笠原閣下其他ノ方面ニ對スル努力ヲスル、ト云フ事ニ決メタノデアリマス。

又二月二十五日ノ午後七時頃カト思ヒマスガ龜川宅ニ行キマスト村中君ガ來テ居リマシタ。
暫ク三人デ話シタ末、村中君ハ 「 歸ル 」 トイヒマシタ。
其時誰カラデアツタカ記憶シマセンガ、蹶起シタ後ノ食料ノ問題ニ及ビマシタ処、
龜川氏ハ 「 斯フ云フ時ハ現金デ支拂ヒ 後ニ殘サン様ニキレイニシテ置カネバ良クナイ。
恰度少シバカリ今日金ガ出來タカラ弁當代トシテ持ツテ行ツテ呉レ 」
ト云ツテ金二千圓ヲ出シマシタ。
村中君モ私モ 「 ソレハイラヌ 」 ト斷ツタノデシタガ何ウシテモ聞カヌノデ
私ガ 「 夫レデハ半分デモ頂イテ行ツタラ何ウカ 」 ト話シマスト村中君ハ、
夫レデハ貰ツテ行キマスト金千五百圓丈ヲ貰ツテ同君ハ私ヨリ一足先ニ歸リ
私モ一寸シテ歸ツタノデアリマス。
斯様ナ狀況デアリマスカラ事件ノ役割分担トカ申シマスナラ
行動隊ハ若イ將校達
資金關係ハ村中君ト龜川氏邊リ
事件發生後ノ事態収拾ハ山口大尉、龜川氏、私邊リ
ト 云ヘルノデアリマス。
其他事件前後ノ狀況ハ前申上ゲタ通リデアリマス。
尚北様ト私トノ關係、北様ト若イ將校トノ關係ハ北様--私--若イ人達 ト云フ狀態デアリマスカラ、
今回ノ事件デモ恐ラク若イ人達ガ直接ニハ北サンニ話シタ者ハナク、
私ガ前申上ゲタ様ニ若イ人達ガヤルラシイト云フ話ヲシタ位デアリ、
事件發生當日私ガ同家ニ參リマシタガ何モ詳シイ事ハ知ラヌ様子デアリマシタ。

一、私ノ客観情勢ニ對スル認識及ビ御維新實現ニ關スル方針
私ハ現代日本ニ於テ國民ノ國體信念ガ堕落混亂シ、
之ト併行シテ國家ノ組織制度ガ行詰リヲ來タシ、
又國際關係ニ於テモ建國精神ニ示サレタ様ニナツテ居ラズ、
要スルニ日本ノ現狀ガ今日 及ビ 明日ニ処スル日本トシテ相應シカラヌモノデアル事ヲ確信シマス。
故ニ國勢ノ革新ハ絶對必要ノモノト信ジテ居リマス。
又日本ノ一切ハ上御一人ヲ中心トシ奉ツテ國體ノ本義ヲ現實ニ宣明スル事ガ根本デアッテ、
國勢ノ革新モ其ノ軌道ノ上カラハ外レテハナラナイト思ツテ居リマス。
人類社會ハ不斷ニ進歩シ永久ニ進歩スルモノデアル。
日本ハ此ノ人類進歩ノ原則ノ上ニ之ト一致シタ國體ノ本義ヲ軌道トシテ今日迄進歩シ、
此ノ次ハ今日ヲ足場トシテ次ノ段階ニ進ンデ行クベキモノト考ヘマス。
故ニ今日國家内外ノ矛盾モ一面かラ見レバ進歩スル爲ノ一ツノ過程デアリマス。
右申上ゲタ様ナ原則ニ因ツテ、私ハ日本ノ現狀打破、云ヒ換レバ昭和維新ヲ考ヘテオルノデアリマス。
是ハ一個半個ノ勝レタ指導的分子ノ先駆的啓蒙的實践モ欠クベカラザル要求ト思ヒマスガ、
他ノヨリ鞏力ナル力ハ社會ノ進歩ヲ表徴スル國家上下社會大衆其ノモノノ革新的大勢デアルト思ヒマス。
或時代ヲ形成スル思想及ビ組織ハ必ズシモ或一派ノ思想ニヨッテノミ出來上ガルモノデハナクテ總テノ總和デアル。
ソシテ革新ナルモノハ決シテ一朝一夕ニ實現サレルモノデハナク相當永イ年月ヲ要スルモノデアリマス。
私ハ歴史的、地理的見地カラモ観、世界大勢カラモ観、總テ又日本ノ建國精神カラ観テ、
明日ノ日本ハ必ズ全世界ノ人類ニ對シテ指導的役割ヲ持タネバナラヌト思ツテ居リマス。
國民トシテ指導的ナ國民デハナクテハナラヌト思ツテ居リマス。
大體右ノ様ナ見地カラ私ノ昭和維新ニ對スル方針ハ、
日本ハ日本ノ立場、日本國民ノ行詰ツタ現狀ニ對スル認識、
明日ノ日本ガ アル可キ理論等ヲ速カニ全國各方面ガ夫々自主的ニ革新ニ進ム如クアリタイ。
ソシテ革新的ナ躍動ノ總和ガ全體トシテ日本ソノモノノ革新ニ落着ク事ヲ理想トシテ居リマス。
ダカラ或一党一派的ナ力ニ依ツテ一擧ニ革新ヲ敢行スルト云フ様ナ事ハ上御一人ノ大命デアレバ別デスガ、
吾々臣下トシテ考ヘラレル事デハナイト思ツテ居リマス。
此ノ方針ヲ最近ノ狀勢ニ照ラシ合セテ見マスト、
總體ニ國體ノ本義ハ漸次進歩的ニ宣明セラレ ( 國體明徴問題ハ其ノ一例デアル )
國家内外ノ政治的、經濟的狀勢モ行詰リノ中ニ或新シイ前進ヲ發見シタカノ様ニ考ヘラレマス。
只 是等ノ革新的躍動ハ未ダ全國的デモナク、局部的而モ根本ニ於テ歸一スル処ガナク
謂ハババラバラデ夫レ等ノ努力モ極メテ不經濟ナ結果ニ落チテ居ルト思ヒマス。
各種勢力ノ自己反省竝ニ合同提携協力論ガ起ツテ來テ居ルノモ狀勢ノ進ミツゝアル徴候デアリマスガ、
一面カラ見レバ未ダ出來テイナイ證據デアリマス。
元來革新ハ内憂外患ガ之ヲ促進スルモノデアリマスガ、
現在日本ノ對外關係ハ一面甚ダシク切迫シテイルト共ニ ( 例ヘバ對露關係 )
他方欧州其ノモノガ混亂シテ居リマスノデ之ニ牽制サレテ或点減殺サレテ居マス。
結局革新的ナ大勢ハ尚熟セズ、對外關係ハ遣リ方ニ依ツテハ未ダ餘裕モアリマスノデ、
吾々トシテ此ノ時機ヲ一面對外的關係ノ打開 ( 例ヘバ對支政策 )
對内關係ニ於テハ諸方面諸勢力ノ結合ヲ急ギ、御維新準備ヲ完成スル事ニアルト思ヒマス。
對露關係ハ相當緊張シテ居リマスガ、對支、對米方針ヲ是正スル事ニヨッテ、
尠ク共暫定的ナ緩和ハ期待シ得ルト思ヒマス。
斯フ云フ時機ニ相澤事件ガオコリ、其ノ公判ガ開廷サレタノデアリマス。
相澤様ノ決行ハ信念的ニ見レバ國體ニ則ツタ理由デアリマスガ、
是ヲ軍部内外ノ狀勢、社會狀勢カラ考察シマスト、
永田サンノ立場關係ハ是迄申シタ私共ノ信念方針ト背馳スル中樞的ナモノデアツタト思ヒマス。
之ヲ契機トシテ之ヲ生カス爲ニハ現ニ公判ニ見ル様ナ合法的ニ軍部内外ノ清掃ハ相當出來ルト共ニ、
ソウ云フ方面ノ革新的反省モ可能デアツタト思ヒマス。
彼ノ五 ・一五事件海軍公判ガ如何ニ海軍ノ旧弊ヲ合法的ニ一新シ得タカヲ考フルトキ理解出來ルト思ヒマス。
準備時代ニ於テハ成ル可ク犠牲ヲ尠ナクシテ
各國家的要點、社會的勢力ノ重點ヲ革新スル事ガ大切ト思ヒマス。
今度ノ相澤公判ハ陸軍ヲ中心トシタ第二ノ五 ・一五海軍公判トモ見ルベキモノデアリマス。
私ノ見タ処デハ今回事件ヲ起シタ東京ニ於ケルヒト達ガ嚴然トシテ公判ヲ監視シ、
正シキ態度デ各方面ニ對シテ公判ニ對スル努力ヲシテ居レバコソ
公判ノ進行ガアノ様ニ進展シタノデアルト思ヒマス。
同時ニ此ノ人達ヲ中堅トシテ革新ノ大勢ガ遂次ニ擴大シ鞏化サレテ、
是レカラモ發展スルモノト思ツテ居リマシタ。
言ヒ換レバ私ノ考ヘテ居タ大勢進展ノ貴重ナル力デアッタト思ヒマス。
私ハ相澤中佐ノ公判相澤公判ヲ通ジテソシテ廣ク御維新ノ準備大勢結成ノタメ
此ノ人達ノ存在ヲ特ニ重視シ乍ラ其ノ人達ノ努力ト相俟ツテ公判ヲ有利ニ進メ、
相澤中佐ノ志ヲ出來ル丈達セシムル様ニ考ヘテ來タノデアリマス。
夫れガ相澤中佐ノ先驅ニ續イテ同一性質ノ途ニ出ル事ニ片寄ツタ事ハ
私トシテハ前申シタ情誼關係ニ於テ己ヲ得ナイト云フ理解ハ充分ニ致シマスガ、
私ノ本來ノ氣持カラ申シマスト誠ニ殘念ダト思フ処ガアリマス。
大體社會状勢ニ對スル私ノ認識 及 御維新實現ニ關スル方針ハ大略以上ノ様ナモノデアリ、
私トシテハ若シ事件ヲ起シテ貰フナラ今回起ツタ以外ノ者ニ出テ貰ヒ度カツタ位デアリマス。
処ガ私ノ最モ大切ニ考ヘテ居ル方達ガ斯様ナ事件ヲ起ス事ニナツテ仕舞ヒマシタノデ、
前ニモ述ベマシタ様ニ、私トシテハ不本意乍ラ今回ノ様ナ立場トナッタノデアリマス。
尚  私ハ當面ノ大勢ヲ進展鞏化サセルノニ就テ
相澤公判ト大本敎檢擧カラ來ル結果トニ非常ナ期待ヲ持ツテ居ツタノデアリマス。

一、尚一寸考ヘ附イタ事デスガ、確カ 二月十七日午後デアツタト思ヒマス。
 此ノ日 村中君ガ來テ居リ、私ハ机ニ向ツテ手紙ヲ書イテ居リマシタ。
スルト村中君ヲ訪ネテ、昨年暮カラ今年初メカ記憶シマセンガ、
父親ノ辻ト云フ方ガ聯レテ來タ事ノアル同人ノ娘サンガ來テ村中君ト何カ話シテ居リマシタ。
暫クシテ女ノ聲ガ耳ニ入ツタノデ振向イテ見マシタガ、私ニハ良ク判リマセンデシタガ村中君ガ、
「 辻サンノ娘サンダ 」 ト云フノデ氣ガ附キ私モ挨拶ヲシタノデシタ。
何カ此ノ時村中君ハ辻サンノ手紙ヲ見セテ呉レマシタガ、
便箋ニ七八行書イテアツタト思ヒマスガ内容ハ良ク記憶ガアリマセン。
又村中君ハ封筒ニ這入ツテ居ル金 ( 五百圓ダツタト思フ ) ヲ出シ私ニ、
持ツテイテ呉レトノ事デシタガ私ハ一寸受取リマシタガ
「 自分ハイラナイ、君等ガ入ルダロウカラ君ガ持ツテ居タラ 」 ト云ヒ直グニ同君ニ返シテ仕舞ヒマシタ。
村中君ト此ノ娘ハ暫ク何カ話シテ居ツタ様デシタガ私ハ良ク聞イテ居リマセンノデ
何ノ話デアツタカ良ク判リマセン。
又辻サント云フ方ハ何カ満洲デ愛國運動ヲヤツテ居ル方ト思ヒマシタガ、
一度會ツタ丈デ詳シイ事ハ知ラズ、此ノ方面ノ聯絡ハ多ク村中君ガ當ツテイタ様デアリマシタ。

又事件後三月二日頃カト思ヒマス。
本籍地ノ實弟、大阪及宇治山田市ニ居ル姉方へ手紙ヲ出シマシタ。
内容は 「 エライ事ガ起ツテ心配シテ居ルダロウガ、自分ノ事ハ心配シナイ様ニ 」
ト 尚 「 二月十一日ノ父親ノ命日ハ三月十日弟ノ命日ニ一緒ニスル事ニ延バシテアツタガ、
此ノ分デハ自分ハ歸郷出來ナイト思フカラ皆デ相談シテ適當ナ方法ヲ執ツテ貰ヒ度イ 」
ト云フ意味ノモノデシタ。

外ニ小笠原閣下、松平大尉兩方ヘハ
「 自分トシテハモウ何モ出來ナイカラ
  此上ハ先輩ノ皆様ノ御力デ若イ人達ノ志ノ生キル様ニ御骨折ヲ願ヒ度イ 」
ト云フ意味ノ手紙ヲ出シテ置キマシタ。
此ノ手紙ハ何レモ谷中初音町ノ家デ書イテ出シ、鞄等ハ同家ニ置イテ來マシタ。
私ノ今回ノ事件前後ノ狀況ハ以上デ全部デアリマス。

右録取シ本人ニ讀ミ聞ケタルニ相違無キ旨申立署名拇印セシム
於警視庁
昭和十一年三月十日
陳述人　西田税(拇印)
司法警察官特別高等警察部
特別高等課勤務
警部補　関口照里

次頁 北一輝 (警調書4) 『 柳川では遠い 』 に 続く
現代史資料5　国家主義運動2　から

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・・・・神谷少佐殿ヨリノ調べラレタ時、
西田ヨリ來タ手紙デアルト云ツテ見セラレマシタガ、
( 尤モ直接手ニ取ツテ見タ譯デハアリマセン )
意外ニ感ジマシタ。
ソノ時、神谷少佐殿ヨリ処々ヲ讀ミ聞カサレマシタガ、
ソノ意味ハ
「 同志悉ク殪レ、回天ノ事業中道ニ挫折シ、九腸寸斷ノ感否ミ、
  願クバ我等ノ微衷ヲ察セラレ、  全幅ノ御努力ヲ願ヒ度ク 」
ト云フ様ナ内容ヲ聞カサレマシタ。
若シ、是レガ眞當ニ西田ノ手紙デアツタトスレバ、
察スルニ、
彼等ノ此度ノ擧ニ於テ全力ヲ展開シタノデ、
彼等一味ハ悉ク全滅シタルニヨリ、
別格別格ト私共ヲ云ツテ居ツタガ、
ソノ別格ナル私共ニ已ムナク頼ツタ処ノ手紙デアロウト思ヒマス。
・・・松平紹光大尉  憲兵聴取書

西田税 (憲聴取1) 『 貴方から意見を聞かうとは思はぬ 』

西田税 

第一回聴取書
本籍　　鳥取県米子市博労町一丁目百拾八番地
出生地　本籍地と同じ
現住所　東京市澁谷區千駄ヶ谷二丁目四百八十三番地
著述業　西田税　当三十六年
右著、昭和十一年三月十六日、東京憲兵隊本部ニ於テ、
本職ニ對シし任意左ノ陳述ヲ爲シタリ
一、位階、勲等、記章、恩給、年金ハアリマセン
一、兵役關係ハ、
大正四年広島幼年學校ヲ經テ、
同七年東京中央幼年學校ニ入校、　同九年三月ニ同校ヲ卒業シマシタ
同九年四月士官候補生トシテ騎兵第二十七聯隊附トナリ、
同年十月陸軍士官學校ニ入校、同十一年同校ヲ卒業、
陸軍騎兵少尉ニ任官、騎兵第二十七聯隊附トナリ、
大正十三年騎兵第五聯隊ニ轉任、同一四年五月病氣ノ爲依願豫備役トナリマシタガ、
大正一五年北海道御料林払下問題ニ關シ、暴力行爲等処罰ニ關スル件違反ニ關シ控訴中、
昭和四年七月四日懲役五ヵ月ニ処セラレ、同日軍人トシテノ身分ヲ失ヒマシタ
一、前科ハ、
昭和五年十月三十日、
暴力行爲等処罰ニ關スル件違反ニ依リ大審院ニ於テ懲役五ヵ月ニ処セラレ、
豊多摩刑務所デ服役致シマシタ
其他、昭和五年一月頃金解禁當時、井上準之助ト安田保善社トノ醜關係告發問題ニ關係シ、
警視廳ニ約十日拘留サレ、
又、昭和七年三月六日所謂血盟團ノ關係ノ有力ナル關係者トシテ、
警視廳ニ約二十日間程檢束サレマシタ

一、今回ノ事件デ私ノ知ツテ居ル範囲ノ狀況ヲ申上ゲマスト、次ノ様デアリマス。
一、事件前后ノ狀況
  昭和維新斷行ト云フ言葉ハ、若イ將校ノ常ニ口ニスル言葉デアリマシテ、
殊ニ相澤中佐ノ公判以來、現役將校ハ餘リ私ノ宅ニハ近ヅカズ、
主トシテ磯部、村中位ノ者デアリマシタガ、本年ノ二月ニ這入リマシテ、少シ變ツタト云フ様ナ氣ガ致シマシタ。
ソレハ言葉ノ片鱗及ビ若イ將校等ガ近寄ラナカッタカラデアリマス。
一、私ハ相澤公判ニ充分心血ヲ濺イデ居リマシタガ、
磯部カ村中ダッタト思ヒマス、事態ガ動キツゝアルト云フ事ヲ聞キ、今迄ノ例モアリ、何カヤルダラウト察知シマシタ。
而シ私ハ公判ガ尠シ面白クナッテ來タト思ツテ居タ矢先デシタカラ、
満洲ニ行クカラ、ヤルノハヤルカモ知レナイガ、若シヤルニシテモ先ノ事ダト樂ニ考ヘテ居リマシタ。

一、二月一七、八頃、
  公判ノ事デ山口大尉ニ會ヒマシタガ、若イ將校ノ考ヘ方ガ變ダト思ヒマシテ、
山口大尉ニ栗原ニ寄ツテ呉レル様言附ケシマシタ処、
二日程シテ栗原カラ　「 貴様ノ処ヘハ行カヌ 」 ト 云フ意味ノ電話ガアリマシタノデ、
私ハ、ハット思ヒマシテ、君ノ爲ニナラヌ様ナ事ハ言ハヌカラ是非來テ呉レト云ツテ、
午后ノ五時頃ニ私ノ宅ニ來テ貰ヒマシタ処、
栗原ハ 「 貴方カラ意見ヲ聞カウトハ思ハヌ 」 ト 申シマシタノデ、
私ハ 「 ヤルニモ方法ガアル 」 ト 申シマシタガ、
是ガ非デモヤルト云フ様ナ言明デアリマシタノデ、
私ハ栗原サヘ押ヘレバヨイト思ヒ、實行方法ヲ聞キマシタガ　
「 私共ガヤッテモ貴方ニハ關係ハナイ 」 ト 申シマスノデ、
私ガ、君等ノ判斷ハ違フト思ハシメマシタガ、
「 聞イテ置キマセウ、克ク考ヘテ見マセウ 」 ト 言ッタダケデ六時過ギニ歸リマシタ。
一、安藤ガ來タノハ二十日頃ダト思ヒマス。
ソレハ磯部カ村中ニ安藤ニ會フテ見タイト云フ言附ケヲシタカラデアリマシテ、
安フ私ニ意見ガ聞キタイ様デアリマシタガ、
其時ハ猛烈ナモノデ内容ノ要點ハ最近何カヤロウト云フ空氣ニナッテ居テ、
自分ハヤルトナレバ重鎭デアルガ、後ノ事ガヨイカ惡イカ判斷ガツカヌト申シマシテ、
一週間位前ニ將校ガ集ツテ相談シ、其時、野中大尉ニ話ヲシマシタ処、叱ラレマシタ、ソコデ一應斷リマシタ、
村中ニも話シマシタガ、同ジ様ニ叱ラレマシタ、ソレデ從來ノ例カラ、
今度ハ全般ノ空氣ガ治マラナクナッタト申シテ居リマシタ。
尚ノツピキナラナイカラ、若シ貴方ガ反對スレバ命モ取ラナケレバナラナイト申シマシテ居リマシタ。

一、私ハ安藤ニ、僕ノ意見トシテハ直接行動ハヤッテ貰ヒタクナイ、場合ニヨッテハヤルベキダガ、
  現在ハ時機デハナイト申シマスト、安藤ハ大體私ノ意見ヲ聞イタ様デシタ。
今回ノ原因ハ、一ツハ満洲ヘ行ク爲デシタカラ、私ハ一般ノ人ハ實際ニ感心シナイダロウシ、
諸君ガヤレバ僕モ一緒ニヤラレテシマフ、
ドウシテモヤルナラ押ヘテモ押し切レナイ時ニヤルベキダト申シマシテ、
藤井ガ上海デ戰死シタ話ヲシテ、
私ハ自分ノ以前ノ體驗カラシテ、永年情誼ノ人ガヤル事デアルカラ、之ヲ理解サシテ、
ヤル事ヲ留メナケレバ私ノ一生モ棒ニ振ツテ仕舞フト申シマシテ、
諸君ガ是非ヤルナラ私ハ留メナイガ、間違ヒナイ様ニ僕ハ覺悟ヲシテ居ルト申シマシタ。
ソレハ二月二十日頃ダッタ様ニ記憶シテ居リマス。

一、山口ノ週番ノ前デスカラ、二十一日ダッタト思ヒマス。
  山口ノ宅ヘ行キ、貴方ノ隊内ノ意見ハドウカト尋ネマスト、
「 近クヤルカモ知レン 」　ト申シマシタカラ、
私ハ之ニ對シ、私ノ力デハ留メラレナイカラ覺悟ハシテ居ルガ、
後ノ對策ヲ考ヘテヤラネバ駄目ダト申シマシタ。
一、私ハ相澤サンノ公判ヲ頼マレテ居ル以上、
公判ノ方モヤラネバナラヌト云フ考ヘガアッテ、相當アセツテ居リマシタガ、
二十四日夜遅ク歸宅シマスト、多分磯部カト思ヒマスガ
「 二十六日朝ガ一番都合ノヨイ日ラシイ 」　
ト云フ意味ノ置手紙ヲ受ケ取リマシタノデ、私モ最早ヤ仕方ガナイ事ダト思イマシタ

一、尚此ノ置手紙ヲ受取ル前に、山口大尉ヤ龜川哲也ト寄々會ヒマシタガ、
  何レモ二十四日頃ニハ決行スルモノデハナイカト聞キマシタ。從ツテ二十日以後ハイラツキマシタ。

一、二十五日ニナツテ、龜川ト打チ合ワセタイト思ヒ、朝電話ヲカケ、夕方六時頃龜川宅ヘ參リマシタトコロ、
  村中ガ來テ居リマシテ、三人デ會食シマシタ。
私ハ眞崎サンノ事ヲ聞キタイノガ半分以上デシタガ、云ハズ語ラズノ内ニ金ノ話ガ出マシタ。

一、村中ガ歸宅セントシタ時、龜川氏ニ後ノ事ヲ宜敷ク頼ムト云フ様ナ挨拶ヲシタ様デシタガ、
  私ガ、食フモノハドウスルノカト云フ事カラ、
一度玄關迄出マシタノヲ又座敷ニ引返シ、話ヲスル事ニシタガ、
龜川カラ最近金ノ工面ニ奔走中デアッタガ
今日漸ク金ガ這入ツタカラ持ツテ行カンカト云ハレテ、二千圓出シマシタ。
然シ村中モ私モ之ヲ斷リマシタガ、龜川氏ハドウシテモ聞キ入レマセンノデ、
好意ヲ受クル事ニシテ、其ノ中ヲトリ、千五百圓ダケ兵ノ弁當代トシテ、村中ガ受取ツテ歸リマシタ。

一、私ハ、明日カラ事件ガ起ツタラ當然引ツ張ラルゝモノト思ヒ、
  村中ノ歸ツタ後約三十分間龜川ト協議シ、龜川氏ニ後ノ事ヲヨクヤツテ呉レト頼ミマシテ、一旦歸宅シマシタ。
然シ氣ガ落付キマセンノデ、夜ノ十一時過ギ、千坂中將ノ宅ニ行キマシテ線香ヲ上ゲ、
家族ニ一通リノ話ヲシテ、十二時過ギ歸宅シマシタ。

一、山口氏ヨリ週番中ニヤレバ知ラストノ話デアリマシタノデ、朝迄待ツテ居リマシタガ來マセンデシタガ、
  午前七時頃或人カラ軍隊ガ騒イデ居ルト聞キ、丁度八時頃木村病院ノ岩田ノ処ヘ行キ、
北ノ処ヘ電話シマシタガ、變化ハ有リマセンデシタ。

一、尚、其朝龜川氏ニ電話を掛ケマシタラ、龜川氏カラ眞崎大將ノ処ヘ行ツタ様ナ事ヲ述ベテ居リマシタ。

一、ソコデ ( 二十六日 ) 午后二時頃北ノ処ヘ行キ、薩摩ニモ來テ貰ヒ、
  私ハ二十八日ニ憲兵隊カラ來ﾗﾙゝマデ宿リマシテ、一歩モ外ヘハ出マセンデシタ。
ソシテ二十八日ノ夜、北ノ家ヲ出テ岩田ノ病院ヘ行キ、ソノ晩岩田ノ書生ノ宅デ宿リ、
續ケテ三日居リマシタガ、其ノ間色々ト考ヘタ上、澁谷ノアパートヘ宿リ、翌日前ノ処ヘ行ツテ捕ハレマシタ。
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二 ・二六事件

二十六日、北ノ宅デ若イ者ガ公衆電話デ首相官邸ヘ電話ヲカケテ見マシタ処、
栗原ガ居ルトノ事デシタカラ、電話ヲ掛ケマシタ処、
栗原カラ非常ニ苦戰シテ負傷者モ出タガ、岡田ハ完全ニシ止メタ様ナ話デシタ。
飯ノ事聞キマスト、隊ノ方カラ持ツテ來ルトノ事デシタ。
他ノ事情ハ判ラナイガ、是非見ニ來タラドウカト云ハレマシタ。
私ハ其時　「給養ハドウカ、飯ハアルカ」　ト尋ネマシタラ、
栗原カラ　「大丈夫。心配スルナ」　ト云フ様ナ返事ガアッタカト思ヒマス。

一、二十七日ニモ、二十八日ニモ、度々首相官邸ノ栗原ニ電話ヲカケ、
  事情ヲ聞キマスト共ニ、外部ノ事情ヲ知ラセテヤリマシタ。
午后四時半頃、栗原ヨリ外部ノ事情ヲ聞イテ參リマシタカラ、
「 海軍軍令部總長ノ宮殿下ガ參内セラレタ。
陸軍首脳部ガ集マッテ相談ヲシテ居ルガ、小田原評定ノ様ダ。
君達ハ奉勅命令ニ依ッテ行動シテ居ルノダカラ、
此上、二重三重ニ奉勅命令ガ出ル筈ガナイ故、此上トモ大ニヤレ。
尚、目下全國各地方カラ激励電報ガ約七千通バカり來テ、オモクテ持チ切レナイ程デアル 」
ト 申シマスト、栗原カラ　「 最後ノ一兵迄モ戰フ 」　ト云フ様ナ返事ヲシタ様デアリマス。
私ノ述ベタ意ハ、外部ノ情勢ヲ知ラセテ激励スル考ヘデアッタノデアリマス。
私ハ小笠原閣下ニ電話ヲシ、又、薩摩ニ加藤寛治大將ニ電話ヲ掛ケサセマシた。
北ガ栗原中尉ニ電話ヲ掛ケタト云フ様ナ話モアリマスガ、
ソレハ私ノ話シタ後デ、北ニ一言激励シテヤッテクダサイト云ツテ掛ケサセタノデアリマス。

今回ノ事件ガ、ドノ程度マデ可能性アリト信ゼシヤ
若イ人ノ純情トシテ、單ニ君側ノ奸臣ヲ除クニアッタト思ヒマス。
然シ、其ノ結果ニ於テ、外部的ニ此ノ運動ヲ生カス方法トシテハ、
軍人デナケレバ混亂狀態ヲ収拾スル事ハ出來ナイト思ヒ、眞崎サンナラト思ヒマシタ。
又、奸臣ヲ除ク事ガ昭和維新ノ第一工作デアッテ、
若イ人達ガ維新ノ斷行ニ就テ、ドノ點迄考ヘテ居タカハ知リマセン。
若シ此ノ點ヲ考ヘタナラバ、若イ人ハ私ニ相談ガアッタト思ヒマス。

君側ノ奸臣ヲ除クナレバ自分達ノミデ可ナルニ、何故多數ノ兵ヲ擁シ、重要建物等ヲ占據ｾｼﾔ其理由如何
私ハ兵ヲ引出スノハ反對デアリマス。
同志トシテ、將校下士官及ビ同志トシテノ兵ヲ引出スノナラバ可ナルモ、
多數ノ軍隊ヲ利用スルノハ不可ナリト、栗原ニ話シマシタ。

蹶起趣意書ハ、君側ノ奸ヲ除クト共ニ、昭和維新斷行ヲ圖ラントスル云々トアルガ、此ノ點ハ如何
私ノ交友關係、從來關係ナドデハ、ソナン事ハ聞キマセン。
ソレニ公判が始ッテカラ、私ノ宅デ集合スル事ハ警察ヤ憲兵隊ニ知ラレテ危險ト思ヒマシタノデ、
私ノ宅デ集合ナドシタ事ハアマセンシ、
又、私ノ交友關係モ非常ニ尠ナクナリマシタノデ、詳シイ維新ノ計畫ハシリマセン。
所謂十一月事件以來、私ノ宅ニハ將校ハ寄リツカナクナリ、今年ノ正月ニモ一人モ來マセンデシタ。・・〈 註1 〉
但シ、村中、磯部ハ浪人デスカラ私ノ宅ヘハ時々出入致シテ居リマス。
〈 註1 〉
リンク → 昭和十年大晦日 『 志士達の宴 』 ・・・昭和10年12月31日  ・・・西田税 ・ 金屏風への落書

今回ノ事件ハ、昨年ノ暮タリヨリ話ガアッタノデハナイカ
充分覺エテ居リマセン

昨年ノ議會開院式ニ際シ、
議會解散ヲ策シテ政變ヲ惹起セントシタ計畫ニ軍人ノ加ツテ居る事情ヲ述ベヨ
非合法デナク、政變、下令バ政友會ガ不信任案ヲ提出シ、
軍部大臣ガ國體明徴問題ヲ以テ出セバ、政府ハ倒レル様ダト云フ様ナ話ガアリ、
久原方面カラ出タノデ、龜川ガ山口ニ話シタヨウデス。
但シ、私ハコンナ馬鹿ナ話ハ實現シナイト思ツテ居リマシタシ、
昨年ノ秋アタリカラ 「 ヤラナイトイカン 」 ト云フ様ナ話ハ誰モガ常ニ云ツテ居リ、
栗原ナドモ非常ニ叫ンデ居リマシタノデ、深ク氣ニ止メテ居リマセンデシタ。
然シ、此計畫ハ、久原ガ龜川ヲ動カシテ山口大尉アタリニ働キカケタノデスガ、
アトデ聞キマスト、龜川ガ眞崎大將ノ処ニ行ツテ、
コンナ計畫ガアッタト話シヲシタトキ、眞崎大將ガ、
ソンナ計畫ニ軍人ヲ利用スルノハケシカラント大變立腹サレタノデ、
龜川ハ西田邊リノ計畫デショウト云タトノ事ヲ聞キ、大變立腹シマシタ。

相澤中佐ノ公判闘爭に就イテ述ベヨ
公判ノ前ニ、公判ハ全國的ニ公開スルコト、減刑運動ハヤラナイコト、
公平ニヤッテ貰ヒタイト思ツテ居リマシタ。
又、浜上中佐ガ義弟デスカラ、相澤サンニ公判ニ就辯護人ノコトナド話シタトキ、
オ前一人デヤラナイデ西田、大岸、菅波等ト相談シテヤッテ呉レ、
トノ事デヤリ始メタノデアリマスガ、辯護人ノ關係ヲ申シマスト、
統帥權問題ガ中心デ、後ハ問題トシテ居リマセンデシタ。
ソレニ同期生方ハ、牟田口大佐ガ幹事ダカラ同期生ノ方ガ中心ニヤッテ戴キ、
國民的公判ノ爲メ公開ヲ希望スルト共ニ、
私達ハ辯護人トシテ五、六人ノ候補者ヲ出ス豫定デシタガ、
龜川ガ鵜澤博士ト満井中佐トヲ持ツテ來マシテ、
今度ノ辯護人ハ一身ヲ捨テテカカルカラ、自分カラ頼メバ直グ引キ受ケルダラウ、
又、辯護士ハ現在辯護士中ノ長老デ、法務官ヲ敎示スルヨウナ人物デナケレバイケナイ、
ソレニハ鵜澤氏ガ最適任ダ、
鵜澤ナラバ久原ヲ通シテ頼メバ承諾スルダロウト盛ンニ満井、鵜澤説ヲ鞏調シマシタ。
私ハ軍人ハ同期ノ鈴木貞一様ニ願ヒ度カッタノデスガ、承諾サレナイシ、
又、辯護人ノ方モウマク行カナイノデ、結局、龜川氏ノ提議ニ同意シ、相澤サンノ同意ヲ得タノデス。
私ガ昨年ノ春頃、山口大尉ノ宅ニ行ツタ折、龜川ト理論上ノ大激論ヲヤリ、オ互ニ性格モ判ツタト思ヒマス。
往交スル様ニナツタノデスガ、夫レ以來、相澤事件ガアッテカラ、加速度的ニ接近シマシタ。
龜川ガ最初カラ無罪論ヲ主張シ、私ハ天下ニ公開ヲ主張シタカッタノデアリマスガ、
遂ニ龜川ノ主張ニ制セラレタノデアリマス。
私ハ、龜川ノ人物ニ附イテハヨク知ラナカッタノデスガ、嘗テ千坂閣下カラ、
山口ハ龜川ト接近シテイルガ、惡イコトヲヤルカモ知レヌカラ注意サス様ニトノ御言葉ガアリ、
私モ注意シテ居リマシタカラ、山口ニ話ヲシタ事モアリマシタ。

龜川が鵜澤博士、満井中佐ヲ推シタ理由如何
龜川ハ、満井中佐ハ捨身ダカラヨイト云ヒ、又鵜澤博士ハ明大ノ總長デアッテ、
閲歴、人格、學歴等ノ點デ法務官ノ先輩ダカラ、公判廷デハ法務官ヲ説キ伏セル自信ガアルト申シマシタ。
鵜澤博士ガ辯護人ニ立ツ様ニナリマシタノハ、龜川ガ久原ニ依頼シ、久原ガ鵜澤ヲ動カシタトノコトデス。
一、公判ノ推移ハ、時々二、三ノ者ガ集マリ、龜川ガ公判ニ行キ、
私ハ昼間休憩等ノ折、村中、磯部等ヨリ事情ヲ聞キマシタ。
二人ハ公判記録ヲ速記シテ居リマシタシ、龜川ハ私ヨリ法律ニ詳シイト思ヒ、
私ハ公判ニハ參リマセズ、單ニ話ヲ聞イタノミデアリマス。

林大将、眞崎大將ヲ證人トシテノ運動ニ附述ベヨ
私ノ最初カラノ見透シハ、如何ナル證人モ却下サレルダロウト思ヒマシタ処、
意外ニモ次官ガ呼ビ出サレマシタガ、
ソレハ單ニ軍法會議ノ威信ヲ示ス點ノミダト思ヒマシタ処、
林サンガ呼び出サレマシタノデ、私ハ大變意想外ノコトニ喜ビ、
事件ノ進渉ニ非常ニ期待ヲシテ居リマシタ。
ソシテ、材料ハ私ガ集メテ満井中佐ヤ鵜澤氏ニ与ヘ、
飽迄合法的ニヤッテ目的ヲ達シタイト思ツテ居リマシタ。
一、ソレデ國家ノ改造ニ就イテハ、
若イ者ガ騒イデモ、戒嚴令ハ軍部ノ首脳部ガ中心トナッテヤラナケレバ、
大ナル期待ハ持テナイト思ヒマシタノデ、
只、決戰時ニ於テ、最后ニ力ヲ入レタイト思ツテ居リマシタ。
ソシテ今度ノ事件デ、若イ人ガ行動ヲ起コシテモ、閣僚ノ要求ナドハヤラナイト思ヒマシタ。
一、今度ノ事件ノ持上ツテ來タ理由トシテ、私ノ観測デハ、
渡満前ノ爲メ、各隊ガ演習、行軍、檢閲、野營ナドノ爲メ、
三日以後ハ暇ガナク、若イ聯中ハ公判ノコト等頭ニナイト思ヒマス。
私ハ單ニ小笠原閣下一點張リニ頼リマシタ。
私ガヤロウト思ヘバ、各主要方面ヘ指示ヲ与ヘル筈デアリマス。

此ノ事件、龜川ガ重要ナ一役ヲ賈ツテ出テ居ル原因如何
( 辯護人ノ選定、事件ニ積極的ニ乗リ出シタ點、資金ヲ出シタ點、後ノ事ヲ頼マレテ承知シタ點 )
私ハ、龜川ト云フ人ハ相場デモヤルノデハナイカト思ヒマシタ。
ソレニ龜川ハ久原トハ常ニ密接ナ聯絡ガアリ、
私ガ久原ヲコキ下スト、之レ感心シテ居ル様ナ態度ヲ執リマスガ、
政變デモアレバ久原ヲ斯フ云フ風ナ閣僚ノ椅子ニ据ヘルノハドウカト云フ様ナ意見ヲ致シマス。
コンナ模様ヲ龜川ガ眞崎大將ニ話ヲシタ時、大將ガ怒ラレタ事ガアリマス。
此ノ時龜川ハ、西田アタリガヤッタノダロウト云フ様ナコトヲ云ツテ居リマシタ様デ、
私ハ大邊憤慨致シタコトガアリマス。
私ハ龜川氏ガ何デ生活シテ居ルノカ判リマセンガ、兎ニ角、最近私ハ之ノ點デ頭ガ混亂シテオリマス。
私ト龜川トノ交際ハ、龜川氏ガ先輩デアリマスカラ用ガアレバ私ノ方ヨリ行キマスガ、
龜川ハ常ニ政界ノ久原ヤ軍部ノ眞崎大將、林大將ナドト聯絡ヲ執ツテ居ルト云ツテ居リマシタガ、
私ニハ判リマセン。
龜川ハ琉球人ラシク、アマリ郷里ノコトナドハ話ヲ避ケテイル様デアリマス。
只私ノ感心シテ居リマスノハ、鵜澤博士ヲ政友會カラ脱退セシメル事ガ、
公判ヲ進行セシメル爲ニ必要ダト云ツテ居リマシテ、之ガ實現シタコトデアリマス。

一、龜川ガ鵜澤博士ノ聲明書ノ原稿ヲ持ツテ參リマシテ、
  私ガ之ヲ謄冩版ニ書イテ五十枚ヲ刷ッテヤッタ事ガアリマシタ。
此ノ原稿ハ、本人ノ書イタモノダトハ思ヒマシタガ、變ニ思ヒマス。

一、荒木サンガ止メテカラ、前田中佐ニ會ツタ時、
  龜川ニ氣ヲ附ケナイトイカント云フ様ナ注意ヲ受ケタコトガアリマス。

一、今度ノ事件ニ、龜川ガ何故積極的ニ乗リ出シテイルカト云フ事ニ就イテハ、
  其ノ理由ハヨク判リマセンガ、前後ノ關係ヤ今迄ノ色々ノ點カラ考ヘル時、
ソノ間、何カ不純ナモノガアルノデハナイカト言フ様ナ氣モ致シマス。
龜川ガ、久原ノ爲メニ働イテ居ルノデアルカドウカハ、ハッキリ判リマセンガ、
相當深ク久原ト關係ガアル様デアリマス。

今度ノ計畫ノ内容ニ附、知レル内容、部署等ハ如何
私ニハドノ程度カ將校ノ出ル範囲ハ解リマセンデシタ。
下士官兵ハ聯レテ行ク様デシタガ、兵科ナドハ判リマセン。
將校ハ、主トシテ在京ノ同志將校ガ出ルモノト思ヒ、ソレ以外ノ部隊ハ參加シナイト思ヒマシタ。
但シ、誰ガ何処ヘ行クカモ判リマセン。
目標ハ重臣ブロックタル西園寺、牧野、齋藤、岡田、鈴木、高橋 邊ナドハ、確實ナ物ダト思ヒマシタ。
一木樞相、後藤内務大臣、池田成彬ナドハ第二次ノ目標デアツタ様デアリマシタ。
ソシテ、陸軍大臣ニ迫ツテ處分ヲ要求スベキモノハ、
宇垣、南大將
三月事件ノ重要関係者
小磯、建川中將
十一月事件ノ片倉、辻及ビ
國體明徴ヲ期スベキ人事ノ要求及大本敎關係者ニ對スル徹底的處置ナドデアリマシタ。
大本敎關係ノ將校ニ就テハ、日高瓊々彦カラ聞キマシタ外、私自身モ相當程度ノ調査ヲナシ、證據モ握ツテ居リマス。
今次事件ノ免官ニナッタ将校ノ名前モ、三分ノ一位シカ知リマセン。
軍人以外ノ外部カラノ人トシテハ、栗原ヨリ聞キマシタガ、
從來ノ例モアリ、軍人ノミニテヤッテモライタイト希望シマシタ処、言葉ヲニゴシテ居リマシタ。
地方ノモノガ二、三參加シタヨウデシタガ、私ハ村中、磯部ナドニモ參加シテ貰ラヒタクアリマセンデシタ。
( コノ意見ハ二人ニ傳ヘタ様ニ思ヒマス )
民間ノ聯中ハ、栗原ガ聯レテ行ッタノデハナイカト思ヒマスシ、
又栗原ガ、彈丸ハ週番司令ヲ殺スカ、又ハ之ヲ監禁シテ持チダス様ニ云ツテ居リマシタカラ、
私ハ之ヲ斷然止メルヨウニ注意シマシタ。
一、私ハ、栗原ガ何時モ大言壯語シテ居タ關係デ、栗原ニ問ヒ詰メマシタ事モアリマシタガ、
 割合實現性ガナイ様デ、信用シテ居リマセンデシタ。
ソレカラ、二、三年前迄ハ私ニ頼ツテ居タ様デアリマシタガ、私ノ方ガ駄目ナノト、
村中ナドモ相當困ツテ居タ様デシタガ、最近村中ガ資金ノ方ハモウ心配ハカケマセント云フ様ナ話ヲシマシタ。
今度ノ事件ノ資金關係ハ、二十五日ノ龜川ノ宅デ村中ガ龜川カラ貰ツタ一千五百圓ト、
村中ガ私ノ宅ヘ來タ時 村中ヲ尋ネテ來タ満洲ノ辻サンノ娘カラ金五百圓受取ツタコトハ知ツテ居リマスガ、
ソレ以外ハ資金ノコトハ知リマセン。
尚正月前ニハ、村中カ磯部宛五十圓カ百圓ヲ變名デ送ツテ來タ人ガアル様ナ話ヲ聞キマシタ
一、要スルニ、今度ノ事件ニ就テハ、私ハ餘リ詳シイコトハ知リマセンデシタガ、
 山口ヤ安藤カラ大體ノ話ヲ聞キ、愈々決行スル情勢ニ立到リマシタノデ、
私ハ斯クナル上ハ最早止ムニ止マレヌ立場ニアリマスノデ、
決行ノ場合ニハ彼等ト行ヲ共ニスルコトヲ決心シマシタ。
ソシテ、彼等ガ直接行動スル場合ニ、私ハ外部ニアッテ出來ルダケ彼等ノ行動ヲ援助シ、
内外相呼應シテ共同行爲ヲスルコトヲ決心シマシタノデアリマシタ。
然シ自宅ニ居ツテハ捕ヘラレル危險ガアリマスノデ、逃ゲル丈逃ゲテ、
共同出來ル丈ノ幇助ヲシタイト思ツテ其通リ行動シタノデアリマス。

一、大眼目ニ就テ
  大眼目ヲ出シタノハ、從來、昭和ノ御維新ヲ達成スル爲メ必要ナ機關ガ欲シイト思ヒマシタガ、
新ニソンナ機關を作ルコトハ手數ガカカルノト、資本ガ必要ナ爲メ、
私モ民間ノ人々モ希望シテ居リナガラ、進渉シマセンデシタ。
從來アル核心ヤ皇魂ハ共ニ其内容ガ漠然タルモノデアリ、
又、核心ハ ヂャーナリズム的デ何レモ適當ノモノデハアリマセンカラ、
軍人モ民間モ一緒ニナッテ新ニ御維新ノ指導機關ヲ作ラウト考ヘマシテ、
核心及皇魂關係ノ同人デアル磯部、村中、中村、大森ナドガ大眼目ノ同人トナリ之ヲ支持シテ居リマシタ。

一、二十四日ニ公判記錄ヲ出シタノハ、
 相澤サンノ眞意ヲ世ノ中ニ傳ヘタイ考ヘデアリマシテ、皆ガ聞き入レマセヌ。
澁川君ガ、アル人カラ二百圓カヲ受ケ入レタ様デアリマシタガ、
私ハ其人ノ意ニ依ツテ出スノデハナイト云ツタ事ガアリマス。
一、原稿ハ、大體私ガ大綱ヲ示シ、福井幸ガ編纂主任トナリ、村中、澁川ナドガヤッテ居リマシタ。
 最近出タ公判記錄ハ、着手カラ約一ヶ月ヲ要し、二月二十日過ギニ發行シタモノデアリマス。
從ツテ、村中ハ意識シテ居リ、私ハ中途カラ乗り掛ケタ舟ダト思イマシタシ、
福井君ナドハ知ラナカッタノデアリマス。
コノ大眼目ハ、今度事件ニ相當ナ刺戟ヲ与ヘタコトハ事實ダト思ヒマス。

西田　税
右讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立テ、署名拇印せリ
昭和十一年三月十六日
東京憲兵隊本部
陸軍司法警察官　陸軍憲兵少佐　[名　欠]

二・二六事件秘録(一)より

西田税 (憲聴取2) 『 萬感交々で私としては思ひ切って止めさせた方が良かったと思ひます 』

西田税
第二回聴取書
著述業　西田　税　　当三十六年
右者、昭和十一年三月十七日、東京憲兵隊本部ニ於テ、
本職ニ對シ、任意左ノ陳述ヲ爲シタリ

私ト軍上層部トノ關係
眞崎大將關係
眞崎大將トハ、第一師團長當時三回オ目ニカカッタコトガアリマスガ、
夫レ以外ハ機會ニ恵マレマセンデシタ。
今度ノ事件デ、眞崎ト云ツテ居リマスノハ、荒木サンニ對シテハ、
青年將校ハ比較的氣持チガ疎クナッテ居リ、
眞崎サンデナケレバト云フ氣持チガ若イ人達ニアツタヨウデス。
然シ若イ人達ガ、特ニ事件前ニ會ツタ様ナ事ハ聞キマセン。
北一輝ガ眞崎サンガ良イト云フ様ナ事ヲ云ツタノハ、
二十七日ノ朝、北ガ御經ノ中デ眞崎ガ良イト感ジタノデ、
栗原ニ對シ、
「人無シ。勇將眞崎アリ。國家正義軍ノ爲號令シ、正義軍ニ速ヤカニ一任セヨ 」
ト指示シタノデス。

柳川中將關係
柳川閣下ハ、次官ノ折一度オ目ニカカッタノミデ、
今度ノ蹶起部隊ノ人々ガ柳川内閣ヲ主張シタノハ、
眞崎サンヨリハ柳川サンノ方ガ元氣ガアッテイイト云フヨウナ空氣ラシイデス。
然シ内閣問題ハ、私達カラ云フ事デ、若イ人達ニハ云ハシタクアリマセンデシタ。
今度ノ公判 ( 相澤 ) デ柳川サンガ指導シタト云フ話モアリマスガ、
之ハ柳川サンノ側近者ノ行爲デハナイカト思ヒマス。

秦中將關係
秦閣下トハ、憲兵司令官當時、二、三回會ツタ事ガアリマス。
然シ、北ト秦サントハ十年近クノ知リ合ヒラシイデス。
尚、中村義明ノ皇魂社ト秦閣下トノ關係ハ知リマセン。

満井中佐關係
満井中佐トハ、三、四年前陸大ニ行カレル時オ目ニカカリマシタガ、
思想ガ異ナルノデ一時ハ絶交狀態デシタガ、
相澤事件ガアッテカラ交際ヲ復活イタシマシテ、從ツテ最近ハ交際ヲ續ケテ居リマス。
満井中佐ハ公判第一主義デ、若イモノヲ確カリ押ヘテクレ、ト常ニ私ニ言ツテ居ラレマシタ。

松平大尉關係
松平大尉トハ、中央幼年學校以來ノ知己デ、
満洲カラ歸ラレ、私モ五 ・一五事件ニ負傷シテカラ交際ヲ續ケテ居リマシタ。
尚、澁川君等ハ同一將校團デアツタ爲、
三月二日ニ、私ハドウニモナラヌト思ヒ、御骨折ヲ願ヒタイ云フ手紙ヲ出シマシタ。
某手紙ノ内容ハ、大體、
「 自分トシテハモウ何ウニモナラナイカラ、
 此上ハ先輩ノ皆様ノ御力デ、若イ人達ノ志ノ生キル様ニ御骨折ヲ願ヒタイ 」
ト云フ意味デアリマシタ。
ソシテ、辻大尉ニモ同情シテ貰う様ニ言附ケシマシタ。

小笠原子爵トノ關係
北ト小笠原サントノ關係デ、御信用願ツテ居リマシタ。
ソレデ、三月二日松平大尉殿ト同様ノ意味ノ御力ヲ借リ度イト云フ手紙ヲ出シマシタし、
前ニ電話モ掛ケマシタ。

二十一日ノ夜、中村義明ト杉田省吾ガ私ノ宅ヘ酔ツテ來テ居リマシタガ、
私ニ客ガアツテ話モシマセンデシタ。
ソンナ關係デ、二十七日ニ杉田ヲ北ノ宅ヘ電話デ呼ビ寄セタ時、
杉田ハ昭和維新ノ斷行ノ秋ダカラ、ヤルナラ金ヲ出シテクレル処モアルト云フ様ナ話ヲ致シマシタ。
資金關係ハ何時デモ皆ンナデ持チ寄ツテ居リマシタ。
私ノ生活費ハ、大體多イ時デ月三百圓位デ、北カラ千圓位ヅツ時折貰ツテ居リ、昨年ノ暮レハ千五百圓位貰ヒマシタ。
其他百圓位ヅツ先輩カラ貰ツテ居リマス。
大連市朝日町 島野三郎經營スル蘇聯實情研究業書ヲ取次シマス關係カラ、
時折切手代ノヨウナモノを送ツテ来マスガ、友人トシテデアリ、
尚、北ハ支那方面カラ送金ヲ受ケテ居ルヨウデスガ詳ハシク知リマセン。
張群トハ深い關係ガアル様デスガ、金ノ方ノ事ハ分リマセン。

蹶起趣意書ノ内容ニ附、上層部ヘ豫メ運動シタト云フヨウナ話ハ聞キマセン。
但シ、二十六日前ニ北ニ對シテノミ、
若シ事件ガ起レバ私モ引摺ラレルダロウト云フヨウナ話ヲシマシタ処、
北モ仕方ガナイト云フヨウナ返事ヲ致シマシタ。
今度ノ事件モ、若イ者ノ考ヘハ單ニ尊皇討奸ノミト思ヒ、
其志ヲ生カシテヤリタイト思ヒ、
之ヲ如何ニセバ目的ヲ達スルコトガ出來ルカト云フ點ヲ考ヘテ居リマシタ。

龜川ニハ特ニ此度ノ事件ニ對スル時局ノ収拾及政治的観念ノ内容ガ、
豫メ含マレテ居タヨウニモ感ゼラレマシタ。
二十五日ノ夜、龜川宅ノ玄関デ歸ロウトシタ時、
資金ノ事カラ、村中ガ若シ金ガ必要ナラ三井銀行ヤ日本銀行ヲ襲撃シテ資金ヲ造ルヨウナ話ヲシマシタノデ、
龜川ガソレハイカン、一先ヅ元ノ部屋ニ歸レト云ヒマシテ、再ビ座敷ヘ上ガッタ時、
龜川ガ金カイルナラヤロウト云ツテ二千圓出シタノデアリマス。
然シ、私ハ金ハソンナニ多クイラナイト思ヒマシタノデ、千圓デ良イト云ヒマシタガ、
龜川ガ是非ニト申シマスノデ千五百圓丈貰フ事ニシテ、村中ガ取ツテ歸ツタノデアリマス。

從來、私ノ宅ヘ軍人ガ出入リスルノハ、十月事件以後デアリ、私ガ刑務所ヲ出マシタ頃デシタ。
昭和四、五年頃ハ、海軍ノ藤井 サン等ガ出入リシテ居リマシタ。
昭和六年の夏、陸海軍及ビ民間ノ人ヲ集メタコトガアリマシタ。・・・リンク → 郷詩会の会合
然シ此ノ処ハ陸軍軍人ハ三、四人ノ將校ノミデアリマシテ、
十月事件カラ栗原、安藤、大蔵ナドガ出入リスル様ニナッタノデアリマス。
ソシテ五 ・一五 ノ時、私ガ重態ノ折、菅波君ナドガ來タ外、一般ノ軍人ハ參リマセンデシタ。
其後モ私ノ宅ヘ來テ貰ツテハ困リマスシ、若イ人達モ自分デ家ヲ借リテ集合シテ居タ様デシタ。・・・リンク → « 靑山三丁目のアジト » 
殊ニ、所謂十一月二十日事件 以後ハ、若イ軍人ハ私ノ家ニ寄リ附カナイヨウニナリマシタ。
只、田舎カラ上京シタ人達ハ、私ノ宅ヘ來レバ狀況ガ判ルト考ヘタカら、私ノ宅ヘ參リマシタガ、
其後ハ村中や磯部ノ方ヘ行ヨウニナッタヨウデス。

薩摩雄次ハ私達ノ先輩デ、或ル程度ノ交際を續ケテ居リマシタガ、私ノ方ガ意見ヲ聞ク位デシタ。

最近、私ハ軍人ヨリハ民間ノ方ヘ同志ヲ獲得シタイト考ヘテ着々進メテ居リマシタ。
民間ヘノ働キカケハ、特ニ勞働團體ヘ注目イタシマシタ。
就中、市電從業員ヤ海員組合ノ方ヘ手ヲ附ケテ居リマシタ。
私ノ國家改造ヘノ理想論トシテハ、
現在ノ人ハ明治時代ト違ヒ發達シテ居リマスカラ、改造モ困難ダト思ヒマシタ。
從ツテ官吏ハ官吏、財閥ハ財閥、政界ハ政界ト云フ風ニ、
各方面ノ革新的思想を有スル者ヲ漸次啓蒙シテ擴大シタイト思ツテ居リマス。
此革新的意識ノ普遍化シタモノガ、即チ維新デアリマス。
即チ、現社會ノ各層ニ、夫々有シテ居ル革新的思想ヲ、各社會層毎ニ擴ゲルノガ御維新ダト思ヒマス。
單ニ軍人ノミガ蹶起スルト云フ事ハ、犠牲ガ多イ丈効果ガナイト思ヒマシタ。
私モ最後ノ場合ハ、直接行動ニ依ル革新ハ否認シマセンガ、
威力ノ亂發はイケナイト思ツテ居リマシタ。
或ル種ノ直接行動ハ、陛下ノ御信任ノ厚イ人ガ立ツタ場合、
コノ人ヲ中心トシテ維新ニ前進スル爲、
決戰ヲ必要トスル場合ニ、最後ノ力ヲ用ヒタイト思ツテ居リマシタ。・・・リンク →軍刀をガチャつかせるだけですね 
私達ノ理想社會即御維新トシテ出來タ社會狀勢ハ、
明日ノ日本ヲ建設スルノデアリマシテ、
其ノ大綱ハ日本改造法案ニ示シテ居ル建設内容デ大體良イ様ニ思ヒマスガ、
其實現ノ方法ニ就テ、私ハ理想トシテハ、天皇ノ御力ニ依ツテ實現致シタイト思ツテ居リマシタ。
要スルニ、日本改造法案ニ示シタ内容ガ現在出來レバ理想社會ダト考ヘテ居リマシタノデ、
日本改造法案ヲ指導原理トシ、現社會ヲ啓蒙スベク努メテ居ルノデアリマス。
日本改造法案ト云フハ、最初、謄冩版ノモノデアリマシタガ、
大正十二年初メテ改造社カラ出版サレ、
其後大正十五年ニ私ガ引受ケテ出版シタモノデアリマスガ、
其數ハ三千カ四千部ダト思ヒマス。
其後小型ポケツト型ノモノヲ、八千部位出版シタト思ヒマス。

蹶起趣意書ハ一寸見マシタガ、
今回ノ事件ガ日本改造法案ニ依ツテヤッタカドウカハ私ニハ判リマセン。
然し、同志ノ將校ハ何レモ日本改造法案ヲ指導原理トシテ啓蒙サレタモノデアリマスカラ、
其蹶起ガ日本改造法案ノ内容ニ依ツテ影響ヲ受ケテ居ルト云フ事ハ云ハレルト思ヒマス。
但し、此度ノ蹶起ノ直接原因ニハ、
彼等ハ満洲ヘ行クト云フ自己ノ立場カラ行キ詰ツテヤッタノデハナイカト思ハレル點モアリマス。
私トシテハ、只、今ハ時機デハナイト思ヒマシタ。
戒嚴令ハ オ上デ布カレルノデシテ、
自ラ戒嚴令ノ布告ヲ要求スルト云フ様ナ事ハ考ヘナイテイテ呉レ
 ト云フ様ナ話ヲ彼等ニシタ事ガアリマス。
私ハ、彼等ガ第一次ノ目的ヲ達シテ後、
第二次ノ目的ハ違ツタ方法ニ走ツタノデハナイカト思ヒマス。
私ハ尊皇討奸ト云フノテ引キツケラレテ行ツタノデアリマス。
從ツテ、私ハ一日位デ眞崎サンアタリニ片附ケテ貰ヒタカツタノデアリマス。
彼等ノ今回ノ行動ハ、煎ジ詰メレバ、建設ニ附テハ具體的ニ纏ツタ考ヘハナカツタノデハナイカト思ヒマス。
彼等ガ自決シナカツタ理由ハ、私ノ想像デハアリマスガ、
陸軍ノ首脳部 ( 陸軍省、參謀本部 ) ニ反感ヲ持ツテ居タ爲メ、
最後ニ三宅坂附近ヲ占據シテ攻撃ヲ受ケタ際、決戰ニ依ツテ討死スル爲ダト思ヒマシタ。
中央部ニ對スル反感ト云フノハ、色々ナ感情ガアルト思ヒマスト共ニ、
自決シナカッタノモ、
上司ガ自決セヨト云ツタ爲、之レニ對シテノ反感デ自決シナカッタノダトモ考ヘマス。
若イ聯中ガ、死ヲ覺悟ノ上デヤツタ事デスカラ、是ヲ考ヘナイト云フヨウナコトハアリマセン。
ソレニ彼等ハ討死を覺悟シテ出タノガ決戰ニ到ラズ延ビ延ビトナッテ氣ガ遅レタノデハナイデセウカ。

若イ人ハ知リマセンガ、
同志ハ確カニ日本改造法案ニ依ツテ刺戟ヲ受ケテ居ルト云フ事ハ云ハレマス。
一般ニ皇道派ト云フノハ、極メテ漠然タルモノデアッテ、
所謂西田派ト云ハレテ居ルノヲ云フノカ、荒木サンノ思想ヲ云フノカ、皇魂ヲ云フノカ、私ニハ判ラナイノデアリマス。
從ツテ皇道派ト云フノハ雑然トシテ居リマス。
結果ハ統制派ヲ敵トスルモノヲ皇道派ト云フ様ニ思ヒマス。
然シ、所謂西田派ト呼バレテ居ルモノ、
皇道派トハ日本改造法案ヲ指導原理トスル國家改造派ニ属スルモノデアリマス。
統制派ト云フノハ、統制經濟ヲ主張スル人々ダト思ヒマス。
從ツテ満井サンノ意見ヲ聞カウトシテモ、
満井サンハ常ニ其話ハ止メテ貰ヒタイト云ハレテ、話ニナリマセンデシタ。
私ハ プロレタリア的統制經濟ト云フノハ全然反對デス。
皇道派ト云フノモ、統制派ト云フテモ、手段ノ相違ノミデナク根本的ニ違ツテ居リマス。
從ツテ今度ノ事件等モ、若イ將校ノ考ヘハコウシタ點ニアッタト思ヒマス。
尚ホ、天保銭組ニ對スル反感ト云フノモ相當前カラアッタト思ヒマス。
何故ナラバ、彼等ガ軍ノ中央部ニ對シテ反感ヲ有シテ居ルノガ、大學出身者ガ殆ンド統制派デアッテ、
其ノヤリ方ガ プロレタリヤ的統制經濟ヲ主張スルト共ニ、
彼等ニ從ツテ陸軍を統制セントスルコトニ反對シテ居ルカラデアリマス。
要スルニ、私ハ日本改造法案ノ内容建設ヲ指導原理トシテ啓蒙シテ居リマシタ。
大資本獨占ハ否定シテ居リマシタガ、權力ト云フモノガ變ワレバ、三井ヤ三菱ナドハ潰サナイデモヨイト思ヒマシタ。
此度ノ事件デ、大財閥カ襲ワレナカッタノモコンナ意味ニ依ルモノト思ハレマス。
池田成彬ヲ目標ニシテ居タノハ、相澤事件ガアルカラデアリマス。
相澤公判ノ證人トシテ池田ヲ出スコトハ満井中佐ハ反對ノ様デシタガ、
私ハ池田ヲ申請スベキ事ヲ満井中佐ニ要求シマシタノデ、鵜澤弁護人ガ申請シタノデアリマス。

結果ニ對スル所感
一口ニハ言ヘナイガ、萬感交々デ私トシテハ思ヒ切ツテ止メサセタ方ガ良カツタト思ヒマス。
私ノミナラズ、皆ヲ犠牲ニシテシマヒマシタ。
尚、岡田サンガ後ニナッテノコノコ出テ來タト云フ事ハ、
此度ノ事件ヲ如實ニ物語ル證據デアリマシテ、
國家大局カラ見テ、此度ノ事件ハ維新ノ爲メニモ駄目ダト思ヒマシタ。
ソシテ、歴史ト云フモノハコンナ事カト思ヒマシタ。
丁度、蛤御門ノ戰爭ノヨウナ氣ガシマス。
陸軍ノ上ノ方ガ、維新ニ於ケル薩摩藩ノ態度ヲ執リ、
長州藩ガ君側ノ奸ヲ除カントシテ宮闕ニ發砲シタ爲メ、
遂ニ朝敵ニナッタト同ジヨウナ感ジデアリマス。
コウ云フ點ヲ色々考ヘサセラレマシタ。
現在ノ心境トシテハ、ドウニモ致し方ガアリマセン。
一時ハ自決シヤウト思ヒマシタガ、ドウニモ出來ズ、捕マリマシタ。
自分ノ修養ノ足リナイ點モアリ、不明ノ至ス點ダト思ヒマス。
私ハ若イ者ガヤレバ、今迄ノ關係カラ必ズ引摺ラレナケレバナラヌ事情ニアリマシタノデ、
コレモ運命ダト思ッテ居リマス。

右録取シ讀聞ケタル処、事實相違ナキ旨申立テ、署名拇印セリ
昭和十一年三月十七日
東京憲兵隊本部
陸軍司法警察官　　陸軍憲兵少佐　　福本亀治

二・二六事件秘録(一)より

西田税 (憲聴取3) 『 石原は相變らず、皇族内閣を云って、國體違反だ 』

西田税

第三回聴取書
著述業　西田　税
当三十六年
右者、昭和十一年三月十八日、東京憲兵隊本部ニ於テ、
本職ニ對シ任意左ノ陳述ヲ爲シタリ

一、前回迄ニ述ベタ事デ、申シ上ゲテ居ナイ事ヲコレカラ申述ベマス。
北一輝關係
二十五日頃、私ガ北ノ宅ヲ訪問シタ際、色々ノ話ヲシテ居リマシタ時、
北ヨリ靑年將校ハドウカト問ハレマシタノデ、
斷片的ニ 「 若シ公判迄ニ辯護人ヨリ申請スル證人ヲ裁判所ガ却下スル時ハ公判ハ毀レニ 」
言フ様ナ話ヲシタ様ニ思ヒマス。
其後二月二十日カ二十一日頃ト思ヒマスガ、北方ヲ訪問シマシタ時、北ニ對シテ
「 愈々靑年將校ガ蹶起スル。
 其理由ハ、第一師團ガ渡満スル事ニナリ二年間モ東京ニ居ナクナレバ、
重臣ブロック其他ノ惡イ勢力ガ再ビ勢力ヲ盛リ返シテクル。
ソシテ靑年將校ガ渡満シテ命ヲ捨テルヨリモ、君側ノ奸臣ヲ除イテ維新ノ捨石ニナリタイ 」
ト云フ様ナ事ヲ云ツテ居ル。
ソレハ私ハ
「 モウ斯クナル上ハ大勢デ 我々ノ一人ヤ二人ノ力デハ押ヘルコトモ、ドウスルコトモ出來ナイ 」
ト附ケ加ヘタ様ニ思ツテ居リマス
私ハ、今迄北ニ悲観的ナ言ヲ洩ラシタコトハアリマセンノデ、此話ヲシマシタ時、
北ハソンナ事ナラ致方ナイト云フヨウナ事ヲ云フタ様デアリマス。
次ニ二十二、三日頃、北ヘ參リマシタ際、
私は、
「 愈々決行スルコトニナリマシタ。靑年将校ナドノ方デ豫定シタ襲撃目標ハ、
岡田首相
齋藤内府
高橋蔵相
鈴木侍從長
渡邊敎育総監
牧野伸顕
西園寺公
等デアツテ、西園寺公ハ豊橋ノ聯隊デヤル事ニナツテ居ルラシイ。
又、三井ノ池田成彬ヤ三菱ノ岩崎小弥太等モ目標トシテ居ル。
伊澤多喜男、後藤文夫等モ目標ニナッテ居ル 」
ト云フ様ナ話モシマシタ。
其際、北ガ何ト返事シタカ記憶ニ殘ツテ居リマセン
二十四日頃、北ノ宅ヲ訪問シマシた際、
「 愈々若イ将校ガ蹶起スルコトニナツタ 」
ト云フ様ナ事ヲ話シマシタ。
其際、山口大尉ガ週番ニ當ルノデ決行ヲ妨害サレル事ハ無イト云フ事ヤ、
村中、磯部、安藤、栗原、香田等云フ人モ参加スル様ニナツテ居ルト云フ様ナ事ヤ、
牧野ガ湯河原ニ居ルノデ、東京ノ部隊カラ行ク様ニナツテ居ル等ノ話ハ、
確カ磯部カラ聞イタ様ニ思ヒマス。
山口、亀川哲也ナドガ眞崎内閣、柳川陸相ト云フ様ナ話ヲシテ居リ、
靑年將校モ希望シテ居ルガ、自分モソレガヨイト思フト述ベマシタノニ對シ、北ハ
「 荒木、眞崎ハ一體ニナラズトイケナイデハナイカ 」
ト述ベマシタノデ、
私ハ、荒木ハ前ノ陸相時代ニ試驗ズミデ、
荒木ハ對内的ヨリハ寧ロ関東軍司令官ノヨウナ對外的ノ役目ガヨロシイト、
靑年將校ガ云ツテ居ルヨウデアルト述ベタヨウニ思ヒマス。
尚、其際、事件勃發ト同時ニ山口大尉カラ本庄大將ニ知ラセル事ニナツテ居ルト申シマシタ。
ソレハ山口大尉カラ聞イタ事ガアリマス。
尚、ハツキリ其ノ日デアツタカドウカ覺エテ居リマセンガ、
此度ノ事件ハ、軍人以外ノ民間ノモノハ一切参加サセナイト云フ様ナ話ハシタコトガアリマス。
二十五日ノ夜、亀川ノ宅ヘ村中ト行ツテ歸ツタ後、確カ午後八、九時頃、北ノ家ヘ行キ、
イヨイヨ明朝決行スルコトニナツタ、
又、「 龜川君カラ千五百圓丈都合トテ呉レタ 」
ト云フ事ヲ話しマシタ。
尚、其時ダツタカ以前ダツタカ覺ヘマセンガ、北ニ對シ、
「 私ニモ、貴方ニモ、殊ニ貴方ニハ何モ知ラセナイ事ニナツテ居ルノデスカラ、
ソノ心算デ話サナイ事ニシテ居ルカラ、何モ知ラナイ事ニシテ下サイ 」
ト念ヲ押シタ事ガアリマス。
西園寺公ノ襲撃ハ、確カ豊橋部隊デヤルヨウニナツテ居リマシタノデ、
私ハヤハリ豊橋部隊デ決行シタモノト思ツテ居リマシタガ、
確カ翌二十六日、北宅カラ栗原ニ電話ヲカケマシタ処、
栗原カラ都合ニヨリ西園寺ハヤラヌコトニシタト聞キマシタノデ、私ハ意外ニ思ヒマシタ。
其理由ハ、栗原ガハツキリ述ベマセンノデシタガ、
西園寺公ノ襲撃ハ亀川ガ以前ニ爾後ノ内閣組織ノ工作上、
西園寺公ヲ襲撃スルコトヲ相當強ク反對シテ居タコトヲ知ツテ居リマスカラ、
恐ラクハ龜川ナドノ反對デ止メタノデハナイカトモ思ハレマス。

對龜川關係
龜川ハ、以前ヨリ久原ヲ出サナケレバイカン、非常ニエライヒトデアル、
ト云フヨウナ話ヲシタ事ガアリマスガ、私ハ之ニ深ク意ヲ止メテ居リマセンデシタ。
其後、靑年將校ノ空氣ガ切迫シテイヨイヨ押へ切レナクナツタ二月二十日前後、
私ハ龜川等ト、靑年將校ハ只管奸臣ヲ除クト云フ事ヲ専ラ主張シテ居ルノデ、
其ノ主張ヲ生カシテ、爾後ノ工作ニ就テハ我々ガヤツテヤラナケレバト云フヨウナ話カラ、
取敢ヘズ短イ期間ニ事態ヲ収拾スル爲メ、之ニ適切ナ内閣ヲ速ヤカニ組織セネバナラヌ、
ソレニハ柳川中将ハ臺灣ニ居テ間ニ合ハナイカラ、眞崎ガヨロシイダロウト話シタコトガアリマス。
尚、眞崎内閣ニ就テハ、龜川ガ非常ニ強調シテ居ツタヨウニ思ハレマス。
二十五日ノ昼頃、
龜川ニ對シ電話ヲカケ、公判ノ模様ヲ聞キマシタガ、後デ會ウ約束ヲシマシタノデ、
公判ノ事ヤ事件ノ処置ヲ打合セスルノ必要カラ、其夕方亀川ト三人雑談ヲシテ夕食ヲ濟マシ、
村中ト二人デ歸リカケルト、龜川ガ私ニ殘ツテ呉レト申シマスノデ、
村中ガ一人玄關ヲ出タ際、デハ後ノ事ヲヨロシク頼ミマスト云ヒマシタガ、
此際、
龜川  「 金ガアルカ 」
村中  「 大シタ事ハナイガ、入レバ上ゲマセウ 」
亀川  「 無クナッタラドウスル 」
村中  「 無クナッタラ、必要ガアレバ日本銀行ヤ三井銀行ヨリ献金サシタライイジャナイカ 」
龜川  「 ソリャイカン。兎モ角モ一度上ガッテ呉レ 」
ト云フテ、村中ガ座敷ヘ引キ返シマシタ際、
龜川  「 兵ノ數ハドノ位ニナルカ、イクラ位イルカ 」
村中  「 大體ハ中隊バカシダ 」
ト申シマシタラ、
龜川  「 兎ニ角、今日コレ丈金ガ出来タカラ、貴方ガタハ捨身ダカラ、私モ命掛ケデヤラナケレバナラナイ。
 凡テコンナ事ハ、後ニ掛借リヤオドシ取リナドヲ止メテ、凡テ現金デ支払ツテキレイニシテ置カネバナラナイ 」
ト述べ、二千圓アルカラ之ヲ持ツテ呉レト申シマシタ。
私ト村中トハ最初斷リマシタガ、強ヒテ持ツテ行ケト申シマスノデ、
ソンナラ半分デモ貰ツテギョウツタラヨイデハナイカト申シマシタ。
龜川ガ強ヒテト申シマスノデ、私ハ村中ニ對シモウ五百圓貰ツテ行ケト申シマシタノデ、
村中ハ千五百圓貰ツテ先ニ歸リマシタ。
其後、私ト龜川ト二人デ、事件后ノ後始末ニツイテ最モ速ニ事態ヲ収拾スルニハ、
眞崎サンヤ小笠原サンヤ山本大将ナドニ如何ニシテ速ニ聯絡ヲ執ルカト云フ事ヲ相談シマシタ処、
龜川ハ眞崎サンヤ山本サンニ、私ハ小笠原サンニ聯絡ヲ執ルコトニ話ヲ決メ、約三十分位デ歸リマシタ。
其際、私ハ龜川ニ對シ、何レ、若イモノガ事ヲ起セバ、
私ハ關係ノ有無ニ拘ハラズ危險デアツテ、後ノ工作ニツイテ私ノ努力ニハ期待出來ナイカラ、
對事後ノ工作ニツイテ貴方ガヤツテ下サイト附ケ 龜川ハ承知シタトノベタヨウニ思ヒマス。
二十七日朝五時過ギト思ヒマス。
私カラ、龜川ニ、自分ハ今北ノ家ニ居ルガ、
昨日打合セヲシタ眞崎大将ノ方ハドウカト聞キマシタガ、
電話ガ聞エマセンノデ來ルヨウニ話シマシタ処、
其御間モナク龜川ガ來マシタノデ、パンヲ焼イテ朝食ヲ執リ乍ラ、
龜川  「 眞崎ニハ會ツタガ、眞崎ハウロタエトツタ。其後聯絡ハ取ツタガ、聯絡モ取レナイ。
 西園寺ノ方ハ鵜澤サンニ行ツテ貰ツタ 」
西田  「 其結果ハドウダッタ 」
龜川  「 鵜澤サンハ大勢ヲ述ベタラシイガ、西園寺ハ之ニ對シ何モ述ベナカッタラシイ。
 帝國ホテルニ於テ、石原、橋本、満井ガ集マツテ、
橋本ハ陸軍大臣ニ建川ヲ、石原ハ皇族内閣ヲ主張シ、東久邇宮様ヲ立テタラシカツタデス。
満井君ハ、此際、久原サンヲ有力ナトコロニ出サネバト云ツテ居ルガ、アナタノ意見ハ 」
西田  「 石原ハ相變ラズ、皇族内閣ナドヲ云ツテ居ルトスレバ、國體違反ダ。
 橋本ガ建川ヲ出スト云フノハ、靑年將校ノ蹶起趣意書ニ反シテ居ル。
久原ノ如キ不純ナ者ハ問題ナラナイ 」
ト話シ、オヨソ三十分位デ龜川ハ歸リマシタ。
其ハ其際、
前日栗原カラ西園寺ハ都合ニヨリヤツツケナイコトニナツタ旨ヲ聞キマシタノデ、
龜川ガ既ニ西園寺公ガ襲撃サレナイコトヲ知リ、鵜澤ハ次ノ内閣ノ工作ヲヤツテ居ルノダト感ジ、
其手廻ハシノ早イノニ驚キマシタ。
尚、二十二、三日頃、
龜川ガ西園寺公ト鵜澤サントハ非常ニ仲ガヨイソウダカラ、
鵜澤サンヲ動カシテヤラシテハドウカト云フヨウナ話ヲシタ事ガアリマスノデ、
アレコレ思ヒ合セ、既ニ鵜澤ニ對シ、爾後ノ工作ハ龜川カラ打合セガアッタノデハナイカト思ハレマス。
尚、コノ事件ヤ爾後ノ工作等ニ就テ、龜川ト満井トノ關係上、満井ガ事前ニ知ラナイコトハナイト思ハレマス。

西田　税
右録取リシ讀聞ケタル処、事實相違ナキ旨申立ツルニ依リ、署名拇印セシム
昭和十一年三月十八日
東京憲兵隊本部
陸軍司法警察官　陸軍憲兵少佐　福本亀治

二・二六事件秘録(一)　より

西田税 (憲聴取4) 『 若い者が起ちました、其収拾に御盡力をお願ひ致します 』

西田税 

第四回聴取書
著述業　西田　税
当三十六年
右者、昭和十一年三月二十日、東京憲兵隊本部ニ於イテ、
本職ニ對シ任意左ノ陳述ヲ爲シタリ

對薩摩雄次關係
二十六日ノ午後四時頃、病院カラ電話ヲ薩摩君ニ掛け、
今カラ北ノ宅ヘ行クカラ落チ合フト言ツテ、北ノ宅デ出合ヒマシタ。
二十六日コンナ事態ニナツタカラ、早ク事態ヲ収拾セネバナラヌト相談シマシタ。
ソシテ、薩摩君ニ加藤寛治サンノ宅ヤ小笠原子爵ノ宅ヘ電話ヲ掛ケサセマシタガ、通ジマセンデシタ。
又、其時 薩摩カラ尊皇討奸ト云フ旗を樹テテ居ルト云フ話デアリマシタカラ、私ハ尊皇義軍ダト申シマシタ。
そして栗原ニ電話ヲ掛ケテ尋ネテ見マスト、
栗原が調ベテ見テ、
「 旗ハ兩方トモ窓カラ出シテ居ル。警視廳ノ兵ハ庭ニ集合シテ居ル 」
ト云フ事ヲ聞キマシタノデ、コノ話ヲ北ヤ薩摩ニ致シマシタ。
或ハコレハ二十七日ダツタカモ知レマセン。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・林八郎少尉 『 尊皇維新軍と大書した幟 』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
其後、小笠原サンガ加藤サンノ宅ニ行カレタ事ガ判リマシタノデ、
薩摩ガ加藤サンノ宅ニ電話ヲカケテ、小笠原サンニ出て貰ヒ、
私ハ、兵隊ヲ伴レテ居ル様デスガ、兵隊ノ行動ハ不問ニ附シ、
満洲ヘ行テ働ケル様ニシテ下サイ ト云フヨウナ意味ヲ申シマシタ。
尚、「 若イモノガ起チマシタカラ、其収拾に就テハヨロシク御盡力ヲオ願ヒ致シマス 」
ト 頼ミマシタ
小笠原サンニハ多クヲ云フノヲ好ミマセンカラ、簡單ニオ願ヒ致シマシタ。
私ガ北ノ宅ヘ薩摩ニ來テ貰ツタノハ、薩摩君ハ情報ヲ集メテ呉レマスノデ、
外部ノ情勢ヲ詳ハシク聞キ、外部工作ノ資ニシタイ爲メニ來テ貰ッタノデアリマス。

對龜川哲也關係
前回ニ述ベマシタ以外、二十五日ノ夕方、
龜川ノ宅ヲ訪問シ、村中ガ歸ツタ後、龜川ト二人デ話シマシタ時、
私ハ何カ起ツタラ直グ知ラセテ呉レト云フヨウナ事ヲ頼ミマシタ。
ソレハ、私ハ事ガ起ツタラ、身ヲ隠シテ、
出來ル丈外部カラ蹶起部隊ノ都合ノ好イ様に努力シタイト思ツタカラデアリマス。
尚、事ガ起ツタラナルベク早ク 眞崎、小笠原、加藤サン等ニ善後措置ヲ頼ム様ナ事モ話シヲ致シマシタ。
小笠原サンニ頼ンダノハ、小笠原サンニ頼ンダラ加藤サンニ話シテ呉レルシ、
其他ノ人ニモ話シテ呉レルカラ、海軍ノ重要ナ人ヲ動カスコトガ出來ルト思ッタカラデアリマス。
二十七日朝、龜川ガ北ノ宅ヘ参參リマシタ時、
前ニモ申シマシタ様ニ、石原、橋本、満井ナドノ後繼内閣ニ對スル話ト、善後ノ措置ニツイテ意見ヲ交ヘマシタ。
私ハ満井中佐ト若イ者ノ氣分ハピツタリ合ツテ居ナイ點ガアツタ様ニ思ハレマス。
ソシテ、若シ事前ニ満井サント聯絡ガアツタトスレバ、龜川カ村中ヨリ外ニ知ラセルモノハナイト思ヒマス。
又、其時、龜川カラ鵜澤サンガ西園寺公ノ処へ行ツタトノ話ヲ聞キマシタガ、
ソレハ事態収拾ノ善後工作ノ爲メ、龜川ト鵜澤トガ相談シテ西園寺公ヲ動カソートシタノデハナイカト思ヒマス。

對中野正剛關係
中野サントノ關係ハ、会會ヒタイト思ヘバ何日デモ會ツテ貰ヘル關係デアリマシテ、
ソレハ昭和四、五年頃カラデアリマス。
北トハモツト以前カラデ、北ハ財政的ニモ援助ヲ受ケテ居ルヨウデアリマス。

對島崎三郎關係
島崎君トハ、行地社關係ノ同人デ、猶存社ノ後半期カラノ知リ合デアリマス。
私ガ彼ノ出版スル印刷物ノ内地發賣ヲ引受ケテ居リマス關係上、
時々送金シテ呉レルコトガアリマス。

對渡邊菊次郎關係
十月事件以前、末松大尉ガ戸山學校ヘ來た時、下宿ヲ頼ンダ家デアリマシテ、
末松ノ家内モ渡邊サンカラ世話シタヨウデアリマス。
ソンナ譯デ知ツテ居リマスガ、援助ナドハ受ケテハ居リマセン。

對永井柳太郎關係
永井サントハ、北トノ關係デ知ツテ居リマスガ、愈々困ツテ居ル折ニハ、直接ニハ申シマセンガ、
北ハ千圓位ヒヅツ貰ツテ居タヨウデアリマス。

對原田政治關係
原田サンハ、私ノ知リ合ヒデハアリマスガ、
今ハ小泉ノ參謀ノヨウナ事ヲ云ツテ居リマスノデ、最近ハ餘リ深ク交際ハシマセン。

對大久保留次郎關係
大久保サンハ純粋ノ政友系デ、松村義一ナドハ反對的ナ立場ニアルト思ヒマス。
私トノ知リ合トシテハ最近デ、五 ・一五ノ折見舞ニ來テ呉レタ位デアリマス。
旅順ノ金塊問題デ、大澤準ノ名義ノ爲メ、當時陸相ノ林大將ニ意見書ヲ出シタ事ガアリマス。
私モ少シノ礼ハ貰ヘル様ナ狀態ニアリマシタ。
私ノ生活費ヤ運動費ト申シマセウカ、其資金問題ハ、浪人トシテ他人ニハ解セラレナイ色ンナ方面カラ、
時々援助セラレル事ガアリマスノデ、一定シテハ居リマセン。
一定ノ収入ト言ヘバ、前申述ベマシタ北位ノモノデス。
其他ノモノヲ申シ上ゲマスト、直チニ シンバ關係ノヨウニ見ラレ、
此ノ度ノ事件ニ關係ガアルヨウニ見ラレテ迷惑ヲカケマスノデ、
其人名ヲ申シ述ベル事ハ出來マセン

西田　税
右録取シ讀聞ケタル処、
事実相違ナキ旨申立事實相違ナキ旨申立署名シタルモ無印ニ附拇印せり
昭和十一年三月二十日
東京憲兵隊本部
陸軍司法警察官　　陸軍憲兵少佐　　橋本亀治

二・二六事件秘録(一)より

西田税 (憲聴取5) 『 眞崎大將をして時局収拾せしめたいと鞏調しました 』

西田税

第五回聴取書
住所　東京市澁谷區千駄ヶ谷二ノ四八三
著述行　西田税
当三十六年
右者、昭和十一年三月二十二日、東京憲兵隊本部ニ於テ、
本職ニ對シ任意左ノ陳述ヲ爲シタリ

龜川ガ、二十四日夜、其方ヲ訪問シタルト言フガ、事實カ
訪問ヲ受ケタ事實ハアリマセン。
龜川氏ハコレ以前ニ本事件ニ關シ何カ知ツテイルヤウニ思ヒマス。
十六、七日頃、龜川氏ノ宅デ山口ト西田ト龜川ガ落合ツテ公判ノ事ヲ話シタ時ニ、
山口カラ隊内靑年將校ノ不穏ナル狀況、栗原ナドノ態度ニ就イテ相當切迫シタ話ヲシテ、
私ニ對シ何ントカナラヌカトノ話ガアリ、此際、私ハ嫌ナ事ヲ言フナト思ヒマシタカラ、
話ヲボカシテ、栗原ヲ私ノ処ヘ寄越シテ下サイト頼ミマシタ。
ソレハ龜川ニ對シテハコウ言フ話ヲシタクナイ氣持チヲ強ク持ツテ來タカラデス。
十七、八日頃、山口カラ栗原ガ行カナイト言フ返事ノ電話ガアリ、
私ハ栗原ヲ電話口ニ呼ンデ貰ヒ、
電話デ栗原ニ對シ、
何故來ナイカ、惡イ事ハ言ハヌカラ是非來イト怒鳴ツタ事ガアリマスガ、
其ノ時ノ席ニ、龜川氏ガ居ッタカニ記憶シテイマス。
ソレカラ、私ハ警視廳デ取調ノ際、龜川ノ所にハ靑年將校ヤ村中アタリガ屢々出入リシテ居ルト言フ事ヲ聞イテ、
私ノ知ラナイ聯絡ガアルノデハナイカト感ジマシタ。
又、事件前ニ於テ、公判狀況ヲ聞イテモ、從來ノ如キ熱ガ認メラレマセンデシタ。

二十五日夜ノ會合ハ打合セタノカ
二十五日昼過ギニ、相澤公判ニ就テ、龜川氏ト電話デ聯絡シ、私ハ後刻御伺ヒシマセウト言ヒマシタ。

龜川ノ陳述ニヨルト、二十五日午後五時頃、村中ガ訪ネテ來テ、後、西田、磯部モ來ルカラト言ッタト言ッテオルガ、此ノ點ハ如何カ
ハッキリシタ記憶ハアリマセンガ、村中ガ其前ニ私ヲ訪ネテ來テ、
其ノ際、私ガ後刻龜川ヲ訪問スルト言ツタカモシレマセン。

其後ノ状態ハ
私ハ午後三時頃家ヲ出テ、公判狀況 ( 眞崎大將證言狀況 ) ヲ知リタイ爲ニ、
満井中佐ヲ訪ネマシタガ不在デ直グ引返シテ一師前ニ來ルト、
新聞社ノ自動車ガ數台アツタノデ、コレハ何カアルト思ヒ、其儘直グ龜川ノ処へ行ツタノデス。
龜川宅ヘ參リマスト、村中ガ居リ、ソレカラ私ト村中ガ歸ラウト言ヒマスト、
現ニ食事モ準備シタカラ是非食ツテカラト言フ事デ、三人ガ食事シ、
其後、村中ガ歸ロウトスルト、龜川氏ハ私ニ對シ、貴方ハ未ダヨイデハアリマセンカト言ツタノデ、
村中ガ歸ル時ニ玄關迄見送リ、村中ニ金ガアルカト問ヒ、村中ハ私共ハ要ラヌカラ少シ位ナラアリマスト言ヒマシタ。
其ノ時私ハ、村中ガ勘違ヲシテオルナト感ジマシタ。
村中ハ、金ガ要レバ財閥 ( 或ハ日本銀行 ) カラ献金サセマスカラト言ヒマシタラ、
龜川ハソレハ不可ン、モー一度上ガツテクレト言ったツタ様ニ記憶シテ居リマス。
ソコデ村中ト私トハ、モトノ座ニ就キマシタ。
龜川カラドレ位出ルト村中ニ聞キマシタ。
村中ハ八ケ中隊位デ、將校ハ何名ダトカ言ツテ來タ様ニ思ヒマス。
ソレデ、龜川ハ奥ノ間カラ二千圓ヲ持ツテ來テ、今日出來タ金ダ、使ツテ下サイトテ出シマシタ。
押問答ノ末、弁當代トシテ一千五百圓ヲ受取ルコトニナリマシタ。

其ノ時其方ハ、龜川ガ基金ヲ今度ノ資金ニ作ッタモノト感ジタカ
ソウハ感ジマセン。 生活ノ爲ニ工面シタ金ヲ投出スモノト直感シテオリマシタ。

二十五日夜、龜川ト西田トノ間ノ話合ニ就テ、前回ノ陳述ト相違點ナキヤ
アリマセン。

十二月事件ニ就テハ誰カラ聞イタカ
龜川、山口カラ聞イテオリマス。
コノ話ヲ龜川カラ聞イタト言フガ、ソレハ久原ガ發案シテ、龜川ガ具體案ヲ作ッタ様ニ聞イテオルカ、
或ハ又龜川ガ發案シテ久原ガ之ニ同意シタト聞イテイルカ
後ノ様ニ記憶シテオリマス。
コノ事件ニ就テ、眞崎大將ニ報告云々ノ事ハ誰カラ聞イタカ
直接、龜川氏ヨリ聞イテオリマス。

相澤公判ニ於ケル満井中佐ノ気持ハ、ドウデアッタカ
公判開始當時、満井中佐ハ私ニ對シテ、
「 私ガ辯護人トシテ急追シテ行ケバ、反對派ノ人達ハ或ハ私ニ危害ヲ加ヘルカモ知レヌ。
 ソノ時ハ君達ハ私ヲ犬死サセマイナ 」
ト言フ事ヲ話シテオリマシタ。
其ノ時、満井サンハ決心シテオラレタ様ニ見受ケマシタ。
満井サンガ決心シテオルト言フ事ハ、辯護人ニナル前ニ、龜川カラ聞イテオリマシタ。

右ノ　「 犬死サセマイナ 」　ト言フ事ヲ、ドウ感ジタカ
満井一流ノ言ヒ方ダト考ヘ、深ク氣ニモ止メマセンデシタ。

鵜澤辯護人ハ龜川ガ聯レテ來タノカ、久原ガ龜川ノ頼みニヨッテ鵜澤ヲ立タシメタノカ
私ノ記憶ニ殘ツテオル經緯ハ、龜川ガ鵜澤サンガ良イト腹ヲ決メテ、
之ニ交渉スルニハ久原ヲ通シテ龜川ガ當ッタモノト思ヒマス。
單ニ久原ガ紹介ノ勞ヲトラレタト言フ風ニ聞イテ居リマス。

龜川ガ久原ヲ閣僚ニ推スト言フ様ナ意見ヲ述ベタ事ガアルカ
書記官長説ハハッキリ聞イテオリマスガ、閣僚ノ話ハハッキリ記憶ハアリマセン。

相澤公判後鵜澤弁護人ガ政友會脱党聲明書ヲ出シタガ、之ハ其ノ方ガ印刷シ、
其ノ際、變ニ感ジタト言フガ、ソレハドウ言フ意味カ
此ノ聲明書ハ筆跡カラ見テ龜川ノ案デアルト思ヒマシタガ、
其案中、龜川氏及同期生諸君ノ勧説ニヨツテ弁護人ニナッタト言フ意味ノ事ガアリ、
其ノ際、自分デ案ヲ書キ乍ラ、龜川ノ名ヲ出シテオル事ガ可笑シイト考ヘマシタ。
其ノ際、彼ノ話ニ依ルト、鵜澤サンガ龜川氏ト記入シテ呉レト言フ事デ書イタノダト言ツテオリマシタ。

今度ノ事件ニ就テ、龜川ノ態度ニ就テドウ考ヘテイルカ
彼ニ對シテ一應ハ其ノ純情ニ於テ、靑年將校ノ氣持ヲ酌ンデ、其爲ニ努力シタカニ考ヘラレルガ、
又一面、今度ノ事件ニ就テ彼ノ爲シタル行動ハ不明瞭デ理解シ兼ネル點ヲ何トナク感ジマス。
又、彼ノ平素ニ於ケル背後關係ニ於テ見ル時ニハ、更ニ此ノ感ヲ深クシマス。
然シ、之ハ只氣持チノ問題デアツテ、具體的ナ實體ハ捕捉シテオリマセン。

龜川ノ陳述ニ依ルト、二月中旬頃、西田カラ第一回目ノ大雪ノ時ハ危ナカツタト言フ事ヲ聞イタト言フガ、ドウカ
全然言ツタ事ハアリマセン。

村中、磯部ノ救援方ヲ當局ニ交渉スルコトヲ龜川ニ依頼シタル事アリヤ
昨年秋頃、頼ンダ事ガアリマス。
林大將ニ、コノ意見ヲ申シテ頂ク様ニ頼ミマシタ。

大眼目第四號ニ相澤公判記録ヲ出スノニ、其以前ニ或人カラ二百圓ヲ送ツテ來タト云フガ、或ヒトトハ誰カ
澁川君ノ話デハ、地方ノ有志ノ或人ガ公判記錄ヲ欲シイ爲、
元金ガ入ルノナラトテ其人ガ上京シテ手渡シタ話ヲ聞イテオリマス。
ソレハ一月末カ二月始メ頃ノ事デス。

此ノ公判記録ハドウシテ出來タカ
村中、澁川ガ記録ヲトリ、新聞紙及満井中佐ノ筆記ヲ綜合シテ、作リ上ゲタノデアリマス。
大眼目第四號ノ部数ハ、七、八千部位印刷シマシタ。

大眼目第四號ヲ今度ノ事件誘發ニ利用ノ意志ハアッタカ
相澤公判記錄ヲ出ス事ガ主デアリマシタ。
其ノ終リノ方ニ、怪文書二ツヲ採錄シタノモ、紙ノ不足ヲ充實スル爲ニ、
村中アタリガヤッタモノデ、之ヲ本事件ニ利用せントスル意思ハ全然アリマセン。

豫審調書ノ相澤中佐陳述ノ冩ハ、オ前ガ作ツタノカ
私ハ作ツテオリマセン。
村中ヨリ三部受領シ、山口大尉ト龜川氏ニ手渡シ、マタソレノ印刷等ニハ私ハ干与シテオリマセン。
村中ガ満井中佐カラ原本ヲ借リテ來テ、私ノ処デ見セテオリマシタガ、
皆ノ聯中モ見度イ希望ヲ持ツテオルカラ、
相澤サンノ部分ダケ印刷シテ渡サウトノ話シデ、村中ガヤッタ事ト思ッテイマス。

小笠原子爵トノ關係ヲ述ベヨ
事件前二十日頃、オ目ニカカリマシタ。
相澤公判ニ就イテ荒木サンアタリノ態度ガ明瞭デナイト言フ話モアリ、
私共ハコノ公判ヲ公正ニヤッテ貰ヒタイト考へ、
荒木、眞崎サンノ方ヘモ御努力ヲ願ヒタイト言フ事ヲ進言シマシタ。
事件後二十六日、病院カラ正午前電話デ事件ガ勃發シタラシイ、
コウナレバ私モ止ムヲ得ナイト思ヒマスカラ、
閣下ハ陸海軍ノ上層部ノ人々ヲ御承知デアルカラ、
ソノ方面ニ對シ、一日モ早ク事態ヲ収拾シテ頂ク様ニ御盡力願ヒタイ、
ト言フ事ヲ申上ゲマシタラ、
ヨクワカリマシタ、何トカ私モ考慮シマストノ御返事ガアリマシタ。

二十七日、時間ハ記憶シマセンガ、北氏宅カラ薩摩君ガ小笠原宅ヘ電話シマシタガ、
加藤大將宅へ行ツテオラレルト言フ事デ、
更ニ加藤邸ヘカケ、薩摩ヨリ小笠原サンニ狀勢報告ヲシ、
其ノ後ヲ私ガ代ツテ
「 兵隊ガ澤山出テオルガ、何レ之ガ処罰サレルコトダロウ。
 シカシ渡満ト言フ事モアルカラ、
満洲ヘ行ツテ戰爭デ御奉公サセル様ニデモシテ頂ケル様ニナレバ、
収拾モウマク行クト思ヒマスカラ、御盡力ヲ願ヒマス  」
ト言フ意味ノ事ヲ言ヒマシタガ、單ニワカリマシタトノ返事デシタ。
二十七日デアツタカ二十八日カ記憶シマセンガ、
栗原君ト電話デ話シタ時、海軍ノ陸戰隊ト自分達トノ方ト時々セリ合ヒ相ダ、
自分達ニハ其ノ意思ガ毛頭ナイノデ困ルトノ話ガアリマシタノデ、
私ハコノ事ヲ早速小笠原子爵ニ電話シテ、
「 行動部隊モ戒嚴司令官ノ指揮ニ入リ、其他、附近ノ警備ニ任ジテオル様ニナッテオル相デス。
 彼等モ他意ガナイノデスカラ、萬一競合ヒデモ起ル様ナ事ガアツテハ大變デスカラ、コノ意味デオ骨折リ願ヒタイ 」
ト申シマスト、閣下ハ
「 私共モ出來ル丈ケノ事ハ致シテオリマスガ、御話ハ良ク分リマシタ 」
トノ事デシタ。
其他ニ、電話シタリ又ハ御面會シタ事ハアリマセン。
三月二日頃、小笠原子爵ニ對シ、最後ノ手紙ヲダシマシタ。

二月二十五日夜、龜川宅デ相談シタ時、眞崎内閣説ハ小笠原一派ノ人々カラ出テオルト言フ事ヲ話シタガ、
龜川ハソウ言ッテオルカ、ドウカ
ソウ言フ話ハシマセン。
只 「 私ノ観測デハ、此方達ハ眞崎ニハ相當ノ好意ヲ持ツテオラレルノデ、
 ワカイ人達ガ眞崎大將ト言フ事ヲ言ツテモ、此等ノ人々ニハ理解出來ル 」
ト言フ事ハ言イマシタ。

西園寺公襲撃問題ニ就テ、龜川ガ反對シテ襲撃スベカラズト言ヒ、
オ前ハ若イ者ノ氣持ヲ考エヘテ同意スベキダ、ト議論シタコトガアルカ
日取、時間等ハ記憶シマセンガ、アッタ事ハ確カデス。

龜川ハ、二十七日ニコノ事ガアッタト言ッテイルガ、二十四日ニハオ前ハナイト言フ
何カ時日ニ就テ思ヒ出ス事ハナイカ
龜川ハ滅多ニ私ノ所ヘハ來マセン。
タシカ龜川ガ眞崎大將ヲ公判ノ證人問題デ訪問シタ日ニ、
其ノ歸途カ、又ハ、出直シテカ、ハッキリシマセンガ、其ノ日ノ中ニ一度私ノ家ニ來タ事ガアリマス。
或ハ其際ノ話デハナイカト思ヒマス。
話ノ内容トシテハ、龜川カラ、後ノ政治工作ノ爲ニハ西園寺公ヲ利用スルコトガ必要ダ、
ソレニハ鵜澤博士ガ西園寺公トハ懇意デアルシ、其方法ハトレルト思フト言フ様ナ意味ヲ話シマシタ。
之ニ對シ、私ノ意見ハ、
若イ將校達ノ氣持ハ國體顯現ノ爲ニ君側ノ奸臣ヲ除クト言フ事ニアルラシイ、
コノ純情ヲ爾後ノ政治工作ノ爲ニ無視スルコトハヨクナイト思フ、
吾々ノスルコトデハナイノダ、
又、一方カラ云ヘバ、一般ニ重臣ブロツクト言フケレ共、
結局ノ輔弼献替ノ責任ハ元老ニアルノデ、
元老ガ重臣ブロツクノ人達ヨリハ重大ナル責任者デアルト言ハネバナラヌ
ト言フ意味ノ事ヲ言ヒマシタ。

満井中佐ガ、池田成彬ヲ證人申請スル事ニ對シ、反對ノ意思表示ヲシタ事ガアルカ
二月上旬頃、満井宅デ私ハ満井中佐カラ財閥關係 ( 事實ハ池田ヲ云ツテイルノデス )
ノ證人申請ハ鵜澤サンハシナイ方ガ良イト云ハレ、自分モ同意シテイルトノ話ガアリマシタ。
私ハ、貴方ハ大牟田事件デ三井財閥トハ特殊ノ關係ガアルラシイガ、
之ヲ出スコトハ貴方ニトツテ拙イコトガアルカト尋ネマシタラ、僕ニハ無イト思フトノ話デシタカラ、
私ハ更ニ今度ノ公判ハ相澤中佐ノ公判デアルカラ、池田ヲ證人申請スベキデアルト申シマシタ。
満井中佐ハ、夫レナラ出ソウト言ツテ何カ書キツケテイマシタ。

龜川ガ、事件直前、眞崎内閣テセナケレバナラヌト言ッタ事ガアルカ
アッタト思ヒマス。
ハッキリ時間、場所ハ記憶シマセンガ、若イ聯中ハ荒木ヨリハ眞崎、眞崎ヨリハ柳川ト言フ様ニ崇拝シテオッタ様デス。
処ガ、今度ノ事件ヲ豫想シテ、其ノ日ノ内ニデモ事態ヲ収拾イテモ貰フト言フ事ニナレバ、
柳川サンデハ間ニ合ワナイト言フ事ガ主タル原因デ、眞崎サンヲ推シテオツタト思ヒマス。
龜川ノ意見ハ、右ノ如キモノデアッタト思ヒマス。

二十七日朝、龜川ノ処ヘオ前ノ方かラ電話ヲカケタカ　龜川ハソンナ事ハ言ッテオラヌガ
確カニ龜川ニ電話ヲカケマシタ。
ソコデ自分ノ居所ヲ知ラセ、一寸來テ貰ヒタイト言ヒマシタ。
龜川ハ割合ニ早ク來タ様ニ思ヒマシタ。

二十七日朝、北宅ニ於テ、龜川ト會談セシ内容中ニ、帝國ホテルノ狀況ヲ話シ、
其中デ自分ガ折衝シタ事及部隊ヲ撤退サセル様ニ話ガキマツタト言フ事を言ハナカッタカ
全然ソンナ記憶ハアリマセン。

此時、オ前ガ西園寺襲撃中止ノ事ヲ龜川ニ話シタカ
言ッタカモ知レマセン。

二十七日夜、亀川ヲ電話デ呼ビ出シタカ
北ノ御經ヲ話シタクテ、龜川ヲ呼ンダト思ヒマス。

其際、龜川ガ如何ナル話ヲシタカ
大體左ノ如キ事ヲ云ヒマシタ。
1、龜川ハ、陸軍デハ収拾出來ナイ、私ハ山本内閣ノ實現ヲ計ツタ方ガヨイト思フ、
 トノ話ガアリマシタノデ、
私ハ北ノ御經ニ眞崎ニ一任セヨト出タ事 及 若イ聯中ノ氣持モソコニアルノダカラ、
是非眞崎大將ヲシテ時局収拾セシメタイト鞏調シマシタ。
2、北、亀川、村中、西田ノ四人デノ話シノ席上、龜川ハ奉勅命令ヲ突然持出シ、
 奉勅命令ノ如キハ臣下ノ意見ヲ勅命ヲ以テ鞏要スルモノデアリ、
コレコソ天皇機關説ダト大イニ憤慨シテオリマシタ。
3、龜川ハ眞崎ニ會ヘナイト言フノデ、私カラ、何ントカシテ會ツタラドウダト申シマスト、
ソレデハ山本サンニオ願ヒシテ、山本サンニ聯レテ貰ッテデモシテ眞崎サンニ會ハウカト言ヒ出シ、
ソレカラ山本大將邸ヘ電話ヲカケマシタ。

他ニ申立ツル事ナキヤ
アリマセン。

右讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名拇印セシム
昭和十一年三月二十二日
東京憲兵隊本部
陸軍司法警察官　陸軍憲兵大尉　　(名　　欠)

二・二六事件秘録(一)　より

西田税 (憲聴取6) 『 昭和維新への道程 1 』

西田税

第六回聴取書
住所　　東京市渋谷區千駄ヶ谷二ノ四八三番地
著述業　西田　税
当三十六年
右者、昭和十一年四月十一日、東京憲兵隊本部ニ於テ、
本職ニ對シ任意左ノ陳述ヲ爲シタリ

前回ニ申上ゲナカツタ點ニ就イテ、引續キ申上ゲマス。
一、國家革新意識ヲ持ツニ至ツタ最初ハ、大正八年頃ト思ヒマス。
 當時、陸軍中央幼年學校在學中デアリマシタガ、
當時ノ社會情勢ハ、其ノ前年即チ大正七年ニハ米騒動ガアリ、
又、當時私共ノ郷里ニハ大本敎ガ勃興シテ、ソノ發展期デアリマシタ關係上、
多數ノ在郷軍人モ加入シテ居リマシタ爲ニ、私ガ休暇デ歸省致シマシタ際、盛ニ其ノ加入ヲ勧告サレタノデアリマス。
然シ、私ノ父ガ大本敎ニハ反對デアリマシタノデ、
私ハ大本敎ノ宣傳シテ居ツタ日米戰爭ノ切迫ト其ノ對策ニ就テ、大イニ關心ヲ持ツタノデアリマス。
一方、當時幼年學校ニ在學中デアリマシテ西岡元三郎 ( 士官學校第二十六期生 ) ガ、
大陸會ニ關係ヲ持チ、盛ニ満蒙問題ヤ大陸發展上、
國内ヲ纏メル必要ガアルト話シテ居リマスノヲ聞キ、興味ヲ感ジタノデアリマス。
以上ノ様ナ關係カラ、國内ヲ何トカセネバナラント感ズル様ニナツタノデアリマス。
即チ、私ノ國家革新意識ニ對スル動機ハ、大本敎ノ日米戰爭關係ヲ聞イテ、
大陸發展ノ必要ヲ感ジ、之ガ爲ニハ、國内ヲ改造スル必要ガアルト感ズル様ニナツタノデアリマス。
然シ、當時ノ考ヘハ未ダ漠然タルモノデアリマシタ。
ソシテ、當時在學中ノ同ジ様ナ考ヲ持ツテ居ル者ト、大陸發展問題ヲ中心トシテ交際スル様ニナリマシタ。
此ノ様ナ大陸問題ニ關心ヲ持ツニ至リマシタ關係上、私ハ朝鮮聯隊ニ行クコトヲ志願シタノデアリマス。

士官學校在學中
私ハ士官學校ニ入リマシテカラ、大陸問題ノ研究ノ必要上、支那語ノ研究ニ努メタノデアリマス。
尚、當時西岡氏ノ紹介ニヨリ、長崎氏 ( 陸士二十三期生 ) ヲ知ル様ニナリ、
又、長崎氏ノ紹介ニ依ツテ黒竜會ニ出入リシテ、大亜細亜主義問題ヲ研究スル様ニナツタノデアリマス。
當時、長崎氏ハ黒竜會ノ機關誌デアル亜細亜時論ノ編輯ヲシテ居リマシタ。
ソシテ黒竜會ノ關係カラ、満川亀太郎氏ヲ紹介サレ、満川氏カラ鹿子木員信氏ニ紹介サレ、
又、鹿子木氏カラ印度革命家 「 ボース 」 ニ紹介サレタノデアリマス。
尚、當時、満川氏カラ北一輝著支那革命外史ヲ借用シテ讀ミ、其ノ主張ニ共鳴シタノデアリマス。
尚、其ノ頃、雑誌ニ依ツテ猶存社ノ名ヲ知リ、其ノ大亜細亜主義ニ共鳴シタノデアリマス。
又、満川氏ノ紹介ニヨリ北一輝ト初メテ識ルコトヲ得タノデアリマスガ、
北氏カラ日本改造法案ノ原稿ナゾヲ借リテ讀ンデ居リマシタ。
結局、私ノ士官學校在學中ハ、満川亀太郎氏及ビ北一輝氏ニ依ツテ種々ノ思想的指導ヲ受ケタノデアリマス。
當時士官學校同期生中、私ト同ジ様ナ考ヘヲ持ツタモノハ凡ソ二十名許リ居リマシタガ、
其ノ主ナルモノハ、宮本進 ( 後飛行將校トナリ墜死 ) 福永憲 ( 平壌聯隊中隊長 )
ノ二人ガ一番深イ關係ヲ有シテ居リマシタ。
然シ、當時ハ未ダ國家革新問題ニ對シテ明確ナ意見ヲ持ツテ居ツタ譯デハアリマセン。
オ互將校ニナツタラ、確リヤロウデハナイカト語合ツタ程度デアリマシタ。

騎兵少尉任官後
コノ様ニシテ私ハ士官學校ヲ卒業シ、
朝鮮ノ騎兵二十七聯隊附騎兵少尉トシテ勤務スル様ニナツタノデアリマスガ、
其後騎兵第五聯隊トシテ轉任シマシタ。
在隊間ハ殆ンド國家革新問題ニ就テ大シタ變化ヲ認メマセンデシタ。
大正十四年、私ハ肋膜肺尖デ自宅療養中、同年六月現職ヲ去ツタノデアリマスガ、
同年四月新タニ行地社ガ創立セラレ、
満川亀太郎、大川周明、安岡正篤ノ三氏カラ私ニ上京セヨト申シテ來テ居リマシタノデ、
私ハ現職ヲ去ルト同時ニ上京シテ、行地社ニ參加シタノデアリマス。
行地社ニ於テ私ハ、一面同人トシテ機關雑誌 「 日本 」 ノ編輯ニ當リ、
又私ト大川氏とガ實際的運動トシテ、主トシテ軍人方面ヲ担當シ、啓蒙運動ニ進出シタノデアリマスガ、
一方、私ハ行地社ノ敎育機關トシテ設置セラレタ大學寮ノ寮監ヲ兼ネ、
又、寮ノ講師トシテ國防問題ノ講義ヲ致シテ居リマシタノデ、實際的問題ハ實行不可能デアリマシタ。
要スルニ、私ノ行地社存社中ハ殆ンド雑誌ノ編輯ト講義ニ追ハレタ研究時代デアリマシタ。

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リンク ↓
・ 西田税と大學寮 1 『 大學寮 』
・ 西田税と大學寮 2 『 靑年將校運動発祥の地 』
・ 西田税と十月事件 『 大川周明ト何ガ原因デ意見ガ衝突シタカ 』 ・・〈 註 1〉
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大正十四年
同年秋、安田保善社ノ爭議ガアリマシタガ、
行地社同人ガ同社ニ關係シテ居リマシタノデ、私ハ大川氏ト意見ノ相違カラ行地社ヲ脱退シタノデアリマス。・・〈 註 1〉
ソシテ、大正十五年 二月迄、
大學寮ト同ジ場所ニ在リマシタ社會敎育研究所ニ於テ、社會問題ニ關スル研究ヲシタノデアリマス。
ソシテ同年二月、代々木山谷ニ一家ヲ借リ受ケ、獨立シテ思想ノ研究等ニ努力シタノデアリマス。
當時、西岡元三郎氏ガ目白ノ憲兵分隊跡デ
「 星光同盟 」 ト云フ在郷軍人ノ勞働者達ノ無料宿泊所ト簡易食堂トヲ經營シテ居リマシタガ、
同年四月頃私ガ之ヲ譲リ受ケ、其ノ擴大ニ努力シタノデアリマス。
其ノ目的ハ、當時左翼勞働運動ガ非常ニ勃興シテ居リマシタノデ、
之ニ對シ軍隊敎育ヲ受ケタ勞働者中ノ在郷軍人ニ依ツテ
新シイ勞働運動ヲ起コス必要ガアルト考ヘタカラデアリマス。
ソシテ、ソノ擴大鞏化ニ努メテ居ツタノデアリマスガ、
其ノ途中ニ於テ、同年五月頃、所謂宮内省怪文書事件等ヲ起コシテ、
同年八月暴力行爲取締法違反ニヨリ未決ニ入リマシタ爲、
星光同盟ノ運動モ中絶ノ止ムナキニ至ツタノデアリマス。
宮内省怪文書事件トハ、皇室土地山林ノ払下不正ノ責任ヲ糾弾シテ、
當時ノ牧野宮内大臣、関屋宮内次官ニ辭職ヲ勧告シタ問題デアリマス。

昭和二年、
同年二月十五日、私ハ未決監カラ出所致シマシテ、代々木山谷ニ
1、人類ヲ正導スベキ則天日本ノ建設
2、白人種ノ隷從ヨリ全有色人種ノ解放
3、國家生存權ノ國際的主張
等ノ綱領ヲ掲ゲテ 士林荘ノ看板ヲ掲げマシタガ、其ノ實體ハ何モナカツタノデアリマス。

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リンク ↓
・ 西田税 『 士林莊 』 
・ 天劔党事件 (1) 概要 
・ 天劔党事件 (2) 天劔党規約 
・ 天劔党事件 (3) 事件直後に發した書簡   
・ 天劔党事件 (4) 末松太平の回顧錄 
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天劔党事件
當時、陸軍士官學校第三十九期生 ( 澁川善助ノ期 ) 中、二、三十名ノ者ガ私ノ処ニ出入リシテ居リマシタ。
當時、「 ハプチャップ 」 ノ息子モ私ノ家ニ出入リシテ居リマシタガ、
夫等ノ者ハ盛ニ大亜細亜主義ヲ前提トシテ、満蒙ノ研究ヲヤッテ居リマシタ。
海軍ノ藤井齊モ支那革命外史ニ共鳴シテ満蒙研究ヲシテ居リマシタガ、
同年七月頃、士官候補生ノ卒業式ニ際シテ、
私ト藤井トガ天劔党規約ト題スル印刷物ヲ作ッテ配布シタ事ガアリマス。
其ノ規約ノ内容ハ、
1、當初ハ満蒙改策ニ出發シ
2、更ニ大亜細亜主義ニ移リ
3、進ンデ世界道義的革命主義ヨリ
4、其ノ行程手段トシテ國家改造主義ニ到達ス
ト謂フ様ナモノデアリマス。
同年九月頃、之ヲ天劔党事件ト名附ケテ新聞ニ發表致シマシタガ、
内容ハ秘密結社デモ何デモ無カッタノデアリマス。

昭和四年
田中内閣當時、所謂不戰條約問題が發生シマシタノデ、
黒竜會、大化會、明徳會、政敎社、愛國社等ト合同シテ政府糾彈運動ヲ行ツタノデアリマス。
不戰條約問題トハ、人民ノ名ニ於テ條約ヲ締結セントシタ田中内閣ニ對シ、
御批准反對ヲ鞏請シタ問題デアリマス。
次デ、所謂張作霖爆死問題ガ勃發シテ、同年七月田中内閣ハ倒レタノデアリマスガ、
私ハコノ爆死問題糾彈運動ニハ反對デアリマシタ。
同年秋、浜口内閣ノ金解禁問題カラ、昭和五年正月、井上蔵相告發問題ガ起コリ、
私ハ告發關係者トシテ告發ヲシ、其ノ内容ヲ撒布セントシタ爲、
捕ヘラレテ十日間ノ拘留處分ヲ受ケマシタガ、結局不起訴トナリマシタ。
コノ様ニシテ、私ハ不戰條約問題カラ愛國政治運動ノ必要ヲ痛感シ、
愛國派ノ少壯有志ガ會合シテ日本主義政党ヲ組織スル必要ヲ認メマシタノデ、
中谷武世、津久井竜雄 等ト相談ノ結果、夫々
私ハ日本愛國党
中谷ハ愛國大衆党
津久井ハ急進愛國党
ヲ中心トシテ合同組織スルコトニ致シマシタ。
私ハ日本國民党ニ於テ表面名前ヲ出サヌ心算デアリマシタガ、・・〈 註 2 〉
結局同党ノ統制委員長トナリ、
昭和四年十一月、頭山満、内田良平、長野朗ノ諸氏ヲ顧問トシテ結党式ヲ擧ゲタノデアリマスガ、
前申述ベマシタ井上蔵相ノ告發問題ニヨリ、党紀ヲ紊ルコトトナリマシタノデ、同党ヲ脱退シタノデアリマス。
昭和五年三月中旬カラ、所謂ロンドン條約問題ガ發生シ、三月十五日遺英全權カラノ請訓ガアリ、
同年四月一日政府カラ回訓ガ發セラレマシテ、所謂統帥權干犯問題ガ起ツタノデアリマス。
私ハコノ問題ニ就キ相當反對運動ニ努力シタノデアリマス。
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リンク ↓
・ロンドン條約問題 『 統帥權干犯 』 
・ロンドン條約をめぐって 2 『 西田税と日本國民党 』 ・・〈 註 2 〉
・ロンドン條約をめぐって 3 『 統帥權干犯問題 』
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爾來昭和六年頃迄、凡ソ一年近く 「 ロンドン 」 條約問題ハ絶糾致シマシタ。
當時、私ハ黒竜會等ノ右翼團體ノ外、海軍ノ洋々會ヤ恢弘會ナドト鞏調シテコノ問題ノ解決ニ努力致シマシタ。
海軍ノ小笠原長生子爵ナドト知己ヲ得マシタノモ、コノ時代デアリマス。
昭和六年三月、幣原外相ノ失言問題ガ起コリマシタガ、
私ハ昭和五年ノ秋ニ於ケル
「 ロンドン 」 條約御批准後カラ昭和七年三月迄ノ間ハ海軍ノ補充計畫問題ニ就テ努力致シマシタ。
後ニナツテ、コノ三月ニ
所謂三月事件ノ計畫ガ行ナハレテ居ツタト云ふ事ヲ聞イタノデアリマス。
昭和六年六、七月頃ハ満洲事變ノ直前デアリマシテ、満蒙問題ガヤカマシク叫バレテ居ツタ時デアリマス。
一方、所謂十月事件問題モ、此頃カラ漸次計畫ガ進メラレテ居ツタノデアリマス。

十月事件
當時、參謀本部ノ作戦部長建川少將ハ、
騎兵第五聯隊時代ノ聯隊長デアリマシタ關係上、時々訪問シテ居リマシタ。
満蒙問題ニ就テ話ヲ聞イテ居リマシタガ、
同年八月頃、橋本中佐カラ所謂十月事件ノ大體ノ計畫内容ヲ聞カサレ、
海軍ヲ參加サセル様に努力ヲシテ呉レル様ニトノ依頼ヲ受ケマシタ。
其処デ、私ハ同年八月下旬 聯合艦隊ガ入港致シマシタ際、
私ト藤井ト日召トガ主トナリ、
日本青年會館デ陸、海、地方合同ノ會合ヲ開催致シマシタ。
其際、陸軍カラハ三、四名、
海軍カラハ十四、五名、
地方側カラハ井上日召其他愛郷塾關係者等デアリマシタ。
然シ、當日ノ會合ハ、大シタ纏ツタ話モアリマセンデシタ。
藤井ト井上日召トハ、
十月事件ニ參加シタイ希望ヲ持チ、私ニ對シテ陸軍側トノ聯絡方ヲ依頼致シマシタ。
陸軍側ニ於テハ、
同年八月ノ異動デ菅波中尉ガ東京ニ轉任シテ來マシタノデ、
近歩三ノ野田又雄中尉、戸山学學校ノ末松太平中尉ト菅波トノ三人ガ中心トナリ、
部隊側ノ將校、戸山學校、砲工學校ノ學生等ヲ取リマトメル事ニナリマシタガ、
部隊側ノモノハ、幹部將校ノ意見ガ不明デアリマシタノデ、
私ニ對シ橋本中佐ト部隊側トノ聯絡折衝ノ依頼ヲ受ケタノデアリマス。
コノ様ニシテ、私ハ十月事件ニ於テハ、
陸海兩軍側カラノ依頼ニ依リ、
橋本中佐ヲ中心トスル幹部將校ヘノ聯絡折衝ノ役目ヲシテ居ッタノデアリマス。
當事、私ハ長勇少佐ニ二度許リ、
大川周明ニ一度許リ會ヒマシタガ、橋本中佐以外ノ幹部ニハ餘リ會ツテ居リマセン。
同年十月ニナツテ、橋本中佐カラ其ノ計畫内容ニ就イテ更ニ話ヲ聞キマシタガ、
其ノ内容ハ最初聞キマシタモノト大變々ワツテ居ル様ニ考ヘラレマシタ。
夫れは最初の方針と異り、近歩二の田中信男大隊が參加スルトカ、
近歩四ノ森一郎大尉ガ機關銃隊ヲ引率シテ出動スルトカ、聯隊旗ヲ出ストカ申シマシタノデ、
ソレ迄ハ、私ハ靑年將校一團ノ直接行動ノミデアルト考ヘテ居リマシタノニ、
部隊ヲ引率シテ出動スルト申シマシタノデ、
私ハ橋本中佐ニ對シ
「 陛下ノ命ナクシテ皇軍ヲ動カス事 」
「 私上ノ事ニ聯隊旗ヲ持チ出ス事 」
ニハ反對デアルト爭論致シマシタ。
然シ、橋本中佐ハ私ノ意見ニ賛成シテ呉レマセンデシタ。
ソウコウスル中、此ノ事件ハ暴露サレ、不發ニ終ワッタノデス。
其ノ當時ニモ皇軍相撃ト云フ事ガ問題トナリマシタ。
ソシテ、吾々幕僚ガ兩軍ノ間ニ入ツテ其ノ様ナ事ノナイ様ニ奔走スルト謂フ事ヲ盛ニ言フテ居リマシタ。

血盟團事件
昭和六年ノ十月事件ガ不發ニ終リマシタ爲、海軍側ノ者ヤ井上日召一派ハ大變焦ツテ來タ様デアリマス。
ソシテ、其ノ立場ニ困ツタ様ニ見受ケラレマシタ。
私ガ度々注意ヲ致シタノヲ惡意ニ解釋シ、私達トハ別ニ計畫ヲ始メマシタ。
ソシテ、年末カラ昭和七年ノ初メニカケ、陸軍側ノ靑年將校ヲ引入レ様ト努力致シマシタ。
昭和七年ノ一月中旬頃カラ、彼等ト私等トノ聯絡ハ全ク絶タレタノデアリマス。
同年二月、井上蔵相ノ暗殺カラ、
其ノ拳銃ノ出所ニ就テ、捜査ノ手ガ、海軍側ニモ伸ビル様ナ狀態ニアリマシタガ、
三月五日ニ三井ノ團男爵ガ暗殺サレマシタノデ、
私ハ三月六日警視廳ニ留置セラレ、約三時間留メ置カレマシタガ、
其ノ間ニ井上日召ヲ中心トスル所謂血盟團ノ大部分ガ檢擧サレ、
三月下旬日召以下檢事局ニ送致サレマスト共ニ釋放サレタノデアリマス。

五 ・一五事件 
私ガ血盟團事件ニ依ツテ警視廳ニ留置中、海軍側ノ靑年將校ト陸軍側ノ士官候補生トガ結合サレマシタガ、
陸軍側ノ靑年將校ハ動カナカツタノデアリマス。
私ハ三月下旬警視廳カラ釋放後、海軍側ノモノハ私ニ對シ誤解ヲ懐イテ居タ様デアリマシタノデ、
古賀中尉ニ私宅迄來テ貰ツテ色々説得シマシタガ、之ニ應ジマセンデシタ。
ソシテ、陸軍側ト聯絡ヲ採ルトカ採ラヌトカ言ツテイル内ニ、トウトウ五 ・一五事件ガ勃發シタノデアリマス。
五月十五日、川崎長光ガ私ヲ射ツト同時ニ、彼等ハ實行ニ着手シタノデアリマス。
北一輝ト私トガ親子ノ様ナ關係ニ至リマシタノハ、
コノ事件ニ依ツテ私ガ病院ニ入院中カラ親身モ及バヌ介抱ヲ受ケタカラデアリマス。
私ハ同年六月三十日退院シ、七月中ハ轉地療養ヲシテ、漸ク恢復致シマシタ。
其後大シタ運動ハ致シマセンデシタ。

十一月二十日事件 ( 陸軍士官學校事件 ) 
昭和九年十一月、片倉少佐、辻大尉ナドノ報告ニヨリ、
十一月二十日靑年將校ニ對シ取調ベガ開始セラレマシタガ、内容ハ何等具體的ノモノデハアリマセンデシタ。
コノ事件ニ關係アリトシテ退校ヲ命ゼラレタ武藤候補生ハ、其ノ以前カラ私ノ家ニ出入リシテ居リマシタガ、
佐藤候補生ハ其ノ四、五日前カラ私宅ニ來ル様ニナツテ、一回丈來タノデアリマス。
私ハ二十一日頃、赤坂憲兵分隊ニ召喚サレ、取調ヲ受ケマシタ。
此ノ事件ニ關シ、村中、磯部等ハ軍法會議ニ拘禁サレ、
昭和十年三月保釋サレ、四月ノ初メニ停職ヲ命ゼラレマシタ。
ソシテ、同年七月
肅軍ニ關スル意見書ヲ印刷頒布シタ廉ニヨリ、免官トナツタノデアリマス。

眞崎敎育總監更迭問題 
昭和十年七月、眞崎敎育總監ガ更迭さレマシタノデ、
私共夫々更迭事情ニ就イテ知リ得タル情報ヲ持チ寄リ、
色々研究致シマシタガ、其ノ更迭事情ガ三長官會議デ反對シタト言ハレテ居ル、
其ノ反對ガ秦中將ノ罷免反對ニアツタノカ、
又、大將自信ノ總監罷免ニアツタノカ、判リシタ原因ハ不明デアリマシタ。

相澤中佐事件 ( 永田軍務局長刺殺事件 )
相澤中佐ノ永田軍務局長刺殺事件後、色々ノ怪文書ガ出マシタガ、
其ノ現場ノ模様ニ就テ、私ハ凡ソ三様ノ話ヲ聞カサレテ居リマス。
然シ、其ノ何レガ眞デアツタカハ、公判ニナツテ初メテ判ツタノデアリマス。
敎育總監更迭問題竝ニ相澤事件ヲ中心トシテ色々ノ怪文フミガ出マシタガ、
私ハ其ノ筆者ガ誰デアルカ判リマセン。

相澤公判
相澤公判ニ於ケル私ノ立場ヤ辯護人ノ選定其他ニ就テハ前回申上ゲタ通リデアリマス。
只、豫審調書ハ、満井中佐カラ村中ガ借リテ、五、六部複冩シマシタノデ、
龜川哲也ヤ山口大尉ニヤツタノデアリマス。
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二 ・二六事件

今回ノ事件ニ就イテ
事件前後ノ狀況ニ就イテ前回述ベマシタ點、稍々申落シタ點を申上ゲマス。
・・・以降・・・次頁  西田税 (七) 道程 2  に 続く

二・二六事件秘録(一)より

西田税 (憲聴取6) 『 昭和維新への道程 2 』

 
西田税 

 
二 ・二六事件
前頁 西田税 (憲聴取6) 『 昭和維新への道程 1 』 の 続き

今回ノ事件ニ就イテ
事件前後ノ狀況ニ就イテ前回述ベマシタ點、稍々申落シタ點を申上ゲマス。
事件前
最初私ガ北ニ對シテ話シマシタノハ、本年二月十五日前後デアツタト思ヒマス。
私ガ北宅ヲ訪問シマシタ際、北ニ對シ、
「 公判迄ニ於テ辯護人側カラ申請スル證人ヲ裁判長ガ却下スレバ、公判ハ破レ、靑年將校ハ不穏ナ行動ニ出ルカモ知レン」
ト謂フ様ナ意味ノ話ヲシタコトガアリマス。
コノ公判ガ破レルト云フ事ニ就イテハ、確カ満井中佐カラ聞イタト思ヒマス。
私ハ公判ガ破レルト云フコトト、靑年將校ノ不穏云々ト云フ事トハ、別個ニ考へて居リマシタ。

其後二月二十日頃と思ヒマスガ、北宅ヲ訪問シタ際、
「 愈々靑年將校ハ蹶起スル 」 ト申シマシタ。
北ニ對シテ此ノ事ヲ打開ケタ理由ハ、
私ノ一身上ニ關シテ重大ナ變化ヲ生ズル重大問題デアリマスノト、
從來ノ北トノ關係上、北ニ打開ケテ諒解ヲ得テ置ク必要ガアルノト、
相談ヲシタイト考ヘタカラデアリマス。

次ニ二月二十二日、三日頃ト思ヒマス、
私ガ北ヲ訪問シマシタ際、「 愈々決行スルコトニナツタ 」 ト申シ、
前回申上ゲタ如ク、第一彈、第二彈ノ襲撃目標等ニ附キ、具體的ナ計覺ノ内容ヲ話シマシタ。
ソレハ其ノ前ニ栗原中尉カラ計畫ノ具體的内容ヲ聞カサレ、良ク承知シテ居ツタカラデアリマス。
尚申遅レマシタ  確カ二月二十日頃、私ハ小笠原長生氏ヲ訪問シタ事ガアリマス。
其際私ハ小笠原氏ニ對シ、
靑年將校ガ不穏ノ行動ニ出ルカモ知レナイ、
ト申シマスト、
陸軍ノ現狀ヲ収拾スルニハ、誰ガ一番良イカト聞カレマシタノデ、
私ハ柳川中將、眞崎大將ト答ヘマスト、眞崎大將ナラ出來ルダロウト申サレタコトガアリマス。

二月二十五日
同日龜川宅訪問ノ狀況ニ就イテハ、前回申上ゲタ通リデアリマスガ、
私ガ龜川宅ヲ訪問シマシタ理由ハ、同日昼頃、龜川カラ電話デ、
「 君 ( 西田 ) ト北トガ二十四日ニ、不敬罪デ告發サレタガ、共ニ告發狀ヲ持ツテ居ル 」
ト云フ話ガアリマシタノデ、ソレヲ貰ヒタイ考ヘカラデモアツタノデアリマス。
龜川ハ、其ノ告發狀ハ満井中佐カラ貰ツタト云ツテ居リマシタ。
村中ガ龜川カラ壱千五百圓貰ツテ歸リマシタ後、龜川ハ私ニ對シ殘リノ五百圓ヲヤルト申シマシタガ、
自分ハ直グ捕マルノデアルカラ不用ダガ、貴下ハ後ニ殘ツテ必要デアルカラト申シテ斷リマシタガ、
是非ヤルトノ事デアリマシタノデ、百圓丈ケ貰ツテ歸リマシタ。
ソシテ、其ノ足デ北方ヲ訪問シ、
「 愈々明朝決行スルコト、龜川カラ壱千五百圓丈ケ都合シテ貰ツタ事 」
ヲ北ニ話シマシタ。
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昭和十一年二月二十六日午前九時半  蹶起部隊配備

事件間
二月二十六日 
朝八時半頃、私ハ家ヲ出テ、蹶起ノ狀況ヲ視察スル爲メ、
青山カラ六本木、日本橋ヲ經テ、巣鴨ノ木村病院ニ入院シテ居ル岩田富美夫ノ処ニ行キ、
電話デ北ノ処ヘ狀況ヲ知ラシテヤリマシタ。
同日昼頃、病院カラ首相官邸ノ栗原ノ処ヘ電話ヲカケ、狀況ニ就イテ詳シク聞ク事ガ出來マシタノデ、
同日午後北ノ宅ヘ訪問シ、
「 大體襲撃目標ヲ達シタ 」 事ヲ話シ、北ニ私 ( 西田 ) ヲ置イテ呉レル様ニ頼ミマシタ。
同日午後七時カ八時頃ニ、薩摩雄次ガ參リマシテ、色々外部ノ狀況ヲ話シテ呉レマシタ。
其夜、北ノ処カラ私ガ栗原ノ所ヘ電話ヲカケマシタ処、
蹶起將校等ハ柳川中將ヲ内閣ノ首班トシテ要求シタト云フ事ヲ聞イテ驚キマシタ。

二十七日
朝七時頃、龜川哲也ガ參リマシテ、時局ノ収拾ニ就イテ心配シテ居リマシタ。
ソシテ、眞崎大將ニ會ツタ話ヤ鵜澤博士ガ西園寺公ヲ訪問シタ話ヲ聞キマシタ。
又、帝國ホテルデ 橋本大佐、石原大佐、満井中佐、小林長次郎等ガ策動シテ居ル話シヲ聞キマシタ。
同日夜、龜川ニ電話ヲカケテ、來テ貰ヒマシタ。
ソシテ、 「 今日モトウトウ暮レテ二日モ延ビテシマツタ。貴下ノ方ハドウデスカ 」
ト申シマスト、
龜川ガ 「 山本内閣ニシヨウジヤナイカ 」
ト申シマシタノデ、ワタシガ、
「 今度ハ陸軍ガヤツタ騒ギダカラ、若イ者ヲ押エル事ガ出來ル様ナ人ヲ陸軍カラ出サネバナラヌ。
 眞崎ニ一任セヨト云フ者モアルカラ、眞崎ニ一任シヨウ 」
ト申シマシタ。
其処ヘ村中ガ來マシタノデ、私ハビツクリシテ感慨無量ノ態デアリマシタ。
ソコデ、私ト北、龜川、村中ノ四人ガ集ツテ、
村中カラ
「 戒嚴部隊ニ編入サレタ事、指令書ガ出タ事 」
戒嚴司令官ニ面接シタラ 「 現地ニ居ツテ良イト云フ了解ヲ得タト云フ事 」
「 今朝、陸軍省、參謀本部等ニ兵力ヲ集結シテ、
 幕僚ニ襲撃ヲ加ヘントスル意見ヲ有スル者ガアツタガ、自分 ( 村中 ) ハソレヲ止メタ事 」
「 二十六日朝、陸軍大臣ヲ起シテ面接シタ狀況 」
「 先輩同僚ガ多數來テ激励シテ呉レルノデ、心強ク思ツテ居ルコト 」
等ノ話ヲ致シマシタノデ、
私カラ、
「 万平ホテル、山王ホテルニ居ルノハドチラノ軍隊カ 」
「 現地ニ居ル事ヲ許サレテ居ルノカ 」
「 給養ハドウカ 」
ト 尋ネマスト、村中ハ、
「 万平ホテル、山王ホテルニ居ルノハ、自分達ノ軍隊ダ 」
「 議會附近ニ集結スルコトハ、地形偵察ノ結果不可デアルノデ、
戒嚴司令官ニ現地ニ其儘居ッテモ良イカト尋ネタラ、
戒嚴司令官カラ其儘デユツクリ給養シテ良イト云ハレタ事 」
「 給養ハ部隊カラ受ケテ居ル 」
ト申シマシタノデ、私ハ
「 ソレデハマルデ官軍ノ様デハナイカ 」
ト申シ、又、村中ガ大臣ノ告示 ( 五箇條 ) ガ出テ居ルト申シマシタノデ、私ハ、
「 ソレジャア君達ハ賞メラレテ居ルノダ 」
「 討伐云々ノ噂ガアリ、奉勅命令云々ノ事ガ出テ居ルカドウカ 」
ト尋ネマスト、村中ハ、
「 ソンナ事ハ無イト思フ 」
ト申シマシタ。
其時龜川哲也カラモ、
「 奉勅命令ト謂フガ、ソンナ機關説ノ様ナコトヲ云フナ。
ソレハ袠竜ノ袖ニカクレテ大御心ヲ私ニセントスルモノデアル 」
ト謂フ様ナ事ヲ申シマシタノデ、
私ハ龜川氏ハ理論的ニ強イ人ダト感ジマシタ。
其時、北カラモ、
「 早ク軍首脳部ノ意見ヲ纏メテ、収拾ニ努力スル様ニ 」
ト申シテ居リマシタ。
村中カラ、兵ノ敎育上ノ參考資料ハアリマセンカト尋ネマシタノデ、
無イト申シマスト、村中ハ歸ツテ行キマシタ。
村中ガ歸ツテカラ後、龜川ト話ヲ致シマシタガ、
龜川カラ山本大將ヘ電話ヲカケテ、事態収拾ヲ依頼シテ居ツタ様デアリマス。
ソシテ龜川ハ、 「 憲兵ニ後ヲ追ハレテ居ルカラ 」 ト云ツテ、出テ行キマシタ。
夜中ニ龜川カラ電話ガカカリ、
「 山本大將ノ話ニ依ルト、部隊ハ原隊ニ歸り、將校ハ自首シタト云フ事デアル 」
ト申シマシタノデ、不安ニ思ヒ、薩摩ニ電話ヲカケテ問ヒ合セマスト、
薩摩カラ電話デ、
「 加藤大將ニ聞イテミタガ、大將モソンナ話ハ聞イタガ、信ジラレナイ 」
ト謂フ様ナ返事ガアリマシタ。
尚申遅レマシタガ、
同日午後五時頃杉田省吾ガ訪問シテ、色々ノ話ヲシテ歸リマシタ。
尚、栗原カラノ電話デ、
田中國重大將ヤ江藤少將ガ來テ激励シテ參ラレタト云ふ様ナコトヤ、
四天王中將ガ戒嚴司令官ニ會ツタラ、決シテ討伐シナイト知ラセテ來タ事ナド聞イタ事ガアリマス。

二月二十八日
昼少シ前頃、栗原カラ電話ガカカリマシテ、
「 山下少將、鈴木大佐カラ自決セヨトノ話ガアツテ、今皆デ別レノ最中デアル 」
ト申シ、電話ガ切レテ了イマシタノデ、心配シテ更ニ電話ヲカケ、
「 ソレハ皆ノ意見カ 」 ト尋ネマスト、
「 二、三名ノ者ガ相談シテ居ル 」
ト申シマスノデ、私ハ
「 皆デ相談セネバナラヌデハナイカ 」
ト、皆ノ意見ヲ纏メルコトヲ勧メマシタ。
其際、北ガ代ツテ、
「 ヤリカケタ事デアルカラ、最後マデヤレ 」
ト申シテ居ツタ様デアリマス。

ソシテ、憲兵隊カラ私ヲ逮捕ニ參リマシタ迄ノ狀況、
竝ニ私ガ北宅ヲ逃ゲテカラノ狀況ハ、前述シタ通リデアリマス。

軍内派閥對立ニ關スル所感
現在軍部内ニ統制派トカ皇道派トカ謂フテ居リマスガ、
ソレハ決シテ國家改造ニ對スル 「 イデオロギー 」 ヤ手段方法ノ差ニ基クモノデハナク、
單ナル先入観ニ基ク感情的對立デアルト思ヒマス。
何故ナラバ、両派ト謂ハレテ居ル者デ未ダ曾テ理論斗爭ヲ闘ツタ事モアリマセン。
夫々相手方ヲ疑ヒ、其処ニ感情的ナ隔リガ出來タノダト思ヒマス。
現在國家改造問題ニ關シテ名前ノ出テ居ル將校ノ中デ、
1、眞崎大將
私共ハ眞崎大將閣下ハ、或ル程度ノ改造意見ヲ持ツテ居ラレル方デアルト共ニ、
其ノ性格ノ負ケズ嫌ヒカラ、或ル程度ノ實効性ノアル方ダト考ヘテ居リマス。
最初靑年將校達ハ荒木大將ニ對シテ非常ナ依頼ヲ持ツテ居リマシタガ、
其ノ大臣間ニ於ケル實行力ガ試驗濟トナリマシテヨリ、
段々其ノ人氣ガ落チテ來ルニ從ツテ、靑年將校等ノ信頼ガ眞崎閣下ニ集中スルニ至ツタノデアリマス。
2、小畑中將
小畑閣下モ國家改造ニ就テ相當ナ意見ヲ持ツテ居ル方デアリマスガ、
現在ノ地位、其他カラ段々薄ライデ來タ様デアリ、實行力ハ疑問ト考ヘラレマス。
3、石原大佐
私ハ未ダ会ッツテ居リマセンガ、靑年將校等ノ話ヲ聞キマスト、
石原大佐ハ何ヲ云フテ居ルカ分ラヌ點ガアルト言ツテ居る様デアリマス。
4、鈴木貞一大佐
鈴木大佐ハ數回會ツテ居リマスガ、國家革新問題ニ就テハ、未ダ触レテ居リマセンノデ判リマセンガ、
相當國家改造ニ對スル意見ヲ持ツテ居ラレル様デアリマス。
5、橋本欣五郎大佐
橋本大佐ハ國家改造ニ對シ確乎タル 「 イデオロギー 」 ヲ有シナイ ジンダト考ヘテ居リマス。
又、彼ノ從來ノヤリ方カラ見マシテモ、全ク確乎タル信念ニ基イテ行動シテ居ル人ダト思ヒマセン。
6、満井中佐
満井中佐ハ有名ナ雄弁家デアルト共ニ、観念的ナ人デアリマシテ、
實効性ノナイ人デアリマスガ、ソレデモ橋本大佐ヨリハ増ダト思ヒマス。
7、坂西大佐、池田純久中佐
共ニ相當ノ研究ヲシテ居ル人ダトハ思ヒマスガ、ハツキリシタ 「 イデオロギー 」 ノ無イヒトダト思ヒマス。
8、田中少佐
私ハ現在ノ少壯將校ノ中デ、ハッキリシタ 「 イデオロギー 」 ヲ持チ、
一貫シタ信念ノ下ニ動イテ居ル人ハ、恐ラク田中少佐位ノモノダト思ヒマス。
天野大尉、常岡大尉、共ニ會ツテ話シタコトガアリマスガ、大シタ人デハ無イト思ヒマス。
尚、右翼浪人中ノ大川周明、中谷武世、下中弥三郎、佐々井一晁等ハ、
曾テ私ト一緒ニ行動シタ事ノアル人々デアリマスガ、
大川周明 トハ、人格的ニ亦性格的ニ全然相反スル點ガアツタノデ、別レタノデアリマス。
私ハ彼ガ常ニ遊里ニ出入リシ、大言壯語スルコトニ不快ノ念ヲ抱イテ居リマス。
中谷武世 トハ、國家改造ノ手段方法、其他ノ意見ニ依ツテ別レタノデハアリマセン、
只ソレゾレノ立場上ノ感情ニ基クモノデアリマス。
大川ハ、大體陸軍ノ幕僚方面ニ取リ入ツテ、自己ノ立場ヲ有利ニ發展シヨウトシテ居リマシタガ、
私ハ主トシテ靑年將校ニ接近シテ、啓蒙運動ニ努メテ居ツタノデアリマス。
中谷武世モ其後軍ノ一部ニ取リ入リ、色々ノ策動ヲ致シテ居リマスガ、
大亜細亜協會ノ關係カラ松井大尉ニ取リ入リ、ソレヲ通シテ、
所謂統制派將校ト云ハレル者ノ間ニ勢力ヲ有スル様ニナツタノデアリマス。
曾テ十月事件ノ後、下中、佐々木等ガ斡旋シテ私ト大川ト一緒ニシヨウト努メタコトガアリマスガ、
遂ニ不成立ニ終ツタ事ガアリマス。

一、本事件ニ對スル感想
私ハ本事件ノ經過ニ鑑ミマシテ、私ガ從來考ヘテ居ツタ通リニ立證サレタノダト考ヘテ居リマス。
私ノ從來ノ考ヘトハ、
不可ヌ不可ヌト思ツテ居ツタ事ガ現實ニイケナイ結果ヲ齎シタノミデナク、
其ノ結果ガ餘リニ豫想以上ノ大キナ結果ヲ見ル様ニナツタ事デアリマス。
ソシテ、コノ現象ヲ社會進化ノ一過程ト見ルニハ、餘リニ犠牲ガ大キカツタト思ヒマス。

一、現在ノ心境
本事件ノ勃發致シマス朝、
コレハイケナイト思ツタ時ニハ、既ニ火ガスツカリ廻ッテ、
自分ノ力デハ消スコトモ何ウスル事モ出來ナイ情勢ニアツタノデアリマシテ、
私ノ從來ノ立場 竝 青年將校トノ情誼上、未然ニ打壊ス事も出來ズ、
又賛成スルコトモ出來ナイト謂フ氣持チニ縛ラレタ儘、
ブチ込マレタトイフ感ジガ致シマス。
今ニナツテ當時ヲ顧ミマスト、名殘リ惜シイ感ジガ致シマス。
私ハ世ノ中ト云フモノハ、
誰モ彼モ豫想シナイ結果ガ現ハレテ來ルモノデアリ、
ソシテ、其ノ流ニ押シ流サレテ行クモノデアル
ト云フ感ジヲ致シテ居ルモノデアリマス。
社會改造ニ於テ、理想ト社會ノ動キトニ大ナル隔タリノアルト云フ事ヲ、
現實ニ考ヘサセラレタノデアリマス。
又私ハ、自己ノ立場 若イ人達ノ立場 改造サレルベキ社會ノ大勢 等、
アレヲ思ヒ、之ヲ考ヘマス時、感慨無量ナルモノガアリマスト共ニ、
私ノ悩ミモソコニアルノデアリマス。

一、將來ニ於ケル改造運動ニ對スル展望
國家ノ改造運動ハ必然ノ要求デアリマシテ、
將來軍ノ先輩ヤ素晴ラシイ人材ガ出テ、軍トシテ進ンデ行カナイ以上、
三月事件ヤ此度ノ事件ノ如キ大キナ計畫ノ下ニ不祥事ガ勃發シナイトシテモ、
將來、相澤事件ノ様ナ直接行動ハ度々起ルト思ハレマス。
尚、今迄ノ陳述ニ云ヒ落シタト思ヒマスガ、
私ガ安藤ヤ栗原ニ會ツタ後、
村中ト磯部君ニハ夫々會見ノ狀況、竝ニ私ノ氣持ヲ話シタ事ガアリマス。
ソレハ賛成モ出來ナイガ、又打チ壊ス事モ遅イ、
自分トシテハモウ何ウニモナラナイカラ、成リ行キニ委セルヨリ外ハナイ、
君達ハ參加シテ貰ヒ度クナイシ、良ク考ヘテ貰イタイト申シタコトガアリマス。
之ガ當時ノ私ノ氣持ヲ現ハシタモノデアリマス。
實際村中君カラハ、私ニ乗リ出ス様ニセヌカト申サレマシタ。
私ハ之ヲ斷リマシタ。

其外申立ツルコトハアリマセン。

陳述人　西田税
右録取シ讀ミ聞カセタル処、
相違無き旨申立ツルニ付、署名拇印セシム
昭和十一年四月十一日
東京憲兵隊本部 陸軍司法警察官　陸軍憲兵少佐　福本亀治
筆記者　陸軍憲兵軍曹　丸山正夫

二・二六事件秘録 (一) より

澁川さんが來た

澁川善助   
二十六日午後、
直心道場系の福井幸、加藤春海、佐藤正三、宮本誠三、杉田省吾、山中伊平らは、
西田宅 ( 同人不在 ) に集り、
澁川、杉田らから知り得た東京の情勢を各地に知らせて
輿論を喚起し呼應蹶起を訴えるべく、
つぎのような
『 昭和維新第一報 』
を 二十六日一〇時頃
全國の軍人 および 民間同志 約二五〇名に發送した。
・
昭和維新第一報
二月二十六日早朝四時
維新皇軍東京部隊大擧蹶起し、皇城を奉じて維新の大義を宣明し、
反維新勢力の元兇、首脳を粉砕討滅せり。
概況左の如し
一、主力  皇道維新派歩一、歩三の大部隊其他、近歩、豊橋部隊。
二、配備  皇城を守護し奉り、丸の内各省官衙かんが、大銀行、新聞社等を完全に占拠す。
三、斬奸  西園寺(生死不明)、牧野、齋藤(實)、岡田、高橋、後藤、渡邊教育總監、鈴木(貫太郎)
              小栗警視總監、川島 (參内の途中行方不明)。
四、反応  内閣總辭職、後繼内閣不明、陸軍首脳部混亂、海軍一致維新軍支持、
               芝浦に軍艦二艘入港、陸戰隊上陸
五、対策  維新軍の赤誠を上聞に達し御親裁御嘉納を仰ぐべく工作進展中(好望)、
              國民的意思表示の要あり。
              全國同志奮躍興起すべきは唯千載一遇の今にあり。
              各位不退轉の決意を以て大義に參ぜよ。
先づ 環境に応じて左の處置を執られたし。
A  各地皇軍の奮起を促進すべし。
B  大擧實力を示威し、地方長官に面接昭和維新に賛せしめ、
    維新内閣出現の國民的翹望ぎょうぼうを上奏傳達せしむ。
C  侍従武官府宛維新内閣出現の國民的翹望を上申すべく電報書信の急霰を注ぐこと。
D  各地に聯絡すべきこと。
E  其他適宜可能なる一切の手段を盡くすこと。                    以上
( 続報 )  臨時首相大角大將、其他閣僚は其儘    維新同志会同人
(  昭和維新 は 第二報・二七日正午、
   第二報續報・二七日午後五時、
   第三報・二八日午後八時 と 發行された )  ・・・リンク→澁川善助 ・ 昭和維新情報

これに おうじた動きを示さんとしたのが、
石川県金沢市の天剣塾、静岡県清水市の核心社支局、
富山県の伏木愛国青年同盟、日本農人社、北海道の全日本護国聯盟、
熊本県の大日本護国熊本軍団、などである。
その行動はいずれも 『 昭和維新情報 』、『 蹶起趣意書 』 などの複製頒布が主であった。
ただ、金沢天剣塾の場合は、生駒石川県知事に面接してこれを動かさんとし、
あるいは同地在職の青年将校明石寛二、市川芳男と相謀る所あったことがやや注目される。
この頃の民間右翼側、とくに直心道場系の動きは、
つぎの 『 三角友幾君の手記抜粋 』 に 生き生きと描かれている。
( 三角は直心道場同人であったが、当時 脊髄カリエスを病んで起てなかった )

『 三角友幾君の手記 』
不肖は、奥さんと状勢の有利を喜びつゝ、遂に ぢっとして居れなくなって、
起き上がって壁を伝ひ、障子にすがり、階段をはって降りて、
皆んなの集ってゐる食堂に横たはった。
・・・・・・
警視廳を占拠された警察の聯中が、尊皇軍有利の報告を以てご機嫌伺ひに來る。
此の犬奴。
民間の愛國運動者が、どうしたらいいかと相談に來る。
橋本欣五郎大佐の使者として、宇都宮良久氏が、此の際三萬圓位の金なら都合をつけるから、
全國の愛國團體の統一運動を急速に起し、尊皇軍と合流しようぢやないかと--。
・・・・・・
ラヂオがやっと放送を開始した。
尊皇軍が占領しているのではないのだ。
皆んなの顔がサッと緊張する。
アッ ! 牧野も殺されていない。
西園寺も高橋も後藤も一木も 生きている。
何と言ふことだ。
・・・・・・
澁川さんが來た !
頭は丸坊主にして、髯はきれいに削り落し、流石に蒼白に緊張して居られる。
皆んなの目と同時に質問が澁川さんに集中する。
「 何故 放送局を占領しなかったんですか 」
「 何故銀行を襲撃しなかったのですか 」
「 上部工作は ? 」
澁川さんの真一文字に結ばれた口は容易に開かない。
やがて徐ろに、
「大勢は勢を以て之迄押し進められて來たのです。
後はお互同士が如何に善処するかにか ゝっています 」
皆んな頭を垂れた。
腹が無いのだ。
「 扨さて自分はどうする 」
と言ふことになれば決心がつかないのだ

二・二六事件秘録 (一)  から