西田税
第三回聴取書
著述業 西田 税
当三十六年
右者、昭和十一年三月十八日、東京憲兵隊本部ニ於テ、
本職ニ對シ任意左ノ陳述ヲ爲シタリ
一、前回迄ニ述ベタ事デ、申シ上ゲテ居ナイ事ヲコレカラ申述ベマス。
北一輝關係
二十五日頃、私ガ北ノ宅ヲ訪問シタ際、色々ノ話ヲシテ居リマシタ時、
北ヨリ靑年將校ハドウカト問ハレマシタノデ、
斷片的ニ 「 若シ公判迄ニ辯護人ヨリ申請スル證人ヲ裁判所ガ却下スル時ハ公判ハ毀レニ 」
言フ様ナ話ヲシタ様ニ思ヒマス。
其後二月二十日カ二十一日頃ト思ヒマスガ、北方ヲ訪問シマシタ時、北ニ對シテ
「 愈々靑年將校ガ蹶起スル。
其理由ハ、第一師團ガ渡満スル事ニナリ二年間モ東京ニ居ナクナレバ、
重臣ブロック其他ノ惡イ勢力ガ再ビ勢力ヲ盛リ返シテクル。
ソシテ靑年將校ガ渡満シテ命ヲ捨テルヨリモ、君側ノ奸臣ヲ除イテ維新ノ捨石ニナリタイ 」
ト云フ様ナ事ヲ云ツテ居ル。
ソレハ私ハ
「 モウ斯クナル上ハ大勢デ 我々ノ一人ヤ二人ノ力デハ押ヘルコトモ、ドウスルコトモ出來ナイ 」
ト附ケ加ヘタ様ニ思ツテ居リマス
私ハ、今迄北ニ悲観的ナ言ヲ洩ラシタコトハアリマセンノデ、此話ヲシマシタ時、
北ハソンナ事ナラ致方ナイト云フヨウナ事ヲ云フタ様デアリマス。
次ニ二十二、三日頃、北ヘ參リマシタ際、
私は、
「 愈々決行スルコトニナリマシタ。靑年将校ナドノ方デ豫定シタ襲撃目標ハ、
岡田首相
齋藤内府
高橋蔵相
鈴木侍從長
渡邊敎育総監
牧野伸顕
西園寺公
等デアツテ、西園寺公ハ豊橋ノ聯隊デヤル事ニナツテ居ルラシイ。
又、三井ノ池田成彬ヤ三菱ノ岩崎小弥太等モ目標トシテ居ル。
伊澤多喜男、後藤文夫等モ目標ニナッテ居ル 」
ト云フ様ナ話モシマシタ。
其際、北ガ何ト返事シタカ記憶ニ殘ツテ居リマセン
二十四日頃、北ノ宅ヲ訪問シマシた際、
「 愈々若イ将校ガ蹶起スルコトニナツタ 」
ト云フ様ナ事ヲ話シマシタ。
其際、山口大尉ガ週番ニ當ルノデ決行ヲ妨害サレル事ハ無イト云フ事ヤ、
村中、磯部、安藤、栗原、香田等云フ人モ参加スル様ニナツテ居ルト云フ様ナ事ヤ、
牧野ガ湯河原ニ居ルノデ、東京ノ部隊カラ行ク様ニナツテ居ル等ノ話ハ、
確カ磯部カラ聞イタ様ニ思ヒマス。
山口、亀川哲也ナドガ眞崎内閣、柳川陸相ト云フ様ナ話ヲシテ居リ、
靑年將校モ希望シテ居ルガ、自分モソレガヨイト思フト述ベマシタノニ對シ、北ハ
「 荒木、眞崎ハ一體ニナラズトイケナイデハナイカ 」
ト述ベマシタノデ、
私ハ、荒木ハ前ノ陸相時代ニ試驗ズミデ、
荒木ハ對内的ヨリハ寧ロ関東軍司令官ノヨウナ對外的ノ役目ガヨロシイト、
靑年將校ガ云ツテ居ルヨウデアルト述ベタヨウニ思ヒマス。
尚、其際、事件勃發ト同時ニ山口大尉カラ本庄大將ニ知ラセル事ニナツテ居ルト申シマシタ。
ソレハ山口大尉カラ聞イタ事ガアリマス。
尚、ハツキリ其ノ日デアツタカドウカ覺エテ居リマセンガ、
此度ノ事件ハ、軍人以外ノ民間ノモノハ一切参加サセナイト云フ様ナ話ハシタコトガアリマス。
二十五日ノ夜、亀川ノ宅ヘ村中ト行ツテ歸ツタ後、確カ午後八、九時頃、北ノ家ヘ行キ、
イヨイヨ明朝決行スルコトニナツタ、
又、「 龜川君カラ千五百圓丈都合トテ呉レタ 」
ト云フ事ヲ話しマシタ。
尚、其時ダツタカ以前ダツタカ覺ヘマセンガ、北ニ對シ、
「 私ニモ、貴方ニモ、殊ニ貴方ニハ何モ知ラセナイ事ニナツテ居ルノデスカラ、
ソノ心算デ話サナイ事ニシテ居ルカラ、何モ知ラナイ事ニシテ下サイ 」
ト念ヲ押シタ事ガアリマス。
西園寺公ノ襲撃ハ、確カ豊橋部隊デヤルヨウニナツテ居リマシタノデ、
私ハヤハリ豊橋部隊デ決行シタモノト思ツテ居リマシタガ、
確カ翌二十六日、北宅カラ栗原ニ電話ヲカケマシタ処、
栗原カラ都合ニヨリ西園寺ハヤラヌコトニシタト聞キマシタノデ、私ハ意外ニ思ヒマシタ。
其理由ハ、栗原ガハツキリ述ベマセンノデシタガ、
西園寺公ノ襲撃ハ亀川ガ以前ニ爾後ノ内閣組織ノ工作上、
西園寺公ヲ襲撃スルコトヲ相當強ク反對シテ居タコトヲ知ツテ居リマスカラ、
恐ラクハ龜川ナドノ反對デ止メタノデハナイカトモ思ハレマス。
對龜川關係
龜川ハ、以前ヨリ久原ヲ出サナケレバイカン、非常ニエライヒトデアル、
ト云フヨウナ話ヲシタ事ガアリマスガ、私ハ之ニ深ク意ヲ止メテ居リマセンデシタ。
其後、靑年將校ノ空氣ガ切迫シテイヨイヨ押へ切レナクナツタ二月二十日前後、
私ハ龜川等ト、靑年將校ハ只管奸臣ヲ除クト云フ事ヲ専ラ主張シテ居ルノデ、
其ノ主張ヲ生カシテ、爾後ノ工作ニ就テハ我々ガヤツテヤラナケレバト云フヨウナ話カラ、
取敢ヘズ短イ期間ニ事態ヲ収拾スル爲メ、之ニ適切ナ内閣ヲ速ヤカニ組織セネバナラヌ、
ソレニハ柳川中将ハ臺灣ニ居テ間ニ合ハナイカラ、眞崎ガヨロシイダロウト話シタコトガアリマス。
尚、眞崎内閣ニ就テハ、龜川ガ非常ニ強調シテ居ツタヨウニ思ハレマス。
二十五日ノ昼頃、
龜川ニ對シ電話ヲカケ、公判ノ模様ヲ聞キマシタガ、後デ會ウ約束ヲシマシタノデ、
公判ノ事ヤ事件ノ処置ヲ打合セスルノ必要カラ、其夕方亀川ト三人雑談ヲシテ夕食ヲ濟マシ、
村中ト二人デ歸リカケルト、龜川ガ私ニ殘ツテ呉レト申シマスノデ、
村中ガ一人玄關ヲ出タ際、デハ後ノ事ヲヨロシク頼ミマスト云ヒマシタガ、
此際、
龜川 「 金ガアルカ 」
村中 「 大シタ事ハナイガ、入レバ上ゲマセウ 」
亀川 「 無クナッタラドウスル 」
村中 「 無クナッタラ、必要ガアレバ日本銀行ヤ三井銀行ヨリ献金サシタライイジャナイカ 」
龜川 「 ソリャイカン。兎モ角モ一度上ガッテ呉レ 」
ト云フテ、村中ガ座敷ヘ引キ返シマシタ際、
龜川 「 兵ノ數ハドノ位ニナルカ、イクラ位イルカ 」
村中 「 大體ハ中隊バカシダ 」
ト申シマシタラ、
龜川 「 兎ニ角、今日コレ丈金ガ出来タカラ、貴方ガタハ捨身ダカラ、私モ命掛ケデヤラナケレバナラナイ。
凡テコンナ事ハ、後ニ掛借リヤオドシ取リナドヲ止メテ、凡テ現金デ支払ツテキレイニシテ置カネバナラナイ 」
ト述べ、二千圓アルカラ之ヲ持ツテ呉レト申シマシタ。
私ト村中トハ最初斷リマシタガ、強ヒテ持ツテ行ケト申シマスノデ、
ソンナラ半分デモ貰ツテギョウツタラヨイデハナイカト申シマシタ。
龜川ガ強ヒテト申シマスノデ、私ハ村中ニ對シモウ五百圓貰ツテ行ケト申シマシタノデ、
村中ハ千五百圓貰ツテ先ニ歸リマシタ。
其後、私ト龜川ト二人デ、事件后ノ後始末ニツイテ最モ速ニ事態ヲ収拾スルニハ、
眞崎サンヤ小笠原サンヤ山本大将ナドニ如何ニシテ速ニ聯絡ヲ執ルカト云フ事ヲ相談シマシタ処、
龜川ハ眞崎サンヤ山本サンニ、私ハ小笠原サンニ聯絡ヲ執ルコトニ話ヲ決メ、約三十分位デ歸リマシタ。
其際、私ハ龜川ニ對シ、何レ、若イモノガ事ヲ起セバ、
私ハ關係ノ有無ニ拘ハラズ危險デアツテ、後ノ工作ニツイテ私ノ努力ニハ期待出來ナイカラ、
對事後ノ工作ニツイテ貴方ガヤツテ下サイト附ケ 龜川ハ承知シタトノベタヨウニ思ヒマス。
二十七日朝五時過ギト思ヒマス。
私カラ、龜川ニ、自分ハ今北ノ家ニ居ルガ、
昨日打合セヲシタ眞崎大将ノ方ハドウカト聞キマシタガ、
電話ガ聞エマセンノデ來ルヨウニ話シマシタ処、
其御間モナク龜川ガ來マシタノデ、パンヲ焼イテ朝食ヲ執リ乍ラ、
龜川 「 眞崎ニハ會ツタガ、眞崎ハウロタエトツタ。其後聯絡ハ取ツタガ、聯絡モ取レナイ。
西園寺ノ方ハ鵜澤サンニ行ツテ貰ツタ 」
西田 「 其結果ハドウダッタ 」
龜川 「 鵜澤サンハ大勢ヲ述ベタラシイガ、西園寺ハ之ニ對シ何モ述ベナカッタラシイ。
帝國ホテルニ於テ、石原、橋本、満井ガ集マツテ、
橋本ハ陸軍大臣ニ建川ヲ、石原ハ皇族内閣ヲ主張シ、東久邇宮様ヲ立テタラシカツタデス。
満井君ハ、此際、久原サンヲ有力ナトコロニ出サネバト云ツテ居ルガ、アナタノ意見ハ 」
西田 「 石原ハ相變ラズ、皇族内閣ナドヲ云ツテ居ルトスレバ、國體違反ダ。
橋本ガ建川ヲ出スト云フノハ、靑年將校ノ蹶起趣意書ニ反シテ居ル。
久原ノ如キ不純ナ者ハ問題ナラナイ 」
ト話シ、オヨソ三十分位デ龜川ハ歸リマシタ。
其ハ其際、
前日栗原カラ西園寺ハ都合ニヨリヤツツケナイコトニナツタ旨ヲ聞キマシタノデ、
龜川ガ既ニ西園寺公ガ襲撃サレナイコトヲ知リ、鵜澤ハ次ノ内閣ノ工作ヲヤツテ居ルノダト感ジ、
其手廻ハシノ早イノニ驚キマシタ。
尚、二十二、三日頃、
龜川ガ西園寺公ト鵜澤サントハ非常ニ仲ガヨイソウダカラ、
鵜澤サンヲ動カシテヤラシテハドウカト云フヨウナ話ヲシタ事ガアリマスノデ、
アレコレ思ヒ合セ、既ニ鵜澤ニ對シ、爾後ノ工作ハ龜川カラ打合セガアッタノデハナイカト思ハレマス。
尚、コノ事件ヤ爾後ノ工作等ニ就テ、龜川ト満井トノ關係上、満井ガ事前ニ知ラナイコトハナイト思ハレマス。
西田 税
右録取リシ讀聞ケタル処、事實相違ナキ旨申立ツルニ依リ、署名拇印セシム
昭和十一年三月十八日
東京憲兵隊本部
陸軍司法警察官 陸軍憲兵少佐 福本亀治
二・二六事件秘録(一) より
