あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

澁川さんが來た

2020年03月04日 06時32分57秒 | 澁川善助


澁川善助   
二十六日午後、
直心道場系の福井幸、加藤春海、佐藤正三、宮本誠三、杉田省吾、山中伊平らは、
西田宅 ( 同人不在 ) に集り、
澁川、杉田らから知り得た東京の情勢を各地に知らせて
輿論を喚起し呼應蹶起を訴えるべく、
つぎのような
『 昭和維新第一報 』
を 二十六日一〇時頃
全國の軍人 および 民間同志 約二五〇名に發送した。

昭和維新第一報
二月二十六日早朝四時
維新皇軍東京部隊大擧蹶起し、皇城を奉じて維新の大義を宣明し、
反維新勢力の元兇、首脳を粉砕討滅せり。
概況左の如し
一、主力  皇道維新派歩一、歩三の大部隊其他、近歩、豊橋部隊。
二、配備  皇城を守護し奉り、丸の内各省官衙かんが、大銀行、新聞社等を完全に占拠す。
三、斬奸  西園寺(生死不明)、牧野、齋藤(實)、岡田、高橋、後藤、渡邊教育總監、鈴木(貫太郎)
              小栗警視總監、川島 (參内の途中行方不明)。
四、反応  内閣總辭職、後繼内閣不明、陸軍首脳部混亂、海軍一致維新軍支持、
               芝浦に軍艦二艘入港、陸戰隊上陸
五、対策  維新軍の赤誠を上聞に達し御親裁御嘉納を仰ぐべく工作進展中(好望)、
              國民的意思表示の要あり。
              全國同志奮躍興起すべきは唯千載一遇の今にあり。
              各位不退轉の決意を以て大義に參ぜよ。
先づ 環境に応じて左の處置を執られたし。
A  各地皇軍の奮起を促進すべし。
B  大擧實力を示威し、地方長官に面接昭和維新に賛せしめ、
    維新内閣出現の國民的翹望ぎょうぼうを上奏傳達せしむ。
C  侍従武官府宛維新内閣出現の國民的翹望を上申すべく電報書信の急霰を注ぐこと。
D  各地に聯絡すべきこと。
E  其他適宜可能なる一切の手段を盡くすこと。                    以上
( 続報 )  臨時首相大角大將、其他閣僚は其儘    維新同志会同人
(  昭和維新 は 第二報・二七日正午、
   第二報續報・二七日午後五時、
   第三報・二八日午後八時 と 發行された )  ・・・リンク→澁川善助 ・ 昭和維新情報


これに おうじた動きを示さんとしたのが、
石川県金沢市の天剣塾、静岡県清水市の核心社支局、
富山県の伏木愛国青年同盟、日本農人社、北海道の全日本護国聯盟、
熊本県の大日本護国熊本軍団、などである。
その行動はいずれも 『 昭和維新情報 』、『 蹶起趣意書 』 などの複製頒布が主であった。
ただ、金沢天剣塾の場合は、生駒石川県知事に面接してこれを動かさんとし、
あるいは同地在職の青年将校明石寛二、市川芳男と相謀る所あったことがやや注目される。
この頃の民間右翼側、とくに直心道場系の動きは、
つぎの 『 三角友幾君の手記抜粋 』 に 生き生きと描かれている。
( 三角は直心道場同人であったが、当時 脊髄カリエスを病んで起てなかった )

『 三角友幾君の手記 』
不肖は、奥さんと状勢の有利を喜びつゝ、遂に ぢっとして居れなくなって、
起き上がって壁を伝ひ、障子にすがり、階段をはって降りて、
皆んなの集ってゐる食堂に横たはった。
・・・・・・
警視廳を占拠された警察の聯中が、尊皇軍有利の報告を以てご機嫌伺ひに來る。
此の犬奴。
民間の愛國運動者が、どうしたらいいかと相談に來る。
橋本欣五郎大佐の使者として、宇都宮良久氏が、此の際三萬圓位の金なら都合をつけるから、
全國の愛國團體の統一運動を急速に起し、尊皇軍と合流しようぢやないかと--。
・・・・・・
ラヂオがやっと放送を開始した。
尊皇軍が占領しているのではないのだ。
皆んなの顔がサッと緊張する。
アッ ! 牧野も殺されていない。
西園寺も高橋も後藤も一木も 生きている。
何と言ふことだ。
・・・・・・
澁川さんが來た !
頭は丸坊主にして、髯はきれいに削り落し、流石に蒼白に緊張して居られる。
皆んなの目と同時に質問が澁川さんに集中する。
「 何故 放送局を占領しなかったんですか 」
「 何故銀行を襲撃しなかったのですか 」
「 上部工作は ? 」
澁川さんの真一文字に結ばれた口は容易に開かない。
やがて徐ろに、
「大勢は勢を以て之迄押し進められて來たのです。
後はお互同士が如何に善処するかにか ゝっています 」
皆んな頭を垂れた。
腹が無いのだ。
「 扨さて自分はどうする 」
と言ふことになれば決心がつかないのだ

二・二六事件秘録 (一)  から


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