あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

『 やられてますよ 』

2024年07月12日 00時00分02秒 | 天皇陛下萬歳 (處刑)

『 やられてますよ 』
           昭和十一年七月十二日


『 天皇陛下萬歳 』  
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この朝 香田兄の發唱にて
君ケ代 を齊唱し 且 天皇陛下萬歳、大日本皇國萬歳、
を 三唱したる後、
香田兄が
『 撃たれたら直ぐ 陛下の御側に集まろう。
 爾後の行動はそれから決めよう 』
というや、
一同意氣愈々昂然として不死の覺悟を定め、
從容しょうよう迫らず 些かも亂れたることなく、
歩武堂々刑場に臨み刑に就きたりと



・・・ ↑ 栗原安秀中尉達の寄書き 

十二日朝、
十五士の獄舎より國家を齊唱するを聽く。

次いで萬歳を聯呼するを耳にす。
午前七時より ニ、三時間
輕機關銃、小銃の空砲に交りて拳銃の實包音を聽く。

即ち死刑の執行なること手にとる如く感ぜらる。
磯部氏遠くより余を呼んで、『 やられてますよ 』 と呼ぶ。
余 東北方に面して座し 黙然合掌、
噫、感無量、
鐡腸も寸斷せらるるの思おもいあり。
各獄舎より、
『 萬歳 』 『 萬歳 』 と呼ぶ聲しきりに聽こゆ。
入所中の多くの同志が刑場に臨まんとする同志を送る悲痛なる萬歳なり。
磯部氏また呼ぶ。
『 私はやられたら直ぐ 血みどろな姿で陛下の許へ參りますよ 』
と、余も
『 僕も一緒に行く 』
と叫ぶ。
 
村中孝次          
 磯部浅一 
・・・リンク ↓
村中孝次 ・・・ あを雲の涯 (三) 村中孝次
磯部淺一 ・・・ 獄中日記 (三) 八月十二日 「 先月十二日は日本の悲劇であつた 」 


 北一輝 
「北先生、お經を上げて下さい」
五つ六つ離れた監房にきこえるくらい大きな聲であった。
「 これで維新は成ったなァ―。君、お經はいらないよ、
 すべての神佛がお迎えにきておられるから、ボクのお經は必要ないよ 」
北一輝のドスの聞いた歸事が返ってきた。
だが、
「 お經は必要ない 」
 と いった口の下から、その踊經がはじまった。
最初は小さな聲がすすり泣くようであったが、その聲もだんだん大きくなっていった。
その聲は、はんぶん泣きながらの踊經であった。
・・・大蔵栄一  長恨のわかれ 貴様らのまいた種は実るぞ!

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 イメージ

心臓が調子を外れて踊っている。
既に意志もなければ、思考する能力もない。
高い塀の横腹に作られた小さなくぐり戸を入る。
刑務所の裏庭とも思える所に天幕が張ってあって、その下に寝棺が安置してある。
十四人の人達にも同じ様にしたであろうように、僧侶が型の如く讀經している。
香煙がむせるようだ。
立合いの法務官や看守が眼を眞赤に泣きはらし、すすり泣くのがきこえる。
あの中に澁川さんが入って居られるのだろうか。
本當の澁川さんだろうか。
みんなの焼香が濟むと、二人の法務官に依って棺の蓋が靜かにとられた。
みんなかけよった。

白装束。
( あっ、やっぱり澁川さんだ )
本當に殺しちまいやがった! 畜生!
繃帯が額を鉢巻にして顎にまわされている。
銃丸が眉間と顎を貫通しているに違いない。
誰が撃ちやがったのだ。
面會の時言われたように、
歯を食いしばって、半眼に開かれた眼が虚空をにらんでいる。
冷たく合わされている手を、必死と握りしめて居られる奥さんの胸中は・・・・。
然し不肖等自身、精神の常態を失っている。
何も彼も夢中、今更拙い筆に委ぬべくもない。
棺の蓋が蔽われ、看守の手に依って霊柩車に運ばれる。
添えられている花に一入悲しみが湧く。
午後六時八分、
霊柩車を先頭に、行列は代々木原を突切って、
しずしずと指定された落合火葬場へ向かう。
夕闇は神宮の杜に迫って、
ねぐらに急いでいた鴉のことが、不思議と混亂した頭に殘っている。
警戒の兵隊が、嚴粛に捧げ銃をして弔意を表する。

午後六時半、嚴粛な黙禱の裡に棺は、かまの中に入れられた。
やがてスイッチが入って、
ヂヂヂヂと地獄の底から響いて來るような騒音が、みんなの體中を包んだ。
石渡さんの朗々たる御題目が、
闇を貫く光明のように、たたきのめされた魂に炬火かがりびを點ずる。
ぬぐえあえぬ涙を押えて、北さんの奥さん、西田さんの奥さん方が、それに和せられ、
それが次第に広がった。
「 南無妙法蓮華經 」 の 声は天地幽明にみなぎり渡り、
不肖等澁川さんと感應道交するようであった。
突如として線香台に立った石渡さんが宣告された。

「謹んで澁川善助さんの神霊に申上げます。
事志と違い、満腔の恨みを呑んで虐殺された御心中御察し致します。
どうか、在天の同志の方々と共に我々を導き下さいますよう。
奸雄と裏切者を掃蕩することをお誓い申します」

憲兵も警官も、すべて涙を押し拭っている。

 澁川善助
澁川善助に兄事していた、三角友幾の手記である
軍隊と戦後のなかで 末松太平 著  夏草の蒸するころ から


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