西田税 (憲聴取1) 『 貴方から意見を聞かうとは思はぬ 』

西田税 

第一回聴取書
本籍　　鳥取県米子市博労町一丁目百拾八番地
出生地　本籍地と同じ
現住所　東京市澁谷區千駄ヶ谷二丁目四百八十三番地
著述業　西田税　当三十六年
右著、昭和十一年三月十六日、東京憲兵隊本部ニ於テ、
本職ニ對シし任意左ノ陳述ヲ爲シタリ
一、位階、勲等、記章、恩給、年金ハアリマセン
一、兵役關係ハ、
大正四年広島幼年學校ヲ經テ、
同七年東京中央幼年學校ニ入校、　同九年三月ニ同校ヲ卒業シマシタ
同九年四月士官候補生トシテ騎兵第二十七聯隊附トナリ、
同年十月陸軍士官學校ニ入校、同十一年同校ヲ卒業、
陸軍騎兵少尉ニ任官、騎兵第二十七聯隊附トナリ、
大正十三年騎兵第五聯隊ニ轉任、同一四年五月病氣ノ爲依願豫備役トナリマシタガ、
大正一五年北海道御料林払下問題ニ關シ、暴力行爲等処罰ニ關スル件違反ニ關シ控訴中、
昭和四年七月四日懲役五ヵ月ニ処セラレ、同日軍人トシテノ身分ヲ失ヒマシタ
一、前科ハ、
昭和五年十月三十日、
暴力行爲等処罰ニ關スル件違反ニ依リ大審院ニ於テ懲役五ヵ月ニ処セラレ、
豊多摩刑務所デ服役致シマシタ
其他、昭和五年一月頃金解禁當時、井上準之助ト安田保善社トノ醜關係告發問題ニ關係シ、
警視廳ニ約十日拘留サレ、
又、昭和七年三月六日所謂血盟團ノ關係ノ有力ナル關係者トシテ、
警視廳ニ約二十日間程檢束サレマシタ

一、今回ノ事件デ私ノ知ツテ居ル範囲ノ狀況ヲ申上ゲマスト、次ノ様デアリマス。
一、事件前后ノ狀況
  昭和維新斷行ト云フ言葉ハ、若イ將校ノ常ニ口ニスル言葉デアリマシテ、
殊ニ相澤中佐ノ公判以來、現役將校ハ餘リ私ノ宅ニハ近ヅカズ、
主トシテ磯部、村中位ノ者デアリマシタガ、本年ノ二月ニ這入リマシテ、少シ變ツタト云フ様ナ氣ガ致シマシタ。
ソレハ言葉ノ片鱗及ビ若イ將校等ガ近寄ラナカッタカラデアリマス。
一、私ハ相澤公判ニ充分心血ヲ濺イデ居リマシタガ、
磯部カ村中ダッタト思ヒマス、事態ガ動キツゝアルト云フ事ヲ聞キ、今迄ノ例モアリ、何カヤルダラウト察知シマシタ。
而シ私ハ公判ガ尠シ面白クナッテ來タト思ツテ居タ矢先デシタカラ、
満洲ニ行クカラ、ヤルノハヤルカモ知レナイガ、若シヤルニシテモ先ノ事ダト樂ニ考ヘテ居リマシタ。

一、二月一七、八頃、
  公判ノ事デ山口大尉ニ會ヒマシタガ、若イ將校ノ考ヘ方ガ變ダト思ヒマシテ、
山口大尉ニ栗原ニ寄ツテ呉レル様言附ケシマシタ処、
二日程シテ栗原カラ　「 貴様ノ処ヘハ行カヌ 」 ト 云フ意味ノ電話ガアリマシタノデ、
私ハ、ハット思ヒマシテ、君ノ爲ニナラヌ様ナ事ハ言ハヌカラ是非來テ呉レト云ツテ、
午后ノ五時頃ニ私ノ宅ニ來テ貰ヒマシタ処、
栗原ハ 「 貴方カラ意見ヲ聞カウトハ思ハヌ 」 ト 申シマシタノデ、
私ハ 「 ヤルニモ方法ガアル 」 ト 申シマシタガ、
是ガ非デモヤルト云フ様ナ言明デアリマシタノデ、
私ハ栗原サヘ押ヘレバヨイト思ヒ、實行方法ヲ聞キマシタガ　
「 私共ガヤッテモ貴方ニハ關係ハナイ 」 ト 申シマスノデ、
私ガ、君等ノ判斷ハ違フト思ハシメマシタガ、
「 聞イテ置キマセウ、克ク考ヘテ見マセウ 」 ト 言ッタダケデ六時過ギニ歸リマシタ。
一、安藤ガ來タノハ二十日頃ダト思ヒマス。
ソレハ磯部カ村中ニ安藤ニ會フテ見タイト云フ言附ケヲシタカラデアリマシテ、
安フ私ニ意見ガ聞キタイ様デアリマシタガ、
其時ハ猛烈ナモノデ内容ノ要點ハ最近何カヤロウト云フ空氣ニナッテ居テ、
自分ハヤルトナレバ重鎭デアルガ、後ノ事ガヨイカ惡イカ判斷ガツカヌト申シマシテ、
一週間位前ニ將校ガ集ツテ相談シ、其時、野中大尉ニ話ヲシマシタ処、叱ラレマシタ、ソコデ一應斷リマシタ、
村中ニも話シマシタガ、同ジ様ニ叱ラレマシタ、ソレデ從來ノ例カラ、
今度ハ全般ノ空氣ガ治マラナクナッタト申シテ居リマシタ。
尚ノツピキナラナイカラ、若シ貴方ガ反對スレバ命モ取ラナケレバナラナイト申シマシテ居リマシタ。

一、私ハ安藤ニ、僕ノ意見トシテハ直接行動ハヤッテ貰ヒタクナイ、場合ニヨッテハヤルベキダガ、
  現在ハ時機デハナイト申シマスト、安藤ハ大體私ノ意見ヲ聞イタ様デシタ。
今回ノ原因ハ、一ツハ満洲ヘ行ク爲デシタカラ、私ハ一般ノ人ハ實際ニ感心シナイダロウシ、
諸君ガヤレバ僕モ一緒ニヤラレテシマフ、
ドウシテモヤルナラ押ヘテモ押し切レナイ時ニヤルベキダト申シマシテ、
藤井ガ上海デ戰死シタ話ヲシテ、
私ハ自分ノ以前ノ體驗カラシテ、永年情誼ノ人ガヤル事デアルカラ、之ヲ理解サシテ、
ヤル事ヲ留メナケレバ私ノ一生モ棒ニ振ツテ仕舞フト申シマシテ、
諸君ガ是非ヤルナラ私ハ留メナイガ、間違ヒナイ様ニ僕ハ覺悟ヲシテ居ルト申シマシタ。
ソレハ二月二十日頃ダッタ様ニ記憶シテ居リマス。

一、山口ノ週番ノ前デスカラ、二十一日ダッタト思ヒマス。
  山口ノ宅ヘ行キ、貴方ノ隊内ノ意見ハドウカト尋ネマスト、
「 近クヤルカモ知レン 」　ト申シマシタカラ、
私ハ之ニ對シ、私ノ力デハ留メラレナイカラ覺悟ハシテ居ルガ、
後ノ對策ヲ考ヘテヤラネバ駄目ダト申シマシタ。
一、私ハ相澤サンノ公判ヲ頼マレテ居ル以上、
公判ノ方モヤラネバナラヌト云フ考ヘガアッテ、相當アセツテ居リマシタガ、
二十四日夜遅ク歸宅シマスト、多分磯部カト思ヒマスガ
「 二十六日朝ガ一番都合ノヨイ日ラシイ 」　
ト云フ意味ノ置手紙ヲ受ケ取リマシタノデ、私モ最早ヤ仕方ガナイ事ダト思イマシタ

一、尚此ノ置手紙ヲ受取ル前に、山口大尉ヤ龜川哲也ト寄々會ヒマシタガ、
  何レモ二十四日頃ニハ決行スルモノデハナイカト聞キマシタ。從ツテ二十日以後ハイラツキマシタ。

一、二十五日ニナツテ、龜川ト打チ合ワセタイト思ヒ、朝電話ヲカケ、夕方六時頃龜川宅ヘ參リマシタトコロ、
  村中ガ來テ居リマシテ、三人デ會食シマシタ。
私ハ眞崎サンノ事ヲ聞キタイノガ半分以上デシタガ、云ハズ語ラズノ内ニ金ノ話ガ出マシタ。

一、村中ガ歸宅セントシタ時、龜川氏ニ後ノ事ヲ宜敷ク頼ムト云フ様ナ挨拶ヲシタ様デシタガ、
  私ガ、食フモノハドウスルノカト云フ事カラ、
一度玄關迄出マシタノヲ又座敷ニ引返シ、話ヲスル事ニシタガ、
龜川カラ最近金ノ工面ニ奔走中デアッタガ
今日漸ク金ガ這入ツタカラ持ツテ行カンカト云ハレテ、二千圓出シマシタ。
然シ村中モ私モ之ヲ斷リマシタガ、龜川氏ハドウシテモ聞キ入レマセンノデ、
好意ヲ受クル事ニシテ、其ノ中ヲトリ、千五百圓ダケ兵ノ弁當代トシテ、村中ガ受取ツテ歸リマシタ。

一、私ハ、明日カラ事件ガ起ツタラ當然引ツ張ラルゝモノト思ヒ、
  村中ノ歸ツタ後約三十分間龜川ト協議シ、龜川氏ニ後ノ事ヲヨクヤツテ呉レト頼ミマシテ、一旦歸宅シマシタ。
然シ氣ガ落付キマセンノデ、夜ノ十一時過ギ、千坂中將ノ宅ニ行キマシテ線香ヲ上ゲ、
家族ニ一通リノ話ヲシテ、十二時過ギ歸宅シマシタ。

一、山口氏ヨリ週番中ニヤレバ知ラストノ話デアリマシタノデ、朝迄待ツテ居リマシタガ來マセンデシタガ、
  午前七時頃或人カラ軍隊ガ騒イデ居ルト聞キ、丁度八時頃木村病院ノ岩田ノ処ヘ行キ、
北ノ処ヘ電話シマシタガ、變化ハ有リマセンデシタ。

一、尚、其朝龜川氏ニ電話を掛ケマシタラ、龜川氏カラ眞崎大將ノ処ヘ行ツタ様ナ事ヲ述ベテ居リマシタ。

一、ソコデ ( 二十六日 ) 午后二時頃北ノ処ヘ行キ、薩摩ニモ來テ貰ヒ、
  私ハ二十八日ニ憲兵隊カラ來ﾗﾙゝマデ宿リマシテ、一歩モ外ヘハ出マセンデシタ。
ソシテ二十八日ノ夜、北ノ家ヲ出テ岩田ノ病院ヘ行キ、ソノ晩岩田ノ書生ノ宅デ宿リ、
續ケテ三日居リマシタガ、其ノ間色々ト考ヘタ上、澁谷ノアパートヘ宿リ、翌日前ノ処ヘ行ツテ捕ハレマシタ。
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二 ・二六事件

二十六日、北ノ宅デ若イ者ガ公衆電話デ首相官邸ヘ電話ヲカケテ見マシタ処、
栗原ガ居ルトノ事デシタカラ、電話ヲ掛ケマシタ処、
栗原カラ非常ニ苦戰シテ負傷者モ出タガ、岡田ハ完全ニシ止メタ様ナ話デシタ。
飯ノ事聞キマスト、隊ノ方カラ持ツテ來ルトノ事デシタ。
他ノ事情ハ判ラナイガ、是非見ニ來タラドウカト云ハレマシタ。
私ハ其時　「給養ハドウカ、飯ハアルカ」　ト尋ネマシタラ、
栗原カラ　「大丈夫。心配スルナ」　ト云フ様ナ返事ガアッタカト思ヒマス。

一、二十七日ニモ、二十八日ニモ、度々首相官邸ノ栗原ニ電話ヲカケ、
  事情ヲ聞キマスト共ニ、外部ノ事情ヲ知ラセテヤリマシタ。
午后四時半頃、栗原ヨリ外部ノ事情ヲ聞イテ參リマシタカラ、
「 海軍軍令部總長ノ宮殿下ガ參内セラレタ。
陸軍首脳部ガ集マッテ相談ヲシテ居ルガ、小田原評定ノ様ダ。
君達ハ奉勅命令ニ依ッテ行動シテ居ルノダカラ、
此上、二重三重ニ奉勅命令ガ出ル筈ガナイ故、此上トモ大ニヤレ。
尚、目下全國各地方カラ激励電報ガ約七千通バカり來テ、オモクテ持チ切レナイ程デアル 」
ト 申シマスト、栗原カラ　「 最後ノ一兵迄モ戰フ 」　ト云フ様ナ返事ヲシタ様デアリマス。
私ノ述ベタ意ハ、外部ノ情勢ヲ知ラセテ激励スル考ヘデアッタノデアリマス。
私ハ小笠原閣下ニ電話ヲシ、又、薩摩ニ加藤寛治大將ニ電話ヲ掛ケサセマシた。
北ガ栗原中尉ニ電話ヲ掛ケタト云フ様ナ話モアリマスガ、
ソレハ私ノ話シタ後デ、北ニ一言激励シテヤッテクダサイト云ツテ掛ケサセタノデアリマス。

今回ノ事件ガ、ドノ程度マデ可能性アリト信ゼシヤ
若イ人ノ純情トシテ、單ニ君側ノ奸臣ヲ除クニアッタト思ヒマス。
然シ、其ノ結果ニ於テ、外部的ニ此ノ運動ヲ生カス方法トシテハ、
軍人デナケレバ混亂狀態ヲ収拾スル事ハ出來ナイト思ヒ、眞崎サンナラト思ヒマシタ。
又、奸臣ヲ除ク事ガ昭和維新ノ第一工作デアッテ、
若イ人達ガ維新ノ斷行ニ就テ、ドノ點迄考ヘテ居タカハ知リマセン。
若シ此ノ點ヲ考ヘタナラバ、若イ人ハ私ニ相談ガアッタト思ヒマス。

君側ノ奸臣ヲ除クナレバ自分達ノミデ可ナルニ、何故多數ノ兵ヲ擁シ、重要建物等ヲ占據ｾｼﾔ其理由如何
私ハ兵ヲ引出スノハ反對デアリマス。
同志トシテ、將校下士官及ビ同志トシテノ兵ヲ引出スノナラバ可ナルモ、
多數ノ軍隊ヲ利用スルノハ不可ナリト、栗原ニ話シマシタ。

蹶起趣意書ハ、君側ノ奸ヲ除クト共ニ、昭和維新斷行ヲ圖ラントスル云々トアルガ、此ノ點ハ如何
私ノ交友關係、從來關係ナドデハ、ソナン事ハ聞キマセン。
ソレニ公判が始ッテカラ、私ノ宅デ集合スル事ハ警察ヤ憲兵隊ニ知ラレテ危險ト思ヒマシタノデ、
私ノ宅デ集合ナドシタ事ハアマセンシ、
又、私ノ交友關係モ非常ニ尠ナクナリマシタノデ、詳シイ維新ノ計畫ハシリマセン。
所謂十一月事件以來、私ノ宅ニハ將校ハ寄リツカナクナリ、今年ノ正月ニモ一人モ來マセンデシタ。・・〈 註1 〉
但シ、村中、磯部ハ浪人デスカラ私ノ宅ヘハ時々出入致シテ居リマス。
〈 註1 〉
リンク → 昭和十年大晦日 『 志士達の宴 』 ・・・昭和10年12月31日  ・・・西田税 ・ 金屏風への落書

今回ノ事件ハ、昨年ノ暮タリヨリ話ガアッタノデハナイカ
充分覺エテ居リマセン

昨年ノ議會開院式ニ際シ、
議會解散ヲ策シテ政變ヲ惹起セントシタ計畫ニ軍人ノ加ツテ居る事情ヲ述ベヨ
非合法デナク、政變、下令バ政友會ガ不信任案ヲ提出シ、
軍部大臣ガ國體明徴問題ヲ以テ出セバ、政府ハ倒レル様ダト云フ様ナ話ガアリ、
久原方面カラ出タノデ、龜川ガ山口ニ話シタヨウデス。
但シ、私ハコンナ馬鹿ナ話ハ實現シナイト思ツテ居リマシタシ、
昨年ノ秋アタリカラ 「 ヤラナイトイカン 」 ト云フ様ナ話ハ誰モガ常ニ云ツテ居リ、
栗原ナドモ非常ニ叫ンデ居リマシタノデ、深ク氣ニ止メテ居リマセンデシタ。
然シ、此計畫ハ、久原ガ龜川ヲ動カシテ山口大尉アタリニ働キカケタノデスガ、
アトデ聞キマスト、龜川ガ眞崎大將ノ処ニ行ツテ、
コンナ計畫ガアッタト話シヲシタトキ、眞崎大將ガ、
ソンナ計畫ニ軍人ヲ利用スルノハケシカラント大變立腹サレタノデ、
龜川ハ西田邊リノ計畫デショウト云タトノ事ヲ聞キ、大變立腹シマシタ。

相澤中佐ノ公判闘爭に就イテ述ベヨ
公判ノ前ニ、公判ハ全國的ニ公開スルコト、減刑運動ハヤラナイコト、
公平ニヤッテ貰ヒタイト思ツテ居リマシタ。
又、浜上中佐ガ義弟デスカラ、相澤サンニ公判ニ就辯護人ノコトナド話シタトキ、
オ前一人デヤラナイデ西田、大岸、菅波等ト相談シテヤッテ呉レ、
トノ事デヤリ始メタノデアリマスガ、辯護人ノ關係ヲ申シマスト、
統帥權問題ガ中心デ、後ハ問題トシテ居リマセンデシタ。
ソレニ同期生方ハ、牟田口大佐ガ幹事ダカラ同期生ノ方ガ中心ニヤッテ戴キ、
國民的公判ノ爲メ公開ヲ希望スルト共ニ、
私達ハ辯護人トシテ五、六人ノ候補者ヲ出ス豫定デシタガ、
龜川ガ鵜澤博士ト満井中佐トヲ持ツテ來マシテ、
今度ノ辯護人ハ一身ヲ捨テテカカルカラ、自分カラ頼メバ直グ引キ受ケルダラウ、
又、辯護士ハ現在辯護士中ノ長老デ、法務官ヲ敎示スルヨウナ人物デナケレバイケナイ、
ソレニハ鵜澤氏ガ最適任ダ、
鵜澤ナラバ久原ヲ通シテ頼メバ承諾スルダロウト盛ンニ満井、鵜澤説ヲ鞏調シマシタ。
私ハ軍人ハ同期ノ鈴木貞一様ニ願ヒ度カッタノデスガ、承諾サレナイシ、
又、辯護人ノ方モウマク行カナイノデ、結局、龜川氏ノ提議ニ同意シ、相澤サンノ同意ヲ得タノデス。
私ガ昨年ノ春頃、山口大尉ノ宅ニ行ツタ折、龜川ト理論上ノ大激論ヲヤリ、オ互ニ性格モ判ツタト思ヒマス。
往交スル様ニナツタノデスガ、夫レ以來、相澤事件ガアッテカラ、加速度的ニ接近シマシタ。
龜川ガ最初カラ無罪論ヲ主張シ、私ハ天下ニ公開ヲ主張シタカッタノデアリマスガ、
遂ニ龜川ノ主張ニ制セラレタノデアリマス。
私ハ、龜川ノ人物ニ附イテハヨク知ラナカッタノデスガ、嘗テ千坂閣下カラ、
山口ハ龜川ト接近シテイルガ、惡イコトヲヤルカモ知レヌカラ注意サス様ニトノ御言葉ガアリ、
私モ注意シテ居リマシタカラ、山口ニ話ヲシタ事モアリマシタ。

龜川が鵜澤博士、満井中佐ヲ推シタ理由如何
龜川ハ、満井中佐ハ捨身ダカラヨイト云ヒ、又鵜澤博士ハ明大ノ總長デアッテ、
閲歴、人格、學歴等ノ點デ法務官ノ先輩ダカラ、公判廷デハ法務官ヲ説キ伏セル自信ガアルト申シマシタ。
鵜澤博士ガ辯護人ニ立ツ様ニナリマシタノハ、龜川ガ久原ニ依頼シ、久原ガ鵜澤ヲ動カシタトノコトデス。
一、公判ノ推移ハ、時々二、三ノ者ガ集マリ、龜川ガ公判ニ行キ、
私ハ昼間休憩等ノ折、村中、磯部等ヨリ事情ヲ聞キマシタ。
二人ハ公判記録ヲ速記シテ居リマシタシ、龜川ハ私ヨリ法律ニ詳シイト思ヒ、
私ハ公判ニハ參リマセズ、單ニ話ヲ聞イタノミデアリマス。

林大将、眞崎大將ヲ證人トシテノ運動ニ附述ベヨ
私ノ最初カラノ見透シハ、如何ナル證人モ却下サレルダロウト思ヒマシタ処、
意外ニモ次官ガ呼ビ出サレマシタガ、
ソレハ單ニ軍法會議ノ威信ヲ示ス點ノミダト思ヒマシタ処、
林サンガ呼び出サレマシタノデ、私ハ大變意想外ノコトニ喜ビ、
事件ノ進渉ニ非常ニ期待ヲシテ居リマシタ。
ソシテ、材料ハ私ガ集メテ満井中佐ヤ鵜澤氏ニ与ヘ、
飽迄合法的ニヤッテ目的ヲ達シタイト思ツテ居リマシタ。
一、ソレデ國家ノ改造ニ就イテハ、
若イ者ガ騒イデモ、戒嚴令ハ軍部ノ首脳部ガ中心トナッテヤラナケレバ、
大ナル期待ハ持テナイト思ヒマシタノデ、
只、決戰時ニ於テ、最后ニ力ヲ入レタイト思ツテ居リマシタ。
ソシテ今度ノ事件デ、若イ人ガ行動ヲ起コシテモ、閣僚ノ要求ナドハヤラナイト思ヒマシタ。
一、今度ノ事件ノ持上ツテ來タ理由トシテ、私ノ観測デハ、
渡満前ノ爲メ、各隊ガ演習、行軍、檢閲、野營ナドノ爲メ、
三日以後ハ暇ガナク、若イ聯中ハ公判ノコト等頭ニナイト思ヒマス。
私ハ單ニ小笠原閣下一點張リニ頼リマシタ。
私ガヤロウト思ヘバ、各主要方面ヘ指示ヲ与ヘル筈デアリマス。

此ノ事件、龜川ガ重要ナ一役ヲ賈ツテ出テ居ル原因如何
( 辯護人ノ選定、事件ニ積極的ニ乗リ出シタ點、資金ヲ出シタ點、後ノ事ヲ頼マレテ承知シタ點 )
私ハ、龜川ト云フ人ハ相場デモヤルノデハナイカト思ヒマシタ。
ソレニ龜川ハ久原トハ常ニ密接ナ聯絡ガアリ、
私ガ久原ヲコキ下スト、之レ感心シテ居ル様ナ態度ヲ執リマスガ、
政變デモアレバ久原ヲ斯フ云フ風ナ閣僚ノ椅子ニ据ヘルノハドウカト云フ様ナ意見ヲ致シマス。
コンナ模様ヲ龜川ガ眞崎大將ニ話ヲシタ時、大將ガ怒ラレタ事ガアリマス。
此ノ時龜川ハ、西田アタリガヤッタノダロウト云フ様ナコトヲ云ツテ居リマシタ様デ、
私ハ大邊憤慨致シタコトガアリマス。
私ハ龜川氏ガ何デ生活シテ居ルノカ判リマセンガ、兎ニ角、最近私ハ之ノ點デ頭ガ混亂シテオリマス。
私ト龜川トノ交際ハ、龜川氏ガ先輩デアリマスカラ用ガアレバ私ノ方ヨリ行キマスガ、
龜川ハ常ニ政界ノ久原ヤ軍部ノ眞崎大將、林大將ナドト聯絡ヲ執ツテ居ルト云ツテ居リマシタガ、
私ニハ判リマセン。
龜川ハ琉球人ラシク、アマリ郷里ノコトナドハ話ヲ避ケテイル様デアリマス。
只私ノ感心シテ居リマスノハ、鵜澤博士ヲ政友會カラ脱退セシメル事ガ、
公判ヲ進行セシメル爲ニ必要ダト云ツテ居リマシテ、之ガ實現シタコトデアリマス。

一、龜川ガ鵜澤博士ノ聲明書ノ原稿ヲ持ツテ參リマシテ、
  私ガ之ヲ謄冩版ニ書イテ五十枚ヲ刷ッテヤッタ事ガアリマシタ。
此ノ原稿ハ、本人ノ書イタモノダトハ思ヒマシタガ、變ニ思ヒマス。

一、荒木サンガ止メテカラ、前田中佐ニ會ツタ時、
  龜川ニ氣ヲ附ケナイトイカント云フ様ナ注意ヲ受ケタコトガアリマス。

一、今度ノ事件ニ、龜川ガ何故積極的ニ乗リ出シテイルカト云フ事ニ就イテハ、
  其ノ理由ハヨク判リマセンガ、前後ノ關係ヤ今迄ノ色々ノ點カラ考ヘル時、
ソノ間、何カ不純ナモノガアルノデハナイカト言フ様ナ氣モ致シマス。
龜川ガ、久原ノ爲メニ働イテ居ルノデアルカドウカハ、ハッキリ判リマセンガ、
相當深ク久原ト關係ガアル様デアリマス。

今度ノ計畫ノ内容ニ附、知レル内容、部署等ハ如何
私ニハドノ程度カ將校ノ出ル範囲ハ解リマセンデシタ。
下士官兵ハ聯レテ行ク様デシタガ、兵科ナドハ判リマセン。
將校ハ、主トシテ在京ノ同志將校ガ出ルモノト思ヒ、ソレ以外ノ部隊ハ參加シナイト思ヒマシタ。
但シ、誰ガ何処ヘ行クカモ判リマセン。
目標ハ重臣ブロックタル西園寺、牧野、齋藤、岡田、鈴木、高橋 邊ナドハ、確實ナ物ダト思ヒマシタ。
一木樞相、後藤内務大臣、池田成彬ナドハ第二次ノ目標デアツタ様デアリマシタ。
ソシテ、陸軍大臣ニ迫ツテ處分ヲ要求スベキモノハ、
宇垣、南大將
三月事件ノ重要関係者
小磯、建川中將
十一月事件ノ片倉、辻及ビ
國體明徴ヲ期スベキ人事ノ要求及大本敎關係者ニ對スル徹底的處置ナドデアリマシタ。
大本敎關係ノ將校ニ就テハ、日高瓊々彦カラ聞キマシタ外、私自身モ相當程度ノ調査ヲナシ、證據モ握ツテ居リマス。
今次事件ノ免官ニナッタ将校ノ名前モ、三分ノ一位シカ知リマセン。
軍人以外ノ外部カラノ人トシテハ、栗原ヨリ聞キマシタガ、
從來ノ例モアリ、軍人ノミニテヤッテモライタイト希望シマシタ処、言葉ヲニゴシテ居リマシタ。
地方ノモノガ二、三參加シタヨウデシタガ、私ハ村中、磯部ナドニモ參加シテ貰ラヒタクアリマセンデシタ。
( コノ意見ハ二人ニ傳ヘタ様ニ思ヒマス )
民間ノ聯中ハ、栗原ガ聯レテ行ッタノデハナイカト思ヒマスシ、
又栗原ガ、彈丸ハ週番司令ヲ殺スカ、又ハ之ヲ監禁シテ持チダス様ニ云ツテ居リマシタカラ、
私ハ之ヲ斷然止メルヨウニ注意シマシタ。
一、私ハ、栗原ガ何時モ大言壯語シテ居タ關係デ、栗原ニ問ヒ詰メマシタ事モアリマシタガ、
 割合實現性ガナイ様デ、信用シテ居リマセンデシタ。
ソレカラ、二、三年前迄ハ私ニ頼ツテ居タ様デアリマシタガ、私ノ方ガ駄目ナノト、
村中ナドモ相當困ツテ居タ様デシタガ、最近村中ガ資金ノ方ハモウ心配ハカケマセント云フ様ナ話ヲシマシタ。
今度ノ事件ノ資金關係ハ、二十五日ノ龜川ノ宅デ村中ガ龜川カラ貰ツタ一千五百圓ト、
村中ガ私ノ宅ヘ來タ時 村中ヲ尋ネテ來タ満洲ノ辻サンノ娘カラ金五百圓受取ツタコトハ知ツテ居リマスガ、
ソレ以外ハ資金ノコトハ知リマセン。
尚正月前ニハ、村中カ磯部宛五十圓カ百圓ヲ變名デ送ツテ來タ人ガアル様ナ話ヲ聞キマシタ
一、要スルニ、今度ノ事件ニ就テハ、私ハ餘リ詳シイコトハ知リマセンデシタガ、
 山口ヤ安藤カラ大體ノ話ヲ聞キ、愈々決行スル情勢ニ立到リマシタノデ、
私ハ斯クナル上ハ最早止ムニ止マレヌ立場ニアリマスノデ、
決行ノ場合ニハ彼等ト行ヲ共ニスルコトヲ決心シマシタ。
ソシテ、彼等ガ直接行動スル場合ニ、私ハ外部ニアッテ出來ルダケ彼等ノ行動ヲ援助シ、
内外相呼應シテ共同行爲ヲスルコトヲ決心シマシタノデアリマシタ。
然シ自宅ニ居ツテハ捕ヘラレル危險ガアリマスノデ、逃ゲル丈逃ゲテ、
共同出來ル丈ノ幇助ヲシタイト思ツテ其通リ行動シタノデアリマス。

一、大眼目ニ就テ
  大眼目ヲ出シタノハ、從來、昭和ノ御維新ヲ達成スル爲メ必要ナ機關ガ欲シイト思ヒマシタガ、
新ニソンナ機關を作ルコトハ手數ガカカルノト、資本ガ必要ナ爲メ、
私モ民間ノ人々モ希望シテ居リナガラ、進渉シマセンデシタ。
從來アル核心ヤ皇魂ハ共ニ其内容ガ漠然タルモノデアリ、
又、核心ハ ヂャーナリズム的デ何レモ適當ノモノデハアリマセンカラ、
軍人モ民間モ一緒ニナッテ新ニ御維新ノ指導機關ヲ作ラウト考ヘマシテ、
核心及皇魂關係ノ同人デアル磯部、村中、中村、大森ナドガ大眼目ノ同人トナリ之ヲ支持シテ居リマシタ。

一、二十四日ニ公判記錄ヲ出シタノハ、
 相澤サンノ眞意ヲ世ノ中ニ傳ヘタイ考ヘデアリマシテ、皆ガ聞き入レマセヌ。
澁川君ガ、アル人カラ二百圓カヲ受ケ入レタ様デアリマシタガ、
私ハ其人ノ意ニ依ツテ出スノデハナイト云ツタ事ガアリマス。
一、原稿ハ、大體私ガ大綱ヲ示シ、福井幸ガ編纂主任トナリ、村中、澁川ナドガヤッテ居リマシタ。
 最近出タ公判記錄ハ、着手カラ約一ヶ月ヲ要し、二月二十日過ギニ發行シタモノデアリマス。
從ツテ、村中ハ意識シテ居リ、私ハ中途カラ乗り掛ケタ舟ダト思イマシタシ、
福井君ナドハ知ラナカッタノデアリマス。
コノ大眼目ハ、今度事件ニ相當ナ刺戟ヲ与ヘタコトハ事實ダト思ヒマス。

西田　税
右讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立テ、署名拇印せリ
昭和十一年三月十六日
東京憲兵隊本部
陸軍司法警察官　陸軍憲兵少佐　[名　欠]

二・二六事件秘録(一)より