小川洋子さん、『まぶた』 再読

 ふと奥付を見ると、2001年の発行となっていた。もっと古い作品のような気がするなぁ…と初出を確かめると、例えば表題作の「まぶた」は1996年に発表された作品だった。今朝、本棚を一瞥した私は、そうだ『まぶた』だ、今日は『まぶた』を読むぞっ…と一瞬で決定していた。まあ、そういうこともある。
 『まぶた』、小川洋子を読みました。

 一番しっかりと内容を覚えていたのは、「お料理教室」だった。何となれば…気持ち悪さが忘れ難く。やっぱり好きだなぁ…としみじみ思ったのは、「リンデンバウム通りの双子」。咽喉の奥にくっと来る、熱い塊があった。そして目玉の奥がじんわりした。
 それから表題作の「まぶた」は、長篇『ホテル・アイリス』の前身だったのか、それとも途中で枝分かれしたもう一つの物語だったのか…。『ホテル・アイリス』を彷彿とさせるが、SMではない。「バックストローク」にも、どこかで同じような話に出会っているなぁ…と思ったら、『偶然の祝福』に収められた「盗作」という短篇だった。

 小川さんに紡がれた物語を読んでいると、いつも私の内側が、しん…となっていくのを感じます。心が静かに澄んでいくとでもいいましょうか。水面がなだらかになっていく…とでもいいましょうか。あえかな寂しさにくるまれながら、深い深い…とても深い夜の底で、何かを聴き取ろうと耳を澄ましているみたいな感じ。全身を澄ましているみたいな感じ。
 そう、それはきっと…。
 私の中の何処かしらに一箇所、いつまでも雨の降り止まない場所があります。ひたすら延々と、そこは雨降りなのです。来る日も来る日も。気付いたときにはもう、その場所はありました。常に。それはどうしても必要な雨降りなのでしょう。雨音は殆どありません。とても細かく降りながら、かすかに空気を震わせているさびしい静かな雨。
 ふとした折に、その雨音を聴き分けたくなって耳を傾けます。小川さんの本を読んでいるときに感じる、自分の内側が、しん…となっていく感覚は、そんな時の感じにとても似通っているのでした。つまり、好きってことですね。古なじみの雨降りに、しっくりぴったりくるのでしょう。
 (2006.9.14)

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