本が好き!な、りなっこのダイアリーです。週末は旦那と食べ歩き。そちらの報告も。
本読みの日々つらつら
6月29日
昼ビール部です。前菜の、豚肉とピスタチオの自家製パテ シラスのフリッタータ。スープ。
お昼ごはん。「洋食 ルセット」にて、“瀬戸内牛のローストビーフ〜グレイビーソース〜”と、デザートの“チェリーのソースとピスタチオアイスのプリンパフェ”。 (ぱふえといふものを食びてみた… ミニサイズだけど…)
6月27日
森のみどりそれより空のふかみどり愛(を)したる罰か手のひらに森
ゆめみどり蝶の古名がひらひらとみどりのゆめかゆめのみどりか
紫陽花が花のふりする私も雨のふりするゆめ語るなよゆめ
祈りの言葉はまういらない今日は綺麗な藻屑となつてゐるゆゑに
──笹原玉子『偶然、この官能的な』
おはすこ。朝から冷食パスタ。
6月26日
九段理江『School girl』を読んだ。
令和版『女生徒』として書かれた作品と知り、読んでみた。百年近くの時を隔ててどんな風に響き合うのか…と。
母親と話す時しか日本語を使わない(それ以外は英語で過ごしているらしい)14歳の少女と、『女生徒』の主人公を"遠い昔の親友”と呼ぶ母親の、お互いを大切に思っているのにすれ違ってしまうもどかしさ…など、こんなに背景が違っても母娘のあり方には変わらない葛藤があって、その普遍性に苦しくなった。
そして「悪い音楽」がとても面白かった。人の気持ちがわからない(本人なりに考えようとはしているがずれている)音楽教師、という設定が秀逸で、擬態が破綻する過程も見事。
6月24日
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/2e/b96e394aca7cf2561d2aa8f7da5fcfb7.jpg)
不確かな噂話(情事と凶事の変奏みたいな)ばかりがゆき交う大人たちの空間の隅で、ぼんやりと聞いている内向的な少女の心許なさや不安がふと零れてくるように伝わる。時折それらの場面を俯瞰しながら語る「私」は何処にいるのだろう…と思ったり。
主人公の読んでいる『秘密の花園』が改変されて挿入される件もお気に入り(詩人になることを夢見たことのある若い感じやすい士官って誰…とか)。
6月19日
ボッカッチョ/平川祐弘訳『デカメロン 中』を読んだ。
四日目から七日目まで。ボッティチェㇽリの絵(特に松林の方)を見るたびに、これは一体どういう…と思っていたのでやっとその話を読めた訳だが、想像以上にひどい話だった。絵画になった場面より話そのものが。
あと、イザベラ(ここではリザベッタ)とバジルの鉢の話が入っている。
めも)中世の科学では魂の所在は心臓の中(殺された恋人の心臓に口づける)。
キリスト教徒とイスラム教徒の交渉や平和共存も描かれている。
美しい自然と美しい被造物の調和は西洋中世文学の基本的なモティーフの一つ。
教会で説かれる道徳とは異なる人間性に基づく行動原理を示唆している。
6月15日
塚本邦雄『連弾』を読んだ。
ルビの多い文章を追うだけでまず快感。
聊か毒気が効き過ぎなのでは(特に女性に対して)、お気立てに難がおありで綺羅な人たちしか出てこないのでは…などと思いつつ、引き込まれ魅入られて眩暈する読み心地だった。醜さも美しさも過剰に絢爛で残酷で、もうそれで酔ってしまう。
とりわけ好きだったのは表題作(未絵さんがだんだん好きにw)と「青海波」と「かすみあみ」(これでもかと立ちこめる香り、そのなかの妖しい少女たち。うとり)
6月13日
山尾悠子『初夏ものがたり』を読んだのだった。
既読の作品群とはまた趣が違う(若書きということで)、未読だった作品を読めてよかった。
なんて愛おしい物語だろう…と思いつつ初夏の情景に浸りつつ、五月生まれなのが密かに嬉しくなったり。そしてクリスティーのクィン氏が好きなので、そこも嬉しく。
« 前ページ |