マリオ・バルガス=リョサ、『アンデスのリトゥーマ』

 あのやんちゃなリトゥーマが、渋くなっている…気がした。『アンデスのリトゥーマ』の感想を少しばかり。

 “「魔王がいなければ、私どもは人生をこれほど楽しむことはできなかったでしょうね」と目に嘲笑の色を浮かべてディオニシオは挑みかかるように言った。” 113頁
 
 素晴らしい読み応えだった。ややもすれば重苦しい題材かと思うのに、どうしてどうして頗る面白く読めてしまう。迷信深い山棲みのインディオたちの地、アンデス。どこかうそ寒い人々の実像や、悲惨な状況がまざまざと描かれていた。だがその一方には、夜な夜な語られる一途な若者の恋物語が差し挟まれるので、何とも言えない揺り返しの感覚にぐっと掴まれ引き込まれた。ぱたんと本を閉じて我に返って、こんなに厚みがあったのか…と思ったほど。流石の牽引力だ。

 とりわけ、伝承と現実とに区別を付けないインディオ文化に主人公を対峙させ、惑わせ怖れさせつつ、それらに触れる筆致はあくまでも公正なところがとてもよかった。途中、アステカ族の血腥い儀式について述べられる箇所もあるが、ただ彼らが野蛮だったとは決め付けられない…という観点を教えてくれる内容なので、心に残った。

 物語は、新たな赴任地ナッコスの駐屯所で、主人公リトゥーマが、赴任後3人目となる行方不明者が出たことを知らされる場面から始まる。知らせにきたのはインディオの女。埒が明かない捜査ばかりが続くリトゥーマは、無力感に襲われてしまうのだった…。
 “土くれ(テルーコ)”と呼ばれる凶暴なテロリスト集団が、そぐそこまで迫ってきている赴任地で、伍長リトゥーマと若い助手トマシートは、ただ殺されるのを待っているような心境に陥りながら、日々をやり過ごしている。そしてリトゥーマの胸には、駐屯所の手伝いをしてくれた1人目の行方不明者のことが、いつまでもわだかまっていた。
 そんな彼の唯一の楽しみと言えば、夜毎トマシートの恋の話を聞くことで、それがまた大変な逃避行の顛末なのである。『緑の家』との意外な繋がりもあったりして、この筋は楽しかった。健気なトマシートの、波乱の先に待ちうけた恋の行く末とは…。

 フランス人旅行者がテロリストに襲われた事件が挿入されるなど、物語には様々な立場の視点も盛り込まれている。そんな中でも、インディオの男たちを煽り立て、酒を呑ませ酔わせ、いいように破目を外させる酒場の主人ディオニシオと、その妻でリトゥーマたちが魔女と呼ぶドーニャ・アドリアーナの造形が際立っていた。必ずや真相を知っているはず…と探りを入れるリトゥーマを、くねりくねりかわして言質を取らせない老獪さといい、まるでインディオたちを操っているみたいな不気味さといい、お見事だった。
 土着インディオの民間信仰の根深さを体現する二人の人物に、何故このような名が付けられているのか。更にもう一人が加わった枠組みに、唸らされる。そしてラストも衝撃過ぎた…。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
Unknown (モーラ)
2012-11-25 17:39:53
はじめまして。リョサの小説は相変わらず独特の語り口で読みごたえありますね。推理小説的な要素が強い『アンデスのリトゥーマ』はそれほど出来がいいとは感じませんでしたがさすがに悪魔伝説のパートは不気味な雰囲気でさすがだと思いました。
 
 
 
Unknown (りなっこ)
2012-11-26 06:58:25
はじめまして。コメントをありがとうございます。
そうですね。リョサは読み応えがありますね。
言われてみると、私は推理小説だと思って読んでいなかったようです。確かに要素は強いですね。
 
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