皆川博子さん、『伯林蝋人形館』

 嗚呼、とうとう読み終わってしまった…。待ちかねた皆川さんの新刊、自分で自分を焦らすようにすぐには手を付けなかったのだが。 
 『伯林蝋人形館』、皆川博子さんを読みました。

 しとどに滴り匂い立つ、物語の濃密さといったらどうだ。それが禁断の毒によるものか蜜によるものか…。この作品に溺れていた時間がただただ至福だった。皆川作品は取り憑く。その濃厚な読み応えと、後ろめたいほどの快感でもって。

 驚異と幻想に満ち満ちたこの物語の舞台は、二つの大戦に挟まれた時代のベルリンである。その頃のドイツはここまで悲惨だったのか…と、暗澹としながらも激しくひき込まれた。 
 その近い未来、ナチスドイツの台頭を許し受け入れていくこととなる(それどころか熱狂で迎えるわけだが)、狂乱と退廃の爛れた温床。ああ、これほどまでに悲惨だったのならば無理もない…と、思わず唸ってしまうほどに酸鼻を呈する状況の中で、6人の男女のもつれ絡み合った物語が縷々語られていく。醜悪を極めたものが美に寄り添うような、美を極めたものが醜悪に寄り添うような、おぞましくも美しい物語が…。 
 そう、恐らくきっと本来であれば、清らかな土壌に植えられ清らかな水だけを吸い上げ、眩しい純白の花を咲かせるはずだった…そんな存在の彼らが、いびつに押しひしゃげられ狂った世界に根を下ろし、その闇を吸い取って妖しく咲いた。青白い狂気に縁取られた、陰性の花に化生した。そしてまた、その世にも稀な花に狂おしいほどに、心奪われる者たちがいた。

 彼らの物語に下ろされる幕は、誰の手によるものなのか? 虚実を織り交ぜて語られた物語の孕んだ毒と謎は、どう解き明かされるのか…? 
 決して短い作品ではないけれど、夢中で追いかけていた。とても短く感じられるほどに。
 何度も何度も繰り返される、濃密なフレーズ。デジャヴュの目眩を呼び起こされながら、だからこそ、どっぷりと読み耽った。
 (2006.9.13)

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