5月28日

 フランティシェク・クプカ/山口巖訳『カールシュタイン城夜話』を再読した。 
 
 病に伏した皇帝カレル四世と3人の側近たちのチェコ版『デカメロン』で、この時代の雰囲気は格別。

 ただ、様々な女性についての21篇なのに、如何に敬虔かつ貞淑か(或はその逆か)の話になりがちではあるし、カレル四世が夫として誠実であろうとしたのはわかるけれど、3人の妻が若くして出産後数年の内には亡くなることに淡々と触れられているのが、今回は辛かった(王が独身ではいられない立場なのも…)。
 とりわけ好きだったのは「オルガ」や「ブランカ」「スヴィードニツェのアンナ」。

 "王たるものは妻に愛されるべきなのだろうか?”

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5月26日

 お昼ごはん。ボントレの日替わり弁当。美味でした。夫は海苔弁当。
 真っ赤なウインナーを食べたことがない子供だったので、未だにタコさんウインナーに戸惑うw そしてお腹いぱい。
 
  
 
  
 

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5月24日

 多和田葉子『きつね月』を再々読した。
 
 二度と同じ模様にならない言葉たちの万華鏡をのぞくよう。

 “ほとんどの単語は平和条約を結び合っている。ぶつかり合うことがあっても、すぐに抱き合ってしまう。相手の顔を見なくても済むように。(略)ふたつの単語が出会って、わたしたちの自由を奪う。たとえば、巨匠と文学、声と民主主義、休暇と自然。うんざりするような組み合わせを見ると、肺に力が入らなくなる。”

 “文字たちと尼僧たちは海に向かって走り出し、睡蓮の刺を探すために、衣の裾をめくりあげて、ひらひらと砂浜を渡っていく。自分の肖像画と似ている人が滅多にいないのと同様、昼食の席で緑色のくしゃみをしながら熱帯の沼地を思い浮かべる人間もめずらしい。”

 

 

 

 

 

 雲雀料理の後にはどうぞ空の青映しだしたる水を一杯
  ──尾崎まゆみ『微熱海域』  

 五月を惜しんで‥(´ー`)
  

 雲雀料理
 五月の朝の新緑と薫風は私の生活を貴族にする。したたる空色の窓の下で、私の愛する女と共に純銀のふおうくを動かしたい。私の生活にもいつかは一度、あの空に光る、雲雀料理の愛の皿を盗んで喰べたい。
  ──萩原朔太郎『月に吠える』

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5月23日

 薩摩秀登『物語 チェコの歴史 森と高原と古城の国』を読んだ。
 
 とても読みやすくて面白かった。
 そも、チェコという国の一貫した通史を書くことはできるのか。中世のチェコ王国と現代のチェコ共和国を、単純につなげて解釈するのは違うのでは…という観点から、時代ごとに特定の人物をとりあげることでチェコ史をたどっていく。
 
 お目当てはカレル四世の時代だったけれど、もっと遡ったモラヴィア王国や聖人アネシュカの章も読めてよかったし、ハプスブルク家の崩壊後の 経緯も、そういうことだったのか…と興味深い内容だった。
 (窓外放擲事件の件があると、思わず「待ってました」となってしまうw)
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5月20日

 キム・チョヨプ/カン・バンファ ユン・ジヨン 訳『この世界からは出ていくけれど』を読んだ。
 
 原書での意図に沿うようにつけられたという日本語版タイトル(同名の短篇はない)が、内容にぴったりで素敵だ。

 自ら選んだ訳ではない与えられた環境にいる、間違いみたいに生まれた世界にいる、旅路の果てにたどり着いた星にいるそれぞれの登場人物たちを、一見頼りなくか細い線(でも確かに)で繋いでいく読み心地だった。
 例えば、その世界から出ていく者と、何処へも行けずに見送る者とのすれ違いほどの邂逅と別離を描いていても、それを哀しい物語にはしないところがとてもよかった。とりわけ好きだったのは、「ブレスシャドー」や「古の協約」「認知空間」。
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5月18日

 お昼ごはん。四つ葉cafe にて、タコライスプレート。夫はパスタプレート。
 お野菜たんもりで美味でした。お腹いぱい…
 
  
 

   

 

 

 菫野短歌のネップリ、しました。20日までですって。
 

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5月17日

 空木春宵『感傷ファンタスマゴリィ』を読んだ。
 
 とてもよかった。
 まず耽美で残酷かつ甘苦い毒滴る作風が好みで堪らないのだが、人の嗜虐性や暴力、どす黒い憎悪(例えば人々を“魔女狩り”へと駆り立てるものの正体)をきっちりと描く筆致にも痺れる。

 表題作では “幽霊とは思考の産物” という件からの、己が己であることの確かさがぐらぐら揺るがされ、自己確立の脆さを突き付けられる展開が頗る響いた。
 「4W」はシスターフッドの物語としても読めるしそこが好きでもあり、「ウィッチクラフト≠マレフィキウム」で見据えているものは性別に関係なく誰もが考え続けるべきことなのだろう…とも思う。


 “だが、少女であったことならある。どうしようもない生き辛さを抱え、間違った世界に生まれてきてしまったと感じる、よるべない孤独な少女であったことは。” 「さよならも言えない」

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5月14日

 金井美恵子『ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ』を再読した。
 
 素晴らしかった。遠い日々の記憶が弛んで寄り集まり、褪色したモザイク模様になる。茫洋とした時間の流れから掬い上げられる、鮮やかなイメージと繰り返すその語り直しに、ふと眩暈する読み心地だった。
 とりわけ、何度も出てくる “まゆみの生垣” をめぐらし曲がりくねった狭い道の描写は、時間を行き来してとめどない語り口そのものとも重なる。

 “それとも、いつかこの今の瞬間、今こうして見ている月と、この道と、風と、こうして今わたしの感じているすべての感覚を思い出すことがあるだろうか。”
 
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5月11日

 お昼ごめん。味の蔵にて、豚骨の蔵味ラーメン。木耳が多めでよかった(そこ‥)
 

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5月10日

 マーガレット・アトウッド/大島かおり訳『浮かびあがる』を読んだのだった。
 
 随分古い作品だなぁ…と思ってたら、アトウッドの第二作だった。もうすぐ北烏山編集室さんから出る『リーディング・リスト』の目次に入ってるんだけど、それまで本を読んでこなかった定年退職後の父親に勧める本としてどうだったんだろう…。

 “厄介なのは、わたしたちのからだの上に瘤みたいな頭がのっかっていることだ。”
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