8月に読んだ本

8月の読書メーター
読んだ本の数:18冊
読んだページ数:5426ページ

▼読んだ本
無声映画のシーン無声映画のシーン
とても素晴らしかった。“母が死ぬまで大切にしまっていた”30枚の写真から、丹念に紡ぎ直された鉱山町の物語。僅かな手がかりから記憶を呼び戻し、縺れた糸をほぐし縒りを正し思い出を手繰るその筆致…だが、少し物足りないくらい恬淡としていると、始めは感じた。でも、そうして描かれた数々のエピソードがモザイクとなり繋がって、町の姿を蘇らせていく様に胸をうたれた。もうどこにもいない人々、どこにも残らぬ場所…と思えば、息を吹き返された彼らの人生の悲哀も諦念も、死も、別れも、少年の憧れも、全てがほろほろと沁みるように懐かしい
読了日:08月31日 著者:フリオ・リャマサーレス
ドナウ ある川の伝記ドナウ ある川の伝記
素晴らしい読み応え。水源から大いなる海に注ぐ川の終焉までを、寄り道を交えながら丹念にたどる、まるで小説のように味わい深く些か風変わりな紀行文だった。二つの町のドナウ源流をめぐる本家争いの章に始まり、訪れる町々の歴史をひもとき検証する。セリーヌやゲーテ、カフカ、ニーベルンクの歌、シュティフター、カネッティ…と、各々の場所に縁の文学や作家たちについて語る。と、その内容がとても心に響いて、自分がなぜ東欧の文学に魅かれるのか…という問いの答えを指し示すような文章に幾度も出会え、はっとした。またいずれ辿り直したい。
読了日:08月29日 著者:クラウディオ・マグリス
青い脂青い脂
二の句が継げなくなる場面や展開の目白押しだったが、大変に楽しんだ。ふ…。クローン作家たちのグロテスクな設定から、それらが生み出すいささか不気味に過ぎる各々のパロディ作品までの件が、私にはとても面白かった。まさにここは真骨頂なのだろうな…と思いつつ嗤い堪能した。何というか、弛んだままに蔓延る通念の悉くを裏返して見せること、破壊してしまうこと…に満ち満ちた作品ではある。しかし、どうしてここまで突き抜けてしまうの(溜息)。
読了日:08月28日 著者:ウラジーミル・ソローキン
水晶 他三篇―石さまざま (岩波文庫)水晶 他三篇―石さまざま (岩波文庫)
素晴らしかった。ちいさなものたちへ注ぐ静かな眼差しと、その中にある揺るぎない畏敬の念が伝わってきて、ふるりと心ふるえた。「水晶」は、とにかく全てが美しい…。「石灰石」の、世事にうとく、ひたすら慎ましい生活を送り続けた牧師のことが、愛おしくてならない。
読了日:08月24日 著者:シュティフター
とどめの一撃 (岩波文庫)とどめの一撃 (岩波文庫)
撃ち抜かれ言葉もなかった。カタルシスも得られぬ凄まじい悲劇だが、だからこそ人の真理の一面を衝いているのだ…と説得力があり、思わず唸る。それにしても最後の一文、一瞬殺気を覚えるほどのエリックの憎らしさと言ったらどうだ…。主人公エリックが反ボルシェヴィキ闘争を回想し、気なしな仲間たちに語ったのがこの物語である。エリックを心底軽蔑しながら虚しく愛し、身をまかせようとした娘ソフィーとの相剋。その弟コンラートへの強い愛着。懺悔でもなく嘘もない代わりに、あえて語り及ばなかった部分があるのだろう…と読後の思いは尽きない
読了日:08月22日 著者:ユルスナール
ブラウン神父の知恵 (創元推理文庫 (110-2))ブラウン神父の知恵 (創元推理文庫 (110-2))
とりわけ好きだったのは「ジョン・ブルノワの珍犯罪」。あとは「通路の人影」と「機械のあやまち」「紫の鬘」がよかった。
読了日:08月21日 著者:G.K.チェスタトン
カスティリオーネの庭 (講談社文庫)カスティリオーネの庭 (講談社文庫)
とても魅了された。布教も儘ならぬまま、乾隆帝に宮廷画家として仕え続けた宣教師カスティリオーネの、数奇でもの哀しい物語。彼が制作を命じられたのは様々な趣向の絵画に留まらず、噴水を西洋楼を、ひいては西洋庭園の設計を手がけることとなる。だが、切れっ端の如き場所に本来の庭園が実現するべくもなく、帝の偏った意向に沿う壮大な紛い物でしかない…。不可解で残酷な神のように君臨する、乾隆帝の造形が素晴らしい。西洋を憎むと同時に、カスティリオーネたちの俊才を愛でた。その遥かな消失点を見据える眼差しは、あまりにもはかり知れない
読了日:08月18日 著者:中野 美代子
ブリギッタ・森の泉 他1篇 (岩波文庫)ブリギッタ・森の泉 他1篇 (岩波文庫)
とてもよかった。あまりにも清らか過ぎる…とまでも思ったのに、心の弦を優しくかき鳴らされて、その音色だけでもう満たされてしまった。ありふれた白さになど気持ちは露も動かない。どこまでも気高く、ただ真実の愛のみを望み坦々と生きる人たちの姿が、美しくも峻烈な自然の中でここまで突き詰めて描かれている…ということに、感歎した。そして、世俗の汚れたもの一切を斥ける作風に、少し胸が疼く。至純なものだけを希求してやまなかった、そんな詩人の魂について、思いを馳せずにはいられない。貴くて儚くて稀な、宝物のような魂…。訳文も素敵
読了日:08月16日 著者:シュティフター
オウィディウス 変身物語〈下〉 (岩波文庫)オウィディウス 変身物語〈下〉 (岩波文庫)
変身というテーマにこだわりつつ、トロイア戦争からローマ建国にまで話が繋がっていく様に圧倒された。とりあえずは、大変に満足(しかし覚えきれない…)。下巻に入っているのは、オルフェウスの死、ミダス王の出てくるエピソード(驢馬の耳)、ウェヌスとアドニス、ピュグマリオン、アキレウスの死、などなどなど。あの話がここに!という愉しさも。
読了日:08月15日 著者:オウィディウス
瞳孔の中 クルジジャノフスキイ作品集瞳孔の中 クルジジャノフスキイ作品集
おおお面白かった。あり得ないイメージめくるめくシュールな展開、なんてまあ変梃りんなことよ…と。テーマ捕りと知り合った語り手が、自分を登場人物に…と申し出る「しおり」。表題作は恋愛における男女の心理を、風変わりな方法で描く。文字通り、瞳孔の中へと入っていく。着想と言いそれを文章化する技と言い、驚嘆した。アンチ・ユートピアの「支線」は、悪夢の重工業が栄える街に迷い込んだ男の話。「噛めない肘」は、人生の目的が“自分の肘を噛むこと”である男をめぐる一騒動(国家まで絡んでくる!)のグロテスクな話。嗤えて好きだったわ
読了日:08月14日 著者:シギズムンド・クルジジャノフスキイ
かめくん (河出文庫)かめくん (河出文庫)
じんわりと、とてもよかった。色んなことを考えている、かめくん。いじらしくて、勘所をくいっと掴まれた。
読了日:08月11日 著者:北野 勇作
無分別 (エクス・リブリス)無分別 (エクス・リブリス)
しばし言葉を失う。“ものを語る”ということの力と、その恐ろしさをまざと突きつけられた。何となればこの語り手は、自国の内戦を発端とするジェノサイドから生き逃れた人々が、淡々とありのままの事実を述べる言葉たちにぐるぐる巻きにされ、徐々に精神の平衡を失っていくのだから…。想像を絶して凄惨な内容の報告書を修正するのが、彼に与えられた仕事だ。冒頭で“おれの精神は正常でない”という文章に激しく揺すぶられた彼は…。妄想にとり憑かれつつ、軽薄な色恋沙汰に右往左往する姿に笑えるのが救いで、決して重いだけの読み心地ではない。
読了日:08月09日 著者:オラシオ・カステジャーノス・モヤ
ケルトの薄明 (ちくま文庫)ケルトの薄明 (ちくま文庫)
“もし美が、生れた時にわれわれを捕らえた網から逃れる出口でないとすれば、それはもう美ではないだろう。”(116頁) 初イエイツ。ケルトの哀しみの声、ケルトの憧れ。妖精の存在を信じるだけでなく、その姿を目にしたり、言葉を交わした人々の話が集められている。本当に独特で不思議な想像力だなぁ…と感じ入った。風土ありきなのだろうけれど、そう考えてもやはり不思議だ。私も神秘の森に迷い込んでみたいような、怖いような…。ぞくっと魅かれる眺め。
読了日:08月08日 著者:ウィリアム・バトラー イエイツ
うたう百物語 Strange Short Songs (幽ブックス)うたう百物語 Strange Short Songs (幽ブックス)
素晴らしい。溜め息を吐き尽した胸が軋む。怖い…と思う心の隙間を懐かしさが浸し、おぞましい…と立ちすくむ傍から愛おしさがこみ上げる。そんな百の掌篇と短歌百首。始めは掌篇に気を取られてうとり浮遊していたが、だんだん短歌の底知れなさに引き寄せられ、響き合いに感歎した。選り抜きの短歌にふれられる嬉しさも。生者と死者とあやかしとが互いを呼び合う姿は淋しげで、そんなところも好きだ。一つ一つはとても短く、伸ばした指先からするりすり抜けなかなか捕まえさせてはくれないけれど、尻尾が掠めて逆剥けた。いつまでもひりつけばよい。
読了日:08月07日 著者:佐藤弓生
オウィディウス 変身物語〈上〉 (岩波文庫)オウィディウス 変身物語〈上〉 (岩波文庫)
個々には見知っている変身譚や悲恋物語のあれこれが、数珠繋がりになっているのが殊のほか面白楽しい! 例えば、話の要の部分は知っていても、その前後に連なる因果について知らずにいたり、どこかで読んだはずなのにすぽっと忘れていたりするものだなぁ…と思った(また覚えきれないけれど)。そして数珠繋がりとは言え話が移る時にその話者も替わったり、そこにまた誰かが余興に語った話…という入れ子のエピソードもあったりで、時系列にも変化がある。カルヴィーノの『なぜ古典を読むのか』からの流れなので、なるほどおおお…と頷くことが多い
読了日:08月06日 著者:オウィディウス
黒死荘の殺人 (創元推理文庫)黒死荘の殺人 (創元推理文庫)
ふふふ、面白かった。ヘンリ・メリヴェール卿が好きですわん。
読了日:08月04日 著者:カーター・ディクスン
ウォルター・スコット邸訪問記 (岩波文庫)ウォルター・スコット邸訪問記 (岩波文庫)
本人にとっての至福の日々を回想する文章は、幸せな気持ちが伝わってくるほどに、少しだけ胸がきゅんとする。スコットへ寄せる思慕の深さ、薄れていってしまう記憶への愛惜…。まず最初の章で、著者がスコット邸の前で馬車を止めて紹介状と名刺を届けさせると、すぐに屋敷の主人スコットが姿を現し、一旦去ろうとする著者を強引に朝食に誘いつつ邸内に招き入れ、しばし会話を交わすうちに数日間の滞在が決まってしまった…という展開。何なのこの時間の使い方の素敵に気儘な贅沢さ…と、惚れ惚れした次第。スコットの人柄がしみじみといい。
読了日:08月02日 著者:W. アーヴィング
湖の麗人 (岩波文庫)湖の麗人 (岩波文庫)
とても素晴らしかった。陶然たる余韻。あくがれる魂が遥かな時を超え、古の蘇格蘭まで彷徨っていく心地は格別だった。心昂るがままに言葉が湧き出でた即興歌の豊かな詩情を味わいつつ、竪琴の旋律をうとり…想像しながら隅々まで堪能した。歌を愛する人々の物語。角笛の響く湖上、銀の波間に落ちる月、ヒースが靡くもの寂しい山腹、エニシダの叢、岩また岩の荒野原…という、峨々たる稜線に囲まれた風土の、峻烈な美しさも忘れがたい。血腥い戦や男たちの争いを描く昏い色調の中、“湖の麗人”エレンの花のような可憐さが白く際立っていて感嘆した。
読了日:08月01日 著者:スコット

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コメント
 
 
 
ご無沙汰いたしております。 (きし)
2012-09-09 00:47:39
さすが、りなっこさんという感じの充実ぶりです。
並ぶと、ひとつひとつ見るのとは違う迫力がありますね。
コメント、久しぶり過ぎて照れくさいです…。
 
 
 
Unknown (りなっこ)
2012-09-19 11:33:56
きしさん、お久しぶりです~。
こちらこそ、ご無沙汰しております…。
すっかりお返事も遅くなっていまいまして、きゃっ…。
並ぶと迫力ですか(笑)。
そう言われてみるとそうかも。
この読書メーター、結構使いやすいのですよ^^
 
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