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HARRY’S ROCK AND ROLL VILLAGE

お気に入り音楽の紹介と戯言

遠藤賢司 / 雨あがりのビル街(僕は待ちすぎてとても疲れてしまった)

2006-06-09 22:52:34 | THIS SONG
いよいよ、ワールド・カップ。日本代表を応援するのはもちろんだが
日本以外の対戦カードもチェックせねばならない。
日韓ワールド・カップからもう4年経つのか・・・。
2回も転勤させられたんだなあ。(笑)
エンケンにはサッカー日本代表を応援する曲がある。
というわけで半ば強引に結びつけたが、今回の選曲はエンケンである。

遠藤賢司にはおよそ駄作というものはない。突き抜け方が凄いだけに
「ああ、平均点だな」と思う曲やアルバムもあるが、エンケンの平均点は
その設定値が高いのだ。エンケンという枠で60点くらいかなぁと思うものは
日本のフォークやロックという枠に放り込むと軽く80点以上はクリアしている。

普段、「裸の大宇宙」や「東京ワッショイ」を聴くとむやみに燃えてくるのだが
実のところ「またいつか会いましょう」とか「外は雨だよ」とかの
ちょっと地味目の曲に執着していたりする。
選んだのは「雨あがりのビル街」。70年発表のエンケンのデビュー作である
「NIYAGO」に収録されている。大瀧詠一を除くはっぴいえんどの
秀逸な演奏がアルバムの中でも抜きん出ている曲だ。
歌詞の中に「ビル街」は出てこないが、なんとなく歌詞の風景が私の頭の中に
浮かんでくる。

例えば・・・。
都庁近辺でも新大阪駅近辺でもいいのだが、日曜日の夕方。
普段は人の行き来が多いのだが休日で閑散としている通り。
それでも人の往来はある。
女の子と待ち合わせをしているのだが、どうも来そうにない。
夕立にもふられ、2時間ほどぼんやり。気がつくと日が暮れていく。
孤独感と虚無感を抱えて、もたれていたビルの壁から離れる・・・。

もちろん歌詞の中では「誰を」「何のために」待っているとは明言していない。
あくまで、私が頭の中に描いた風景の1断片である。
私はいつも何かを待っている。誰かを待っているのかもしれない。
急激な変革や日常の変化を全く望んでいないのに、それでも何かを待っている。
できれば待たせる側になりたいのだが、いつも待つ側である。
何を待っているかわからないので、何が来たのかもわからない。
日常はかくもやるせない。
ずっとそれは変わらないだろう・・・。

雨あがりのビル街《僕は待ちすぎてとても疲れてしまった》
(作詞・作曲 遠藤賢司)

水溜りの中で 大きくゆれた街
しびれを切らした人々は
ゆっくりと歩き始めた
しびれを切らした自動車は
急ブレーキを踏む

僕は人を待ってたんだ もうずっと前から
僕は人を待ってたんだ もうずっと前から

ちっちゃな ちっちゃな女の子が
ちっちゃな ちっちゃな足音を立てていった
それはほんとに ちっちゃな足音だったけど
僕にはとても大きくひびいたんだ
だからもう帰ろうと思った

僕は人を待ってたんだ もうずっと前から
僕は人を待ってたんだ もうずっと前から
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ザ・グルーヴァーズ / 魔法のサムシング

2006-06-08 21:42:50 | THIS SONG
この一瞬に光るために すべての闇に悶えてきた(閃光)

トリオになってからのグルーヴァーズはいつだって私をドキドキさせる
日本最高のロック・バンドであることに今も変わりは無い。
94年のシングル「ウェイティング・マン」のプロモと曲の両方の格好よさには
当然のように打ちのめされた。
前作から1年のインターバルを置いて発表された2NDアルバム(あえて2枚目という)
「モノクローム・カメレオン」も期待通りの出来であった。
3番目に選んだのは、そのアルバム収録曲である「魔法のサムシング」。
私にも幾ばくかの「憧れ」や「望み」はあるにはあるがこれが「真実」であり、
「現実」なのだ。

魔法のサムシング (作詞・作曲 藤井一彦)

あてにするな 身を任せるな
簡単に舵を取らせるな

期待するな 憧れすぎるな
簡単に足元を見られるな

導かれはしない 救われもしない
天の声などない 神は風など吹かせてはくれない

魔法のサムシング そんなものはない
魔法のサムシング どこを探してもない
おまえを今すぐさらいたい 確かなものはそれしかないのさ

お茶を濁すな 身を預けるな
簡単にポジションを空け渡すな

だまされるな 唆されるな
簡単に挙げ足をとられるな

導かれはしない 救われもしない
死なせてはくれない そんな程度のピンチでは

魔法のサムシング そんなものはない
魔法のサムシング どこを探してもない
おまえに今すぐ触りたい 確かなものはそれしかないのさ

導かれはしない 救われもしない
天の声などない 神は風など吹かせてはくれない

魔法のサムシング そんなものはない
魔法のサムシング どこを探してもない
魔法のサムシング そんなものはない
魔法のサムシング どこを探してもない

おまえを今すぐさらいたい 確かなものはそれしかないのさ

「あなたの近所のなんとか」で「素敵なサムシング」が本当に手に入るなんて
思ってないだろう?
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泉谷しげる / 翼なき野郎ども

2006-06-06 22:54:59 | THIS SONG
続けていきましょう。
泉谷しげる・・・生きることばの速さがいいぜ。(流れゆく君へ)

78年にアサイラムから発売された泉谷しげるの「’80のバラッド」は
私にとっては画期的なアルバムである。
歌詞中に「俺」とか「おまえ」「君」といった表現とは別に特定の
名前を歌いこむ際、照れ隠しか単に格好いいと思うからか、
明らかに日本人の名前でない場合が多い。
日本人の名前を歌いこんだものもあるが、大抵の場合やっぱり格好よく
なかったりする。「’80のバラッド」はそんな私的思い込みを
軽くクリアしている。

このアルバムでは「エイジ」「レイコ」といった固有名詞が登場するが
別段気取った名前を選んだわけでもないのに、妙にすんなり違和感なく聴けるのだ。
これはもちろん、曲やアレンジ、歌詞などアルバムをとりまく全てが
うまく機能しているが故のことではあると思うが、こういう例は少ないと思う。
歌詞中の名前の表記がカタカナ表記なのが匿名性と普遍性を感じさせるのもいい。
アルバムの中で「エイジ」と「レイコ」がどう絡んで行くのか明白では
ないのだが、日常をやりすごす生活者の孤独や苛立ち、希望といったものが
浮き彫りにされ、「これぞコンセプト・アルバム」と言いたい。
お気に入りの1曲はアルバム冒頭の「翼なき野郎ども」。

翼なき野郎ども (作詞・作曲 泉谷しげる)

火力の雨降る街角
なぞの砂嵐にまかれて 足とられ
ヤクザいらつく 午後の地獄
ふざけた街にこそ家族が居る

こんな街じゃ俺のあそび場なんか
とっくに消えてしまったぜ
なのに風にならない都市よ
なぜ俺に力をくれる
ああいらつくぜ感じるぜ
とびきりの女に会いにいこう

ふざけたこの街で 何をしよう
働いて食って ねるだけの窓
土曜の夜は 女といなくちゃ淋しいぜ
ヤニだらけの俺のピンボール

こんな街だから 何をしなくてもいらつく
風にならない都市よ
なぜ俺に力をくれる
ああいらつくぜ感じるぜ
とびきりの女に会いにいこう

地鳴りする都市よ なぜ俺に力をくれる
風にならない都市よ なぜ俺に力をくれる

ああ感じるぜ燃えてくるぜ
とびきりの女に会いにいこう


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甲斐バンド / シネマ・クラブ

2006-06-05 23:43:43 | THIS SONG
Xさん(ああ、もっといい名前にすればよかったね。ジョニーとか
エースとか・・・すみませんいいのが浮かびません)から今度は
「10曲」で飲もうとお達し(?)が出たのですが、これは
アルバム選ぶより拷問ですよ。
プライバシー丸出しもしくは、「なんや、ハリーの野郎、だせえ。」と言われるのを
覚悟での選択になるのは明白なので。
「ロック馬鹿一代」を返上する覚悟で選びましょう。

日本のフォーク・ロックなので、もちろん曲やアレンジ以上に歌詞が
重要になってくるのはいうまでもない。なんせ、私は日本語が
ネイティブなもんで。(アホ)
洋楽なら曲や各種楽器の格好よさが最初の決め手になるのですが、
今回は歌詞が聞き取れるだけにそれが最も重要かも。

まず選んだのは甲斐バンドのアルバム「誘惑」(掲載写真)収録の
「シネマ・クラブ」。このアルバムはB面が秀逸で捨て曲なし。
「嵐の季節」、「二色の灯」(これはまあ、LOVE IN VAINなんだけど)と
名曲ぞろいだし、私がバランタインを愛飲するきっかけになった曲もある。

シネマ・クラブ(作詞・作曲 甲斐よしひろ)

もうおしまいさ すべては手おくれ
何もかもが 狂っちまった今
思い出すのは 思い出すのは
雨さえ凍てつき 氷ってたあの夜

おいらの言葉は いい訳で終わり
君のそぶりは ひどい仕打ちで終る
お茶は飲みほされ 酒はつきて
白いテーブルに 黒い時間が残る

君はいつまでも 銀幕のヒロイン
ラストシーンは 美しく
思い出には足跡さえ 残さずに

もう駄目さ 誰が悪いのか
俺を苦しめた お前を憎めず
ふたつの針に 身体しばられ
終幕に向って 時間は進む

俺は悲しみを 皿にのせる
君は別れを グラスにそそぐ
子供のように はしゃいだ声で
そしてあの扉を もう出ていくんだろう
 
君はいつまでも 銀幕のヒロイン
ラストシーンは 悲しく
舗道に影だけを 舗道に影だけを 落としては

「3つ数えろ」「港からやってきた女」と競り合っての選曲。

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THE SMITHS / THIS CHARMING MAN

2006-05-25 21:07:23 | THIS SONG
ザ・ザの2枚のアルバムでマット・ジョンスンをサポートしたのが、元スミスの
ジョニー・マーなのだが、その当時のメンバーのイラストをジャケットに
した「BEAT'N GENERATION」は曲もジャケも格好いいものだった。

ザ・ザとは正反対?にザ・スミスのシングルやアルバムのジャケットは
購買意欲を掻き立てるものが多かった。
ロキシー・ミュージックはカバーに女優(中には怪しいのもいたが)を
登場させたが、スミスは映画のスティールを使った。
中でも印象的なのが「THIS CHARMING MAN」だ。

コクトーの映画「オルフェ」の1シーンだが、なんとも不思議な写真の
魅力的な構図、それに「THIS CHARMING MAN」というタイトルが
ピッタリ合っているような気がする。
86年にシンディー・ローパーがアルバム「TRUE COLORS」で自身が
同じようなポーズでジャケットに収まったこともあってか
この映画のスティールは忘れられない。

スミス2枚目のシングル。83年の発表だが、私が彼らの音に触れたのは
1年ほど遅れてのことだ。1STアルバムは発表されていたが、評判の割に
地味に思えたことを覚えている。この曲を聴いてやっとスミスの曲の
良さがわかったくらい無理解を決めこんでいた。
アルバムを聴くことは滅多にないが今でもこのシングルはよく聴く。

モータウン風にはねるリズム、煌びやかなリッケンバッカー、頼りなげな
ボイスのどれもがうまく機能し、素晴らしいシングルとなったが、
ご存知のようにこの曲には様々なバージョンがある。
マンチェスター、ロンドンと録音場所を但し書きにつけたものや、
ニューヨーク・ミックス、更にシングルのリミックス等々。
それらはあくまで副産物のようなものであって、オリジナルの完成度が
一番高いと思うし、そのバージョンだけで十分だとも思う。

歌詞は何度見てもその正確に意図するところが汲み取れないままだが
それが私にとっては、却ってイメージを膨らませることができて
楽しいものである。この曲のプロモ・ビデオって2種あったように
思うのだが、間違っているかもしれない。
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THE THE / I SAW THE LIGHT

2006-05-24 22:14:19 | THIS SONG
ワールド・カップ日本代表が決定し、そこかしこで代表の映像や写真を
見る機会が多くなる。サッカーに特に興味のない相方も、それでも男前は
気になるようだ。
で、相方の選ぶ男前ベスト3。
1位 楢崎 残念ながら今回は控えですな。まあ順当か。
2位 高原 ん?。楢崎の次が高原かい?。
3位 宮本 巷では人気NO.1ともいうが、高原より下かよ。
次点は久保だとのたまうので、 久保は代表落ちだというと、
「巻?WHO?」と返したので、なんやよう知っとるやないか、このランクも
冗談かと問うと、「いや、4位小野、5位玉田」と返すではないか。
野球じゃないけど、これではジグザグ打線である。このぶんだと6位は坪井
だな、きっと。阿呆らしいので聞かなかったけど。

ただ、高原の2位はまじとのこと。高原ねぇ・・・と考えていたら
マット・ジョンスンの顔が浮かんできたので、今回はザ・ザである。
ジャケットのセンスには閉口したがザ・ザは80年代から、世の中の闇に
対峙するようなリアルなロックを演奏してきた。
だが、唐突なように見えたが驚きのカバー集を94年に発表する。
アルバム「HANKY PANKY」である。全編ハンク・ウィリアムスのカバーが
収録されたこのアルバムは私的には、驚きであるとともに感動であった。

ハンク・ウィリアムスのアルバムは手元には1枚もない。有名な数曲を
知っている程度だ。それもニッティ・グリッティ・ダート・バンドの
「永遠の絆」を経由して・・・である。カントリーへの憧憬と尊厳を持って
作成された「永遠の絆」はその括りで見れば、大きな成果を残している。
逆にいえば、それほどの驚きはなかった。(後追いの私が言うのも何だが。)
ここで聞けた「I SAW THE LIGHT」もハンクのバージョンを丁寧になぞった
感じがする。

ザ・ザのカバーはカントリーの、いやハンクの曲や歌詞にあるダークな
側面を強調し、現代風で都会的なブルーズを塗し、冷たいナイフを耳に
押し当てるような感触を聴く者の耳に残した。
マット・ジョンスンは「いい歌は歌い継がれなければならない」と考え
「拡大解釈はしたが、作品の核心にある感情には忠実である」よう、11曲を
選び録音した。

なかでも「I SAW THE LIGHT」の出来は秀逸だ。オリジナルにあった
曲調は全く変貌を遂げ、ザ・ザのオリジナルの曲として提出が可能なほどの
アレンジを加えたそれは、94年の他のどの曲よりもリアルだった。
失い続ける人生、彷徨い続ける人生、間違いだらけの人生。
光を見つけ、悟りを得る境地にいたるのはいつか、またそこに到達したと
気がつくのはいつなのか、いつ到達するのか。
鋭利なギター・サウンドとハーモニカの間をぬって聞こえてくる
マット・ジョンスンの歌唱に聞きほれながら、何度もリピートしてしまう。

トータス松本のようなストレートな愛情ほとばしるカバー集とは趣向が
違うが、どちらもオリジナルへの敬意のほどがよく感じられるのは同じだ。
流動的ではあるが、94年時点のザ・ザのメンバーの演奏能力の高さが、
このカバー集を秀逸なものにしたのは間違いない。
ハンク・ウィリアムスに興味がなくても、この素晴らしいアルバムを
スルーする理由は全く見当たらない。
ピート・シーガーのカバー集を手にした人の中の、一握りの心あるロック者に
このカバー集が耳に届けばいいなと思うのだ・・・。


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FAR EAST MAN

2006-05-06 09:06:11 | THIS SONG
掲載写真は右がロン・ウッドの「I'VE GOT MY OWN ALBUM TO DO」、
左はジョージ・ハリスンの「DARK HORSE」。
私の大好きなこの2枚のアルバムは共通点が多い。

まずは共に1974年発表であること。発売もほぼ同時期だ。
プロデュースは自身が行っていること。
ロンとジョージの二人でつくったミディアム・テンポの傑作「FAR EAST MAN」が
収録されていること。
基本になるリズム隊はウィリー・ウイークスとアンディ・ニューマークであること。
両者ともボブ・ディランとの交流があり、時にボーカルの節回しが
ディランの影響下にあるのが面白い。

フェイセス崩壊後初のソロ・アルバムを作成し、明るい未来を見据えたかのような
陽気なロニー。この時点ではストーンズに加入するとは思ってもなかったろう。
いや、ミック・テイラーの不穏な動きをミックとキースから聞いていたか?。
74年末から始まるストーンズの「ブラック&ブルー」セッションに
ミック・テイラーは本来なら参加するはずだったのだから、この時点では
そんなことは関係なく楽しいレコーディングだったというのが正解だと思う。

一方ジョージのほうは自身のレーベルをつくるも自らは「アップル」との
契約が残っているという状態。おまけに私生活は破綻し、ツアー・リハーサルと
レコーディングが重なって声はボロボロ(これがディランっぽい一因か)という
ありさま。好対照な2人だが、共通項の多いアルバムを同時期に出したというのは
偶然だろうが、なんともいえないロックの歴史と浪漫と必然を感じる。

それにしても初めて「FAR EAST MAN」を聴いて以来、その不思議に切ない
フレーズの魅力にとりつかれ、今も聴くたびにグッとくる。
20年以上の間、聴く者に魔法をかけ続けられる曲というだけでも素晴らしいのに
作者二人が同時期に録音したそれぞれのバージョンを楽しめるという
偶然にいくら感謝してもし足りないのだ。
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BAD COMPANY / CAN'T GET ENOUGH

2006-05-05 14:03:18 | THIS SONG
久しぶりにバッド・カンパニーを聴きたくなり、シングルを
ひっぱりだしてきた。
思い起こせばこれもスーパー・バンドだったのだ。
元フリー、元キング・クリムズン、元モット・ザ・フープル。
おお、素晴らしい。(笑)

74年という時代とメンバーの嗜好もあってか、フリーの時代ほど
ブルーズよりではなく、良く言えばおおらかなバンド・サウンドが楽しめる。
フリーの時はベーシストのアンディ・フレイザーの手数の多いスタイルと
いまいちあわないと個人的に思っていたサイモン・カークのプレイも
ここではバッチリだ。
もちろん、私の中で1,2位を争うフェイバリット・ボーカリストである
ポール・ロジャースの歌唱は瑞々しく最高だ。
曲の後半でのギター・ソロが2本のギターで奏でられるのだが、
TV出演したときの映像を見ると、ミック・ラルフスとポールが
丁寧にソロを弾いているのがよくわかる。
フリー解散直前に来日した時のギターのパートはポールが一人で
まかなっていたのだが、ギター・プレイも素晴らしい。
とはいっても、ポールのマイク・スタンドさばきも格好いいから
ギターはあまり持ってほしくなかったりして。

歌詞じたいは他愛のないものだ。このわかりやすい欲望丸出しの
求愛の歌は、日本語で歌うとちょっと照れるが、ヒット曲というものは
わかりやすいもので、私はこのわかりやすさを全面的に支持する。
肝心のサウンドも素晴らしい。楽器の音と、スタジオの空気をざっくり
収録した抜けのいい音は爽快である。

またまた私が学生時代のバンドの話であるが・・・。
例えばバンドで遊ぶとき、適当に誰かが弾きだした音にあわせることが
できなければ曲は始まらない。特にレパートリーに選ぶと決めたわけでなくても
ギタリストがイントロを弾き、それにベーシストやドラマーがあわせて
1曲完奏すると「これ、やろか」ということになってレパートリーにしたものだ。
ちなみに「コミュニケーション・ブレイクダウン」はそんな感じで
レパートリーになった。

もちろんドラムスから始まる曲もある。例えばレッド・ツェッペリンだと
「ロック・アンド・ロール」。バッド・カンパニーのこの曲もカウントの後は
重厚なドラムスのキックとスネアが続く。
私のカウント、ドラムスのフレーズに即座にギタリストは反応したが
他のパートがついてこなかったし、何しろ歌い手は呆けていた。(笑)
最も1984年にバッド・カンパニーのコピーを試みることは
ちっとも格好いいことではなかったのだろうけど。

我が家ではポール・ロジャースさんはとてもいい人ということに
なっている。自分で金看板を背負えるのに、ジミーペイジさんやクイーンの
更正・集金・再結成(名目はなんでもいい)の手伝いに手を貸してあげるのだから。
今年こそ、自身のアルバムを出してもらいたいものだ。
久しぶりに「カット・ルース」でも聴くかな。
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BROWN SUGAR

2006-04-04 21:46:00 | THIS SONG
かなり前の話だが「ブラウン・シュガー」という名前のシリアル食品が
発売された。意識したかどうかは知らないが、その商品のロゴはストーンズの
日本盤シングル「ブラウン・シュガー」の最初のジャケットに使われた文字と
酷似していて嬉しかったものだ。(日本盤7インチは3種のジャケがある)
食べたことはないのだけど。「ブラウン・シュガー」が精製前のヘロインを
指すスラングであることはよく知られるところだが、
黒人女性との性的ニュアンスをも含んでいるはずだ。
どちらも意味深であり、体験の仕方によっては美味しいものなんだろう。

ストーンズで好きな曲を10曲あげろといわれれば、私は必ず入れる曲でもある。
キース・リチャーズの5弦ギター奏法が完成の域に達し、ドラムスがタムで
リズムをキープするというのはストーンズ史上画期的だったと思う。
今でもストーンズはこの手の曲をつくるが、どれも楽しいものだ。
間奏のソロをギターではなくサックスがとるのもいい感じだし
隠し味のアコギやマラカスも気分を高揚させる。
ベスト盤「HOT ROCKS」の初回プレスに誤って初期のミックスのものが
収録されたが、それと完成盤を聞き比べると、正規に世に出たバージョンが
いかに素晴らしいかがわかる。

今回掲載した写真はボブ・ディランのブートレグである。
先日、クラッシュの「ロンドン・コーリング」を演奏したブートレグが話題に
なったが、2002年のツアーではディランは「ブラウン・シュガー」を
演奏している。しかもさわりをチョロットではなく、フル・バージョンである。
ストーンズが先立って「ライク・ア・ローリング・ストーン」をカバーした
返礼でもないだろうが、これが面白い。
バンドはほぼストーンズ・バージョンに忠実に演奏するが、なにしろ歌うのは
自分の曲でも大幅にライブでは節回しを変えるディラン先生である。
湯船につかって唸ってもこうは気持ちよくヨレることはあるまい、というくらい
いい感じで歌ってくれる。

”I BET YOUR MAMA WAS A TENT SHOW QUEEN"のところからバンドの
メンバーとのダブル・ボーカルになるが、このボーカルが大味である。
そうなってくると、キースさんの適当なように見える歌唱に大いなる
歌心を再確認できるから不思議だ。いや、私はもともとキースさんの歌は
大好きなんですが。終盤お約束の「YEAH,YEAH,YEAH,HOO!」という箇所は
バックのメンバーは歌うもののディランはこの部分は歌っていない。
恥ずかしがらずにやってくれたらよかったのに。(笑)

今回のストーンズのツアーではキースは72年のテレキャスター・カスタムを
使用した。78年や81年のツアーでの使用が印象に残っているが、久々の復活では
ないだろうか。スペインでのイベント、「ギター・レジェンド」
でディランとキースが競演した時に、ディランはテレキャス・カスタムを
弾いていたが、あれはキースが貸してあげたものなのだろうか。
そういえば、ディランは以前キースの前で「俺はブラウン・シュガーを
知ってるよ」といってさわりを弾いたことがあるという。

キース曰く。「で、ディランが弾いてくれたのは”ビッチ”だった。」
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THE CARS / JUST WHAT I NEEDED

2006-02-21 22:25:17 | THIS SONG
「CAR」は当たり前だが漢字で書けば、「車」である。
こういった名詞をバンド名にするセンスというのが、個人的には
理解に苦しむのだが、「日常生活に欠かせない」「ないと困るだろう」
というふうに迫られると、なるほど意味が見えてくるような気がする。
最も、車の必要ない生活というのは存在するし、そのほうがいいとも
思う。

カーズを最初に知ったのは、FM雑誌にレコーディング風景が
取り上げられていたのを読んだことによる。音でなく文字から入ったわけである。
このダサい名前のバンドは、メンバーが個人個人で別のスタジオに入り
モニターを見ながらレコーディングしていたのである。
バンドというものは、スタジオに集まって「せーの」で音を出すものだと
決め付けていたので、これは驚きであった。
たぶん「キャンディー・Oに捧ぐ」のレコーディングだったと思うのだが
記憶は遠い。

興味を持ったもののなかなか購入に至らなかったのはジャケットのせい
かもしれない。女性を扱ったものにしては、ロキシー・ミュージックほど
インパクトはないし、メンバーの写真を見ても絵的にパッとしないし。
それでも17歳のある日、私は二択を迫られていた。というかレコ屋で
2枚のLPを前にどちらを購入するか悩んでいただけなのだけど。
以前、コステロとスペシャルズのどちらを購入するか悩んだ話を
書いたことがある。今回のカーズの相手は・・・クリーム(笑)だった。

「シェイク・イット・アップ」と「サンシャイン・ラブ」の対決といっても
良かろう。(バカ)。その日は夏休みの真っ最中、なんとも暑い日であった。
私が2枚のレコードを並べて悩むのは、なじみのレコ屋の奥さんにしてみれば
いつものことだから、どれだけの時間店にいても急かされることはないのだが、
それでもその日は、一段と長考していた。
財布の中には2500円しかない。カーズは2500円、クリームは2000円。
どちらも買えるのだが、カーズを買うと帰りにコーラも煙草も(コラ!)も
買えないではないか・・・。

で、どっちを買ったか。
私は両方を入手して家に帰った。全く愚かなことにあと2000円分の
レコードを買えばポイント・カードが貯まって2500円分のレコードが
もらえることに30分も気がつかなかったのである。
レジで金を払う時の奥さんに笑われたのが、少々気恥ずかしかったことを
今でもよく覚えている。

正直言って、カーズのアルバムを通して聴いて満足したことは未だに無い。
クイーンもそうなのだが、これは、私とロイ・トーマス・ベイカーの
相性が悪いのか?。いや、それは冗談としてカーズはアルバムの中から
的確にシングルを切っていた、これが紛れも無い事実と言うことなのだろう。
そんなカーズの曲の中で一番好きなのが1ST収録の「JUST WHAT I NEEDED」。
「燃える欲望」という邦題が付いている。
掲載写真は「燃える欲望」収録の1STのデラックス・エディションで
99年に発売された。(オリジナルの1STは78年発売)
1ST収録全9曲に、そのうちの8曲のデモや未発表曲などが収録された
2枚組。余り話題にならなかったせいか、続編はいまのところない。
オリジナルとデモで、曲構造にそれほど差異はないが、アルバムとして
世に出たバージョンの、スカスカなんだけどゴージャス感のある
音は素晴らしく、ここはロイ・トーマス・ベイカーのセンスに脱帽である。

欲しいものは山ほどある。
死ぬまでに1曲でも多く、格好いい曲を聴いておきたい。
そんな「燃える欲望」に突き動かされ、今日もレコードを買うのである。

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FLEETWOOD MAC / RHIANNON

2006-02-14 19:27:16 | THIS SONG
ベーシストとドラマーの名前をとってつけられたバンド名を持つ
「フリートウッド・マック」。時にしなやかに時に豪気なリズムを
叩きだす素晴らしいコンビである。
だが、たいていはこの二人以外のメンバーを中心に語られることが大半だ。
ある人はピーター・グリーンにジェレミー・スペンサー、更にダニー・
カーワンがいた時代が好きだろうし、またある人はバッキンガム・ニックスの
時代が好きだというだろう。相方は何故だかボブ・ウェルチが好きだという。(笑)
ちなみに私はバンドとしてはブルー・ホライズン時代が格好いいと思う。
ボーナス付き紙ジャケ仕様BOXが輸入盤でリリースされた時には即、購入した。
だが、一番好きな曲は75年の「リアノン」だ。

ボブ・ウェルチ脱退後、スティービー・ニックスとリンジー・バッキンガムを
加えた新生マックが放ったヒット曲。スティービー作でもちろん歌も彼女だ。
バンドにはクリスティン・マクビーという優れたシンガーでキーボーディストの
女性が既にいたが、おそらくは自分よりフォトジェニックであろう女性の
加入をどう思ったのか、ものすごく興味がある。自身はジョン・マクビーと
恋仲であっても、マスコミの注目は細身の金髪の小悪魔に集まるということに
嫉妬を覚えなかったはずはないだろうから。

「リアノン」はスティービーの歌手としての魅力に満ち溢れている。
ちょっと高飛車だが、ふとかわいらしいところを見せる感じといえば
わかっていただけようか。ファンの間では「噂」収録でこれもシングル・カット
された「ドリームス」と人気をわける曲だろう。
「リアノン」はイントロのリフが覚えやすいことや、バック・コーラスを
つけるクリスティンの声がなんとも艶っぽいこともあって、私はこちらを
断然推す。ブリッジのリンジーのちょっとしたフレーズも素敵だ。

76年の「ミッドナイト・スペシャル」、WEAが77年につくった有名な
プロモ・フィルム「ROSEBUD」、77年来日時の「YOUNG MUSIC SHOW」などで
当時の映像を見ることができるが、この曲だけを抜き出すとまるで
ソロ・シンガーとバック・バンドのようにさえ見える。
それだけ、この曲ではスティービーが際立っているということだ。

私の昔の友人で面白いヤツがいた。ギターに興味を持つ友人は多くいた。
大抵譜面やタブ譜を見て、もしくは耳コピーで何かを弾こうと試みたものだ。
だが理数系ゆえか、ヤツはいきなりコードの解析から入っていった。
何度の音を足すとか抜くとか、まあ当たり前といえば当たり前だが
周りでいちいちそんなことからやっていたのはヤツだけだったので
少々異質に見えたものだ。そうやってキース・リチャーズさんの奏法を
分析し、理論で説明してくれたのだが、すっかり忘れてしまった。(笑)
キース好きのヤツではあったが、他に好きだったのがロビー・ロバートスンと
リンジー・バッキンガムだった。なるほど、少々知的だなあなどと妙に
感心したのも懐かしい思い出だ。もっとも数学で赤点ばかりとっていた私には
ギターなんて煩わしいだけで、もっと繊細(笑)な楽器に興味があった。
ほら、ドラムってよく女性に例えられるでしょ?。

ミュージック・ライフのグラビアで見たスティービーの写真は刺激的で
16歳の少年の脳裏に強く焼きついたものだ。時の流れは残酷だが
私の中にはいつまでも当時のままで残っている。スティービーの横に
写っていたトム・ペティの姿はもちろん当時も今も自動的に削除された
ままで・・・。(笑)

掲載写真は「リアノン」収録のアルバム「ファンタスティック・マック」。
原題は単純に「フリートウッド・マック」なのだけど、上手く韻を踏んだ
いい邦題だと今でも思う。
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NICK LOWE / CRUEL TO BE KIND

2006-01-26 23:31:57 | THIS SONG
ニック・ロウといえば、まずはこの曲が浮かぶ方は多いと思う。
邦題は「恋する二人」。
実際にアメリカでもそれなりに売れたし、日本では落語家による
カバーがマニア人気を呼んだこともある。

79年に英国でシングルのA面として発売され、日本でも
同時期にリリースされている。軽快でザクザク刻むアコースティック・
ギターやドラムのエコーも過不足ない。うるさいギターもなく
耳なじみのいいポップ・ソングである。

この曲が最初にレコードとして登場したのはその1年前、
シングル「LITTLE HITLER」のB面であった。アレンジは全く違う。
テンポは速く、キーボード、エレキ・ギターがより印象的な
フレーズを弾き、何よりベースの音数が多くミックスも大きめだ。
私はヒット・シングル・バージョンの数年後に、オリジナルを
聴いたのだが、「バンドの音」っぽいつくりのオリジナルのほうを
断然気に入ってしまった。しかしながらヒット・ソングとなるには、
アレンジの変更というのは重要なんだなぁと思ったものだ。

それから、月日が流れブリンズリー・シュウォーツの「お蔵入りアルバム」を
入手することになる。74年に録音されながらも、出来ばえに満足
しなかったためか発売されなかったもので、それは「IT'S ALL OVER NOW」と
題されたCDで、まあブートレグでしょう。(笑)
そこで「恋する二人」にまた出会うことになるのだが、そこで謎が解ける。
「ああ、あのアレンジはブリンズリー時代のものだったのか。」
なるほどバンドの音なわけだ。
ちなみにこのCDのタイトルにもなった「IT'S ALL OVER NOW」は
ライ・クーダーのバージョンを下敷きにしたような感じで、レゲエっぽい
アレンジが楽しい出来で気に入っている。
「WE CAN MESS AROUND」も後にニックのソロ・アルバムで再レコーディング
される。

2004年にブリンズリーのBBCレコーディング集の第2弾が登場したのだが
そこには75年録音の「恋する二人」が収録されている。
スタジオ・ライブならではの瑞々しさ、生きのよさ、この勢いが
スタジオ録音に生かされたなら、お蔵入りになんかならずに
堂々と7枚目のオリジナル・アルバムとして世に出たかもしれない。
同じ日に先の「WE CAN MESS AROUND」も録音されているのが
尚更そんな気にさせる。
だが、もし「7枚目」が世に出ていたら、ヒットしたバージョンは
なかったかもしれないのが、複雑なところ。
このBBCテイクはお奨めである。当たり前だがライブなので
フェイド・アウトせずにきちんと終わるのだが、終わらせ方もキマっている。

この曲はニック・ロウとイアン・ゴムの二人によって作られた。
ゴムも後年、ソロ・アルバムで再録するのだが、ニックのソロ・ヒット
からかなりの歳月が流れ、「なんで今更」感が強く、個人的な感想は
今ひとつといったところ。

ヒットしたバージョンももちろん、素晴らしいのだが未聴の方は
ブリンズリー・バージョンを是非聴いてみて欲しい。
ブートレグはともかく、BBC録音は今でも入手は可能である。


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ビスケット・ファン / 空に帽子

2006-01-02 21:14:39 | THIS SONG
年末・年始と私のブログではスカッとした空のジャケット写真を
掲載したというのに、なんとも悲しい雨模様。
引っ越したので、地元の寺でも探して初詣でも・・・と考えていた
ので、晴れてくれればなあと思っていたのに。
いろいろ探すと、地元の七福人巡りの一つでもある立派な寺があり、
行ってみると庭も綺麗で、季節が変わる折につけ
庭を見るためだけに行く価値があるかも・・・というくらい気に入った。
駅前の通りからたった1本裏道にはいるだけで、町並みが
昭和の佇まいを残しているのも驚きであった。

それにしても興ざめな雨だ。
6月なら紫陽花とかとマッチしてそれなりの趣があろうというものだ。
歌っている季節は全く違うが、何故か「ビスケット・ファン」の
「空に帽子」が頭の中で流れ出した。

ビスケット・ファンは復活したURCが新たに契約したバンドで
98年頃のデビュー。掲載写真は多分デビュー・シングルのアナログ盤。
タイトルはないが3曲収録され、「空に帽子」はB面1曲目。
遅れてきたサニーデイ・サービスのようなバンドだが、
全ての作詞・作曲を手がける風間信幸の才能は素晴らしいと思う。
だが、90年代後半はこういったバンドは沢山あった。
いや、気が利いていたバンドは皆、こんな音を出していた。

「スピッツ」の牙城は崩せなかったものの「グレイプヴァイン」や
「トライセラトップス」というのはそれなりに認知されていた。
しかし、何人が「ビスケット・ファン」を覚えているだろう?。
それほど目立ったプロモーションも無かったように記憶するが
もっと知られても良かったバンドである。
売れるバンドと忘れ去られるバンド、明らかに優劣つく場合も
あれば、条件一つ違うだけの「紙一重」の場合もあろう。
その「紙一重」が何か、わからないから面白いのであるけど・・・。

そういう私もこのバンドの顛末について詳しくはしらない。
手元に3枚のシングルと1枚のアルバムが残されているのみである。

こんな雨空なら空に帽子被せてしまおう。
それにしても「ビスケット・ファン」が売れなかった理由は何なんだろう?。
そんなことを考えながら家路を歩いた私であった。




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ROBERTA FLACK & DONNY HATHAWAY / WHERE IS THE LOVE

2005-12-08 23:59:29 | THIS SONG
先のダイアナ&マービンに対し、72年のこのシングルは
楽しいものだ。ただしロバータとダニー自身の曲ではない。
作者のRALPH MACDONALD-WILLIAM SALTERの二人は出版社をつくり
ソング・ライター・チームとして売り出すのだが、
ロバータ・フラックに提供したこの曲で成功を収め、
ラルフ・マクドナルドは後に自身のソロ・アルバムでこの
曲を録音することになる。

ロバータもダニーも上昇ムードに乗っていた時期である。
一聴して耳に残るメロディに二人の優しげで楽しげな声は
ソウルの枠を超えて、デュエット・ソングの名曲として
もっと広く聴かれるべきだろう。

驚くべきはシングルのB面である。両面ともアルバム「ロバータ・
フラック&ダニー・ハサウェイ」に収録されているが
なんでまたこの曲をわざわざB面に収録したのか。
B面曲「ムード」はロバータ作のインストである。ピアノの
旋律も物憂げな感じでA面とは全く違う雰囲気で、
当時のTOP40愛好家達はシングルをひっくり返して、その落差に
驚いたであろう。歌詞はないが、当時の「ニュー・ソウル」の
重く陰鬱な側面を体現しているとすれば、尚更このシングルは
感慨深い。

この二人は79年に再びデュエットするのだが、その後ダニーは
謎の死を遂げる。(飛び降り自殺と言われている)
このシングルから7年の間、移り変わる世の中と自分のスタイル、
商業的問題等、いろいろな苦悩がダニーを取り巻いたのだろうが、
なんとも複雑な気分になる。
そういえばマービンの最後もやりきれないものだったな・・・。

ダニーを偏重する人も、ロバータのヒット・ソングのイメージが
頭に強く残っている人も、機会があればこの曲を聴いて欲しい。
ソウル・ミュージックの最良の産物の一つに違いないから・・・・。

ところで、私は恥ずかしげもない内容の夢をたまに見ます。
夢の中で、私はストーンズの楽屋に行ったことがあるのだが、何と
ミックもキースも日本語で私と会話しました。(バカ)
高校の学園祭にキンクスが出演したこともありました。(笑)
ここまでは、妄想が夢になったものとして目覚めた後、笑ってしまったの
ですが、恥ずかしさのあまり大汗かいて飛び起きたことが一度。
オーティスを右に、マービンを左に私が真ん中でサム・クックの
「YOU SEND ME」を歌うのです。テレビ局のスタジオのようなところで
観客も30人ほど。オーティスは紫のジャケットに黄色いシャツ、
マービンは茶色のスーツ、私は白のシャツに黒のズボン。
二人の声はよく聞こえるのに、私の声は誰にも聞こえず、歌の
1番が終わるか終わらないかのところで、目が覚めたのです。
なんとも身のほど知らずな贅沢な一瞬であったのは間違いありません。



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DIANA ROSS & MARVIN GAYE / YOU ARE EVERYTHING

2005-12-08 22:33:14 | THIS SONG
最近は(こればっかりだが)芸能情報というもの?にも疎い。
年末が近くなると、忘年会やカラオケで歌われてヒットする
ことを狙った「デュエット・ソング」がリリースされたものだが、
最近はどうなのだろう?。
松本伊代と早見優と堀ちえみの合体は、ちと違いますな。(笑)

豪華に見えて、殺伐とした企画モノが73年のダイアナ・ロスと
マービン・ゲイのデュオであった。
前々からレーベルの男女看板シンガーにデュエットさせるという
アイディアにベリー・ゴーディーは熱心だったが、当時の
マービンにこの企画は退屈そのものであったろう。

アルバムを3枚も残したデュエット相手のタミー・テレルの死以降、
デュエットはしないと決めていたうえに、ミュージシャンとして
「WHAT'S GOING ON」「TROUBLE MAN」「LET'S GET IT ON」と
立て続けに傑作をものにしていた時期である。
何で今更?の企画であったことは想像に難しくない。

元々、レーベルがダイアナ・ロスをあまりに「大切」に扱うことに
快く思っていなかったマービンであるが、義兄の頼みということも
あって嫌々、企画にのったもののダイアナとはうまくいかず
ボーカルを別々のスタジオで録音し、あたかもデュエットのように
仕立て上げられたアルバムである。

シングル・カットされたのはスタイリスティックスの名曲。
何も知らずに聴けば、一見豪華なつくりで曲も良いとあって
「夢の共演!」と盛り上がるところだが、内情は寒々しい。
継ぎ接ぎの偽装デュオではある。
ダイアナ・ロスの声がこの曲にマッチしているのがせめてもの救いだ。

企画もので男女が組まされてレコードを出したり、カラオケで
デュエットしてそれが「いいかんじ」だったりすると、すぐ
「あいつらは出来ているぞ」などとうるさい輩がどこにでも
いるものだが、そういった物言いの遥か彼方で、このバージョンは
鳴り続けるのである・・・・・。
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