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山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

引っ越し先は
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仮想と思い出

2009-06-19 23:10:33 | 運転・車・道路の事
さすがに、自動車学校のネタも尽きてきました。

もし、途中で挫折していたら、私は自動車学校を見るたびに悲しくなり、教習車が走っているのを見るたびに複雑な気分になり、またひとつトラウマが増えていたでしょう。
でも、幸いにして、私は自動車学校や教習車を見て、なつかしいな、と思うことができるのです。本当によかったです。
でも、街中で教習の車を見る勇気がありません。なんか、寂しくなりそうで・・・。
昔の恋人の姿を見ちゃうみたいな感じかな。
だから、あれから教習コースのほうにはでかけていきません。

おおげさだけど、本当に落ち込んでいたときは、もしかしたら、教習中に、「私はもうやめますから」といって、運転している車を道路の脇に停止させ、車を降りて歩いて帰宅しちゃうなんてことが起こり得るかもしれないと空想したこともあります。
その空想では、教官が私の運転をぼろくそけなし、もうやっていけないって思って切れちゃうわけだけど、そういうときに限ってなぜか停車のしかたがものすごくうまく、そして、「教官、運転して帰ってくださいっ!」などと言って、私は夜の町に消えちゃうわけです。
のこされた教官は「おい、待ってくれ、そんな風に思わなくても大丈夫だから・・・」などと慌てふためき、私はその後2度と自動車学校には姿を見せない。「あのおばさん、来なくなっちゃったね」などと噂されるか・・・。

いやいや、こんなイジケ空想はだめだな。第一、車から降りたとして、私の自転車は自動車学校の駐輪場に置いてあるんだから、そこまで取りにいかなくちゃならない。一晩でも置きっぱなしにしたら、翌日会社に行くこともできないじゃない。のこのこ自転車を取りに行くくらいなら、車を降りて消え去る効果なしだよ。

「車を降りて消えさる効果」とは、「いかに教官が私の心を傷つけたか」ということを思い知らせるためなんだけど、ま、実際には、教習途中で逃げ出したいとまでは思わなかったし、ちょっと意地悪な感じを受けた教官も、今となってはきちんと教えてくれた人だと思っています。優しい教官も怖い教官もみんな私のためにやってくれたんだと思います。

実は、私は卒業検定で、いい運転だったと褒めていただきました。(多少の注意事項はありましたが・・・)。自分でも今までで一番いい運転ができたと思いました。それは、やはり苦しい時期があって、そのときの辛辣な忠告などによってひとつひとつ改善することができたからだと思います。それはやっぱりプロの教官の方々の総合力なんだと思います。
だから、本当に感謝しています。

人間っていやな記憶は消えるようにできているらしいですが、それだけでいい思い出になっているわけではありません。

そして、イジケ空想からまた思うことに、私がある日突然、教習を中断したからといって、誰も気がつかない可能性も高いです。
つまり、挫折して来なくなったのか、それとも卒業していなくなったのか、単に忙しくて中止しているだけなのか、実際にはぜんぜんわからないんじゃないかな。

検定終わって、その日卒業式やって、みんなそのまま帰宅。
そうやって、どんどん教習生は卒業し、入れ替わっていくんですよね。

そして、私の新しい空想。
私が車で走っていると、路上で教習車とすれ違うんです。
あっ、あれ、うちの卒業生だよって教官が気がついてくれるの。

そういえば、教習中、センターラインのある狭い道路に停車したときに、私の車の後ろに止まっちゃった車がありました。普通、対向車がいないとどんどん追い越していくんだけど、先生の話だと、後ろに止まった車は初心者マークをつけていて、判断が遅いから追い越すタイミングを失ったそうです。「うちの卒業生かもしれないけど・・・」って先生が言っていました。私も判断が遅いという指摘を受けていて、とかく初心者はそうなるという話でした。

そして、あれっ、そういえば、この辺走っている車を運転している人って、同じ自動車学校出ている人も結構いるわけだな、と気がつきました。
確かに、田舎だったら、同じ市内に住んでいる人は、ほぼ全員が同じ自動車学校を出ているということになります。都会にはたくさん自動車学校があるので、田舎のようなわけではないけれど、自動車学校の同窓生ってのは結構いるかもしれません。

このまえ「自動車学校なつかしいね」と言って歩いていたカップルのことを思いだしましたが、ついに私も、同じ立場になっちゃいました。

時が経つって不思議ですね。

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