ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

07/11/30 こまつ座「円生と志ん生」再演をついに観た

2007-12-12 23:58:02 | 観劇

こまつ座の「円生と志ん生」初演は井上ひさし作品なのに見送ってしまった。私にはあまり馴染みのない落語家の話なのであまり興味が持てなかったのだ。そうしたらすごく面白かったという評判に後悔し、再演があったら是非観たいと決意。「ロマンス」を観てすぐに職場で声をかけて観劇仲間を募り、新宿サザンシアターで5名で鑑賞。
【円生と志ん生】こまつ座第八十三回公演・紀伊國屋書店提携
平成19年度文化庁芸術創造活動重点支援事業
作:井上ひさし 演出:鵜山仁
配役は以下の通り。
辻 萬長:六代目円生こと山崎松尾
角野卓造:五代目志ん生こと美濃部孝蔵
塩田朋子:テレジア院長ほか五役
森奈みはる:オルテンシアほか五役
池田有希子:マルガリタほか五役
ひらたよーこ:ベルナデッタほか五役
朴 勝哲:ピアノ演奏

志ん生と円生は昭和江戸落語の双璧とされているらしい。
6代目三遊亭円生
5代目古今亭志ん生
ふたりは昭和20年の敗戦を満洲南端の都市大連で迎えていた。戦時中の日本には飲みたくても酒がなく、志ん生は満州なら酒が飲めると聞いて慰問公演を引き受けた。一緒に行くはずだった噺家が行けなくなって年下の円生に声をかけての渡航。円生は「芸で前線の将兵を慰問できて、その上ゼニをもらえるんだからこんなにありがたいことはない」と思ったのだという。こんなに考え方も違うし芸風も全く違うふたり。
幕開けは逗留先の宿屋から。日本人を守ってくれるはずの関東軍はさっさと撤退を始め、ソ連軍の侵攻と同時に大連は封鎖。逃げ遅れた兵隊や日本軍の協力者たちはどんどんシベリア送りになる。満州の日本人は日本国からは見捨てられていた。
金を持った広東軍関係者に部屋を明け渡すハメになったふたりは遊郭へ。兵隊たちは軍から切符をもらって女を買いにきていた。その切符を市役所に持っていって換金していることも描かれる。ソ連の占領下ではソ連兵にも身を売る女たち。必死に生きる彼女らを噺でなぐさめて匿ってもらっていた。日本軍の協力者たちが遊郭に身を潜めているのをソ連軍が一斉捜査するというところを危機一髪で逃げ延びる。
廃墟の中でボロを集めて乞食のような暮らしをしていると、そのボロと思われる品々の持ち主だった幽霊たちが現れる。日本への引き揚げの途中で命を落とした母親たちだ。中国人に預けた子どもたちに縁の品を持っていって欲しいと頼むのだ。
そんなところにうまい話がころげこむ。夫が戻ってこない金持ちの女の期限付き亭主になるという話。真面目な円生はそれで現地夫をしながら劇場に立つ俳優の仕事もGET。相方と気が合わなかった志ん生は酒乱騒ぎを起こし、口利きの円生の顔も見られなくなって乞食暮らし。
そんな円生を喫茶店に呼び出した志ん生は密航船に乗るという志ん生に大金を援助。日本での再会を約すのだが、女子修道院の炊き出しで人事不省に陥ったという情報に円生がかけつける。詐欺にあって一文無しになって炊き出しで命をつないでいたという。
その志ん生のボロを身にまとう姿、口にする言葉が敬虔な修道女にキリストの再来と誤解させてしまうという楽しいオマケつき。アメリカに本部のある修道院の院長は、ソ連の支配下にある修道院を撤退するようにという本部の指示に悩んでいた。ところが深刻な女たちを志ん生得意の小噺が解きほぐす。自分たちで考えて行動する道を選ぶ女たち。
敗戦から600日もたって、日本への帰国船が公に動き出した。円生は現地妻との関係をきちんとしてから帰るということで、志ん生を一足先に送り出すのだった。

破天荒というかメチャクチャな志ん生を年下の円生が堅実に支えてしのぐ大連での二人三脚。落とし噺の得意な志ん生と人情噺の得意な円生。ふたりの芸と人柄は周囲の生きるのに必死な女たちを慰め、また彼女らに愛されて支えられてもいる姿が浮き彫りになる。そしてその地獄のような年月の中でそれぞれの芸は磨かれていったこともわかる。

委託販売喫茶の場面で店番の女学生が読んでいたのは漱石全集。漱石が落語を愛していたことがわかり、落語家のふたりが尊敬される場面もおかしい。ふたりはそんなに評価されることをしているという意識もなかったのだ。漱石の時代、人気の噺家の落語を書き起こした新聞記事を掲載すると評判になったのだ。それで二葉亭四迷が言文一致体を編み出したという台詞もあったが、先日行った夏目漱石展でも同様な展示があったことと符合して嬉しくなってしまった。この女学生もやったひらたよーこがなかなかよかった。

とにかく志ん生役の角野卓造のやわらかい演技と円生を演じた辻萬長のカッチリとした演技に圧倒された。前から3列目でふたりが大汗をかきながらの熱演に大変な作品を心身の持てる力の全てをぶつけていることに胸を打たれる。井上ひさしの脚本もふたりの味を最大限に引き出す宛書が素晴らしい。
4人の女優はそれぞれの場面で何役もこなして絶妙なアンサンブル。主役ふたりとしっかりからんでドラマが展開される心地よさは絶品。宝塚出身の森奈みはるも頑張っていた。こまつ座の芝居には歌も芝居もできる宝塚出身女優が活躍する。やはり宝塚は歌えて芝居もできる人材を生み出す宝庫だとその度に思う。
国民服を身につけた朴 勝哲が下手にある1台のピアノと落語ということで太鼓も叩いて音楽劇をしっかり支えていた。

大笑いしながらも、何ヶ所も目頭が熱くなってしまった。
やっぱり井上ひさしの脚本はすごかった。1本作品を書き上げるのに相当な量の資料を読み込んで書き上げる緻密な世界。そこで必死に生きる人間のドラマが濃密に描かれるのだ。次のこまつ座公演の「人間合格」も観ることに決定。太宰治も馴染みがないが、また新しい世界が開けそうで楽しみだ。

おりしもNHKの朝ドラは「ちりとてちん」で関西落語の世界。コンプレックスの塊の女主人公がどうにも苦手であまり見ていなかったのだが、ちょうど弟子入りもかなった頃で少しずつ落語の世界も見えてきて面白くなってきた。首を上手にふるか下手にふるかの意味もわかった日に「円生と志ん生」を観た。そういう話も出てきて思わず嬉しくなってしまった。それからもう少し真面目に見ている私である。

写真は公式サイトより今回公演のチラシ画像。初演の時と違う女優さんたちの顔も描きかえてあるのだという。和田誠さんもいい仕事していますねぇ。
6月につくった「井上ひさし作品の観劇の感想のリンク記事」もつけておく。そういえば「夢の痂(かさぶた)」で角野卓造は昭和天皇の真似をする役をやっていたっけ。それが今回はキリスト!ホントにそれらしいから笑えるのだ。


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10 コメント

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現実なのに (かしまし娘)
2007-12-13 14:32:41
ぴかちゅう様、まいど!
大巨匠の物語を、まさかああいう角度から観ようとは…。
笑いの中にズッシリ重い歴史。それなのに、陰々滅々にならない、
劇空間は、井上ひさしの風貌そのものの様に感じました。
小さい規模で音楽劇って、やっぱりステキです。

「ちりとてちん」見て下さいよ~。あの脚本家はスゴイっす。
落語ファンであればある程、裏読みが出来るらしいです。
奇抜なキャラの小草若役に、狂言師(京都茂山流・茂山宗彦)を持ってくるってのも、
大阪放送局ならではのキャスティングかも(笑)
私のお目当ては、松尾貴史(床屋)だったりするのですが。グフフ♪
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落語は最高! (新潟の杉田さん)
2007-12-13 21:29:43
こまつ座の「円生と志ん生」は、昨年初演のときに母が東京まで観にいき、感激して帰ってきました。こまつ座のDMは登録しているのに、観にいく暇のない私です。
こまつ座を観にいく暇はないのに、落語は年に3回ほど鑑賞しております。それもこれも、落語好きの中2の次男のおかげで、とくに気に入っているのは「浅草演芸ホール」。入れ替えなしなので、基本的に朝10時頃から夜の9時まで、弁当持ってお菓子も持って、ひたすら居続けで2800円!ある芸人さんが、「私らいくらもらってると思います。単純に割れば、一人200円ですよ!」と言ってましたが、本当にそんな感じの大衆の娯楽です。浅草は、街の雰囲気もいいもんね。
今年は2回「演芸ホール」に行き、一度は長岡で朝日新聞主催の寄席を楽しみ、いい一年でした。

中2の息子は、「将来、生で金馬を見たっていうのが自慢になるぞ」と隣に座ったおじさんに言われておりました。ホント、そうかも。

ぴかちゅうさん、どうぞ落語もご贔屓に。好き好きだけど、小朝の色気・花緑のリズム・文珍のふんわりした感じ・・・なかなかのものですよ。
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皆様、コメント有難うm(_ _)m (ぴかちゅう)
2007-12-14 00:39:42
★かしまし娘さま
>小さい規模で音楽劇って、やっぱりステキ......帝劇のミュージカルの対極にあるのがまたいいんですよ。こまつ座にもハマってくださいませm(_ _)m
私にはあまり馴染みのない落語家の話ということで、初演は興味が持てずに見送り。評判がよかったと聞いて再演で観たら、しっかり興味が湧きました。文楽に行く時に通過している演芸場にも行ってみようかなぁという気持ちが少しずつ湧いてきてしまいました。芝雀さんと正雀さんの「二人雀会」も面白いと聞きました。ああ、私も歯止めがなくなりそうなのがコワイ~(^^ゞ
>小草若役に、狂言師(京都茂山流・茂山宗彦)......「茂山家」のドキュメンタリーを見たことがあるのですぐに彼だとわかりました。ホントいいキャスティングですよね。京都茂山流の狂言もまた観たいです。
(注)かしまし娘さんの記事は名前をクリックすると読んでいただけますのでご紹介m(_ _)m
★新潟の杉田さん様
>今年は2回「演芸ホール」......そういう上京の際は是非声をかけてくださいよ~。お茶でも御飯でもご一緒しましょう。Sさんの携帯番号は0を余計に登録していたのでつながらず、アドレスの変更は知らなかったので連絡とれなかったのですが、先日お会いして両方きちんと登録したので事前相談もバッチリできるようになりましから、みんなで会える機会をつくりたいです。
浅草雷5656会館の寄席にはA新聞のサービスチケットで行ったことがあります。貴女の大好きな漱石も寄席が大好きだったということなので、貴女が落語が好きというのも大納得です。漱石は歌舞伎があまり好きじゃなかったみたいです。特にその頃の歌舞伎は演劇改良運動の影響で高尚ぶる演目の上演が多かったせいもあるでしょう。私は今のけっこうなんでもありの歌舞伎が気に入ってます。落語も視野に入れておきますね(^O^)/
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次回は必ず! (新潟の杉田さん)
2007-12-14 22:02:14
そうですよねぇ。私も、近々一定期間仕事を休む計画も立てていますので、ぜひSさん含めてお会いしたいです。
今度行くときは、連絡しますのでよろしくお願いします。

歌舞伎と蜷川は、私もかなり実は好きです。勘三郎は評価しております。でも、高くって・・・。23歳の頃は、歌舞伎座の一番上で幾度か観たものでした。あんな生活、またしてみたいです。
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★新潟の杉田さん様 (ぴかちゅう)
2007-12-15 01:51:14
了解です。連絡お待ちしています。
>23歳の頃は、歌舞伎座の一番上で幾度か観たものでした。幕見でしょうか?私は昼の部の11:00開演に間に合わせるのもギリギリなので3階B席をとるようにしています。幕見を通した料金と同じ金額なので早く行かなくてすむのが助かるのです。演目によっては3階A席にしてますが、1階席が買えなくなって久しいです。その分が文楽に回っているともいえますが(^^ゞ。文楽も一度観てください。東京の文楽の公演があるのは2・5・9・12月です。5月にご一緒できるといいですね(^O^)/
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Unknown (hitomi)
2010-05-16 11:39:31
やはり本作もご覧になってらしゃるのですね。録画が見つかり好きな森奈、池田さんも出ているので「かもめ」に続き見ることにします。ご紹介ありがとう。
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Unknown (hitomi)
2010-05-17 23:04:14
キリスト、ホントそれらしく見えました(笑)記事の下書き中ですがぴかちゅうさんのリンクが飛べないのです、何が悪いのかな。
森奈みはるが好きで調べたら、オペラの方たちとミュージカル龍馬に出ていることがわかりました。さすがです。宝塚時代もっと目だってよかったのにと改めて思います。
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Unknown (hitomi)
2010-05-19 22:59:36
TBありがとうございます。この作品も戦争の描き方鋭いですね。
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★「猫と薔薇、演劇、旅ファン」のhitomiさま (ぴかちゅう)
2010-05-19 23:37:50
拙ブログの記事のリンクがうまくいかないとのことですが、おそらくURLの一部を欠けてコピペしているのではないでしょうか。編集画面からその部分を削除してもう一度入れ直してみてくださいませ。→成功したようですね!
>キリスト、ホントそれらしく見えました......漫画『聖☆おにいさん』もおすすめです(笑)
この作品を観てから落語の本をけっこう読みました。夏目漱石は歌舞伎は誘われても観ず、寄席が大好きだったというのもわかる気がしました。
芸達者な辻 萬長さんと角野卓造さんが共演する舞台は絶妙なやりとりの快感がもう堪らない感じです。お二人は東京裁判三部作でも大活躍です。もう2つ観たので、ちゃんと書くつもりではいます(^^ゞ
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Unknown (hitomi)
2010-05-19 23:59:20
お騒がせしました。リンク出来ました。辻さんと角野さん、いいコンビですね。
漫画『聖☆おにいさん』というのもあるのですね、ご紹介ありがとう。
漱石登場は面白かったです。落語は遠かったのですがこれからは何とか近ずきたいです。
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