2/22のNHKEテレの「花鳥風月堂」で泉鏡花が紹介され、その作品の舞台ということで昨年12月の日生劇場での玉三郎主演の「日本橋」の舞台も映し出された。いつかきっとNHKのいずれかの番組でオンエアされるだろうと確信できて嬉しかった。(私が観劇したのは12/14夜の部で、自分の誕生日だった。)
そしてまさに雛祭りの後の今は、「日本橋」の不思議な世界について書くのにふさわしかろう。
【坂東玉三郎特別公演「日本橋」】作:泉鏡花
演出:齋藤雅文 演出:坂東玉三郎
主な出演は以下の通り。
お孝=坂東玉三郎 清葉=高橋惠子
葛木晋三=松田悟志 五十嵐伝吾=永島敏行
雛妓お千世=斎藤菜月 笠原巡査=藤堂新二
植木屋甚平=江原真二郎
帝大生理学教室医学博士の葛木晋三は、姉に面差しの似た芸妓・瀧の家清葉に想いを拒まれ、その傷心の別れの後、雛祭りに供えた栄螺と蛤を一石橋から日本橋川へ“放生会”している最中に、 巡査の不審尋問にあう。その難儀を救ったのが稲葉家お孝で、冒頭のチラシ画像のように、玉三郎のお孝が栄螺と蛤を盛った皿を手に持って登場し、巡査に葛木をかばって疑いを解く。
そして以下の名台詞の場面となる。
「雛の節句のあくる晩、春で、朧で、御縁日。 同じ栄螺(さざえ)と蛤(はまぐり)を放して、 巡査の帳面に、名を並べて、女房と名告(の)つて、 一所に詣る西河岸の、お地蔵様が 縁結び。 これで出来なきや、日本は暗夜(やみ)だわ」
私にはこの場面は実に印象に残った。だから、こうして今の時期に感想を書いておこうという気になった。
こうしてとお孝は葛木と馴染みになるが、お孝には稲葉家に入り浸る五十嵐伝吾という男がいた。お孝と清葉は、日本橋のいずれ劣らぬ名妓だったが、負けん気の強いお孝は清葉に言い寄っていた伝吾を奪い、今また清葉を想う男を自分の男にしたのだ。意地ずくであった葛木との仲が本物の愛情に変わり、伝吾とはすっぱり切れることにして別れを告げる。ところが伝吾の方は妻や娘を放り出してお孝に入れ込んでいたので、稲葉家を放り出されてもお孝に執着し続ける。妻が死んで残された娘は孤児同様のところを清葉が養い親となる。
姉の形見の雛人形を帝大生理学教室に飾るという幻想的な場面設定が鏡花らしい。姉は葛木の学費の仕送りのために妾となっていたが、弟が世に出ると姿を隠していた。お孝とも相思相愛の仲だったが、伝吾との過去について赦すことができず、お孝に別れを告げて職も辞して巡礼となったという姉を探す旅に出てしまう。愛する男を苦しめたのは自らの汚れと知り、悔やんでも悔やみきれずに苦しみぬき、とうとうお孝は心を病み、稲葉家は傾く。
ある日、清葉の家から出火し家事騒ぎになる中、伝吾は娘を助け出し、稲葉家にはお孝を殺しにくるが、もみあう中でお孝に刺されて絶命。そこに雲水姿の葛木がかけつけ、お孝は正気を取り戻し再会を喜びあうが、ちょっとの隙に台所で毒をあおる。駆けつけた清葉に自らのコンプレックスを吐露する。清らかな清葉に葛木を託し、その笛の音で自分を送ってもらいたいと懇願。葛木の腕の中で息絶える。
玉三郎が泉鏡花作品を演出・主演した2009年七月大歌舞伎の記事はこちら
泉鏡花の作品では、異界のものの方が人間よりも清らかな魂として描かれているお話が多かったが、この作品は花柳界ものであるが、清葉と葛木という血縁のために自らを犠牲にした者とそうされたことに畏敬の念を抱く者として稀有な人間の存在として描く。さらに、そういう存在に憧れながらも、意地になって愚行を犯し、その報いを命をもって贖う女お孝という対極を描くことによって「魂の清らかさ」への賛美を歌い上げている。描く世界は違ってもテーマは共通している。
お孝の犯した愚行とは、愛してもいない男伝吾を清葉とのひとり勝手な達引で我がものにし、とどのつまりは玩具にして捨ててしまったことである。そのことを罪と自覚した時に、お孝は我が身の汚れを思い知らされ、狂人となってしまった。かたや伝吾も作品中で最も愚かしく描かれているが、実に哀れだ。女のために家族を捨てた愚かな男は、最後に炎の中から捨てた娘の命を救い出す。父親として最後に罪滅ぼしをして、執着した女と無理心中をはかろうとしたのだろう。
いずれも愚かで哀れな者たちだ。炎と流れる血の真っ赤な中で彼らの罪が洗われるかのようだった。
この「日本橋」は、泉鏡花が小説として発表したものを自ら戯曲化も行った作品で、台詞のすみずみにまで鏡花の美学が徹底している。それを鏡花作品を愛する玉三郎自身の演出で主演、しかも25年ぶりにお孝を演じた舞台だった。
伝吾には映画「ナスターシャ」で共演した永島敏行。舞台で観るのは初めてだったがなかなかのもの。高橋恵子の和物は「近松心中物語」なども観ていないので今回が初見。頑張っていたとは思うがあまり和物が似合うとは思えなかったが、まぁ仕方がないだろうか(^^ゞ
映像でお馴染みの江原真二郎も舞台では初見。お千世の祖父の植木屋という役柄にはぴったりだった。雛妓(京都では舞妓のところをこういう風に言うんだと認識)お千世を新人の斎藤菜月。2007年8月の玉三郎が鼓童と共演した「AMATERASU(アマテラス)」で共演した縁でというが、きりっとした若手の女性が目立つ役で太鼓を叩いていた記憶があるが、その人だろうか。狂ったお孝を見捨てずに世話していたのに間違われて伝吾に刺されて死んでしまうという大事な役どころを初々しく演じてくれた。
かつての舞台では片岡仁左衛門が演じたという葛木晋三を若手の松田悟志。憂いに満ちた青年をこちらも初々しく演じてくれていたと思う。しかしその上に、この若い男に看取られて死んでいくのに十分美しい玉三郎にまたまた溜息なのであった。
TB返し&コメントありがとうございます。
死刑制度や男女平等の遅れも非難されていますね。
前回の上京も玉三郎丈のル・テアトル銀座での公演をご覧になる時でしたね。「日本橋」は初見でしたが面白かったです。プログラムには歌舞伎座での上演もできるようなバージョンとして練り上げられたというようなことが書いてありました。新しい歌舞伎座で座頭として泉鏡花作品を並べるような公演で「日本橋」が入ってくるんじゃないかと思っています。
玉三郎丈は、五代目菊五郎の養子で十五代目市村羽左衛門と共演した六代目梅幸を尊敬していたということで、その当たり役だった「源氏店」のお富をよく研究していたと「日本橋」のプログラムで澤村藤十郎さんの談話に書いてありました。
『歌舞伎ナビ』は面白そうですね。
仲代達矢さんがこれまで一緒に仕事をした人たちを語った本のことを何かで知って読みたいと思いました。映画「約束」も見応えがありそうです。とにかく日本の死刑制度はなくしたいです。アメリカにもある死刑制度ですが、世界的にはなくしている国が多数あります。そういう国の情報がもっと欲しいです。
映画は結構朝から入りが良くて嬉しかったです。映画の後、向かいのすし屋に行ったらお隣の方が奥西死刑囚の支援者の親戚の方で次の回をご覧になると、珍しくパンフ買ったので私が映画観たとおわかりになられました。
昔、テレビで孝夫さん時代の仁左衛門丈とのコンビで観たのですがやはり生で観て良かったです、セリフも、着物も。高橋さんのお孝も綺麗でした。
TBさせてくださいね。
渡辺保の歌舞伎ナビ(能ナビより凄く詳しくて昔の役者の写真が一杯で面白いです、今の役者もそういう思いのこもったモノクロ写真ご覧になって参考にしているでしょうね)に珍しく、玉三郎のお富のセリフがうまいとありました。