ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

08/10/17 「サド侯爵夫人」東京グローブ座初日!

2008-10-23 23:58:10 | 観劇

「今回の『サド侯爵夫人』は事件だ」のキャッチコピー通り、篠井英介と加納幸和という現代劇の立女方の両雄が18年ぶりに共演する今回の公演は見逃せなかった。また「女方:篠井英介×演出:鈴木勝秀シリーズ」の第二弾ということだが、いわゆる鈴勝さん演出の舞台も私は初見。(「サド侯爵夫人」の公式サイトはこちら)。
ジェフリー・ラッシュ主演の映画「クイルズ」の時も気にはしていたが見逃した。高校生の時にワイルドの戯曲「サロメ」も読んでいるし、色恋の暴走のドラマへの関心は高い。暴走のあげく理性もふっとばす人間という存在への興味といっていい。

河出文庫版(一緒に収められた作品でこちらを選択)で三島由紀夫の戯曲を予習。ようやっと読んだが、舞台を観たら一気に世界に入ってしまった。やはり舞台の力は大きい!
話の概要は新潮文庫版の紹介文がわかりやすいので引用。
「獄に繋がれたサド侯爵を待ちつづけ、庇いつづけて老いた貞淑な妻ルネを突然離婚に駆りたてたものは何か?—悪徳の名を負うて天国の裏階段をのぼったサド侯爵を六人の女性に語らせ、人間性にひそむ不可思議な謎を描いた」
今回の配役は以下の通り。
ルネ(サド侯爵夫人)=篠井英介
モントルイユ夫人(ルネの母親)=加納幸和
アンヌ(ルネの妹)=小林高鹿
シミアーヌ男爵夫人=石井正則
サン・フォン伯爵夫人=天宮良
シャルロット(モントルイユ夫人家政婦)=山本芳樹

写真は今回の公演のチラシ画像。篠井英介のサド侯爵夫人のスチール写真だが、舞台衣装はさらにパニエで膨らませた豪華なもの。宝塚のベルばらに劣らないコスチュームプレイ。6人の登場人物の衣裳は3幕とも時代に合わせていて、一幕目はロココ風に高く結い上げた髪だったり、革命後はパニエなしのドレスになったりしていて、その面での期待も裏切らない。
舞台には屏風を立てたように三角が2つこちらに突き出した黒いパネル。白い床が少し斜めの段になった三角形。その上に立ったりその下に来て腰をかけたりして使われる。舞台装置は徹底的に抽象的。目は全て華麗な衣裳に身を包んだ登場人物にいくのが効果的。
そして下手側の入り口をうまく使っての出入り口には黒い揚幕。歌舞伎の鳥屋からの出入りのように幕の開け閉めの音を劇場いっぱいに響かせる。歌舞伎っぽく仕上げてきたわけだと納得。三島自体が歌舞伎が好きだったらしいし「鰯売恋曳網」も観ている。今回の戯曲の中でもまるで「阿古屋」という台詞も出てきて笑えた。

サドの妻とその母と妹は実在の人物であとの3人は三島がつくった人物だというが、どの人物も役割が明確でその緻密な台詞のやりとりで世界がつむぎ出された。
シミアーヌは信仰の厚い聖女、サン・フォンはサドの悪徳を共感する悪女だが、ルネの母は聖悪のいずれも利用して婿の罪をもみ消そうともする。当時の裁判所と王権の二重権力構造を利用して少しでも家名に傷が少ない形で婿を閉じ込めようとしたり、革命後は革命派にウケがいい婿を利用しようとしたり、その時その時で自分に一番有利なように動く風見鶏的現実主義者のモントルイユ夫人。これを花組芝居座長の加納幸和が場面場面で自在な演技を見せるのだ。

一方のルネは、母親が教え込んだ「貞淑」を貫くために夫の倒錯した性愛の世界にも身を捧げて夫という人間を理解し、どこまでもついていこうとしている。その孤高の女性像を篠井英介は美しくたおやかでありながら毅然と描き出していく。

最後の場面の夫を褒め称える長台詞は、ルネが信じた夫サド侯爵の姿が浮かび上がらせ、彼女の貞淑についてようやく理解できた気になる。

その後に大きく一転!サドが獄中で書いた小説「ジュスティーヌ」を読んでしまったことで、自分の描いた夫像がくずれさる。自分をモデルにしたような主人公が徹底的に不幸になる物語は、ルネが一生を捧げた愛情を夫が全否定したことと受け取ったのだろう。
天国への裏階段をつけた夫サド侯爵は、それも神が許したのであれば堕天使ルシファーのような存在なのだろうか。そこを死ぬまで神に尋ね続けるために世を捨てて修道院にこもる選択をするというルネ。
先に修道女になっていたシミアーヌがそれを仲介することになっているが、そのルネの真意を聞いて衝撃を受ける。自分も世を捨てて神に仕えるようになってより成長したと思っていたのに、その神とは?とでもいうように、ラストシーンのピンスポットは最後にシミアーヌを照らし出して消えるのだ。照明は原田保!

三島由紀夫は天国から地獄までをつながったものとして世界を描き出したのか!確かに天国の素晴らしさを際立たせるために反対の極として地獄を作り出したのだともいえる。そのあたりまでイメージが広がって6人のドラマは宇宙の広がりへとつながる快感を得た。

サン・フォン役の天宮良は以前、安寿ミラが主演した主要4キャストが男女入替の「ハムレット」のガートルードで観ているが、女方の演技もさらに磨きがかかっていた。確かに女方第一人者が目の前に二人いるのだからこのステップアップもむべなるかなである。
あとの3人もそれぞれに頑張っていい味を出していた。

オールメールキャストによる「サド侯爵夫人」は、筋書にあるように「フィクショナルなリアリズム」にあふれた緊張感の高い舞台だった。これも篠井×加納を中心にレベルの高い演技を豪華な衣裳にくるんでシンプルな舞台で見せてもらったからだろう。
しかし、第二幕の最後の母親と娘の緊迫感あふれる台詞の応酬の中で二人がきっと極まった姿が実によかった。「忠臣蔵」の九段目のお石と戸無瀬のようだった。
そして、「欲望という名の電車」のブランチも次回作の「サロメ」よりも今回の「サド侯爵夫人」が篠井英介の魅力が生きる役だと予想していた。結果、大正解だったと思う。生涯の当り役になるだろう。

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