ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

04/12/28『SHIROH』夜の部、前楽!

2004-12-29 02:36:19 | 観劇
結局、2回目の16日にキャスト評を書かない間に3回目になってしまった。というか2回目でとまらなくなってしまい、前楽のチケを買い足した次第(千秋楽は仕事納めで休めないのだ)。
席は初日にいのうえさんが座っていた席だった。幕間には及川光博がロビーを歩いていて気づいたファンが握手をしてもらっていたぞ。

冒頭、島原の乱の生き残り、山田寿庵(高橋由美子)と幕府方の「くの一」お紅(高田聖子)の問答から回想へ。
島原藩の重税とキリシタン弾圧に苦しめられた人々をまず描き、そこに益田四郎時貞(上川隆也)が登場。すばらしい剣術で人々を役人から救い出すが天の御子とよばれることに激しく抵抗。幼い頃には持っていた神通力を失っていてその資格がないというのだ。父の甚兵衛(植本潤)と姉のお福(杏子)は四郎を天の御子として頭に据えたいのだが、四郎は他に誰か一揆の頭になってくれる人を探し、サンジュアンを尋ねて口之津の闇市にいくと、長崎留学時代に知り合った南蛮絵師の娘と再会。父亡きあと闇市を切り回すのは娘の寿庵だった。
一方、天草の海辺で鎖国前の異人が日本人の女との間に儲けた子どもたちが難破船の中で暮らしている。そのリーダーがシロー(中川晃教)で積荷を闇市で売って食べ物や船の修理に必要なものを買っている。いつかは直した船で日本脱出を夢見ている。そこに江戸からの絵草紙屋実は幕府方のくの一お蜜(秋山奈津子)があらわれ、シローの歌が人の心をあやつる現場を見てこの力を島原で一揆を起こさせる起爆剤にするべく、その力を困っている人のために使えと言う。
二人のシローは二人にしか見えない娘リオ(大塚ちひろ)によって引き合わされるが、実は病を治すために四郎が与えたロザリオを大事にもっていたためにキリシタンとして磔になって死んだ娘だった。ロザリオを与える危険性を承知の上で与えて死なせてしまった=神を試した結果、神は与えた力を奪ったのだと苦しむ四郎。その苦悩にとりつかれた姿を上川隆也が誠実さがにじみ出るような演技で演じ、本当に心打たれる。『ジーザス・クライスト・スーパースター』でジーザスが神よなぜ私が死ななければならないのかと苦悩する姿とぴったりと重なる。彼を天の御子とあがめて群がる人々にもみくちゃにされながらそうではないと否定するシーンはジーザスにそっくりな場面もある。
そして甚兵衛とお福が役人に捕らえられた時、牢には闇市で捕らえられたシローたちもいた。甚兵衛が他に捕らえられたキリシタン達にまるちり(殉教)だと教えるのに反発したシローが自由のためにたたかおうと歌うと人々には力がみなぎり、牢を破ってしまう。父と姉を救い出しに兵を挙げてやってきた四郎たちと合流し、ついに二人のシローが指揮をするシローと士気を高めるシローとして力を合わせて島原の乱のリーダーとなり原城にたてこもる。
ところがこの動きは知恵伊豆と呼ばれる老中松平伊豆守信綱(江守徹)の陰謀で、戦国の残りかすを全て一箇所に集めて燃やし尽くすための策。キリシタンだけでなく飢えた百姓、豊臣の残党も集まってきて、原城にたてこもる3万7千人。兵糧攻めにあい、総攻撃にあって滅んでいくという結末。知恵伊豆は早くから島原に柳生十兵衛(橋本じゅん)やお蜜を送り込んで火種を起こしていたのだ。島原の乱の征伐の総大将、板倉重昌(吉野圭吾)は一揆軍に殺されたと見せかけて、お紅に射殺させているという手の込んだやり方。一揆軍を図にのらせて油断させる計略に手駒を用いたという黒幕政治家として描く。江守の低いドスのきく声を生かして歌も何曲か歌うが本人ミュージカル嫌いだったというだけに本当にへたくそ。でもまあ許してあげられるのは彼の腹芸のような演技がさえているから。
お密役の秋山奈津子がいい。シローは彼女の言葉に人生を変えることになるくらい慕っている。彼からすればかなりのおばさんだがシローを憎からず思うようになる。彼を殺すのにしのびず知恵伊豆を裏切って殺されるのだ。これは女を捨てたくの一が女をとりもどすということらしいが、親のないシローが母親を求め、お蜜もそういうシローが可愛くなるという関係ではないかな。だから死ぬ間際にシローが彼女に送った洗礼名はマリア(聖母マリア)なんじゃないかな。そういうふたりの関係が魅力たっぷりに出ている。演技も歌も。
中川晃教は本当にロックミュージシャンだね。歌い方がやはり違う。「くちびるに力がある」という歌詞は彼の賛辞だな。顔をゆがめて歌うことが多いのがミュージカルでは少し異端なんだけどミック・ジャガーしかりスティーブン・タイラーしかりだからいいのだ。大体、江戸の知恵伊豆のシーンのバックに浮かぶ三つ葉葵なんてエアロスミスのマークのように翼がついていて総攻撃の戦車にもそれがついているくらいなんだから。きれいな表情で歌う人でなくてはいけないということはないのだ。
高橋由美子はこれまで観たどの舞台よりも生き生きしている。新感線の舞台が本当に好きみたいだから、水を得た魚のよう。四郎loveモード全開なのに四郎は気づかないという上川の色恋に鈍いという演技とうまくかみあっている。
上川隆也、いつも冷静で落ち着いた演技なのだが、コメディシーンもしっかり受け止めているのがおかしい。今日はアドリブが満開だったがしっかり切り返していた。
原城総攻撃の中にあってお蜜を失ったシローがまるちりだと歌って人々がすべて殉教モードに入ってしまい、シローがまず死んでいく。最後、四郎は知恵伊豆が出した和睦の条件=信仰を捨てれば命が助かるからと人々を説得する側に回るがもう人々を止めることはできない。そういう無力な自分に「神よなぜ私ではなく彼(=シロー)を選んだとのか」と神に問う。このシーン、今日はすごい迫力だった。汗か涙かぐしょぐしょだった。(このような台詞は『アマデウス』でサリエリがモーツァルトを選んだ神に問うシーンでも出てくる)。シローに比べて無力な自分にあせり知恵伊豆に対する闇討ちをはかり、逆に皆を死なせてしまった自分こそ「ユダだ」と十兵衛に斬られた寿庵が死ぬ間際に自分の心をさらけ出す。寿庵は「そういう弱い貴方が好き」と囁く。そこで初めて四郎は彼女を愛していたことに気づく。
十字架の上で死んでいたシローをリオが口づけをして目覚めさせ、はらいそ(天国)に誘う。斃れた人々も次々とはらいそへと昇っていく。四郎も最後に奇跡を起こさせてほしいと神に祈り寿庵に口づける。果たして神は代わりに四郎を召し、寿庵が生き証人になる。
このふたりの淡い恋を上川・高橋コンビが切なく演じてくれる。
上川隆也独特のオーラが出ているのを感じた舞台だった。立ち回りもうまい。文句なしにカッコいい。
この作品、上川・中川が揃って初めて成り立っている。今日は前楽とあって、ふたりがカーテンコールで特別に挨拶をしてくれた。再演されるのだろうか?ぜひこのふたりで再演してほしい。
それと私のミュージカルベスト1『レ・ミゼラブル』との共通性についてもふれておきたい。①キリスト教的な神との問答というところ。②権力に対して民衆が蜂起するがかなわない。生き残った人間は死んだ仲間の思いを胸に抱きながら生きていくというところ。③蜂起して死んでいった者たちは神の国で自由になったと描くところ。今回の原城立てこもりシーンはレミゼのABCカフェでの蜂起準備シーンを、はらいそへ昇っていくところはレ・ミゼの死んだ仲間たちが「ピープルズ・ソング」を歌いながら出てくるエピローグシーン冒頭を思わせる。
あと、パロディでいろいろなシーンを彷彿とさせるが、笑っちゃったのは『オペラ座の怪人』のマスカレード(仮面舞踏会)で階段で大勢が歌うシーンをまねたところ。体を曲げるあの角度をしっかりまねして揃えてましたね。
他の出演者へのキャスト評はまた、明日。
写真はポスターにも使われているシンボルの像。ロビーに展示してあった。ギターを天使の翼をつけた髑髏たちが支えている。
もうだめだ。眠い。