ブルーベルだけど

君にはどうでもいいことばかりだね

日本という国が好き

2019-10-21 22:27:38 | 日記
 明日天気にしておくれ



 どうしても難しいなら



 皇居は晴れにして



 それでもだめなら午後だけは



 それから被災地には降らないで



 お願いだから









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〝あいちトリエンナーレ〟 に対する違和感、嫌悪感の源とは?

2019-10-19 00:10:53 | 日記
8月1日に開幕したそのイベントは、良識ある国民からの声を受けて8月3日に一旦中止するも、10月8日に再開し10月14日で閉幕した。

僕は、あの 〝慰安婦像〟 の展示に関しては、時期的に問題はあるものの許容範囲と思っている。  但し、公金を使用しなければの話。



〝あいちトリエンナーレ〟 に関する問題点は次の5つ。

1つ目は、「間抜けな日本人の墓」 と題して、特攻隊の寄せ書きが書かれた日章旗を置いた祠形の展示物。  日本のために戦い、尊い命を失った方々を冒涜するものである。

2つ目は、ガスバーナーを使って昭和天皇の写真を燃やした上、足で踏みつけるという映像。  誰の写真を使おうと不適切であることは、「自分の親を同様にされたら?」 と考えれば誰でも分かること。(同様の作品は他にもある)

3つ目は、「被曝最高!」「(福島県)相馬市最悪!」「放射能最高!」「もうちょっと浴びたいよ」 と原発事故に関する言葉を連発する動画。  最後に「放射能最高じゃないよ」「ふざけんな!」 と終結するが、ネタ自体が陰湿かつ冷酷だ。

4つ目は、これらの展示がある再開後の本イベントに愛知県民の税金が使用されたこと。  公金が使用されるなら、〝慰安婦像〟 も不適切であるはずなのだが。

5つ目は、新聞やニュースが挙って 1~3 を報道しなかったこと。  あえて 〝慰安婦像〟 のみを紙面、画面に出すという手口に、報道倫理を蝕む、メディアの どす黒い闇を改めて認識した国民も少なくないだろう。




かつて手塚治虫は、作品について次の禁止項目を設けた。

 1.戦争や災害の犠牲者をからかうようなこと

 2.特定の職業をみくだすようなこと

 3.民族や、国民、そして大衆をばかにするようなこと


そう、これこそ 〝あいちトリエンナーレ〟 に対する違和感、嫌悪感の源なのだ。

そして、この源を心に宿していることこそ、人間の人間たる所以であり、証なのだろう。




あろうことか、このイベントを開催した 大村秀章 愛知県知事 は、即位礼正殿の儀 への参加を予定しているという。

皇室は招待せざるを得ないだろうが、どの面を下げて出るというのだ。



大村秀章 ・・・ もはや 〝人間〟 ではない。









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昨夜は

2019-10-18 00:49:03 | 日記
気持ちよく酒が進んで、1時頃から MD 聞きながらベランダで飲んでいました。

薄手のフリース着用で、暑くもなく寒くもなく湿度も低く ・・・ そんな夜のせいでしょうね、きっと。(笑)


ぼんやり眺めていると、隣のコンビニにはちょくちょく客が来るし、マンション前の時間貸し駐車場も出入りがある。

それぞれ、いろんな事情があるだろうし、いろんな仕事があるから 。。。


でもって、結局寝たのは朝5時頃。


その後、一旦朝9時頃に起きるも、「どうせだらしなく過ごすなら徹底的に」 と二度寝、三度寝と重ねていき、いよいよ起き出たのは夕方5時!

「これこそ早期完全リタイアの醍醐味だ」 などと考え、ちょっぴり楽しく大いに短い10月17日は終了。



いつからか、僕の生活は概ね 〝朝9時起き、夜1時就寝〟 というリズムに落ち着いてしまった。  何時でもいいのにね。

「だから」 と続けるのも変だけど、「たまには怠惰で不健康な生活もいいもんだな」 と思う。








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工業製品に血が通う瞬間

2019-10-17 00:22:50 | 日記
それは先ず、大切な時間を共にすることで始まる。

嬉しいとき、悲しいとき、楽しいとき、辛いとき、誇らしいとき、惨めなとき。


人生の瞬間瞬間を重ねることで、工業製品は愛おしい存在へと昇華していく。

〝同志〟 になり、掛け替えのない 〝仲間〟 になり。



ただの機械、道具なのに、血が通う不思議。

そんな不思議があることを GOLF Ⅳ は教えてくれた。


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ある雨の日の情景

2019-10-16 00:28:34 | 日記
君は2006年末にやってきました。
あれから13年か ・・・ 早いなー、時が経つのは。


君がやってきたのは丁度、僕が徹底的に誤解され、左遷された年。

部下が大勢いた部署から、僕一人だけの新設部署へ。
異動直後に実施された部長研修の受講者名簿には、僕だけ名前がありませんでした。

不思議そうに僕を眺めながら研修へと出掛ける仲間の姿を見送った窓。


休日早朝のドライブは、振り返りと週明け以降の施策を練る大切な時間。
今想えば、公私ともに大きな変化のときだったのでしょう。

幸運にも2年間の奮闘で誤解は解け、その後は社会人として楽しい人生を送ることができました。

そんな時を一緒に過ごした君は、心強い 〝同志〟 であり、掛け替えのない 〝仲間〟 でもあったのです。


そうそう、子供達の成長を見守ってくれたことにも、改めて敬意を表します。


君の一見コンパクトなトランクスペースは、大学生で一人暮らしを始める長男の引っ越し荷物を驚くほど沢山積んでくれました。

そして、次男の本棚とベッドをもしっかり収めてくれました。
ブレーキをかけると、どうにも閉まらなかったハッチを 「パコパコ」 と上下させ、道行くひとの注目を集めていましたね。


前席も後席も床も、極太の骨が弾性に富む厚い軟骨で覆われているかの如く、ソフトであり剛性がありました。

日本車とは乖離したフィーリングは、座っているだけで豊かな強靱さが感じられてワクワクしましたよ。


路面衝撃があってもガタつき音がなく、何よりも安定してしっかりと制動するブレーキが good !

高速で時速100㎞ を超えた辺りからのエンジン音が、映画 〝トランスポーター〟 の Audi と同じで、これも君の魅力の1つでした。

現住居への引っ越しを機に Sくんへ譲った後も、大切なひとを安全に乗せて、大切な時間を創ってくれましたね。



でも、いよいよお別れだ。



信号で止まっていると同型やワゴンタイプ、ビートルがパッシングしたり、リアワイパーで挨拶してくることもあって、応えると親指を立てた手を挙げたり、笑顔で手を振ったりハイタッチしている様子がミラーで確認できたり。

同型は勿論、派生車同士でも独特の仲間意識がありました。
ひょっとして、君のような楽しいクルマ、こんな意識が共有できる時代は、今後現れることはないかも知れませんね。






ありがとう そして さようなら。


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