ブルーベルだけど

君にはどうでもいいことばかりだね

秋から始まった物語 その22

2019-10-08 00:05:04 | 日記
Pink Floyd の Echoes 同様、このアルバム最後の曲を何度聴いただろうか。
海岸沿いの田舎町で育った僕にとって、打ち寄せる潮騒は時間を逆流させる。

この曲のイメージは晩秋。  晩秋の深夜、天空の微かな光の下で静かに響き渡る潮騒だ。


FM で 〝シンセサイザー〟 という名称を耳にし始めたのは小学校高学年の頃。
ムーグ と アープオデッセイ が双璧で、それぞれの特徴はともかく、それぞれを使用するアーティストにより、それぞれの印象が決定付けられた。

そして 〝シンセサイザー〟 は、瞬く間に音楽シーンの主役へと上り詰めていく。
僕が高校へ進学する頃には既に日本の楽器メーカーも豊富なラインアップを揃え、楽器店には妙にカラフルなポリフォニックが当たり前のように並んでいたのです。


そんな当時、シンセサイザーと言えば、方向性が異なるが 深町純 と 富田勲 ・・・ 解説に物理の数式を用いたり、曲作りでテンキーを駆使した 富田勲 は慶應義塾大学文学部卒。

大凡ミュージシャンらしくない医師か研究者のような風貌の彼は日本での知名度は今一つ。  一方、アメリカにおける人気投票では常にベスト10に入っており、1979年にはコンテンポラリー・キーボード誌の読者投票で1位となった。

日本人でただ一人、人気投票上位に載っていたミュージシャン 〝Isao Tomita〟。
そんな記事は、僕のようなファンにとっても意外な発見であり、誇りでもあった。


作品は幅広く、 映画音楽やドラマのテーマ曲から、 ジャングル大帝、 リボンの騎士、 どろろ、 ビッグX、 劇場版ブラック・ジャック などの手塚治虫作品や マイティジャック のテーマ曲

NHK ニュースのテーマ曲、おかあさんといっしょのテーマ曲、 花王、ホンダ、日石、高島屋等のCM ソング、 愛知県を中心とした小中学校校歌まで、挙げればきりがない。


僕が持っているのは、LP レコード(古い!) では宇宙幻想だけ。  CD は宇宙幻想、バミューダ・トライアングル、DAWN CHORUS、マインド・オブ・ユニバース、月の光、展覧会の絵、大峡谷。

主にクラシックをモチーフにした楽曲は、2チャンネル録音でありながら、音像が左右スピーカーの呪縛から解き放たれ、前後左右自由自在に歩き回る。


そう、僕もそんなユニークさに惹かれて宇宙幻想を購入したが、なんせ合成音。

周波数レンジもダイナミックレンジも桁外れで、相応のカートリッジ(古い!) で迎え撃たないと中高音域の歪みで騒然となるし、音量を絞らないとアルミサッシがビリつく超低音も収録されている。


やがて、海が身近な僕は自然に、最後の曲が好きになっていった。
1978年にリリースされたその曲の名は The Sea Named "Solaris"   原作は旧ソビエトの映画 "Солярис(Solaris)" だ。

「惑星ソラリスの軌道上で通信が途切れた宇宙ステーションへ向かった心理学者が不可思議なものを見る」
「いないはずの人物の痕跡 10年前に自殺した妻!」
「恐怖のあまり殺そうとロケットに入れて飛ばしたが戻ってきてしまう」
「それらは人間の思考が物質化したもので全ての現象はソラリスの海に起因」
「海は知性を持つ有機体だった」
「乗組員は目前に現れるそれぞれの内面世界に耐えきれず次々と発狂していく」
「ニュートリノを磁場で安定させることにより物質化した妻と同一形の生命体は心理学者を愛するようになる」
「理性を持ち合わせたその生命体は妻としての記憶も想い出もない自分を責める」
「それでも心理学者に愛されたいと願い悩み苦しみ液体窒素を飲んで自殺を図る」
「しかしその生命体はいかなる重篤な傷を負っても死ぬことができず失意に陥る」
「やがて心理学者は精神的に追い詰められていく ・・・ 」


富田勲が描いた ソラリスの海 は重々しい潮騒で始まる。

Johann Sebastian Bach の Sinfonia Nr.2 c-moll BWV 788、Ich ruf zu dir Herr Jesu Christ f-moll BWV639 を軸としたこの曲は随所に、遥かな記憶を呼び覚ます仕掛けを鏤める。

やがて巨大な気流が渦巻くように絶頂を迎えると、急速に退行し、主題を奏でた後、再び現れた潮騒はやるせない情念を伴って、静けさへと飲み込まれていく。


シンセサイザーに血を通わせ、究極まで唄わせた彼の最終目標の1つは、2007年に原型が開発されたボーカロイドだろう。

晩年、2012年には 〝初音ミク〟 で 〝イーハトーヴ交響曲〟 を作曲している。




2016年5月5日、84歳で亡くなったその魂は、作品の世界に生き続ける。

この曲に描かれた孤独で絶望的な潮騒は、繁華街の大通りを喫茶店や楽器店へ立ち寄りつつたわいもない話をしながら心躍らせて何度も何度も歩いた高校時代の幸せの記憶を、卒業間際の風が強い冬の日を、今も蘇らせる。









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