今頃すみません。録りおきしてあったものを鑑賞したもので・・・。
今は亡きギョーム・ドパルデュー主演作。彼は本当に繊細な感じの役者さんですね。こういう雰囲気、好きです。
華やかなベルサイユ宮殿。それを取り囲むように存在する広大な森。この中に、結構な数の人々がホームレスな生活をしているのですね。
考えてみれば、平和でいい場所かもしれません。日本の皇居の周りはどうなんでしょうか。案外寝ていると排除されるのかもしれませんね。
さて、そこに確信犯的に世捨て人の風情で暮らしているのがギョーム他、仲間たちです。彼らは楽しそうに過ごしているし、それなりの世界を築いています。そこへ、まったくの偶然からある母子が迷い込みます。
冒頭、この母子の切羽詰まった様子が延々と映されます。食べるものも寝る場所もなく、あてなくさまよいながら、それでも精いっぱい母は幼い息子を抱きしめながら眠ります。そして、とうとう何かにもたれて眠っているところを保護されるのです。
しかし、その係りの人の質問につっけんどんに答える母親の様子からは、一晩保護されてもそのあとをフォローするすべがないこと、だから何度も同じ目にあっていることがわかります。
今は亡きギョーム・ドパルデュー主演作。彼は本当に繊細な感じの役者さんですね。こういう雰囲気、好きです。
華やかなベルサイユ宮殿。それを取り囲むように存在する広大な森。この中に、結構な数の人々がホームレスな生活をしているのですね。
考えてみれば、平和でいい場所かもしれません。日本の皇居の周りはどうなんでしょうか。案外寝ていると排除されるのかもしれませんね。
さて、そこに確信犯的に世捨て人の風情で暮らしているのがギョーム他、仲間たちです。彼らは楽しそうに過ごしているし、それなりの世界を築いています。そこへ、まったくの偶然からある母子が迷い込みます。
冒頭、この母子の切羽詰まった様子が延々と映されます。食べるものも寝る場所もなく、あてなくさまよいながら、それでも精いっぱい母は幼い息子を抱きしめながら眠ります。そして、とうとう何かにもたれて眠っているところを保護されるのです。
しかし、その係りの人の質問につっけんどんに答える母親の様子からは、一晩保護されてもそのあとをフォローするすべがないこと、だから何度も同じ目にあっていることがわかります。
そしてとにかく駅まで行って都会へ出ようとしていた先、道に迷ってギョームと出会うのです。
世捨て人のギョームはしかし、どこか紳士的で優しさを感じられます。そして二人が男女の関係になった次の日、母は幼い息子を置いていなくなってしまいます。
この辺は日本でも同じだと思うのですが、幼い子供を連れた若い女性が、仕事を始めて生活を立て直す難しさ・・・これがよくわかるだけになんだか責められない気持ちになります。きっと彼女は彼に抱かれたときに、ギョームの誠実さを感じ取ったのでしょう。
初めは驚くギョームも、「そのうち帰ってくる」と信じてぼうやの面倒をみます。しかし、不幸な偶然(彼の掘っ立て小屋が火事になり、場所を移動したために一度帰って来た母親には見つけられなかった)も手伝って、二人の生活が長引くことになります。そしてそのうち、情が移って本当の親子のようになってきてしまうのです。
ギョームはぼうやになんとか普通の生活をさせてやりたい、学校にも行かせてやりたいと思うようになり、実家に帰って働き始めます。認知までして、戸籍上の親子になります。しかし・・・やっぱり、ダメなんですね。自分で好んで世捨て人だった人間に、しょせん普通の生活は無理なんですね。
子どもは何に対しても敏感に理解します。無理をしているギョームを理解するし、自分を置いて出て行ってしまう彼のこともただ黙って受け入れます。
このへんは悲しいですね。そうしか方法がないとわかっていても、二度も親に捨てられたこの少年は、どんなにか心に傷を負うことでしょう。でも、無理して一緒にいても、幸せじゃないこともわかってるんですよね、きっと。
そして7年。祖父母に育てられた少年は、なんだか不良っぽくなってます。そしてあるとき母からの手紙を受け取るのです。
見ている方は、「さぁ、どうするのかな」とこれからひと波乱あるような気がしていたのですが、意外にあっさりと会いに行きます。そしてしっかり母親に抱き締められて、ジ・エンドです。
「この終わりかたって、どうよ」と正直思いました。この辺は、アジアとフランスの価値観の違いなのでしょうか。なんだか腑に落ちないような感じでした。
そんなありきたりなことを期待してしまう私が、「映画っぽい終わり方」に毒されているのかもしれません。
ともかく、ギュームとぼうや(マックス・ベセット・マルグレーブ)は素晴らしかったと思います。
この辺は日本でも同じだと思うのですが、幼い子供を連れた若い女性が、仕事を始めて生活を立て直す難しさ・・・これがよくわかるだけになんだか責められない気持ちになります。きっと彼女は彼に抱かれたときに、ギョームの誠実さを感じ取ったのでしょう。
初めは驚くギョームも、「そのうち帰ってくる」と信じてぼうやの面倒をみます。しかし、不幸な偶然(彼の掘っ立て小屋が火事になり、場所を移動したために一度帰って来た母親には見つけられなかった)も手伝って、二人の生活が長引くことになります。そしてそのうち、情が移って本当の親子のようになってきてしまうのです。
ギョームはぼうやになんとか普通の生活をさせてやりたい、学校にも行かせてやりたいと思うようになり、実家に帰って働き始めます。認知までして、戸籍上の親子になります。しかし・・・やっぱり、ダメなんですね。自分で好んで世捨て人だった人間に、しょせん普通の生活は無理なんですね。
子どもは何に対しても敏感に理解します。無理をしているギョームを理解するし、自分を置いて出て行ってしまう彼のこともただ黙って受け入れます。
このへんは悲しいですね。そうしか方法がないとわかっていても、二度も親に捨てられたこの少年は、どんなにか心に傷を負うことでしょう。でも、無理して一緒にいても、幸せじゃないこともわかってるんですよね、きっと。
そして7年。祖父母に育てられた少年は、なんだか不良っぽくなってます。そしてあるとき母からの手紙を受け取るのです。
見ている方は、「さぁ、どうするのかな」とこれからひと波乱あるような気がしていたのですが、意外にあっさりと会いに行きます。そしてしっかり母親に抱き締められて、ジ・エンドです。
「この終わりかたって、どうよ」と正直思いました。この辺は、アジアとフランスの価値観の違いなのでしょうか。なんだか腑に落ちないような感じでした。
そんなありきたりなことを期待してしまう私が、「映画っぽい終わり方」に毒されているのかもしれません。
ともかく、ギュームとぼうや(マックス・ベセット・マルグレーブ)は素晴らしかったと思います。