鮒谷周史さんってご存知でしょうか?
20万通という日本一の発行部数を誇るメルマガ〔平成進化論〕を発行されている方です。
その中の1つがこれです。
【 私(鮒谷)の座右の銘 】
───────────────────────────────────
■自信満々であることは素晴らしいことですが、
私も含め、自分の能力が他者より劣っているところが
あることを、
(残念ながら)認めざるを得ない人は少なくないでしょう。
■けれども、能力がないのを恥じる必要はありません。
見栄を張って、才能があるように見せかける必要もありません。
全ての人から、全てを教えてもらうつもりでいたら
いいのです。
■なかには、
「私はそれを知らないのです、教えてください」
と言うと、喜んで教えてくれる人がいます。
というよりも、
ある道に通じた人は、その知見なり知恵なりを
自分の周囲の人に分け与えたいと思っているもの(のはず)。
■きっと、あなたの周りの方もそうでしょう。
釣り好きの人は釣りの楽しさ、面白さを伝道しているはず。
将棋の強い人は将棋を教えてくれる。
ゴルフもそうですね。
私のあまりの下手さ加減を見て、俺が徹底的に指導する、
とおっしゃってくださる方が五指に余るくらい
いらっしゃいます。(笑)
ありがたい事です。
■ということで、知らないことを人に尋ねることは
恥ずかしいことでもなんでもなく、
【 教わる人もハッピーだし、教えてくれる人もハッピー 】
だと考えればいいのです。
というか、実際にその通りなのです。
■聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥ともいいます。
知らないことや出来ないことを素直に認め、
質問することによって、
自分が得をするのはもちろん、
教えてくれる人にも喜んでもらえるのですから、
【 知ったかぶり、できる振りをしたら、双方が損 】
してしまいます。
能力がないのを恥じる必要はないし、
知らないことを卑下することもない。
■吉川英治の言葉に、
「我以外皆我師」(我以外、みな我が師)
とありますが、これは私の座右の銘の一つです。
年齢、性別、立場、肩書きなど関係なく
いろんな方々から有り難く学ばせていただいています。
■私は、世の中のことをなーんにも知らないと思っているし、
実際にその通りですから、
「お前、なんにもしらないなぁ」
といわれても
「おっしゃるとおりです」
でオシマイ。
見栄を張るから疲れるのです。
■ですから、
たとえ年下の人や、学生さんから学ばせてもらった
ときなども、
プライドが傷つくなどということは一切ありません。
■というよりもむしろ、
「今の学生さんは何を感じ、考えながら生きているのだろう?」
「幼い頃からIT技術に触れて生きてきた彼らは
どういう感性を持っているのだろう」
「下手な社会人よりもITリテラシーが高いはずだから、
彼らと接することでそのスキルやノウハウを教わろう」
「何よりも彼らには未来があり、野心があり、野望があり、
志があり、元気があり、意思がある。
そのエネルギーを分け与えてもらいたい」
そんな思いをもって、人間関係を広げていこうとしてきました。
■そうしたら、だんだん学生さんとの接点が増えてきて、
さらには冒頭に書いたような高校生との付き合いさえも
生まれてくるようになったのです。
---------------------------------------------
先日取り上げたスケートの清水宏保さんも、「座右の銘は何ですか?」と聞かれて、この言葉を挙げてました。
世界一になろうと、いつも謙虚な姿勢。
素敵です。
この言葉で思い出すのは、米長永世棋聖。
ある程度の歳になって、若い人から学びたいと志し、
当時の島研(羽生・佐藤・森内)に教えを請いに行った。
当然自分から出向いていって、若手の感覚を学ばせてもらい、お礼にご馳走した。
その謙虚な姿勢が、50歳で初の名人位奪取に繋がったのでしょう。
地位とか、立場とか、年齢とかに関係なく、自分に足りないもの、他の人の方が優れているものを学ばせてもらう。
いろんな角度から見れば、誰に対しても絶対にかなわない部分はあるはず。
それなのに、どうしても一面的に見てしまう狭量な自分。
あいつはダメだ。あいつは若いしわかってない。
いや、そんなことはなく、その人もどこかの部分では我が師なわけです。
ほんと、こう考えてみると、見栄なんか張る必要もなく、のんびり気楽な人生です。
はい、今日もまたいろいろ教えていただいて、ありがとうございました。
20万通という日本一の発行部数を誇るメルマガ〔平成進化論〕を発行されている方です。
その中の1つがこれです。
【 私(鮒谷)の座右の銘 】
───────────────────────────────────
■自信満々であることは素晴らしいことですが、
私も含め、自分の能力が他者より劣っているところが
あることを、
(残念ながら)認めざるを得ない人は少なくないでしょう。
■けれども、能力がないのを恥じる必要はありません。
見栄を張って、才能があるように見せかける必要もありません。
全ての人から、全てを教えてもらうつもりでいたら
いいのです。
■なかには、
「私はそれを知らないのです、教えてください」
と言うと、喜んで教えてくれる人がいます。
というよりも、
ある道に通じた人は、その知見なり知恵なりを
自分の周囲の人に分け与えたいと思っているもの(のはず)。
■きっと、あなたの周りの方もそうでしょう。
釣り好きの人は釣りの楽しさ、面白さを伝道しているはず。
将棋の強い人は将棋を教えてくれる。
ゴルフもそうですね。
私のあまりの下手さ加減を見て、俺が徹底的に指導する、
とおっしゃってくださる方が五指に余るくらい
いらっしゃいます。(笑)
ありがたい事です。
■ということで、知らないことを人に尋ねることは
恥ずかしいことでもなんでもなく、
【 教わる人もハッピーだし、教えてくれる人もハッピー 】
だと考えればいいのです。
というか、実際にその通りなのです。
■聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥ともいいます。
知らないことや出来ないことを素直に認め、
質問することによって、
自分が得をするのはもちろん、
教えてくれる人にも喜んでもらえるのですから、
【 知ったかぶり、できる振りをしたら、双方が損 】
してしまいます。
能力がないのを恥じる必要はないし、
知らないことを卑下することもない。
■吉川英治の言葉に、
「我以外皆我師」(我以外、みな我が師)
とありますが、これは私の座右の銘の一つです。
年齢、性別、立場、肩書きなど関係なく
いろんな方々から有り難く学ばせていただいています。
■私は、世の中のことをなーんにも知らないと思っているし、
実際にその通りですから、
「お前、なんにもしらないなぁ」
といわれても
「おっしゃるとおりです」
でオシマイ。
見栄を張るから疲れるのです。
■ですから、
たとえ年下の人や、学生さんから学ばせてもらった
ときなども、
プライドが傷つくなどということは一切ありません。
■というよりもむしろ、
「今の学生さんは何を感じ、考えながら生きているのだろう?」
「幼い頃からIT技術に触れて生きてきた彼らは
どういう感性を持っているのだろう」
「下手な社会人よりもITリテラシーが高いはずだから、
彼らと接することでそのスキルやノウハウを教わろう」
「何よりも彼らには未来があり、野心があり、野望があり、
志があり、元気があり、意思がある。
そのエネルギーを分け与えてもらいたい」
そんな思いをもって、人間関係を広げていこうとしてきました。
■そうしたら、だんだん学生さんとの接点が増えてきて、
さらには冒頭に書いたような高校生との付き合いさえも
生まれてくるようになったのです。
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先日取り上げたスケートの清水宏保さんも、「座右の銘は何ですか?」と聞かれて、この言葉を挙げてました。
世界一になろうと、いつも謙虚な姿勢。
素敵です。
この言葉で思い出すのは、米長永世棋聖。
ある程度の歳になって、若い人から学びたいと志し、
当時の島研(羽生・佐藤・森内)に教えを請いに行った。
当然自分から出向いていって、若手の感覚を学ばせてもらい、お礼にご馳走した。
その謙虚な姿勢が、50歳で初の名人位奪取に繋がったのでしょう。
地位とか、立場とか、年齢とかに関係なく、自分に足りないもの、他の人の方が優れているものを学ばせてもらう。
いろんな角度から見れば、誰に対しても絶対にかなわない部分はあるはず。
それなのに、どうしても一面的に見てしまう狭量な自分。
あいつはダメだ。あいつは若いしわかってない。
いや、そんなことはなく、その人もどこかの部分では我が師なわけです。
ほんと、こう考えてみると、見栄なんか張る必要もなく、のんびり気楽な人生です。
はい、今日もまたいろいろ教えていただいて、ありがとうございました。
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