今日は24節季の一つ冬至の日です。昼が一年中で一番短く、夜が長くなり、そして今日を境に日脚が日毎に伸びてゆく。この冬至のことは、小学校で教えられたものですが、何事も目まぐるしいほどに進歩している今の世の中、このくらいの事は恐らく幼稚園児でも、既に知っていることなのでしょう。
冬至の日についてのいわれは、もともと中国から日本に伝来したもので、かなり昔から色々な事が各地に伝わって来ています。
その中でも今なお広く残っているのが、この日に柚子湯に入る、或いは小豆粥・カボチャを食べると、風邪とか他の病気に罹らず、一年中無事息災で居られると、言い伝いられています。しかし樺太生まれの私が言い聞かされて来たのは、冬至の日にカボチャを食べると、卒中に罹らないということです。これは高血圧から起る症状で、脳卒中とか中風とも云われ、とにかく怖い病気です。幸い軽く済んでも、半身不随の身体に成り一生苦しむことになります。
この言い伝いが昔から廃れずに、何故に今に残されて来たのかと云うと、そこには大きな先人の知恵のあったからだと思います。何時の時代でも今頃の季節になると、野菜類が極端に少なくなります。
昔は農業にも今とは雲泥の差があった筈ですから、人の栄養面でもかなりの問題が在ったのでは無いかと、容易に想像出来ます。こうした時期に緑黄食野菜の代表とも云うべき、カボチャを推奨した先人の知恵は有り難く、ただただ頭が下がります。昔の人はカボチャの豊富な栄養面の事など、どうして知ったのでしょうか。
さて母親がつくってくれた我が家のカボチャ料理は、樺太時代から他の家とは少しばかり違って、その中に白玉ダンゴを入れた、表題にあるとおりの「カボチャ汁粉」でした。
ただ私の時代になってからは、もともと餅好きなことから、白玉ダンゴを餅に替えて食べるようになりました。
老妻が夕方から小豆を水に浸して、カボチャ汁粉の準備を始めたようです。カボチャや切り餅は、昨日の内に買って置きましたから、「わたし食べる人」そのままズバリの私としては、出来上がるのを待つばかりです。
出来上がったら先ず神棚にお供えして、この一年の息災を感謝し、更にこれから一年間の、卒中を始め他の病気に罹らないようにお祈りお済ませてから、大好物のカボチャ汁粉を腹一杯に食べるつもりです。
どうぞ、食い意地の張ってるジジイと笑わないで下さい
冬至の日についてのいわれは、もともと中国から日本に伝来したもので、かなり昔から色々な事が各地に伝わって来ています。
その中でも今なお広く残っているのが、この日に柚子湯に入る、或いは小豆粥・カボチャを食べると、風邪とか他の病気に罹らず、一年中無事息災で居られると、言い伝いられています。しかし樺太生まれの私が言い聞かされて来たのは、冬至の日にカボチャを食べると、卒中に罹らないということです。これは高血圧から起る症状で、脳卒中とか中風とも云われ、とにかく怖い病気です。幸い軽く済んでも、半身不随の身体に成り一生苦しむことになります。
この言い伝いが昔から廃れずに、何故に今に残されて来たのかと云うと、そこには大きな先人の知恵のあったからだと思います。何時の時代でも今頃の季節になると、野菜類が極端に少なくなります。
昔は農業にも今とは雲泥の差があった筈ですから、人の栄養面でもかなりの問題が在ったのでは無いかと、容易に想像出来ます。こうした時期に緑黄食野菜の代表とも云うべき、カボチャを推奨した先人の知恵は有り難く、ただただ頭が下がります。昔の人はカボチャの豊富な栄養面の事など、どうして知ったのでしょうか。
さて母親がつくってくれた我が家のカボチャ料理は、樺太時代から他の家とは少しばかり違って、その中に白玉ダンゴを入れた、表題にあるとおりの「カボチャ汁粉」でした。
ただ私の時代になってからは、もともと餅好きなことから、白玉ダンゴを餅に替えて食べるようになりました。
老妻が夕方から小豆を水に浸して、カボチャ汁粉の準備を始めたようです。カボチャや切り餅は、昨日の内に買って置きましたから、「わたし食べる人」そのままズバリの私としては、出来上がるのを待つばかりです。
出来上がったら先ず神棚にお供えして、この一年の息災を感謝し、更にこれから一年間の、卒中を始め他の病気に罹らないようにお祈りお済ませてから、大好物のカボチャ汁粉を腹一杯に食べるつもりです。
どうぞ、食い意地の張ってるジジイと笑わないで下さい
小豆もカボチャもそして餅は、私の大好物で、当時が楽しみです。それに今日から日を追うごとに、日が長くなってゆくのも楽しい事です。
なおカボチャ汁粉は、余り面倒な事はありません。普通の汁粉に角切りのカボチャを入れ、更に市販の角切り餅を焼いて入れるだけです。一度試してみて下さい。
私も作ってみようと思います。
カボチャや豆類がお好きな方なら、絶対に好きになりますよ。
是非お試し下さい。今日は風が少なくて、少し外歩きをして来ました。
昔話の「姨捨山=うばすてやま」ではありませんが、老人の知恵はありがたいものです。
そんな食事気持ち悪いと、みんなから言われそうですが・・・事実老妻から何時も云われますが、この癖は子どもの頃からでやめられません。これが私の今時の元気のもとです。
そこで私も、北海道産の小豆と南瓜で南瓜汁粉を作ってみました。西日本出身の私には、新鮮な美味しさでした。
ちなみに、じゃこしか様と同じく、私もお汁粉にはご飯を入れてしまいます。お萩(北海道にお萩と言うお菓子はありますか?)の様な物で、そんなに変では無いと私は思うのです。こう思うのは、私が甘党故かも知れません。
確かに「オハギ」はご飯と餡子が一緒になっています。ですから牛乳をかけて食べるよりは、極く普通のことだと思います。
因みにお萩は、「棚からぼた餅=タナボタ」のぼた餅と同じものですが、春彼岸には牡丹の花をもじって「オハギ」とし、秋彼岸には萩の花をもじって「ボタモチ」とそれぞれ呼んだのだと思います。
とにかく日本語は語彙は幅広く沢山在って、面倒のようですが、その分楽しいものです。